ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ 作:ポップ
バニーがネイル村に滞在する事を決めた翌日の午後。
ロモス城の謁見の間では、ネイル村に支援物資を届けて来た騎士達が、シナナ王に事の詳細を報告していた。
「盗賊達は、その後到着した兵士達に引き渡しました。物資に関しましても、全てネイル村に届ける事が出来ました」
「うむ。まずは御苦労であった」
王座に座るシナナ王は、騎士達を労う様に大きく頷いた。
「しかし、十人ほどの盗賊を三人で捕らえたというのか。随分と奮戦した様だな」
「……いえ。恥ずかしながら、我々だけでは荷物を守り切れなかったでしょう」
隊長を務めていた騎士は、正直に答えた。
「盗賊達を捕らえたのは、山中で偶然出会った一人の女性なのです」
「偶然出会った女性?」
「はい。バニーと名乗っておりました」
騎士は、自分達の前に突然現れた奇妙な女性について、順を追って説明していった。
作り物のウサ耳と、少々卑猥じみた黒の衣装を纏った不思議な女性。
かなり高位の爆裂呪文を使い、盗賊達の半数を一撃で吹き飛ばした事。
逃げ出した者達にも瞬く間に追い付き、ただの一人も逃がさず捕らえた事。
そして戦いが終わった後には、傷を負っていた自分達に、回復呪文までかけてくれた事。
「なんと!?攻撃呪文と回復呪文を使えるという事は、その者は賢者ではないか!……つまり、旅の賢者がロモスの騎士と村人達を救ってくれたと?」
シナナ王は感心した様に身を乗り出した。
軽く聞いてみただけでも、その人物が只者ではないという事が分かる。一つだけ、卑猥な衣装を身に纏っているというのが少々気になるが……
まぁ、そこは敢えて指摘する必要もないだろう。
とにかく、それほどの人物が、偶然とはいえロモスの民を助けてくれたのだ。王としても、喜ばしく思うのも当然だった。
「陛下。驚くべき事は、まだそれだけでは御座いません」
「何?まだあるのか?」
騎士はコクリと頷いて話し出す。
「バニー殿はネイル村に到着した後、モンスターに襲われた怪我人を治療したとお伝えさせて頂きましたが…それが、なんと村の怪我人達の治療を、一度に全員まとめてしてしまいまして……」
シナナ王の表情が変わった。
「一度に全員だと?」
自分の口から報告している今も、その光景を完全には信じ切れていない様子だった。
騎士は一度息を呑むと、緊張した面持ちで報告を続けた。
「教会の神父によれば、その時に使われた呪文は【ベホマズン】だったとの事でした……」
「べっ、ベホマズンですと!?」
驚きを隠しきれなかった王宮魔法使いが叫んだ。そして、シナナ王を含む、その場にいる全ての者が、信じられないといった様子で目を大きく広げている。
ベホマズン。
それは、範囲内にいる全ての者を同時に癒やし、瀕死の重傷の者ですら完全に治してしまうという伝説の回復呪文。
今の時代、その伝説級の呪文名を聞いた事はあっても、実際にそれを使用出来る人物など、一国の王であるシナナ王ですら全く耳にした事がなかった。
「……私もその場におりましたが、教会の中が神聖な光に包まれ、怪我人達が一斉に立ち上がる光景は、まさに奇跡そのものでした。神父や村人達が、思わずバニー殿を『聖女』と呼んでしまったのも無理はないかと」
「……それほどの奇跡を目にしたとなれば、無理もないか」
シナナ王は驚きを残しながらも、しかし嬉しそうに口元を緩めた。
「その様な人物がロモスに滞在してくれるとは、まったく心強い話ではないか」
騎士は続けて、バニーが置かれている状況についても報告した。
オラリオという、聞いた事のない都市から来たという事。
その都市の酒場で眠っていた筈が、気付けばロモス東部の山奥で横になっていた事。
そして、本人にも何故ロモスに来ているのかが全く分かっていない事。
「オラリオ……」
王は記憶の奥底を探る様に、その都市の名を口にしてみたが、自身の知る場所に、その名に該当する都市は思い当たらない。
「そのバニー殿は、仲間の元に帰りたいと言っているのだな?」
