ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
最後の一杯を飲み終えたバニーは、オッタルに促されるまま酒場を後にした。
最初のうちは大人しく後をついて歩いていたものの、酒場から離れても、オッタルは一向に立ち止まる気配を見せない。細い路地を抜け、大通りを横切り、更に歩き続けるオッタルの大きな背中を見上げ、バニーはとうとう不満そうに声を上げた。
「ちょっと、どこまで行くのよ。近くの広場か何かで、ちょっと戦って終わりじゃないの?」
「……お前は強力な魔導士でもあるのだろう?」
オッタルは歩みを止めることなく、前を向いたまま答えた。
「市街地で戦えば、周囲にどのような被害が出るか分からん」
確かに、自分が使える魔法の中には、市街地で軽々しく撃てない呪文も多い。オッタルも、少しはバニーの力について聞いていたようで、その辺りはきちんと考えているらしい。
酒場で突然戦いを申し込んできた時は、ただの戦闘狂なのかとも思ったが、周囲への被害まで考えているのであれば、少なくともアレンよりは話が通じそうである。
そんなことを考えながら歩き続けていると、やがて前方に壮麗な建物が見えてきた。
街中にありながら、その一画だけ空気が違う。正門の左右には武装した団員達が立っており、近づいてくるオッタルの姿を認めた瞬間、一斉に姿勢を正した。
その後ろを歩くバニーへ訝しげな視線が集まるが、オッタルが何も言わずに門を通り抜けると、誰一人として呼び止めようとはしなかった。
「ここがあんた達のホーム?」
「ああ」
「へえ〜。いいとこに住んでるのね」
露出度の高いバニースーツ姿の女が、ホームを見回しながら敷地へ入っていく。当然、行き交う団員達からは奇異の視線を向けられた。だが、先頭を歩いているのがオッタルである以上、面と向かって声をかけてくる者はいない。
それから程なくして、バニーはオッタルに案内され、大きな部屋へ通された。
室内には、銀色の髪を持つ女神がいた。
椅子へ優雅に腰を下ろしたその姿は、ただそこにいるだけで周囲の空気を支配している。透き通るような白い肌と、見る者の理性を溶かしてしまいそうな美貌。
一度見た相手を忘れるようなバニーではない。
「あっ、フレイヤ様じゃない」
バニーの声に、フレイヤは僅かに目を細めた。
「あら、私のことを知っているの?」
「う〜ん、私が知ってるのは、こことは少し違う世界のフレイヤ様だけどね」
バニーの返しに、フレイヤはすぐには答えず、興味深そうにバニーを眺めた。その横へオッタルが進み出る。
「フレイヤ様。お耳に入れておきたいことが」
巨体を屈め、主神の耳元へ口を寄せながら、酒場で聞いたことを簡潔に報告した。
話を聞き終えたフレイヤの瞳に、今まで以上に強い興味が宿る。
「七年前のオッタルとアレンを、あなたが倒したの?」
オッタルからバニーへと視線を戻し、フレイヤは楽しそうに目を細めた。
「ふふっ。詳しく聞かせてもらえないかしら」
バニーは肩をすくめると、特に隠すことでもないとばかりに、当時の出来事を話し始めた。
「詳しくって言われても、向こうから襲ってきたから返り討ちにしただけよ」
最初に襲いかかってきたのはアレンだった。
銀色の槍を手に突っ込んできた彼を倒したところで、今度はオッタルまで攻撃を仕掛けてきたので、そっちも続けてぶちのめした。
それで二人とも返り討ちにしたので、慰謝料代わりに武器や防具、所持していたアイテムを回収し、パンツ一丁で路地裏へ転がしたのである。
「それで、二人の装備をギルドに持っていこうとしたら、フレイヤ様がやって来たのよ」
「私が?」
「こことは違う、私がここに来る前にいた世界のフレイヤ様だけどね。装備をギルドに持ち込んで売るのはやめてほしいって言われて。でも、私も襲われて疲れてたし、無駄に戦ってタダ働きで終わるのも嫌だって言ったら、一千万ヴァリスで手を打ってほしいって言われたの」
「一千万ヴァリス……」
オッタルの眉が僅かに動いた。
自分とアレンが二人とも敗れ、武器も防具も奪われた。そのうえ、主神であるフレイヤが一千万ヴァリスを支払い、装備を買い戻したという。
当然、オッタルにそのような記憶はない。
だが、目の前の女は装備を奪ったというだけでなく、フレイヤが交渉に現れたことや、その際に提示された金額まで具体的に語っている。全てを酔っ払いの作り話だと切り捨てるには、あまりにも話が具体的すぎた。
「それで一千万ヴァリスを貰って、武器や防具を全部返したの。私はお金が貰えて、フレイヤ様は二人の装備を取り戻せた。皆が得をしたんだから、円満解決よね?」
「ふふっ。まぁそうね」
