ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
「……フィン。これ、どう見る?」
ロキと呼ばれた神が、細い目をさらに細めて路地の惨状を見渡した。
彼女の問いかけに、背後に控えていた小人族(パルゥム)の青年――ロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナが一歩前に出る。彼は油断なく槍を構えたまま、私が倒した黒ローブの男たちと、ザルドが吹き飛ばしたクレーターを観察した。
「異常だね。この男は一瞬で完全に凍結させられている。それに、この切断面……風の魔法か? 詠唱の痕跡も、魔力光の残滓すら見当たらない」
フィンはそこまで言うと、視線を私に向けた。
彼の背後では、歳の頃なら八、九歳ほどの幼い少女――アイズが、自分よりも大きな剣を握りしめ、私のウサ耳と露出の激しいバニースーツを不思議そうな目で見つめている。
「そして、あのクレーターと建物の破壊痕。あれは間違いなく『暴食』のザルドの大剣によるものだ。……君は、ザルドと打ち合ったのか?」
「打ち合ったっていうか、あっちが急に斬りかかってきたから一発殴り返しただけよ。そしたら女の人が出てきて、逃げていったわ」
私が肩をすくめながら答えると、ロキ・ファミリアの面々は一様に息を呑んだ。
「ザルドを殴り返したぁ……?」
ロキが呆れたような声を出した。
オラリオの頂点に立つ怪物と打ち合った、正体不明のバニーガール。普通に考えれば、即座に「危険な敵」として総がかりで制圧すべき対象だ。
だが、フィンは構えていた槍の穂先を、ふっと下げた。
(……疼かない)
彼は自身の右手、その親指をそっと撫でた。
パルゥム特有の鋭敏な直感。彼に危機が迫った時や、相手に強烈な悪意・殺意がある時、彼の親指は警鐘を鳴らすように激しく疼く。しかし今、目の前にいる常識外れの女を前にして、フィンの親指は拍子抜けするほど沈黙を保っていた。
「……ロキ。彼女から、都市や僕たちへの敵意は感じない。奇妙だけど、危険な相手じゃないと思う」
「ん、せやな」
ロキは腕を組み、スッとその糸目を開いた。
朱色の瞳――『神の眼』が、私の全身を射抜くように見つめてくる。下界の子供が決して誤魔化すことのできない、絶対的な看破の視線だ。
「あんた、ホンマに何者なんや。どこから来た?」
ロキの問いかけに、私は隠すこともないのでありのままを答えた。
「どこにも所属してないわ。元々は『賢者』をやってて、大魔王ゾーマっていう世界を闇で覆ってたやつを勇者たちと一緒に倒したの。で、平和になったから賢者をやめて『遊び人』に転職したのよ」
「……大魔王? 賢者? 転職?」
フィンが眉間を深く揉んだ。
オラリオはおろか、外の世界の歴史に照らし合わせても、そんな存在は聞いたことがない。しかし、ザルドと打ち合うほどの規格外の強者が口にする以上、単なる出鱈目や嘘とも思えなかった。彼女が全く未知の存在であることを直感し、フィンは完全に困惑したようだった。
「ロキ。会話の前提が通じないみたいだ。彼女の言っていることは――」
「フィン」
ロキが、信じられないものを見るような顔で、自身の団長を遮った。
「こいつ、嘘ついたってへんぞ」
「……え?」
「大魔王を倒したのも、賢者から遊び人になったっちゅうのも……一言一句、全部『真実(ホンマ)』や。ウチの眼に狂いはない」
フィンの目が限界まで見開かれた。
神が「嘘ではない」と断言したのだ。それがどれほど荒唐無稽でイカれた内容であろうと、目の前のバニーガールが、文字通り『世界を救った元・賢者』であるという事実が確定してしまった。
「……神の、眼が……。じゃあ、彼女は本当に……?」
呆然とするフィンをよそに、私はバニースーツの埃を払いながら大きく背伸びをした。
「で、どう? 私がスパイじゃないって分かったなら、さっきの爆発でこぼれちゃったエールの代わりに、どこか新しいお店でお酒を奢ってくれない?」
「……カハッ、アハハハハハ!」
ロキが天を仰いで大爆笑し始めた。
神の眼で本質を見抜かれ、歴戦の勇者(フィン)に囲まれている状況で、タダ酒を要求するそのふざけた図太さ。それがロキの『神としての退屈』を大いに刺激したらしい。
「傑作や! ええで、ええで! その度胸とイカレっぷり、ウチは嫌いちゃうわ! フィン、アイズ! 撤収や、現場はガネーシャの連中に任せとけ! ウチらはこのオモロいねーちゃんに美味い酒を飲ませに行くで!」
◇ ◇ ◇
ロキ・ファミリアに案内されたのは、彼らが息のかかった高級酒場の、さらに奥にある隠し部屋だった。
逃げられないようにという配慮もあるのだろう。私は要求通りに出されたワインを飲み干し、ロキの「背中を見せろ」という指示に従って、バニースーツの背中のファスナーを下ろした。
「……ホンマに、空っぽや」
私の背中を隅々まで確認したロキが、深い溜息と共に呟いた。
「恩恵(ファルナ)の刻印はおろか、消した痕跡もない。正真正銘、ただの『一般人』の背中やで、これ」
「恩恵なし……。じゃあ、あのザルドを退けた力も、無詠唱の魔法も、すべて彼女自身の力だけで成し遂げたというのかい?」
フィンの声には、純粋な驚愕が混じっていた。
「そういうこと。私はただ、楽しく遊びたいだけ。美味しいお酒を飲んで、歌って。この街が暗黒期だろうがなんだろうが、私の邪魔をするやつは蹴散らす。それだけよ」
私が肩をすくめて言うと、ロキが薄く笑った。
「……ええで。バニー、あんたのその力、ウチら『ロキ・ファミリア』がバックアップしたるわ。美味い酒も、遊ぶ金も、宿も用意したる。その代わり……」
ロキの目が、スッと細められる。
「あんたはウチらの『目の届く範囲』で遊ぶこと。そして、もしウチらがイヴィルスとドンパチやることになったら、そのデタラメな力で手伝うこと。……要するに、ウチらがパトロンになったるから、勝手な真似はすなっちゅうこっちゃ」
要するに、豪華なエサ(酒と金)で繋がれた『監視』と『用心棒』の契約だ。
悪意がないとはいえ、正体不明の危険分子をコントロールするための彼らなりの策なのだろう。
「……ふふっ」
私は思わず笑みをこぼした。
どうやら、この世界の神様は面白い。監視だろうがなんだろうが、美味しいお酒が飲めて、面倒な手続きなしで遊べるなら、私にとっては悪くない話だ。
「いいわよ。契約成立ね。ただし……私が退屈したら、いつでも抜けるからね。私、遊び人だもの」
暗黒期のオラリオ。
疑心暗鬼と打算にまみれた交渉の末、神の恩恵を持たぬバニーガールの元賢者は、こうして迷宮都市の最大派閥の「厄介な客人(ジョーカー)」として迎え入れられることになったのだった。