「はい。今は情報を集める為に、ネイル村の教会に滞在されております」
シナナ王は、見知らぬ土地に迷い込みながらも、ロモスの民を助けてくれた女性の事情を気に掛け、暫く考え込んだ。
せめて、自国で確認出来る地図や記録だけでも調べてやるべきだと判断し、傍に控えている者達に、すぐさま視線を向ける。
「分かった。念の為、城の書庫にある地図と交易記録を調べさせてみよう。各地を訪れる商人達にも、その名を聞いた事がないか尋ねてみる事にしよう」
「畏まりました」
「それで、何か分かればすぐにバニー殿に知らせる様に」
シナナ王は、改めて報告に来た騎士達を見た。
「我が国の恩人なのだ。丁重にな」
「はっ」
報告を終えた騎士達が退出した後も、シナナ王は暫くの間、くだんの賢者について考えていた。
「……機会があれば、一度王宮に招いて話を聞いてみたいものだ 」
◇ ◇ ◇
それから十日程が過ぎた。
ネイル村に滞在するバニーの一日は、朝早く教会の鐘が鳴るところから始まる。
もっとも、鐘が鳴ったからといって、バニーがすぐに起きるとは限らないのだが。
その日も教会の一室では、鐘が鳴り始めていても、バニーは毛布を頭まで被って眠り続けていた。
「バニー様。朝ですよ」
扉の外から聞こえてきた声にも、反応はない。
「バニー様。今日は村の皆と、森に行く約束をしていたではありませんか」
「……起きてるわよ」
随分と眠そうな声が、毛布の中から返ってくる。
そのまま暫くすると、髪を乱したバニーが、のそのそと身体を起こし始めた。
「おはよう御座います」
部屋に入ってきたのは、神父の娘であるレイラだった。
僧侶として父親を手伝いながら、普段は村の仕事にも加わっている。森の中にも何度も足を運んでいるらしく、木の実や薬草の種類にも詳しいそうだ。
「おはよう、レイラちゃん」
「朝食を用意しています。食べ終わったら、村の入口の方に来て頂けますか?」
「今日は木の実とかを採りに行くんだっけ?」
「はい。木の実や薬草を集めながら、運が良ければ鹿や猪も狩る予定です。先日のモンスターの襲撃で、食料庫の一部が壊されてしまいましたから」
先日の被害で、村に蓄えられていた食料まで失われたと聞き、バニーはウンウンと頷いた。
「それじゃあ、沢山持って帰らないとね」
「最近は森にいるモンスターの数も増えていますので、どうか油断なさらないで下さい」
バニーは勢い良く胸を張ると、自信満々に答えた。
「任せなさい!」
朝食を終えたバニーは、村の入口に向かった。
そこには、弓や槍を持った数人の若者達が集まっている。
バニーの姿を見つけた一人が、嬉しそうに手を上げた。
「聖女様!今日は宜しくお願いします!」
「誰が聖女様よ」
バニーのジト目を受け、若者は慌てて口を押さえた。
「す、すいませんっ」
「もう、皆して私を聖女様呼ばわりして……」
バニーは片眉を上げると、腰に両手を当て、集まっていた若者達を順番に睨んだ。
「皆にも止める様に言ってよね!私は自分の事を、一度も聖女だなんて言ってないんだから!」
確かに、教会でベホマズンを使ったのは、ちょっとビックリさせてしまったかなという気持ちはある。でも、考えてみてほしい。一人ずつ治していくのは、本当に手間なのだ。
感謝されのは悪い気はしないが、自身の経験上、そこから高確率で始まる妙に長くなりそうな話は、全く時間の無駄なのである。
感謝の言葉を伝えたいというのもあるかもしれないが、少しはこっちの気持ちも考えてほしい。
バニーにとっては、ぶっちゃけ面倒臭いからまとめて治しただけなのだから。
(それが切っ掛けで聖女とか呼ばれるようになっちゃうなんて、本当に失敗しちゃったわ……)
準備を整えた一行は、木製の籠や狩りの道具を持って村を出た。
森の浅い場所には、食べられる木の実や薬草が数多く自生している。
レイラは、採っても問題のない木の実や薬草を見分けながら、若者達に指示を出していった。
バニーも教えてもらった物を籠に入れ、時折その場で一つ摘まんでは味を確かめている。
食べられる木の実を集め終える頃には、持ってきた籠の大半が埋まっていた。
