ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ   作:ポップ

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第五十話:鍛治神への相談と、レベル7に戦いを挑まれる遊び人

翌日。

 

フィン、アイズ、ベート、ティオナ、ティオネの5人は、【ヘファイストス・ファミリア】を訪れていた。

 

敷地の中へ一歩足を踏み入れた途端、幾つもの工房から響く金属音と、肌を焼くような熱気が五人を出迎える。

 

カァンッ、カァンッ――。

 

赤く熱した金属を鍛える音が、絶え間なく辺りへ響き渡っていた。炉から吐き出される熱気に混じって、焼けた鉄や炭の匂いが鼻を突く。敷地内を行き交う鍛冶師達の多くは、朝だというのに既に汗と煤にまみれていた。

 

「相変わらず暑いね、ここは」

 

ティオナが額に浮かんだ汗を拭いながら、周囲を見回す。

 

彼女が普段使っている大双刃『ウルガ』を始め、アイズの『デスペレート』やフィンの槍など、【ロキ・ファミリア】の主力が扱う武器の多くは、ゴブニュ・ファミリアで製作や整備を行ってもらっている。そのため、ティオナがヘファイストス・ファミリアの工房を訪れる機会は、それほど多くなかった。

 

都市に数多存在する武具の中でも、特に優れた第一等級武装を生み出す、オラリオでも一、二を争う鍛冶系派閥。立て掛けられた剣や槍、運び込まれていく甲冑など、普段見慣れない武具の数々へ、ティオナは興味深そうな視線を向けていた。

 

「チッ……さっさと行くぞ。こんなところで時間を潰してても仕方ねぇだろ」

 

ベートが苛立たしそうに舌打ちする。その態度はいつもと大して変わらない。しかし、昨日から何度も自分の武器へ視線を落としていることに、フィンは気付いていた。

 

大魔王バーンが作り出した光の刃によって、第一等級武装があまりにも容易く破壊された。結界が解除されたことで武器そのものは元通りになっているが、折られた時の衝撃まで消えた訳ではない。

 

「分かっているよ。先方にも、既に話は通してある」

 

フィンがそう答えた時だった。

 

工房の奥から、大きな金槌を肩に担いだ一人の女が姿を現した。

 

浅黒い肌に、腰まで届く黒い長髪。片目を眼帯で覆った女は、豊満な胸元を大きく張りながら、堂々とこちらへ歩いてくる。フィン達の顔ぶれを確認すると、僅かに驚いたように片方の眉を上げた。

 

【ヘファイストス・ファミリア】団長。

 

『単眼の巨師』――椿・コルブランドである。

 

「おぉ、随分と珍しい顔ぶれではないか。フィンだけならともかく、普段はゴブニュの所で世話になっておるアイズやティオナまで一緒とはな」

 

「椿」

 

フィンは短く名を呼び、彼女へ歩み寄る。いつもの穏やかな笑みは浮かべていたが、その声には、これから話す内容の重さを示すような硬さが混じっていた。

 

その微妙な変化を、椿は見逃さなかった。

 

「昨日、お前達のところで何やらあったとは聞いていたが……その様子では、ただの武器の整備というわけでもなさそうだな」

 

椿はそう言いながら、アイズの腰にある『デスペレート』へ視線を向ける。

 

「神ヘファイストスに直接相談したいことがあってね。少々、他には聞かせられない内容なんだ」

 

「なるほどな」

 

椿の表情から、先程まで浮かんでいた気さくな笑みが薄れる。

 

「ちなみに、それは手前にも聞かせられぬ話か?」

 

フィンはすぐには答えず、僅かに思案した。

 

別世界の大魔王。

死者すら元通りにする謎の結界。

そして、不壊属性を持つ第一等級武装を、安々と断ち切ってしまう光の刃。

 

どれも、軽々しく外部へ漏らしていい情報ではない。ロキからも、話す相手は最小限に留めるよう念を押されている。

 

だが――。

 

「……いや。君なら大丈夫だろう」

 

フィンはそう判断した。

 

椿は【ヘファイストス・ファミリア】の団長であり、オラリオでも最高峰の鍛冶師だ。武器について話すのであれば、神ヘファイストスだけでなく、彼女の意見も聞いておいて損はない。

 

それに椿ならば、事の重大さを理解せず、面白半分によそへ漏らすような真似もしないだろう。

 

