ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になってダンまち世界に転移してきたよ   作:ポップ

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番外編(ロモス)第四話:テムジン「では、貴女が扱える最強の炎呪文を、我が国の賢者に向けて放って頂けないでしょうか?」バニー「いや、私の一番強い炎系の呪文って、本当に危ないわよ?」

パプニカ王立競技場の貴賓席には、各国から招かれた王族や重臣達が集まり、眼下を埋め尽くす人々の熱気に包まれながら、催しが始まるのを待っていた。

 

カール王国から訪れたフローラも、その一人である。競技場の中央では係の者達が石の標的を並べ、その向こうには騎士団の姿も見える。魔法の披露だけでなく、随分と色々なものが用意されているらしい。

 

「アバンも一緒に来られたら良かったのだけれど……」

 

その呟きに、隣に控えていた重臣が顔を向ける。フローラは競技場を眺めたまま、少し残念そうに言葉を続けた。

 

「こうした魔法の催しなら、彼もきっと興味を持ったでしょうに。今頃は、一体何処を旅しているのやら」

 

魔王を倒す為に旅立った者を、こうした催しの為に呼び戻す訳にはいかない。それは分かっていても、見知らぬ土地で戦い続けているであろうアバン達の事は、やはりどうしても気になってしまう。

 

重臣もその気持ちは察していたのだろう。暫く黙って窓の外を眺めてから、話題を変える様に口を開いた。

 

「そういえばフローラ様は、ロモス王国に現れたという聖女について、どの様にお考えですか?」

 

「えっ?そうですね……どうと言われても、まだその御姿を拝見した事すらないのですもの。今の段階では、何とも言えないわ」

 

フローラが困った様に答えると、重臣は手元の案内状に目を落とす。

 

「ですが、一度の回復呪文で、大勢の怪我人を一気に治すというのは本当に可能なのでしょうか?」

 

その問いには、フローラもすぐに答える事が出来なかった。

 

伝わっている話の通りならば、怪我人をまとめて集めた後、たった一度の呪文で全員を完治させてしまったという。そんな人物が現れたのなら、カールとしても是非話を聞いてみたいところなのだが。

 

「……伝説の回復呪文、ベホマズンですか」

 

そう呟いてから競技場の入り口に視線を移すと、ロモス王国の紋章を掲げた馬車が、道の脇で止まっているのが見えた。一人の騎士がパプニカの案内役と話し込んでいる様だが、その表情までは読み取れない。

 

「聖女様……か」

 

◇ ◇ ◇

 

「両国の魔法使いが、互いの技を披露し合う交流会としか聞かされていないのだが」

 

馬車から降りてきたロモスの騎士を前に、案内役の文官は、手元の書類を開いて説明を続けていた。

 

「勿論、その目的に変わりは御座いません。ただ、折角の機会ですので、各国の方々や民衆にも見て頂ける催しへと規模を拡大致しまして……」

 

「それは分かった。だが、あの横断幕は何なのだ」

 

騎士が指差した先には、『賢者の国パプニカ対ロモスの国の聖女』と大きく書かれた横断幕が掲げられている。

 

交流というより、どう見ても国の威信を懸けた勝負の様だった。

 

「催しを分かりやすく盛り上げる為のものだと、テムジン様から伺っております」

 

文官も、渡された指示の通りに動いているだけらしい。仕方ないので、騎士はそれ以上責めるのを止め、代わりに、バニーに何をさせる予定なのかを一つずつ確認していった。

 

◇ ◇ ◇

 

「……つまり、私が聞いてた交流会よりも、ずっと大きな催しになっちゃったって事?」

 

説明を聞き終えたバニーは、馬車の窓から横断幕を見上げ、嫌そうに顔を顰める。

 

「正直、私は自分の格好に誇りを持ってるんだけども、ここまで大勢の人達の前で、しかも聖女だと思われているところに、このバニースーツで現れるって、どんな罰ゲームなのよ……あっ、ちなみに、今から帰る事って出来る?」

 

「バニー殿がどうしても嫌だと言うのであれば、我々がパプニカ側に事情を説明してきます」

 

騎士の返事に迷いはなかった。

 