一行は、集めた物を一度纏めて置くと、次は動物の足跡を探し始める。
レイラが地面に残された蹄の跡を見つけ、近くにいた若者達を呼び寄せた。
「まだ新しい跡なので、おそらく、この先に鹿がいます」
「分かった。俺達が左右に分かれて回り込む」
若者達は声を潜め、鹿の足跡を辿りながら森の奥に進んでいった。
バニーとレイラも少し距離を取ってから、その後に続く。
暫くすると、木々の隙間に一頭の大きな鹿が見えた。
一人の若者が音を立てない様に弓を構える。
他の者達は、鹿が逃げる方向を予想して、離れた場所に回り込んでいった。
放たれた矢が鹿の身体に命中する。
鹿は驚いて走り出したが、逃げた先に待ち構えていた別の若者が、続けて二本目の矢を放つ。
二本の矢を受けた鹿は、暫く必死に走った後、力を失って倒れた。
「仕留めたぞ!」
若者達が鹿の元に集まり、村に持ち帰る為の準備を始めている。
「皆、慣れてるのね」
「この村では、森に入って食料を集めるのも大切な仕事ですから」
レイラは周囲を警戒しながら答えた。
若者達が鹿を運び始めようとした、その時だった。
森の奥から、低い唸り声が聞こえてきた。
レイラが即座に表情を引き締める。
「全員、武器を構えて下さい」
木々の間から現れたのは、人間の様に二本の足で立つ、巨大な狼のモンスターだった。
鋭い爪と牙。
全身を覆う灰色の体毛。
こちらを威圧する様に背中を丸め、倒された鹿に視線を向けている。
「キラーリカント……!」
若者の一人が、緊張した声を上げた。
鹿の血の匂いを嗅ぎ付け、獲物を奪おうと近付いてきたらしい。
「皆さんは下がっていて下さい」
レイラが若者達の前に立ち、手にしていた杖を構えた。
「レイラちゃん、一人で大丈夫?」
「私が時間を稼ぎます。その間に鹿と木の実を持って、村に戻って下さい」
「いや、それなら私がやるわよ」
バニーがレイラの隣に並ぶ。
「ですが……」
「折角ここまで集めたんだから、あれに鹿を取られちゃったら、私も凹んじゃうしね」
そして、キラーリカントが地面を蹴った。
大きく口を開き、バニーに向かって一直線に飛び掛かってくる。
バニーはその場から動かず、右手を前に突き出した。
「メラゾーマ!」
バニーの掌から凄まじい炎が放たれた。
炎がモンスターの全身を一瞬にして包み込み、キラーリカントは地面を転がりながら、森の奥へと吹き飛ばされる。
そのまま後方の木に身体を打ち付けた後、煙を上げたまま動かなくなった。
「メラゾーマまで…… 」
レイラは杖を構えたまま、倒れたキラーリカントを見つめている。
高位の火炎呪文であるメラゾーマは、使える魔法使いが、全くいない訳ではない。だが、攻撃魔法を専門とする魔法使いではなく、回復呪文にも長けた賢者の身でありながらメラゾーマまで扱える人物となると、かなり限られるのは間違いない。
「よし!これで大丈夫ね」
バニーが右手を下ろした、その時だった。
別の茂みから、もう一体の小柄なモンスターが飛び出してきた。
キラーリカントの後を付いてきていたらしい。
近くにいた若者が咄嗟に槍を構えたが、僅かに反応が遅れた。
振るわれた爪が若者の腕を斬り裂く。
「うわっ!」
次の瞬間、レイラの杖がモンスターの脇腹を強く打ち据えた。
体勢を崩したモンスターに、他の若者達が槍を突き出す。
何度か攻撃を受けたモンスターは、やがて地面に倒れて動かなくなった。
「傷を見せて下さい!」
レイラが怪我をした若者に駆け寄る。
腕の傷からは血が流れていたが、幸いにも骨に異常はなさそうだった。
レイラは傷口の上に手を翳し、精神を集中させる。
「【ホイミ】」
柔らかな光が若者の腕を包み込む。
裂けていた傷が少しずつ塞がり、流れていた血も止まっていった。
「これで大丈夫です。痛みは残っていますか?」
「いや、もう大丈夫だ。助かったよ、レイラ」
若者は治った腕を動かし、レイラに感謝の言葉を返す。
バニーはレイラの治療を眺めた後、感心した様に頷く。
「レイラちゃんも、回復呪文が使えるのね」
「まだまだですが、村の皆を助ける為に覚えました」
「十分立派じゃない」