「ただし、この場で聞いたことは、たとえ同じファミリアの者であっても話さないでもらいたい」

 

「ほう……」

 

椿は一瞬目を丸くした後、口元を大きく吊り上げた。

 

「あい分かった。そういうことであれば、主神様と話す時以外、手前は口をつぐもう。ここで聞いたことは、他の誰にも口外せぬと約束する」

 

椿は不敵に笑い、大きな金槌を近くの壁へ立て掛けた。

 

「それでは、手前も同行させてもらおう。うぬらが揃ってここまで来るような話であれば、鍛冶師としても、ファミリアの団長としても気になるからな」

 

「ああ。こちらからもお願いするよ」

 

話が纏まり、椿を加えた6人は工房のさらに奥へと進んでいく。その途中、椿は何度かアイズ達の武器へ視線を向けていた。

 

武器をしまっている範囲でのざっと見たところでは、特に問題もなさそうではある。少なくとも、彼女ほどの鍛冶師が見ても、現時点で異常が起きた形跡などは見られなかった。

 

「それにしても……」

 

椿は歩調を緩め、アイズの隣へ並ぶ。

 

「『デスペレート』に何かあったのか? お主、先程から随分と自分の剣を気にしておるではないか」

 

「…………折られた」

 

「何?」

 

「昨日、この剣を折られちゃったの」

 

アイズが静かに告げた瞬間、椿の足が止まった。

 

床を踏み締めていた靴音が途切れ、前を歩いていたフィン達も思わず振り返る。椿は何を言われたのか理解できないように目を見開き、アイズの腰に下げられた剣を凝視していた。

 

「待て。今、何と言った?」

 

「だから折られたの」

 

聞き違いではなかった。

 

椿はアイズへ詰め寄ると、許可を求めることすら忘れたように、デスペレートの柄と鞘へ視線を走らせる。

 

「その剣は、ゴブニュ・ファミリアで打たれた不壊属性付きの得物ではなかったか?」

 

『デスペレート』には、不壊属性が付与されている。

 

刃毀れする事はあっても、折れる事も、破壊される事もない。少なくとも、それがこの世界における絶対の常識だった。

 

「今は、元に戻ってる」

 

「元に戻った?」

 

椿の眉間に深い皺が刻まれる。

 

折れたという話だけでも常識外れだというのに、それが何の修繕もせず、元の姿へ戻ったというのだ。鍛冶師として長く生きてきた椿にとっても、聞いた事のない現象だった。

 

「詳しい説明は、神ヘファイストスの前でさせてもらうよ」

 

「……そうか」

 

椿は一度だけ短く頷いた。

 

先程まで浮かんでいた好奇心に満ちた笑みは、既に消えている。代わりにその顔へ浮かんでいたのは、未知の現象を前にした、一人の鍛冶師としての真剣な表情だった。

 

「これは、思っていたよりも厄介な話のようだな」

 

やがて六人は、主神ヘファイストスがいる部屋へと辿り着いた。

 

◇ ◇ ◇

 

部屋の中では、燃えるような赤い髪と、大きな眼帯を持つ美しい女神が、机の上に広げられた武器の設計図へ目を通していた。

 

ヘファイストスは顔を上げると、椿に続いて入ってきた五人を順番に見渡す。アイズ達の武器へ一瞬だけ視線を止めた後、設計図を机の端へ寄せた。

 

「あら、椿も同行してきたのね。それで?ロキから話は聞いているわ。私に、何か相談があるそうね」

 

最後に入室した椿が、背後の扉を静かに閉める。

 

ここから先の話を、部屋の外へ漏らさないためだ。

 

フィンは全員が室内に入ったことを確認すると、ヘファイストスの正面へ立った。普段の柔和な笑みを消し、真剣な表情で女神を見つめる。

 

「まず、貴方達鍛冶師の意見を聞かせてほしい。不壊属性を持つ第一等級武装を切断できるような武器に対抗するには、どうすればいいだろうか」

 

「…………何ですって?」

 

女神ヘファイストスの左目が、鋭く細められた。

 

彼女は椅子の背もたれから身体を起こすと、フィンの顔を真っ直ぐ見返す。

 

「先に確認するわ。それは仮定の話?それとも、実際に起きたことなの?」

 

「実際に起きた事だよ。昨日、アイズとティオナの武器が切断された」

 

「待ちなさい」

 

ヘファイストスは片手を上げ、フィンの言葉を止めた。

 

