ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
「うーん……頭痛い……」
鳥の鳴き声を聞きながら、バニーはゆっくりと目を開けた。
最初に目に入ったのは、見慣れた天井ではなかった。幾つもの枝を伸ばした大木と、その隙間から差し込んでくる朝の光。
身体の下にあるのも、柔らかな寝台ではない。土と枯れ葉の感触が、剥き出しになった背中や腕に伝わってきていた。
「……あれ?」
上半身を起こしたバニーの金色の髪や肩から、枯れ葉がパラパラと落ちていく。
周囲には太い木々が生い茂り、少し離れた場所からは川の流れる音も聞こえてくる。鳥や小動物の気配は幾つも感じられるが、人の姿や建物らしきものは何処にも見当たらない。
「どうして私は、こんな山奥で寝てるのよ……」
ズキズキと痛む頭を押さえながら、昨夜の記憶を辿っていく。
昨日は皆が、大魔王バーンと大魔王ゾーマに挑んだ。
結果は……まごうことなき、こちら側の完敗である。
戦いを終えた後は一旦解散する事になったのだが、ロキ・ファミリアの面々も流石に暗い雰囲気を出していたので、今日はバニーも黄昏の館で飲む気にはなれず、一人外の酒場へと飲みに行ったのだった。
「うん。確か、そうだった筈」
最初は一人で静かに飲んでいた。
だが、途中から近くに座っていた他の冒険者達と話が弾み、誰が一番酒に強いのかという飲み比べが始まった。
エールに葡萄酒。
その後、度数の高い蒸留酒まで出てきて……。
最後に覚えているのは、大きな杯へ注がれたお酒を一気に飲み干し、楽しい気分になって、酒場の机に突っ伏していたところまでである。
だが、幾ら酔っていたとはいえ、酒場で寝た筈の自分が、どうしてこんな山奥にいるのか全く分からない。
「そういえば、オラリオに来る前も、気付いたら荒野で寝てたのよね……」
あの時と、少し状況が似ている気がする。
酒場でお酒を飲み、次に目を覚ました時には、全く知らない場所で倒れている。
「もしかして、また違うところに来ちゃった……とか?」
バニーは立ち上がると、スーツや網タイツに付いていた土を払い落とした。腰に提げている道具袋もそのままで、誰かに荷物を奪われた様子はない。
ただ、周囲の空気や木々から感じられる魔力は、オラリオのものとは少し違っている様に思えた。
(……いや、どっちかというと、私の元いた世界と似ている感じ?)
確かな事は何も分からない。
目を覚ましたばかりで頭も痛むため、考えを纏めようとしても上手くいかなかった。
「考えてても仕方ないわね。取り敢えず、人を探しましょうか」
山奥とはいえ、僅かに人が歩いた形跡は残っている。
木々の間には細い道があり、地面には馬車の車輪らしき跡もあった。
この道を辿っていけば、何処かの町や村に着くかもしれない。
バニーが歩き始めようとした、その時だった。
「ぐへへへへ、大人しくしろ!」
少し離れた場所から、下品な男の声が聞こえてきた。
続いて、剣と剣が激しくぶつかり合う様な金属音が森の中に響き渡る。
「何か揉めてる?」
バニーが足を止め、声の聞こえてきた方に耳を澄ませていると、今度は切羽詰まった男の声が届いた。
「くっ……おいっ、お前ら!この馬車は各村への支援物資を載せているんだ!なぁ、頼むからそこを通してくれ!」
どうやら、穏やかな状況ではないらしい。
人を探していたバニーは声のする方向に走り、茂みの陰から様子を窺った。山肌を切り開いて造られた街道の中央に、一台の大きな馬車が止まっている。
