ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
「――カハッ、ハハハハハハハッ!!」
暗黒期の重苦しい空気を切り裂くように、ザルドの腹の底から響く高笑いが路地に轟いた。
「俺に酒代を払えだと? この『暴食』に向かって、食事の邪魔をした慰謝料ではなく、こぼれた酒の代金を要求するのか! いいぞ、女! その狂った出で立ちに違わぬ、見事なイカレっぷりだ!」
笑い飛ばすザルドの目に、明確な『戦意』が宿る。
次の瞬間、彼が肩に担いでいた身の丈以上の大剣が、無造作に振り下ろされた。
「ならば、力で取り立ててみせろ!!」
ズガァァァァンッ!!
刃が直接触れたわけではない。ただの「素振り」。
それだけで、大剣から放たれたすさまじい風圧と衝撃波が石畳をえぐり、周囲の建物の壁を紙くずのように吹き飛ばした。これが、オラリオの頂点に立つ規格外の一撃。
(なるほど、大魔王の『いてつくはどう』やドラゴンの『はげしいほのお』みたいな理不尽な全体攻撃ね。物理だけど!)
「【スクルト】!」
私は後方へ跳躍しながら、咄嗟に防御呪文を展開した。
見えない魔法の障壁がバニースーツの周囲を覆い、私自身の守備力を大幅に引き上げる。飛んできた瓦礫や強烈な風圧が障壁に弾かれ、私は無傷で後方の屋根の上へと着地した。
「ほう、避けるだけでなく、無傷で凌ぐか。だが、いつまで逃げられる?」
「逃げる? 冗談。私はただの遊び人だけど、やられっぱなしは趣味じゃないのよ」
屋根を蹴り、一気に距離を詰める。
同時に、ザルドを見据えて指先で印を結んだ。
「【ルカニ】!」
「む……!?」
ザルドの巨体が、ほんの一瞬だけ強張った。
『ルカニ』は対象の守備力を下げる魔法。相手の強靭な肉体や装甲を、魔力によって強制的に豆腐のように柔らかくする呪文だ。
「俺の体が……脆くなった、だと? 毒や呪いとも違う。お前、一体どんな奇跡を――」
「おしゃべりは終わり!」
守備力が下がった瞬間を見逃さず、私は懐へと潜り込んだ。
そして、拳にありったけの魔力を集中させる。
「【バイキルト】!!」
自身の攻撃力を倍増させる補助呪文を重ね掛けし、渾身のストレートをザルドの鳩尾に向かって叩き込んだ。
ドゴォォォォォォンッ!!
「――ッ!?」
鈍い衝撃音が響き渡り、巨大な岩山のようなザルドの体が、ズザザザッと石畳を削りながら数メートル後退した。
「……痛ぇな」
ザルドは驚きに見開いた目で己の腹部を見た後、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「あの細腕から、これほどの威力が叩き出されるとはな。しかも、俺の防御をすり抜けるような奇妙な感覚……極上の『エサ』だ。喰い甲斐がある!!」
ザルドの全身から、先ほどとは比べ物にならないほどの黒い闘気が噴き上がる。本気だ。
私は深く息を吸い込み、両手を胸の前で合わせた。
物理の殴り合いで長引かせるのは、体力的にも魔力配分的にも得策ではない。ここは、私が使える最強クラスの広範囲攻撃呪文で一気に消し飛ばす。
(周囲の被害は……まあ、もうすでにボロボロだし、いっか!)
「いくわよ。消し飛びなさい――【イオナズ――」
「――そこまでだ、ザルド」
私が極大爆発呪文の最後の一文字を唱えようとした、まさにその時。
澄んだ、けれど背筋が凍るほどに冷たい女の声が、戦場に響き渡った。
ピタリ、と。
ザルドの動きが止まる。私も、思わず呪文の詠唱を寸前でキャンセルした。
路地の屋根の上に、一人の女性が立っていた。
美しい灰色の髪。病的なまでに白い肌。そして、修道服のような衣装。
彼女がそこにいるだけで、周囲の音がすべて吸い込まれてしまったかのような錯覚に陥る。
「……アルフィア」
ザルドが忌々しそうに大剣を肩に戻した。
「ギルドの鼠共が嗅ぎつけてきた。ロキやフレイヤの主力も動いている。……これ以上の無駄な消耗は避けるべきだ」
「チッ。せっかく面白いエサを見つけたところだというのに」
『静寂』のアルフィア。
彼女は感情の読めない冷たい双眸で、バニースーツ姿の私を見下ろした。
「奇妙な女。恩恵の気配もないのに、ザルドの撃を凌ぐとは」
「ただの遊び人よ。……そっちこそ、おしゃべりは終わり?」
私が警戒を解かずに見返すと、アルフィアはふいっと背を向けた。
「……退け。勇気と無謀を履き違えるな。死にたいだけなら、好きにしろ」
彼女の声には、熱も、怒りもなかった。ただ、絶対的な事実を告げるような響きだけがあった。
「だが、次に私たちの前に立つというのなら――その時は、私が跡形もなく消し去る」
「行くぞ、ザルド」
「運が良かったな、ウサギ女。お前のその奇妙な力……次こそ味わってやるからな。それまでせいぜい、美味く育っておけ」
言うが早いか、二人の怪物は煙のように路地の奥へと消え去ってしまった。
後には、破壊された建物の残骸と、文字通りの『静寂』だけが残された。
「……逃げ足の速い連中ね」
私は大きく伸びをして、緊張を解いた。
あのままイオナズンを撃っていればどうなっていたか分からないが、これ以上面倒なことに巻き込まれる前に酒場に戻りたかったのも事実だ。
「あーあ。新しいお酒代、もらい損ねちゃった」
網タイツの埃を払い、大きくため息をついたその時。
「――おい、そこのお前! 動くな!!」
振り返ると、路地の入り口を塞ぐように、武装した冒険者たちがズラリと並んでいた。
先頭に立つのは、赤い髪に片目の眼帯をした、鋭い目つきの神。そしてその背後には、油断なく槍を構える小人族(パルゥム)の青年と、自分の背丈ほどもある剣を握りしめた、金色の髪と瞳を持つ幼い少女の姿があった。
「……イヴィルスの連中が暴れてるって聞いて飛んできたんやが。ザルドの気配が消えて……残っとるのは、なんやその、ふざけた格好のねーちゃんだけやんけ」
ロキと呼ばれた神が、怪訝そうに目を細めて私を睨みつける。
「ふざけてないわよ、由緒正しいバニースーツなんだから」
私は今日何度目か分からないセリフを口にして、ウサ耳をピコッと揺らした。
「また面倒なことになりそうね……。早く美味しいお酒が飲みたいのに」
神々が住まう迷宮都市の『暗黒期』。
その中心で、バニーガールの遊び人は、かくしてオラリオの最大派閥「ロキ・ファミリア」と遭遇することとなった。