「二人の武器はゴブニュ・ファミリア製のやつでしょう。本来なら、最初にゴブニュへ持ち込むのが筋じゃないの?」

 

「もちろん、製作者を蔑ろにするつもりはないよ。ただ、今回は武器の修繕を頼みに来たわけじゃない」

 

フィンはアイズの腰にある剣へ目を向ける。

 

「折られた武器は、既に元通りになっている。傷も、破損した痕跡も残っていない。僕達が知りたいのは、不壊属性さえ切断してしまう力が、どういうものなのか。そして、それに対抗する方法があるのかという事なんだ」

 

「折れた武器が、勝手に元へ戻ったですって……?」

 

ヘファイストスは不満や疑問を感じた時の癖なのか、右目を覆う眼帯の端を指先で掻いた。

 

その隣では、既に話の一部を聞いていた椿が、信じられないものを見るような目でアイズ達の武器を凝視している。

 

不壊属性とは、文字通り決して壊れない武器の事をいう。

 

オラリオの歴史を紐解いてみても、不壊属性を持った武器が破壊された事例など、聞いた事がない。

 

オラリオ最高峰の鍛冶師達にとって、フィンから告げられた話は、簡単に信じられるものではなかった。

 

「最初から説明してちょうだい」

 

ヘファイストスは机の上で両手を組む。

 

「誰が、何を使って、どうやって不壊属性の武器を切断したのか。元へ戻ったという現象も含めて、全てよ」

 

フィンは頷き、昨日の訓練場で起きた事を説明していく。

 

バニーが作り出した魔法の結界。

その中で、別世界の大魔王を呼び出した事。

老人の姿をした大魔王バーンという存在が、光魔の杖と呼ばれる武器を使った事。

 

そして、その先端に生み出された光の刃が、ティオナのウルガとアイズのデスペレートを、何の抵抗もなく切断した事を。

 

「その光の刃は、金属ではなかったのね?」

 

説明を聞き終えた後、ヘファイストスが確認する。

 

「ああ。バニーの話によれば、持ち主の魔力を吸収して形成されたものらしい」

 

「つまり、杖そのものの切れ味で断ったわけではない……持ち主の魔力が、そのまま刃になっているという事ね」

 

ヘファイストスは椅子から立ち上がると、アイズへ手を差し出した。

 

「デスペレートを見せて」

 

「うん」

 

アイズから受け取った剣を鞘から抜き、ヘファイストスは刀身へ目を走らせる。続いて椿も隣から覗き込み、指先で刀身を軽くなぞった。

 

歪みはない。

 

罅もない。

 

一度切断されたという痕跡は、どこにも残っていなかった。

 

「確かに、今は何の異常もないわね」

 

「うむ……これでは、どのように切断されたのか、断面を調べることもできんな」

 

椿は腕を組み、唸るような声を漏らした。

 

「だが、面白い。物質の刃ではなく、持ち主の魔力そのものが得物になるというのか。しかも、不壊属性を正面から断ち切るほどの密度で」

 

その口元が、少しずつ吊り上がっていく。

 

強者に相応しい武器を打てる。それは鍛冶師にとっての誉れである。そして、これまで存在しなかった武器へ挑む事もまた、鍛冶師の本能を強く刺激するものだった。

 

もっとも、椿の目は笑っていない。

 

不壊属性を容易く断つ刃が持つその危険性も、正しく理解しているからだ。

 

「今の情報だけで、完全な対抗策を出すのは無理ね」

 

ヘファイストスはデスペレートを鞘へ戻し、アイズへ返した。

 

「ただ、単純にもっと硬い金属で武器を作ればいい、という話ではなさそうよ。相手の魔力が桁外れなら、材質を変えたところで同じように断たれる可能性が高いわ」

 

「対抗する方法はないの?」

 

アイズが不安そうに尋ねる。

 

「ないとは言ってないわ」

 

ヘファイストスは即座に否定した。

 

「刃そのものを受け止めるのではなく、逸らす。あるいは、その刃と直接接触させない。勿論、ここまでのレベルになってくると持ち主の技量にもよってくるから、今あるオラリオの素材で出来る事と言えば、それぐらいかしら」

 

神ヘファイストスが、更に言葉を続ける。

 

「どれも、その光の刃を実際に見ないと判断出来ないわね。その、魔法で呼び出した大魔王の幻影が戦う姿というのは、私達にも見せてもらう事は出来るの?」

 