バニーに褒められ、レイラは僅かに照れた様な表情を浮かべた。
そうして一行は鹿と木の実を持ち、周囲を警戒しながらネイル村に戻る事にした。
◇ ◇ ◇
村に戻ったレイラは、狩りで起きた出来事を神父に報告した。
「そうか……メラゾーマまで……」
神父も、やはり驚きを隠せない様子だった。
「はい。キラーリカントを、一撃で倒していました」
「ふむ……騎士の方々からも、バニー様がイオラを使われていたと聞いているが、まさかメラゾーマまで使えるとは」
イオラ。
メラゾーマ。
そして、ベホマズン。
神父が把握しているだけでも、バニーはこれだけの高度な呪文を使いこなしている。
「レイラよ。ひとまずこの件は、この村の中で収めておく事にしよう。バニー様も、あまりそういう噂が立つのは好まれまい」
「はい」
そして神父は考える。
【ベホマズン】を目の当たりにした興奮から、思わず聖女様と呼んでしまったが、このままでは、噂が近隣の村や町にまで広がってしまうかもしれない。
あの時は、とてもではないが平静を保てなかったのだ。
しかし、だからといって本人が望んでいない噂を、これ以上自分達が広げていい理由にもならない。
「同じ過ちを繰り返す訳にはいかん。村の者達には、私から話しておこう」
「分かりました」
今度こそバニーに余計な迷惑を掛けない様にしようと、神父は固く心に決めた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
村を訪れた行商人が、荷車を教会の前に止めた。
「聖女様!」
「その呼び方はやめてって言ってるでしょ」
「しかし、近くの町ではもう大変な噂ですよ!ネイル村に現れた聖女様が、村の怪我人を一気に全員治してしまったと!」
「えっ!?そんなに広まっちゃってるの?」
「えぇ。私も実際に目にした事を少し話したところ、皆が詳しく聞かせてほしいと集まってきまして」
行商人は悪びれた様子もなく笑っている。
バニーは暫く呆然としていたが、ゆっくりと教会の神父に顔を向けた。
「神父様……本当に余計な事を言ってくれちゃったわねぇ」
ジト目で睨まれ、神父の肩が目に見えて縮こまる。
怪我人達が一斉に治った時、最初に聖女様と呼んだのは神父なのだから。
勿論、あれほどの奇跡を間近で目にし、感動のあまり口にしてしまった言葉だったので神父としても悔いはないが、しかし、自分の一言が切っ掛けとなり、こんなにも聖女の噂が広がるとは思ってもみなかった。
「その……申し訳ない」
神父は、心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「もういいわよ、言っちゃったものは仕方ないし。それに、人の噂なんてちょっと経ったら忘れていくでしょ」
バニーは諦めた様に肩を落とす。
しかし、彼女の予想に反して、噂が収まる気配はなかった。
ネイル村を訪れた商人や旅人達が、別の村や町に向かう度、バニーの話も一緒に運ばれていく。
旅の賢者。
ロモスの騎士や村人を救った謎の女性。
一人で十人もの盗賊を捕らえた大魔法使い。
一度に大勢の怪我人を治してしまったという、聖女。
話は人の口を通る度に少しずつ形を変え、やがて海を渡る船にも乗っていった。
そして半月ほどが過ぎた頃。
ロモス東部に現れたという旅の聖女の噂は、パプニカ王国の城にも届いていた。
◇ ◇ ◇
「ほう。ロモスに、その様な人物が現れたのか」
商人達から集められた報告を読み、パプニカ王は興味深そうに頷いた。
その傍には、王を補佐する立場にあるテムジンも控えている。
「ロモスの騎士を救い、村人達の傷もたちどころに治してしまったという。多少の誇張はあるかもしれんが、実に興味深い話ではないか」
「はい。まことに素晴らしい話で御座いますな」
テムジンは、穏やかな笑顔を浮かべて王の言葉に同意したが、その内心は全く異なっていた。
(旅の賢者が村を救った?挙句の果てには聖女だと?何と愚かな……これだから無知な民衆は困るのだ。もしや、メラとホイミが使えるだけで、賢者を自称しているのではあるまいな?)