シナナ王からも、本人の意思を尊重する様に言われている。話を違えてきたのは向こうなのだから、ここまで来たという理由だけで参加を強いる訳にはいかない。

 

そう言われると、バニーも少し考え込んでしまう。

 

ネイル村には酒場を建ててもらう約束をしているし、王宮の書庫も自由に使わせてもらった。シナナ王には随分と良くしてもらったから、ここまで来て何もせずに帰ってしまうのも悪い気がする。

 

(ここで私が帰っちゃったら、絶対王様も、他の国の人達から詰められちゃうわよね……)

 

「何をやるのかは分かったの?」

 

「最初に魔法の制御を競う課題があり、その後は騎士団の演武と、魔法使い達による披露が続くそうです。相手の賢者と直接戦う予定はないと確認しました」

 

「ふ〜ん……それなら、取り敢えず出るだけ出てみるわ」

 

それでも騎士が気遣う様な目を向けてくるので、バニーは片手を上げて付け加えた。

 

「あっ、でも、やりたくない事を無理やりさせられそうになったら、その時は本当に帰るから」

 

「承知しました。その時は、我々からも抗議致します」

 

話が纏まると、馬車は再び競技場に向かって動き始める。

 

窓の外からは、相変わらず聖女を歓迎する声が聞こえていた。

 

◇ ◇ ◇

 

馬車の扉が開き、最初に騎士が降り立つと、周囲から大きな歓声が上がった。

 

その手を借りて姿を現したバニーは、目の前を埋め尽くす人々を見回し、思わず足を止める。

 

向こうも同じだったらしい。

 

先程まで歓声を上げていた者達が、ウサ耳から網タイツまで視線を往復させ、そのまま声を失ってしまった。

 

「あの破廉恥……可愛いお姿の女性が?」

 

「随分と変わった……御衣装だな」

 

人々が思い浮かべていたのは、純白の法衣を纏った、慈愛に満ちた女性だったのだろう。少なくとも、酒場で客と一緒に飲んでいそうなバニーガールではなかった筈である。

 

バニーは明らかに小さくなった歓声を聞き、腰に両手を当てた。

 

「なによ。望んでいたような格好の聖女じゃなくてガッカリしたっていうの?」

 

「い、いえ!けっしてそういう意味では!」

 

慌てて首を振った男の隣から、別の者が「ようこそパプニカへ!」と声を張り上げる。それを切っ掛けに拍手が戻り、バニーもそれ以上は何も言わず、騎士達と共に建物の中に入っていった。

 

案内された通路の先では、白い法衣を纏った若い男が待っている。バニーの姿を見て明らかに動揺しているものの、すぐに姿勢を正し、丁寧に頭を下げてきた。

 

「パプニカの賢者の一人、ルークと申します。本日は宜しくお願い致します、聖女殿」

 

「バニーでいいわよ。もう手遅れかもしれないけど、私も勝手に聖女って呼ばれ出して、本当に困ってるから」

 

「そ、そうでしたか。失礼致しました。それでは、バニー殿」

 

言い直したルークが、杖を左手に持ち替えて笑顔で手を差し出すと、バニーもそれに答えて握り返した。

 

「私はさっきこっちに着いたんだけど、来てみたらこんな大イベントになってるし、聞いてた話と違うから正直帰っちゃおうかと思ったわ。でもまぁ、お手柔らかに頼むわよ」

 

「ははは……それは本当に申し訳御座いません。私もテムジン様からお話を伺った時は驚きましたので」

 

ルークと名乗った青年は、自分も「わかる」と言いたげな様子で答えた。

 

「あらためて、こちらこそ宜しくお願い致します。私も、ベホマズンをお使いになられる様な方とお会いするのは初めてですので、緊張致します」

 

バニーとしても、目の前の青年が礼を尽くしてくれようとしているのは分かった。

 

「まぁ、今日は交流会なんでしょ?お互い楽しくやりましょうよ」

 

「はい。是非」

 

二人が話している少し離れたところで、テムジンがその様子を眺めていた。

 

ロモスで聖女とまで呼ばれている女が、どの様な人物なのかと思えば、現れたのはあの破廉恥な格好である。最初から期待などしていなかったが、これでは余りにも想像通り……いや、想像以上ではないか。

 