荷台には幾つもの木箱や袋が積まれ、上から厚い布が掛けられていた。前方には大木が横たわり、馬車の進路を塞いでいる。
木の幹には、刃物で切断された跡が残っていた。
勿論、偶然倒れたのではない。
誰かが馬車を止めるため、予め街道に倒しておいたのだろう。
馬車の周囲を取り囲んでいるのは、十人ほどの男達だった。
汚れた革の鎧や粗末な衣服を身に纏い、手には剣や斧、弓といった武器を持っている。
見た感じ、とても盗賊っぽい姿をした男達である。
一方、馬車の前に立っているのは、揃いの鎧を身に纏った三人の騎士だった。騎士達は馬車を守る様に剣を構えているが、既に全員が傷を負っている。一人は左腕から血を流し、別の一人は鎧の脇腹部分を斬られていた。残る一人も額から血を流し、呼吸を乱している。
数の差は明らかだった。
「通してくれだと?」
盗賊らしき男が、馬車を守る騎士達を嘲笑う様に口元を歪める。
その目は騎士達ではなく、その背後にある馬車に向けられていた。相手が荷物を守ろうと必死になるほど、そこには価値のある物が積まれていると確信したらしい。
下卑た表情を浮かべながら、男は馬車の荷台を眺めた。
「へぇ……そんなに焦ってるって事は、やっぱりその馬車には、売れば金になりそうなもんや食いもんが積んであるみてぇだな」
「貴様……!」
「わざわざ教えてくれて有難うよ。荷物を全部置いていきゃ、命までは取らねぇ。お前らも死にたくはねぇだろ?」
「これは近隣の村に届ける、大切な物資だ!お前達の様な者に渡す訳にはいかん!」
「だったら、死んでもらうしかねぇなぁ!」
盗賊達が一斉に武器を構えた。
弓を持った男が矢をつがえ、傷を負った騎士に狙いを定める。
騎士達も剣を握り直したが、既に相当な体力を失っている。戦いが再開すれば、それほど長く持ち堪えられそうにはなかった。
「これは、流石に放っておくのはマズイやつね」
バニーは茂みの中から飛び出すと、盗賊達に向かって大きく手を振った。
「ちょ~っと待った~!!!」
突然響いた女の声に、盗賊達と騎士達が一斉に振り返った。
森の中から現れたのは、ウサ耳を付け、黒いスーツと網タイツを身に纏った女性である。この山奥に現れるには、あまりにも場違いな格好だった。
「なんだ、あの女……?」
盗賊達が困惑した様子で顔を見合わせる。
騎士達もまた、助けが現れた事を喜ぶより先に、バニーの姿を見て戸惑っていた。
しかし、バニーは周囲の反応など全く気にしていない。
馬車の前に立っている騎士に向かって尋ねる。
「ねぇ、そこの騎士さん!今の状況って、村に運んでる荷物を盗賊に狙われてるって事で合ってる!?」
「えっ?あ、あぁ!その通りだ!」
「なるほどね~。よしっ!じゃあ、ちょっと助太刀するわよ!」
「えっ?いや、それは……」
騎士が戸惑うのも無理はなかった。
突然現れた正体不明のバニーガールから助太刀すると言われても、何がどういう事なのかさっぱり分からない。
見たところ、武器も防具も身に着けていない。王国の騎士として、何処の誰とも分からない民間人を、盗賊との戦いに巻き込む訳にはいかなかった。
しかし、まさかバニーはこんな状況なのに、助太刀を断られるとは思っていないので、騎士が止めようとしている間にも、既に盗賊達に右手を向けている。
「【イオラ】!」
バニーの掌に爆裂の力が集まり、眩い光球となって撃ち出された。
一直線に飛んだ光球は盗賊達の中央に飛び込み、地面に触れた瞬間、凄まじい爆発を巻き起こす。
ドゴォォォンッ!!!