何とも言えないバニーの話に、フレイヤは楽しそうに微笑んだ。
「アレンを呼んできなさい」
フレイヤが近くに控えていた団員へ告げる。
「はっ」
命令を受けた団員は一礼すると、すぐに部屋を出ていった。
それから大して待つこともなく、廊下の向こうから足音が近づいてきた。やがて扉が開き、一人の猫人が室内へ入ってくる。
アレンはフレイヤの前まで進むと、室内にいる見慣れないバニーガールへ一瞬だけ鋭い視線を向けた後、主神へ恭しく頭を下げた。
「フレイヤ様、どのような御用でしょうか」
「貴方に聞いてほしい話があるの」
フレイヤはバニーへ視線を向ける。
「この子は、七年前の時点での貴方とオッタルを倒したことがあるそうよ」
「……は?」
アレンの視線が、フレイヤからバニーへと移る。
「七年前、貴方がこの子へ戦いを仕掛けて敗れた。その後に現れたオッタルも、この子に倒されたそうよ。二人の装備は奪われ、最後には私が一千万ヴァリスで買い戻したんですって」
「……フレイヤ様。俺には、そのような記憶は御座いません」
アレンの言葉に続き、オッタルも静かに口を開いた。
「俺にも御座いません。この女と相対した記憶も、装備を奪われた記憶も」
「私だって、こっちのあんた達と戦ったなんて言ってないわよ。私が戦ったのは、こことは少し違う世界のアレンとオッタルだもの」
バニーが困ったように肩をすくめる。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!俺とオッタルが、テメェみてぇなふざけた格好の女に負ける訳ねぇだろうが!」
アレンの怒声が室内へ響いた。
その怒りが向けられているのは、あくまで目の前のバニーだけである。フレイヤへ向けていた恭しい姿勢は、僅かにも崩していなかった。
「別の世界、ね」
フレイヤはバニーの金色の瞳を静かに見つめる。
「どういうことなのか、最初から聞かせてちょうだい」
「えぇ〜……」
バニーは露骨に面倒そうな顔をした。
「最初から話したら長くなるわよ。それにフィン達からも、あんまり色んな人に話さないように言われてた気がするし」
フレイヤは暫くバニーの顔を眺めた後、そういえばバニーが酒好きだということを思い出した。先程のオッタルからの報告でも、彼女は朝から酒場で何杯もの酒を飲んでいたという。
「勿論、タダでとは言わないわ。ここまで来てもらったお礼として、市中に出回っているソーマを一本用意させてもらうわ。それでどうかしら?」
「ソーマを?」
それまで面倒そうにしていたバニーの表情が、僅かに変わった。
ソーマは、オラリオで一番とも言えるほどの名酒である。酒好きの遊び人としては、どちらに意思が傾くかは決まっているようなものだった。
「う〜ん……まあ、そこまでしてくれるなら仕方ないわね」
バニーは空いていた椅子へ腰を下ろし、足を組んだ。
(フィン達には、他の人に簡単に話さないようにって言われてた気もするけど……まあいいか。後でロキやフィンに怒られたら、フレイヤ様に魅了を使われたって言えばいいわよね)
当然ながら、フレイヤはバニーへ魅了など使っていない。
完全な濡れ衣である。
「私が生まれた世界は、このオラリオがある世界とは全然違う世界なの。ファルナもファミリアもない世界ね」
そう前置きして、バニーは自分の身に起きたことを最初から話し始めた。
かつては賢者として、勇者達と共に大魔王ゾーマを倒したこと。世界が平和になった後、堅苦しい賢者を辞めてから遊び人に転職し、酒場を巡りながら気ままに暮らしていたこと。
そしてある日、酒を飲んで眠り、目を覚ますと、何故か暗黒期時代のオラリオ近くへやって来ていたこと。
そこでロキ・ファミリアと出会い、ザルドやアルフィアと戦い、何故かオッタルとアレンにも襲撃されたこと。
それから元の世界へ戻ろうとしたものの、次に辿り着いた場所も、自分が生まれた世界ではなかった。
「転移先に出てみたら、何人もの人達が、大魔王バーンっていう一人のおじいちゃんに殺されかけてたのよ」
それで、先に戦っていた人達を逃がして、どうにかこうにか自分も逃げ帰って来たことまで、バニーは順番に説明していった。
「バーンと話してて分かったんだけども、どうやらその時に飛んだ世界っていうのが、どうも私が生きていた世界からかなり未来になる世界みたいなのよね」
バニーは椅子の背もたれへ身体を預けながら、何でもないことのように続ける。
「それで今度は色々あって、七年後のオラリオに来ちゃったという訳。それが昨日ね」
話を聞いていたオッタルとアレンの表情には、当然疑いが残っていた。
別の世界。
時間を越える転移。
勇者達と共に大魔王を倒し、更には異なる世界で別の大魔王とも戦ったという話。