(ルークも、あの様な女に気を遣う必要などあるまいに)

 

とはいえ、今から口を挟む必要もない。

人々の前で実力を比べれば、嫌でも違いが分かる筈だった。

 

◇ ◇ ◇

 

開会を知らせる鐘が競技場に鳴り響き、パプニカ王から簡単な挨拶が行われた後、最初の演目が始まった。

 

競技場の中央には、巨大な円形の的が三つ用意されている。

 

一つ目は比較的近い場所。

二つ目はその倍ほど離れた位置。

そして最後の的は、競技場の端近くに置かれていた。

 

どの的も中央が赤く塗られ、その周囲を白、青、黄色と幾つかの円が囲んでいる。

 

「最初の演目は、魔法による的当てで御座います!」

 

進行役の声が競技場に響く。

 

「それぞれ三つの的に一度ずつ魔法を放ち、中心に近いほど高得点!使用する呪文に制限は御座いませんが、的そのものを破壊した場合は、その一投を無得点と致します!」

 

非常に分かりやすい内容だった。

要するに、魔法を当てればいいのだ。

ただし、威力任せに的を吹き飛ばしてしまえば失敗である。

 

「なるほどねぇ」

 

説明を聞いたバニーは、並べられた三つの的を眺めながら腕を組んだ。

 

一方、先に名前を呼ばれたルークは、慣れた様子で競技場の中央へ進んでいく。

 

「パプニカ代表、ルーク殿!」

 

地元の賢者が紹介されると、観客席から大きな歓声が上がった。

ルークは杖を構え、最初の的へと狙いを定める。

 

「【メラ】!」

 

杖の先から放たれた小さな炎が、一直線に飛んでいった。

 

ボッ!

命中したのは、中心の赤い円。

観客席から拍手が湧き起こる。

 

「おぉ〜、上手いわね」

 

バニーも素直に感心しながら手を叩いている。

 

続く二つ目も、ルークは危なげなく中心近くへ命中させていく。

 

そして最後に残ったのは、競技場の反対側に置かれた遠距離の的。

 

これまでよりも慎重に杖を構え、暫く狙いを定めた後――

 

「【メラ】!」

 

放たれた炎は僅かに風に流されたものの、それでも中心から大きく外れる事なく赤い円の端に命中した。

 

「合計二十八点!」

 

進行役が得点を読み上げると、会場から一際大きな歓声が湧き上がる。

 

満点は三十点なので、それを考えればかなり高い得点である。

 

ルークは観客席へ一礼すると、バニーの元へ戻ってきた。

 

「凄いじゃない。最後のなんて、あんなに遠いのによく当てたわね」

 

「有難う御座います。こういった訓練は、王宮でも時折行っておりますので」

 

「へぇ〜」

 

続いて、バニーの名前が呼ばれる。

 

「それでは次に、ロモス王国のバニー殿!」

 

観客席から、再び大きな歓声が上がった。

 

「聖女様ー!」

「頑張れー!」

 

(だから聖女じゃないってば……)

 

心の中で、そう小さくぼやきながら、バニーは競技場の中央まで歩いていく。

 

最初の的を見る。

距離は近い。

 

「これなら普通に……【メラ】」

 

指先から小さな炎を放つ。

ボッ!

見事、赤い円の中央。

 

「十点!」

 

歓声が上がる。

 

「おっ、いい感じ」

 

次の的は少し遠い。

バニーは再度指先を向けた。

 

「【ギラ】」

 

閃光が迸ったかと思うと、指先から研ぎ澄まされたギラの鋭い閃熱が一直線に向かっていき――

 

ザシュッ!

的の中央を貫いく様に命中した。

 

「こちらも十点!」

「おぉぉぉっ!」

 

観客席の反応が大きくなっていく。

違う系統の呪文を使いながら、どちらも中心。

しかも、今使われたギラは、明らかに並の使い手が放つ精度ではなかったので、ルークは緊張してバニーを見つめている。

 

(やはり、格好はともかく、実力は本物かもしれない……)

 

残るは、一番遠い的。

 

「う〜ん……あれはちょっと遠いわね」

 

バニーは左目を閉じて、右手の親指と人差し指で輪っかを作りながら、右目で距離を確かめている。ルークの時もそうだったが、メラだとやっぱり少し風の影響を受けるかもしれない。

 

それなら――

 

「【ヒャド】」

 

指先から放たれた小さな氷の塊が、地面すれすれを高速で飛んでいった。

長い距離を進み、そのまま――

 

パキンッ!