「出来ると思う。もっとも、術者であるバニーの承諾は必要になるけどね」

 

フィンの答えに、ヘファイストスは小さく頷いた。

 

「なら、次にその大魔王を呼び出す時は、事前に知らせてちょうだい。話を聞いただけで対策を考えるより、実際に自分の目で確かめた方が早いわ」

 

「うむ。手前も是非同席させてもらいたい」

 

話を聞いていた椿も、是非にと頼み込む。その片目には、未知の武器を目に出来る事への期待が隠しきれずにいた。

 

「不壊属性すら断ち切る光の刃か……。鍛冶師としては実に興味深い。どのような原理で、どれほどの魔力を刃へ変えておるのか、この目で確かめてみたいものだ」

 

「あんたねぇ……」

 

ヘファイストスが呆れたような疲れたような声音をこぼす。

 

「見るだけで済むとは限らないのよ。話を聞く限り、その大魔王っていうのは、只者じゃないみたいなんだし」

 

「分かっておる。手前とて、命を粗末にするつもりはない」

 

そう答えながらも、椿の口元には薄い笑みが浮かんでいた。

 

未知の素材。未知の製法。そして、自分達鍛冶師が絶対に折れない物として当たり前に扱っていた不壊属性すらも正面から打ち破る、未知の武器。

 

危険だからこそ、鍛冶師として確かめずにはいられないのだろう。

 

「それで、そのバニーっていう子は今どこにいるの?」

 

ヘファイストスに尋ねられ、フィンは僅かに困ったような笑みを浮かべた。

 

「今朝、新しい酒場を探しに行くと言ってホームを出ていったから……多分、今頃はどこかで飲んでいるんじゃないかな」

 

「……随分と自由な術者さんなのね」

 

ヘファイストスは呆れたような疲れたような声音をこぼし、右目を覆う眼帯の端を指先で掻いた。

 

大魔王との再戦に向け、フィン達が真剣に対策を練っている一方で、その大魔王を呼び出せる張本人は――。

 

◇ ◇ ◇

 

『豊穣の女主人』とは別の酒場で、朝から上機嫌にジョッキを傾けていた。

 

「ん~~っ! 朝から飲むお酒は美味しいわね!」

 

キンキンに冷えた果実酒が、喉を気持ちよく通り抜けていく。程よい酸味と甘味の後から強い酒精が追いかけてきて、バニーは満足そうに息を吐いた。

 

店の中はそれほど広くなく、客の多くはドワーフや鍛冶師、それに屈強な身体つきをした冒険者達だった。壁には使い古された斧や盾、魔物の角などが飾られ、店の奥からは肉を焼く香ばしい匂いが漂っている。

 

『豊穣の女主人』は酒も料理も美味しかったが、だからといって同じ店ばかりに通うのも味気ない。

 

何の因果か、自分が生きていた世界とは違う世界へやって来て、どうにか帰ろうと思ったら、今度は元の世界よりも未来へ飛ばされてしまった。

 

そして、ようやく元いたオラリオへ戻ってきたと思えば、今度はよく似た別の世界へと迷い込んでいる。

 

これはもう、真面目に考えても仕方がない。

それに、せっかく違う世界へ来ているのだ。

 

この機会に、まだ飲んだ事のないお酒を全部試してみるのも悪くない。

 

(こうやって少しずつお気に入りのお店を増やしていくのも、遊び人ライフの醍醐味よね~。今思うと、昔はどうしてあんなに真面目にやってたのかしら)

 

バニーは一人でうんうんと頷くと、再びジョッキへ口をつける。

 

「姉ちゃん、随分といい飲みっぷりだな!」

 

近くの席にいた冒険者達が、朝から何杯目かも分からないジョッキを空にしたバニーを見て、感心したように声をかけてきた。

 

「このくらいなら全然平気よ。そんなことより、おかわり!今度はこの店で一番強くて、一番美味しいやつをお願い!」

 

「強くて美味い酒っていうと、こいつになるが……本当に大丈夫か?」

 

店主が棚の奥から取り出した酒瓶を見せる。黒に近い琥珀色の液体が入った瓶には、いかにも酒精の強さを警告するような、赤い印が描かれていた。

 

「勿論よ。飲み歩きマスターのバニー様は、こんなお酒に負けたりしないんだから!」

 

「お、おう……」

 

店主は僅かに顔を引き攣らせながらも、新しい酒の準備を始めた。

 