轟音と共に地面が揺れ、爆風を受けた盗賊達が纏めて吹き飛ばされた。
「うわああああっ!?」
「ぐあっ!」
「な、なんだぁっ!?」
五人ほどの盗賊が武器と共に宙を舞い、そのまま地面に叩き付けられる。
突然の爆音に馬達が驚き、馬車を大きく揺らした。騎士の一人が慌てて手綱を掴み、暴れようとする馬を落ち着かせる。
バニーは馬車や騎士達を巻き込まない様に、光球を地面に向けて撃ち込んでいた。盗賊達の身体に直接当てたわけではないため、命を奪うほどの威力にはなっていない。
それでも、戦う気を失わせるには十分過ぎる爆発だった。
「ば、爆裂呪文……!?」
騎士の一人が目を見開く。
今のは確か、かなり高位の攻撃呪文だ。
今の一言だけで、十人近くいた盗賊の半数を吹き飛ばしてしまった。
「この女、魔法使いだ!」
「囲んでやっちまえ!」
爆発を免れた三人の盗賊が、武器を手にバニーに向かってくる。
「折角、怪我しない様に加減してあげたのに」
最初の男が剣を振り下ろす。
バニーは半歩横に動くだけで刃を躱すと、男の手首を掴み、その勢いを利用して背負う様に投げ飛ばした。
「ぐえっ!」
男の身体が宙を舞い、背中から地面に叩き付けられる。続いて、斧を振り回しながら別の男が近付いてきた。バニーは横薙ぎに振るわれた斧を屈んで躱し、そのまま男の懐に潜り込む。
「遅い!」
男の腹部に、バニーの膝が突き刺さった。
「ぐぼっ!?」
肺の中にあった空気を全て吐き出し、男がその場に崩れ落ちる。
三人目の男は、バニーと接近戦をするのは危険だと判断したのか、向かっていた足を止めて、腰に差していた短剣を抜いてバニーに向かって投げようとする。
「【バギ】!」
短剣が投げられるより早く、バニーの掌から鋭い風が放たれた。風は男の手元を打ち据え、握られていた短剣を後方に弾き飛ばす。
「なっ!?」
驚いている男の懐に、バニーが一気に踏み込む。その顎を掌底で打ち抜くと、男は白目を剥き、そのまま仰向けに倒れた。
「なんなんだ、この女は……!」
仲間達が次々と倒されていく光景を見て、残っていた盗賊達が恐れをなして逃げ始めた。武器を捨てて、森の中に逃げ込もうとする。
「奴らを逃がすな!」
騎士の一人が声を上げた。
だが、追いかけようと踏み出した途端、傷を負っていた脚に痛みが走ったのか、その場で大きく姿勢を崩してしまう。
「無理しなくていいわよ」
バニーはそう言い残すと、
「【ピオリム】!」
自身の素早さを上げる呪文を唱えて、逃げる盗賊達を追って地面を蹴った。
ただでさえ、騎士達を驚かせるほどの強さだったバニーの速さが、更に一段階跳ね上がる。そして、一番後ろを走っていた男に一瞬で追い付くと、服の襟首を後ろから掴み、そのまま勢い良く引き投げ飛ばした。
「うわっ!?」
バニーに投げられた男の身体が、その前を走っていた仲間の脚にぶつかる。
「ぐあっ!」
巻き込まれた男は足を掬われ、投げ飛ばされた仲間と共に地面を転がっていった。
最後まで逃げ続けていた男は、後ろを振り返る余裕もなく、必死になって木々の間に駆け込もうとしている。
バニーは街道脇に落ちていた小石を拾うと、逃げている男の背中に向かって投げた。小石は狙い違わず、最後の一人に命中する。
「ぐえっ!?」
背中に強い衝撃を受けた男が体勢を崩し、木の根に足を取られて派手に転倒した。地面に顔から突っ込んだ男が、痛みに呻きながら起き上がろうとする。
しかし、その前には既にバニーが立っていた。
「はい、そこまで。大人しくしてなさい」
「く、くそ……」
男は悔しそうにバニーを睨み付けていたが、これ以上抵抗しても勝ち目がない事くらいは理解したらしい。