どれも普通であれば、酔っ払いの作り話として切り捨てられて当然の内容である。
しかし、フレイヤだけは違った。
話が進むにつれて、美の女神の瞳に関心が高まっていく。人の嘘を見抜くことのできる神の眼。そのフレイヤの眼には、バニーの話の中に偽りは一つとして見当たらなかった。
大魔王を倒したこと。
違う世界からやって来たこと。
七年前のオッタルとアレンを倒したこと。
荒唐無稽な話もあるが、その全てが真実なのだ。
フレイヤはすぐには言葉を発さず、改めてバニーを見つめた。
「フレイヤ様……?」
アレンの声を受け、フレイヤは静かに彼へ視線を向ける。
「アレン。この子は今の話で、何一つ嘘を付いていなかったわ」
「それは……本当ですか?」
アレンの目が僅かに見開かれる。
フレイヤの言葉を疑うつもりなどない。それでも、目の前の女が語った荒唐無稽な話の全てが真実だと告げられ、流石のアレンも驚きを隠すことができなかった。
「ええ。賢者だったことも、大魔王を倒したことも、別の世界の過去で貴方達と戦ったことも、全て真実みたいよ」
アレンは言葉を失い、改めてバニーを睨むように見つめた。オッタルもまた、目の前の女を静かに観察している。
神の恩恵を持たず、それでいて別世界の第一級冒険者達や、大魔王とさえ渡り合った元賢者。
目の前のバニーガールの力は、今の二人をもってしても全くの未知のものだった。
「ふふっ。オッタル、貴方はどう思うの?」
アレンの反応を見て楽しんだフレイヤは、オッタルにもどう思うのか、意見を聞いてみたくて話を振ってみた。
オッタルは暫くバニーを見据えた後、静かに口を開く。
「……七年前の俺達よりも強いかもしれないというのは分かった。では、今の俺達が相手ならどうだ?」
「さあ?前よりも強くなってるみたいだし、そんなのやってみないと分からないわよ」
バニーはオッタルとアレンの二人を、改めて見比べる。
現在の二人が七年前よりも遥かに強くなっていることは、対峙しただけでも理解できた。
フレイヤはそんな三人の様子を楽しそうに眺めた後、優雅に頬へ手を添えた。
「それなら、今回もオッタルとアレンに勝つことができたなら、一千万ヴァリスをあげるわ」
「一千万ヴァリス、ねぇ……」
バニーは、オッタルとアレンの顔を順番に眺めた。
今の二人は、七年前に戦った時よりも明らかに強くなっている。以前と同じように簡単に倒せる相手ではないだろう。
だが、勝てば一千万ヴァリスというのは、悪い話ではない。
まあ、勿論勝つことができればの話だが。
「……まあ、そこまで出してくれるっていうのなら仕方ないわね。やってあげる」
バニーは先程までより僅かにやる気を見せ、椅子から立ち上がった。
「フレイヤ様」
オッタルが一歩前へ出る。
「まずは俺に、奴の力を計らせて下さい」
「オッタル!お前はすっこんでろ!フレイヤ様……この戦いは俺にお任せを」
アレンもオッタルへ張り合うように進み出た。
七年前の自分達が敗れたという話を聞かされたからこそ、二人にはそれぞれ、一対一でバニーの力を確かめたいという思いがあった。
だが――。
「別に、二人いっぺんでもいいわよ?」
バニーが、何でもないことのように告げた。
「……何だと?」
アレンの声が低くなる。
「だって、一人ずつ戦ったら、二回も戦わないといけないじゃない。そんなの絶対面倒だもの」
「テメェ……」
「二人まとめて相手にして、勝てなかったら諦めるわ。それなら一回で済むでしょ?」
バニーにしてみれば、単に戦う回数を減らしたかっただけである。
しかし、アレンからしてみると、それはこれ以上ないほどの侮辱だった。
オラリオ最速と呼ばれる自分と、現オラリオで唯一のレベル7であるオッタル。その二人を同時に相手にしても構わないと、面倒だからという理由だけで、この女は言い放ったのだ。
「七年前の俺とどうだったかなんざ知るか!今の俺を、昔の俺と同じだと思ってんじゃねぇぞ!」
アレンの全身から、抑え切れない怒気が噴き出す。
「前より強くなってるのは分かってるわよ。二回も戦うのが面倒なだけなの」
「舐めやがって……!」
アレンは牙を剥き、殺気に満ちた表情でバニーを睨みつけた。
「そのふざけた態度ごと、俺が叩き潰してやる!クソ女!」
オッタルは何も言わず、バニーを見据えていた。七年前の自分達二人を打ち倒したことがあるという、目の前の女。その実力が、現在の自分達にも通用するのか。
フレイヤが楽しげに見守る中、フレイヤ・ファミリア最強の二人と、最強の遊び人の戦いが始まろうとしていた。
…自力で文章を何十万文字、100万文字以上とか書いてる人を本当に尊敬します。自分は、どうしても言葉が思い付かなかったからなぁ…