露出度の高いバニースーツ姿の女は、店へ入ってきてから既に何杯もの酒を空にしている。それでも顔が少し赤くなっている程度で、潰れる様子は全くない。

 

周囲の冒険者達も、最初こそ彼女の奇抜な格好へ好奇の視線を向けていたが、今ではその豪快な飲みっぷりを肴にして、一緒になって笑っていた。

 

その時だった。

 

ギィィッ――と、重い音を立てて酒場の扉が開かれる。

 

それまで店内を満たしていた喧騒が、不自然なほど小さくなった。

 

入口から姿を現したのは、周囲の客達よりも頭一つどころか、二つは大きな巨漢だった。

 

短く整えられた灰色の髪。頭部から伸びる獣の耳。そして、鎧の上からでも分かるほど分厚い筋肉に覆われた巨大な身体。

 

ただ立っているだけだというのに、そこから発せられる圧力が、店内の空気を重く変えていく。

 

『猛者』オッタル。

 

現在の迷宮都市オラリオにおいて、最強と呼ばれる第一級冒険者である。

 

酒場にいた冒険者の一人が息を呑み、別の者は目を合わせまいと慌てて視線を逸らした。店主も酒を注ぐ手を止め、緊張した面持ちで巨漢の姿を見つめている。

 

しかし、そんな周囲の反応を気にすることなく、オッタルは店内を見回した。

 

やがて、その橙色の瞳が、カウンター近くのテーブルで酒を飲んでいるバニーを捉える。

 

オッタルは迷うことなく、床板を軋ませながら彼女のもとへ歩み寄った。

 

バニーは新しく注がれた酒へ夢中になっており、巨大な男が目の前に立つまで、その存在に気付いていなかった。

 

「お前が、ロキのところへ転がり込んだ『遊び人』か」

 

頭上から降ってきた低い声に、バニーはジョッキへ口をつけたまま目を上げた。

 

「んぁ?」

 

どこかで、同じような事を言われた気がする。

 

軽く酒の回り始めた頭で記憶を探りながら、バニーは目の前に立つ巨漢を、頭から足元までじっくりと眺める。

 

灰色の髪。

猪人の巨体。

しかし、以前に見た時よりも遥かに強く、重い圧力を放っている。

 

「……あら?」

 

バニーはジョッキをテーブルへ置くと、今度は少し身を乗り出してオッタルの顔を覗き込んだ。

 

「どこかで見た顔だと思ったら、あの時の大きな猪さんじゃない」

 

その呼び方を耳にした瞬間、オッタルの片眉が僅かに動いた。表情そのものはほとんど変わっていないが、橙色の瞳だけが、目の前のバニーを改めて見定めるように鋭くなる。

 

「俺を知っているのか」

 

「こっちのあんたは、私の事を知らないみたいだけどね〜」

 

バニーはそう小さく笑いながら、ツマミを口に持っていく。

 

「今日は一人なの? あの目つきの悪い猫君は来てないのかしら。前は二人揃って、いきなり襲いかかってきたのに」

 

「あの目つきの悪い猫……」

 

オッタルが僅かに目を細める。

 

「アレンの事か?」

 

「そうそう。すぐ怒るし、いきなり槍で突いてくるし。速いけども、動きが分かりやすくてうるさい人」

 

オラリオ最速と呼ばれるアレン・フローメルを、まるで素行の悪いチンピラのように語る。

 

その物言いに、会話を盗み聞きしていた冒険者達の顔が引き攣った。

 

オッタルは表情を変えなかった。ただ、バニーを見る瞳には、先程までよりも僅かに強い関心が浮かんでいる。

 

「強いらしいな」

 

「私が?」

 

「ああ」

 

「誰から聞いたの?」

 

問い返してみるが、オッタルは答えない。

 

バニーは特に気にした様子もなく、ジョッキを軽く揺らした。中に残った酒が、チャプチャプと涼しげな音を立てる。

 

「まあ、そこそこはやれるつもりよ」

 

「そこそこ、か」

 

「うん。あんた達には記憶がないと思うけど――」

 

バニーは軽く酒に酔った柔らかな笑みを浮かべ、何でもない事のように続けた。

 

「七年前のあんたと、あの目つきの悪い人を、二人まとめて軽~くボコれるくらいにはね」

 

酒場から、音が消えた。

 