やがて諦めた様に力を抜き、その場にうつ伏せになった。
「よしっ!これで全員ね!」
バニーが捕らえた男達を連れて戻ると、騎士達は既に他の盗賊達から武器を取り上げていた。爆風で吹き飛ばされた男達も、殆どは痛みに呻いているだけで、命に別状はなさそうである。
騎士達は持っていた縄を使い、盗賊達の両手を順番に縛っていった。
街道脇の茂みを調べると、盗賊達が使っていたと思われる二頭の馬と、小さな荷車も見つかった。どうやら街道を塞いだ後、この場所に隠していたらしい。
縛った盗賊達を荷車に乗せ終えたところで、隊長らしき騎士がバニーの前に歩いてきた。
「危ないところを助けて頂き感謝する。貴女が来てくれなければ、我々だけで荷物を守り切る事は難しかっただろう」
「別にいいわよ。このくらい、大した事じゃないし」
バニーは本当に何でもない事の様に答えると、盗賊達を乗せた荷車に一度だけ目を向けた。
その表情には、自分が騎士達の命や村に届ける支援物資を救ったという誇らしさすら見られない。
近くで困っている人を見つけたから助けただけ。それ以上でも、それ以下でもないと思っている様だった。
「あんた達も、荷物も無事だったんだから、それでいいでしょ?」
「それでも、我々の命だけでなく、村に届ける荷物まで守って頂いた事に変わりはない。私はロモス王国に仕える騎士だ。御名前を聞いてもよろしいだろうか」
「私はバニーよ」
騎士は記憶を探る様に、バニーという名前を頭の中で繰り返した。
あれだけの実力を持っていながら、やはり名前自体は聞いた事がない。
しかし、見た目こそ奇抜ではあるものの、自分達を救い、賊の命まで奪わずに捕らえた行動を見れば、善良な人物であるのは間違いなさそうだった。
「バニー殿か。覚えておこう」
「あっ、それより、ちょっと聞きたいんだけども、オラリオってどっち方面か分かる?」
「オラリオ?」
騎士は聞き慣れない言葉を確かめる様に、もう一度繰り返した。
「いや、そんな街は聞いた事もないな」
「えぇ〜っ!?」
バニーの大きな声に、繋がれていた馬達が驚いた様に耳を動かした。
「本当に?迷宮都市オラリオよ。真ん中にバベルっていう、大きな塔が建ってる……」
「迷宮都市……バベル……」
騎士は他の二人に視線を向けたが、二人とも困惑した様に首を横に振っている。
「少なくとも、この周辺にその様な都市はない。ロモス王国だけでなく、私が知る近隣の国の都市を思い返してみても、その様な都市は聞いた事がないのだが……」
「そんなぁ……」
バニーは大きく肩を落とすと、その場に崩れ落ちる様にしゃがみ込んだ。
僅かに俯いた頭の上では、ウサ耳まで元気をなくした様に垂れている様に見える。
「折角、人がいる場所を見つけられたのに……オラリオの場所くらいは、すぐに聞けると思ってたのに……」
「バニー殿は、そのオラリオという場所から来たのか?」
「その筈なんだけどね。オラリオの酒場で、お酒を飲んで酔って寝ちゃってたら、気付いた時にはこの近くで倒れてたのよ」
「酒場で眠った後、起きたらこんな山奥ともいえる様な場所で寝ていたと?」
「そうなのよ。だから私にも意味が分からないの」
騎士達は揃って顔を見合わせた。
酒場で酔って寝ていた筈が、気付いたら山奥で横になっていた。
それだけを聞けば、酷く酔って記憶を失っただけではないかと思うところである。
しかし、目の前の女性は相当高位の魔法使いらしく、酔って寝ていたといっているが、その身のこなしは騎士である自分達から見ても目を見張るものがある。
その様な人物が、おいそれと記憶を無くしたりするものだろうか?