辺境の村人達が、数ある回復呪文の違いを正しく見分けられるとは思えない。
古くから多くの魔法使いや賢者を輩出してきたパプニカの重鎮であるテムジンからすれば、余所者が軽々しく賢者と呼ばれる事は、不愉快以外の何物でもなかった。
だが、当然ながら王は、そんなテムジンの考えを見抜けてはおらず……
「これは、パプニカとしても負けてはおられんな」
パプニカ王は、競争心というよりも純粋な興味から笑みを浮かべていた。
「我が国にも、将来を期待されている若い賢者達がいる。機会があれば、そのロモスの賢者とも交流をさせてみたいものだ」
テムジンは、その言葉を聞いて僅かに目を細めた。
「陛下。それでしたら、一つ提案が御座います」
「何だ?申してみよ」
「せっかく、世に新しい賢者が現れたのです。ロモス王国に打診を入れて、我が国の若き賢者達と共に、互いの力を披露し合う催しを開いてみてはいかがでしょうか?」
「ふむ……賢者達の催しか」
「はい。異なる国で学んだ者同士が、その知識や技術を披露し、互いに高め合う為の場で御座います」
これは、今テムジンが語っている表向きの理由を聞いてみれば、特に問題の無さそうな提案だった。
パプニカとロモスの交流にもなり、未来を担う若者達にとっても貴重な経験になる。
「それは面白そうだな」
パプニカ王は前向きな表情を浮かべた。
「早速ロモス王にも提案してみよう。我としても『聖女』とまで呼ばれるその人物の事は気になる」
深々と頭を下げながら、テムジンは王に気付かれない様に口元を歪めた。
(化けの皮を剥がしてくれるわ)
そうしてテムジンの思惑通り、翌日にはパプニカ王国からロモス王国へ、正式な書状が送られる事になった。
◇ ◇ ◇
パプニカ王国からの正式な書状がロモス城に届けられたのは、それから数日後の事である。
「未来を担う、若者達の交流会か……」
シナナ王は書状を読み終えると、困った様に腕を組んだ。
催し自体は別によい。
パプニカ王からも、互いの魔法技術を披露して、両国の親交を深める事が目的だと記されている。
だが、ロモス側の参加者として名前を挙げられているバニーに関しては、ロモス王国に仕える賢者ではない。
そもそも、シナナ王は未だバニー本人と会った事すらなかった。
国の恩人を、こちら側の都合で勝手に参加させる訳にはいかない。
「陛下。いかがなさいますか?」
「う〜む、まずはバニー殿本人の意思を確認するべきだろう」
シナナ王は、近くに控えていた騎士達に目を向けた。
彼らは、盗賊に襲われた際にバニーから助けられた三人である。
「すまんが、もう一度ネイル村に向かい、バニー殿に話を聞いてきてもらえないだろうか」
「畏まりました」
「ただし、これは命令ではない。バニー殿が嫌がるのであれば、断ってくれて構わぬと伝えてくれ」
シナナ王は、念を押す様に続けた。
「勿論、参加してもらえるのであれば、相応の報酬は用意する。望むものがあるならば、出来る限り応えるともな」
「はっ!では、その様にお伝え致します」
こうして騎士達は、再びネイル村を訪れる事になった。
◇ ◇ ◇
数日後。
村の外から、何頭もの馬が近付いてくる音が聞こえてくる。
やってきたのはロモス王国の騎士達で、その中には、バニーが先日助けた三人の姿もある。
「あら、ちょっとぶりじゃないの。今日も何か物資を届けに来たの?」
「あぁ、いや。今回はバニー殿に話があって来たのだ」
「私に?」
騎士達は神父やレイラにも挨拶した後、教会の中に入り、パプニカ王国から届いた書状と、シナナ王から預かった言葉を伝えていく。
「……つまり、お互いの国で魔法が得意な人達が集まって、競い合う感じ?」