近くで話を聞いていた冒険者が、ジョッキを持ったまま口を開けて固まる。店主も危うく手にしていた酒瓶を落としそうになり、慌てて両手で抱え直した。

 

現在より七年前とはいえ、オッタルとアレンは、当時からオラリオでも指折りの第一級冒険者だった。

 

その二人をまとめて軽く倒した。

 

普通であれば、酔っ払いの戯言だと笑い飛ばされて当然の話である。

 

しかし、オッタルは笑わなかった。

 

目の前にいる女は、一見すれば朝から酒を飲んでいるだけの、無防備なバニーガールにしか見えない。

 

だが、巨体の自分を前にしても、その身に余計な力が入っていない。酒を口へ運ぶ何気ない動作にすら、不自然なほど隙がなかった。

 

何より、長年にわたり数多の強敵と戦ってきたオッタルの本能が告げている。

 

目の前の女の言葉は、ただの虚勢ではない。

 

「七年前の俺と、アレンを知っているのか」

 

「知ってるわよ。もっとも、こことよく似た別の世界のあんた達だけどね」

 

「別の世界……」

 

「詳しい話は長くなるから、ロキかフィンにでも聞いて。私もまだ、正直ちゃんと分かってないところもあるんだから」

 

バニーは面倒そうに片手を振った。

 

オッタルは、しばらく無言で彼女を見下ろしていた。

 

その視線は鋭い。

 

しかし、バニーは気にした様子もなく酒を飲み続ける。

 

「では、今の俺ならどうだ」

 

「え?」

 

「七年前の俺ではない。今の俺を相手にしても、お前は同じことを言えるのか」

 

その問いを受け、バニーは改めてオッタルを見上げた。

 

以前戦った時よりも、明らかに強くなっている。身体から発せられる圧力も、内側に秘められた力も、七年前とは比較にならない。

 

軽く酒に酔った状態でも、それくらいのことは理解できた。

 

「う~ん……」

 

バニーは頬へ指を当てながら、オッタルの身体を上から下まで見回す。

 

「前より、随分と強くなってるみたいね」

 

「……」

 

「今のあんたも前みたいに軽くボコれるかって聞かれたら……やってみないと分からないかなぁ」

 

その言葉を聞き、オッタルの目が鋭く細められた。

 

勝てないとは言わない。

 

目の前にいるのが現在のオラリオで最強と呼ばれる男だと理解しても、バニーは怯む様子を見せなかった。

 

「ならば、確かめさせてもらおう」

 

「何を?」

 

「お前の力をだ」

 

オッタルの言葉に、酒場の客達が一斉に息を呑む。

 

それは単なる質問ではない。

 

オラリオ最強の冒険者から、異世界より現れた遊び人へ叩きつけられた、明確な挑戦状だった。

 

「今から?」

 

バニーは困ったように眉を下げると、まだ半分ほど酒の残ったジョッキを持ち上げた。

 

「私、まだ飲んでる途中なんだけど」

 

「飲み終わるまで待つ」

 

「そう?」

 

バニーは納得したように頷いた。

 

それならば問題ないとばかりに、ジョッキに残っていた酒を一息で飲み干す。

 

空になったジョッキが、テーブルの上へ置かれた。

 

いよいよオラリオ最強の冒険者と、異世界から来た元賢者の遊び人が席を立つ――。

 

酒場にいる誰もが、そう思った。

 

「店主さん、おかわり!」

 

「……一杯だけだ」

 

「え~? 別に二杯でも三杯でも変わらないでしょ?」

 

「一杯だ」

 

「細かいわねぇ……」

 

大魔王との再戦に向け、フィン達が鍛冶神の知恵を借りようとしていた、まさにその頃。

 

その大魔王を呼び出す事の出来る術者本人は、別のところで、オラリオ最強の冒険者から戦いを申し込まれていた。

 

もっとも、当の本人に緊張した様子は全くなく。

 

新たに運ばれてきたお酒を嬉しそうに受け取ると、黙って待ち構えるオッタルをよそに、再び美味しそうにジョッキを傾け始めるのであった。




お疲れ様です。
今日は朝から歯医者さんと、皮膚科のクリニックに行ってたので、お仕事は午後からで今向かっているところです。

次回!
神へファイストスと椿は、大魔王バーンをどう見るのか!
そして「最強の遊び人」と「現オラリオ最強のレベル7」は、一体どちらが強いのか!?

乞うご期待(*´∇`*)
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