実際、助けてもらったという事があるからかもしれないが、今の話をただの酔っ払いの戯言として片付けるには、自分達としても納得しきれないものもある。
「ここはロモス王国東部の森だ。俺達は国から支給された食料や薬を、この先のネイル村に届けている途中なんだ」
「ロモス王国……ネイル村……」
どちらも聞いた事のない名前だった。
オラリオから相当離れた場所に来てしまったのか。
或いは、以前と同じ様に、また違う世界に飛ばされてしまったのかもしれない。
「そのネイル村っていうのは、ここから遠いの?」
「このまま街道を進めば、夕方までには着くだろう。小さな村だが、教会も宿もある。行く当てがないのであれば、ひとまず我々と一緒に来るか?」
思いがけない申し出に、バニーはしゃがみ込んだまま顔を上げた。
助けたとはいえ、自分は何処の誰かも分からない旅人である。それなのに、本当に一緒について行っても構わないのだろうかという表情で、騎士の顔を見つめる。
「いいの?」
「勿論だ。命を救ってもらった恩もある。それに村に行けば、旅人や商人から話を聞く事も出来るだろう。もしかすると、そのオラリオという都市についても、何か手掛かりが見つかるかもしれない」
「そうね……ここで一人で歩き回ってても仕方ないし、ついて行かせてもらおうかな」
バニーが立ち上がると、騎士達も出発の準備に戻ろうとする。
その時、バニーは三人の鎧に残った血の跡に目を向けた。
さっきは気付かなかったが、よく見れば三人とも傷を負っている。一人は軽傷の様だが、一人は左腕を押さえ、もう一人も脇腹を庇う様に歩いていた。
「ねぇ、あんた達も怪我してるじゃない。治してあげようか?」
「治す?」
「回復呪文で」
「!?君は回復呪文まで使えるのか……」
高位の攻撃呪文だけでなく、更に回復呪文まで使えるとは……。
騎士の脳裏に、一つの言葉が浮かんだ。
(まさか、賢者なのか?)
賢者といえば、国によって多少の違いはあれど、それだけで国の要職に就く事が出来るであろう、エリート中のエリート。
しかし、目の前にいるのは、どう見ても酒場で客を楽しませる為の破廉恥な衣装を纏った、そっち系の女性である。
その姿と賢者という言葉が、騎士の中ではどうしても結び付かなかった。
「このくらいの傷ならすぐよ。腕を見せて」
「わ、分かった」
バニーは左腕を負傷していた騎士の前に立ち、傷口に手を翳した。
「【ベホイミ】」
柔らかな光が傷付いた腕を包み込む。剣で切り裂かれていた皮膚が塞がり、そして流れ続けていた血も止まっていく。
「おぉ……」
騎士は治った腕を軽く動かし、痛みが消えている事を確かめる。
「次はそっちの人ね」
「いいのか?」
「三人とも治すわよ。このままじゃ村に着くまで辛いでしょ?」
バニーは残る二人の騎士にも、順番に回復呪文をかけた。脇腹の傷も、額から流れていた血も、柔らかな光に包まれて塞がっていく。治療を受けた騎士達は、何度も自分達の傷があった場所を確かめている。
「有難い……」
隊長らしき騎士は、傷の消えた仲間達を見回した後、少し考える様に口を閉ざした。
やがて意を決した様に、バニーに向き直る。
「バニー殿。もし良ければ、一つ頼みがあるのだが」
バニーは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「最近、ネイル村の近くにモンスターが現れる事が増えている。毎回村の若者達が協力して追い払っているそうだが、前回は何人かが怪我を負ってしまったらしい」
騎士が、支援物資を積んだ馬車に目を向ける。
「畑や食料庫も被害を受けた為、国から食料や薬を送る事になった。俺達は、その荷物を届けている途中だったんだ」
「なるほどね」
どっちみち、騎士達に着いていってネイル村に行くのであれば、村の人達からのイメージ戦略にも繋がるし、その為に負傷者を診る事は、特に嫌と思う事はない。
それに、バニーとしても治せるのであれば、怪我人を治してあげたいという思いもある。
「いいわよ。どうせ村まで一緒に行くんだし、着いたら怪我をした人達を連れてきて」