「あぁ。パプニカ王国は、古くから優れた魔法使いや賢者を多く輩出してきた国だ。その国の若き賢者達と、互いの力を披露する、交流会の様な場を設けたいらしい」
「う〜ん……」
バニーは腕を組んで、困った様に首を傾げる。
「そういう催しって、変に注目を集めそうだから、あんまり好きじゃないのよねぇ」
バニーは別に、大勢の前で力を披露したいとは思わない。どこでもそうだが、こういうのはあまり力を見せてしまうと、様々な者達から興味を持たれて、結局面倒な事になってくるのだ。
「陛下も、無理に参加させるつもりはないと仰っていた。だから、バニー殿が嫌なのであれば、断ってくれても何の問題もない」
「そうなの?」
「あぁ。ただ、もし参加してくれるのであれば、国としても、報酬は望むものを用意するとも仰っていた」
「えっ?望むもの?」
バニーのウサ耳がピクリと動いた……様な気がする。
「う〜ん、報酬は望むものをかぁ」
先程までは、あまり乗り気ではなかった筈のバニーが、急に真剣な表情で考え始める。
「そんな事を言われたら、迷っちゃうな〜」
騎士達は、思わず顔を見合わせた。
各地で聖女と噂されている人物が、報酬という言葉に分かりやすく心を動かされている。
そのあまりにも人間らしい姿が、何処か可笑しかった。
「なに?どうして皆、笑いそうな顔してるの?」
「いや、何でもない」
騎士は咳払いをして、表情を整えた。
「交流会の詳しい内容は、公平を期す為、直前まで伏せられるそうだ。ただし、命に関わる様な危険なものはないと書かれている」
「まだ何をするかは分からないの?」
「そうらしい」
「ふ〜ん……」
そう言いながらも、バニーの気持ちは既に参加するつもりに傾いていて、王様にも何を報酬としてお願いするかまで考え始めていた。
その時、話を聞いていた神父が、控えめに口を挟んだ。
「パプニカは、古くから魔法に関する研究が盛んな国です。オラリオという都市を探しているのであれば、何か手掛かりが見つかるかもしれませんよ」
「あっ、そうなの?」
「恐らく、ロモスよりも魔法に関する書物は多いでしょう。古くからの文献も多数残されている筈です」
「それなら、行ってみる価値はありそうね」
バニーは暫く悩んだ末、腕を組んでいた手を解いた。
「分かった。参加してもいいわよ」
「本当か?」
「うん。何をさせられるのかは気になるけど、パプニカ王国でも色々調べられるなら行ってみたいわ」
騎士は安堵した様に頷いた。
「それなら、まずは陛下にも一度会って頂きたい。明日の朝、王都に出発するが、良ければ一緒に来て頂けないだろうか?」
「いいわよ」
騎士はもう一度頷いたが、改めてバニーの姿を見たところで、その表情を僅かに強張らせた。
「ところで、バニー殿」
「なによ?」
「……まさかとは思うが、その姿で陛下に謁見するつもりなのだろうか?」
「そのつもりだけど?」
バニーは自分の黒いスーツと網タイツを見下ろした。
恐らく、ダーマ神殿で正式に遊び人になった弊害だろう。
これこそが自分の正装であるという認識が、魂にまで根付いてしまっている。
「だって、これが私の正装なんだから」
「正装……」
「何よ。王様に会うのに、適当な格好で行く訳にはいかないでしょ?」
騎士は何かを言おうとしたものの、結局口を閉ざした。
本人が正装だと言い張っている以上、無理に着替えさせる事も出来ない。
何より、ネイル村の住民達は、その姿のバニーを聖女として受け入れている。
もしかすると、自分達が知らないだけで、バニーの故郷では本当に由緒ある衣装なのかもしれない。
――そう思う事にした。
翌朝。
バニーを乗せた馬車は、ロモス王国の王都へ向けて走り出した。
そして、この時はまだ、パプニカ王国で待ち受ける大舞台を、誰も想像していなかった。
仕事行ってきまーす!