「有難う。村の者達も喜ぶだろう」
こうしてバニーは、騎士達と共にネイル村に向かう事になった。
騎士の一人が物資を積んだ馬車を操り、もう一人が盗賊達を乗せた荷車を引く。隊長らしき騎士は馬に乗り、周囲を警戒しながら二台の馬車の間を進んでいた。バニーは物資を積んだ荷台の隅に座り、流れていく森の景色を眺めている。
「それにしても、本当にオラリオを知らないのよね?」
「あぁ。これまで国から任務を受けて様々な土地を訪れたが、その様な名の都市は一度も聞いた事がない」
「困ったわねぇ……」
バニーは荷台の縁に頬杖をつき、遠くを眺めながら小さく息を吐いた。
騎士は、そんなバニーの様子を気の毒そうに見つめる。
酒場で眠っていた筈が、気付けば見知らぬ山奥。
戻りたい都市の名を尋ねても、誰一人として聞いた事がないという。
明るく振る舞ってはいるものの、仲間達のいる場所に帰れるかどうかも分からないのだから、不安でない筈がない。
「その都市には、家族や仲間がいるのか?」
「仲間がいるわ」
昨日まで一緒にいたロキ・ファミリアの面々が、バニーの脳裏に浮かぶ。
自分が突然姿を消したとなれば、きっと迷惑をかけるだろう。
「では、早く帰った方がよさそうだな。手掛かりになりそうなものはあるのか?」
「それが全く……まずは情報を集めるしかなさそうね」
バニーの返事を聞き、騎士は僅かに眉を寄せた。
どの方角にあるのかも分からない都市を、闇雲に探す事など出来ない。まずは地図や書物を調べなければ、動きようがないという事なのだろう。
「どうしても分からなければ、王都に向かうのも一つの手だぞ。王城には、各国の地図や古い書物も保管されている」
「お城かぁ。でも、簡単には入れてもらえないでしょ?」
「普通の旅人なら難しいが、あれだけの呪文を使えるのであれば、国も無下には扱わないだろう」
「そうなの?」
「魔法は、生まれ持った才能に大きく左右される。努力だけで、誰もが使える様になるものではないからな」
そうして、騎士はバニーを見る。
「攻撃呪文と回復呪文の双方を扱える者は特に少ない。君程の力があれば、どの国でも諸手を挙げて歓迎されるだろう」
「へぇ……そういうものなのね」
バニーは騎士の話に感心した様に頷くと、再び荷台の外に視線を向けた。
街道は深い森の中を通り、緩やかに続いている。
見た事のない色をした鳥が馬車の上を横切り、木々の奥からは時折、獣とも魔物とも判別しにくい鳴き声が聞こえてきた。
それから数時間ほど経った頃、森の向こうに小さな村が見えてきた。
木の柵に囲まれ、畑や牧草地が広がっている。多くの家が木と石で造られており、村の中央には小さな教会が見えた。
「あれがネイル村だ」
「思ってたより、大きな村ね」
「昔から、この森で採れる薬草や木材を各地に出荷してきた村だ。王都から離れてはいるが、周辺の村々にとって重要な場所でもある」
馬車が村に近付くと、見張りをしていた若者が一行に気付いた。
「あっ!王国からの馬車だ!」
若者の声を聞き、村の中から人々が次々と集まってくる。
馬車に積まれた食料や薬を見た村人達から、安堵の声が上がった。
「良かった……これで暫くは持ち堪えられる」
「薬まで届いたぞ!」
「騎士様、有難う御座います!」
村人達が馬車に駆け寄る中、何人かは盗賊達を乗せた荷車を見て驚いていた。
「そいつらは……?」
「道中で我々を襲った盗賊だ」
騎士が答える。
「この方が助けて下さった」
全員の視線が、馬車から降りたバニーに集まった。
ウサ耳に、黒いスーツと網タイツ。
ロモス王国の山奥にある村では、まず目にする事のない破廉恥な格好である。
村人達は、騎士達の命を救った人物だと聞いても、呆然としてすぐには反応出来なかった。
「このお姉さんが……?」
「本当に、あの盗賊達を?」
「どうして、その格好で……」
「なに?この格好じゃ人助けをしちゃ駄目なの?」
バニーが腰に手を当てると、村人達は慌てて首を横に振った。
「い、いえ!そういう意味では!」
「騎士の方々を助けて頂き、有難う御座います!」
「私達の為の荷物まで守ってくださったそうで……」
村人達が次々と頭を下げる。
「いいわよ。それより、怪我した人がいるって聞いたんだけど」
「あぁ、それならあちらです!」
一人の村人が、村の中央に建っている教会を指差した。
「神父様が診て下さっているんですが、やはりお一人では対応しきれないみたいで……」
村人に案内され、バニーは騎士達と共に教会に向かった。
教会の中に入ると、長椅子や簡素な寝台に、何人もの村人達が横たえられていた。
腕に包帯を巻かれた者。
脚に添え木を当てられた者。
肩から胸元にかけて、大きな布を巻かれている者もいる。
教会の隅には、まだ比較的傷の浅い者達が座り込み、自分達の治療の順番を待っていた。
その傍では、白髪の神父が負傷者の傷を確認しながら、忙しそうに動き回っている。
「神父殿。支援物資を届けに来た」
「おぉ、騎士様!よくぞ御無事で!」
神父は騎士達の姿を確認し、安堵した表情を浮かべる。
しかし、視線がバニーに移った瞬間、その表情が困惑に変わった。
「そちらの方は……?」
「道中で我々を盗賊から救ってくださったバニー殿だ。攻撃呪文だけでなく、回復呪文にも長けている」
「おぉ……回復呪文を扱えるのですか」
「あぁ。村の負傷者も診て下さるそうだ」
神父は驚いた様にバニーを見た後、深く頭を下げた。
「それは有り難い。どうか、この者達をお願い致します」
「うん任せて。でも、思ってたより怪我人が多いのね」
バニーが教会の中を見回す。
寝台だけでは足りず、長椅子や床に敷かれた布の上にまで怪我人が寝かされていた。
「普段ならモンスターが現れたとしても、村の若者達だけでも十分に追い払える程度の数なのです」
神父は傷付いた村人の包帯を巻き直しながら、重い表情で答えた。
「ですが今回は、森から現れたモンスターの数がいつもよりも多く、村の畑にまで一斉に押し寄せてきました。何とか追い払う事は出来ましたが、その際に多くの者が傷を負ってしまったのです」
「そうだったのね」
「私も出来る限り治療を続けているのですが、これだけの人数を一人で診るとなると、どうしても時間が掛かってしまいまして……」
神父の顔には、疲労が色濃く表れていた。
おそらく、村人達が運び込まれてから殆ど休まずに治療を続けていたのだろう。
バニーは怪我人達を順番に見回した後、神父に顔を向ける。
「一人ずつだと時間が掛かるから、とにかく怪我人を皆ここに集めてもらえるかしら?」
「全員を、ですか?」
「うん。動けない人は寝たままでいいから、出来るだけ近くに集めて」
神父と騎士達は、不思議そうな表情を浮かべた。
回復呪文を使うのであれば、普通は一人ずつ傷の状態を確認してから治療するものだ。
それを全員集めてほしいと言われても、何をするつもりなのか分からない。
しかし、道中でバニーの力を目にしていた騎士は、すぐに村人達へ声を掛けた。
「聞こえたな。動ける者は中央に集まってくれ。動けない者の寝台は、我々が運ぶ」
「俺達も手伝います!」
教会に集まっていた村人達も加わり、長椅子や寝台が移動させられていく。
腕だけを負傷している者は自分の足で歩き、脚を傷めている者は家族や騎士に肩を借りながら移動した。
やがて、教会の中央に全ての怪我人が集められた。
「バニー殿。怪我人達に集まってもらったぞ」
「有難う。それじゃあ、皆そのまま動かないでね」
バニーは怪我人達から少し離れた場所に立つと、静かに目を閉じた。
先程までの軽い雰囲気が消え、その表情が真剣なものに変わる。
ゆっくりと呼吸を整えながら、身体の中にある魔力を集中させていく。
その変化を感じ取ったのか、神父と騎士達も言葉を止めた。
教会の中が静まり返る。
バニーは静かに息を吸うと、両腕を肩幅ほどに開き、掌を上へ向けたまま頭上に掲げた。
身体の奥で練り上げられた膨大な魔力が、掲げられた両手に集まっていく。
「【ベホマズン】!」
その瞬間、神聖な光が教会の中に満ち溢れた。
眩い光はバニーを中心に大きく広がり、集められていた怪我人達を一人残らず包み込んでいく。
それは、神父がこれまでに使ってきた回復呪文とは、比較する事さえ出来ないほど力強く、それでいて温かな光だった。
剣で斬られた腕の傷が塞がっていく。
モンスターの爪に裂かれた背中から、痛みも傷も消えていく。
添え木を当てられていた脚の腫れも瞬く間に引いていき、動かす事さえ出来なかった者達が、驚きながら自分の身体を確かめ始めた。
「傷が……治ってる……」
「痛くない……全然痛くないぞ!」
「立てる!俺、立てるぞ!」
光が収まる頃には、教会に集められていた全ての怪我人が完全に治療されていた。
先程まで寝台から起き上がる事さえ出来なかった者まで、自分の足で立ち上がり、信じられない様子で身体を動かしている。
「よしっ。これで全員治ったわね」
バニーは満足そうに頷いた。
しかし、神父と騎士達から返事はなかった。
二人とも、目の前で起きた事を理解出来ず、呆然とバニーを見つめている。
それも仕方のない事だった。
最上位の回復呪文であるベホマを扱える賢者ですら、世界中を探しても何人見つかるか分からないほど貴重な存在なのである。
だというのに、バニーが今使った呪文は、傷を一人一人治していくものではなかった。
【ベホマズン】
神父も教会に勤めている以上、その名前だけは聞いた事がある。
範囲内にいる全ての者を同時に癒やし、瀕死の重傷さえも一瞬で治してしまうという、伝説に等しい回復呪文。
だが、その呪文を実際に扱える者など、これまで生きてきた中でも聞いた事がない。
恐らく、低確率ながら死者の蘇生さえ行えるという神秘の呪文【ザオラル】よりも、更に高度な呪文なのだろう。
その使用者が、今、目の前にいる。
「せ、聖女様……」
神父の震える声が、静まり返っていた教会の中に響いた。
その言葉を聞いた村人達も、我に返った様にバニーを見つめる。
「聖女様だ……」
「私達全員の傷を、一瞬で……」
「この村に、聖女様が訪れて下さったぞ!」
「いっ、いや、違うって!私は聖女とかじゃっ――」
「聖女様ー!」
「有難う御座います、聖女様!」
「聖女様が村を救って下さった!」
興奮した村人達の声に、バニーの言葉は完全に掻き消されてしまった。
怪我を治してもらった者達だけでなく、その家族まで次々と集まり、バニーに向かって深々と頭を下げていく。
「だから違うんだってば!私はただの――」
「聖女様、有難う御座います!」
「聖女様ー!」
何を言っても、最早誰の耳にも届いていない。
神父は感極まった様子で祈りを捧げ、村人達は奇跡を目にした興奮から、何度も聖女様と声を上げている。
そんな中、共に来ていた騎士だけは、呆然としたまま村人達に囲まれて困り果てているバニーを見つめていた。
その視線に気付いたバニーは、引き攣った笑みを浮かべる。
「……もしかして、やっちゃった?」
どうも皆さん、お疲れ様です。
バニーのお話を久しぶりに更新させて頂きました。
と言っても、本編から脱線しての番外編な感じですが……
一応、頭の中で何となくの形は作れていますので、特に不評とかでなければ、もう少し続けていきたいな〜と思ってます。
バニーのお話は、バトル系が続いてしまってから同じパターンな感じが続いてしまい、自分でもちょっと「何だかな〜」と思っていたのです。
ですので、ちょっと空いてしまいましたが、もし少しでも「面白いかも…」「期待出来るかも…」な感じに思って頂けましたら、感想や評価、コメントの方もどうか宜しくお願い致します!
こうしてハーメルンで投稿させてもらってて思うのですが、そういうの本当〜に力になってますので(笑)
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パプニカ王国(テムジン)「旅の賢者が村を救ってくれた?聖女だ?何と愚かな…これだから無知な民衆は困るのだ。メラとホイミが使えるだけで、賢者を自称しているのではなかろうな?」
ロモス王国(シナナ王)「なんと、旅の賢者がロモスの騎士と村人達を?それは素晴らしい!機会があれば、一度話を聞いてみたいものだ」
な感じ?