的の中心に命中する。

 

「十点!合計三十点!満点です!」

「おぉぉぉぉぉっ!!」

 

競技場全体から、大きな歓声と拍手が巻き起こった。

 

「やった!」

 

バニーは嬉しそうに両手を上げている。

 

ここに来た時は帰りたい気持ちでいっぱいだったが、いざ競技を始めてみると、思った以上に自分も楽しめていて面白い。

 

しかし、戻ってきた彼女を見ていたルークは、勝敗よりも別の部分が気になっていた。

 

「バニー殿……今、3回とも違う系統の呪文を使われましたよね?」

 

「ん?そうだけど?だって、同じのばっかり使ってても面白くないでしょ?」

 

何でもない事の様に答えるバニー。

それを聞いたルークは、思わず苦笑する。

 

自分にとっては、どれか一つの系統を自在に扱える様になるだけでも長い修練が必要であった。

 

ルークも目の前の女性がこの競技に臨んでいる姿を見て、確かに初めてやっているのだろうなというのは分かった。

 

しかし、自分は以前から修行の一環でこういう訓練をしてきたのである。

 

条件は決して同じではない。なのに、目の前の女性は、それを遊び感覚でやってのけてしまい、あまつさえ複数系統の呪文を使い分けていたのだ。

 

「流石です、バニー殿」

 

「ありがと。でも、あなたも殆ど満点だったんだから凄いじゃない」

 

(似た様な事を何度もやってきた自分と、初見で満点を取られた貴女では、条件が全然違うんですがね)

 

「いえ……とても勉強になりました」

 

と心の中で苦笑いをしながら、バニーと共にその場を離れていく。

 

一方でテムジンは拍手を送りながらも、想定とは違っていた結果に、僅かに表情を曇らせている。

 

(ふん、的に当てるのだけは上手いようだな。事前に、行う競技内容の話が漏れていたか、どこぞでこういった訓練をしてきたかであろう)

 

そう自分に言い聞かせつつ、しかし「聖女」の噂については全く認める気にはなれなかったのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

その後は、パプニカの魔法使い達による演目が続き、競技場には炎と氷の様々な使い方が披露されていった。

 

バニーもルークと並んで見学し、見慣れない使い方が出てくると、時折説明を求めている。初めは緊張していたルークも、その頃には随分と話しやすくなっていた。

 

騎士団の討伐演武が始まったのは、日が高く昇ってからの事だった。

 

王都の周辺で捕らえられた魔物が檻ごと運び込まれ、剣や槍を構えた騎士達が、その前に隊列を組んでいく。観客席との間には頑丈な柵があり、魔法使い達も配置されていた。

 

「随分と用意してるのね」

 

「騎士団の連携を見せる演武です。周辺の村を襲っていた魔物も含まれているそうですから、討ち取る姿を見せれば、民も安心するでしょう」

 

ルークの説明を聞きながら、バニーは最後に運び込まれた大きな檻に目を向ける。中にいる魔物は、先程までのものより一回り大きい。鉄格子に肩を擦り付け、低い唸り声を漏らしていた。

 

演武は、初めのうちは順調だった。

 

盾を持つ者が正面の攻撃を受け、横に回った者が足を狙う。傷を負った魔物が隙を見せると、後列から進み出た騎士が止めを刺すという連携に、観客達は何度も歓声を上げている。

 

ところが、最後の檻を開いた時、空気が変わった。

 

大きな魔物が鉄格子を押し倒す様に飛び出し、正面から構えていた盾に、身体ごとぶつかってきたのである。

 

「散れ!」

 

騎士団長の声が飛ぶ。

 

前衛が左右に分かれようとしたものの、盾を押し込まれた一人が踏み留まれず、後ろの騎士を巻き込んで倒れた。魔物はそのまま腕を横に振るい、別の騎士まで地面に叩き付けられる。

 

歓声が悲鳴に変わる中、団長は退かずに槍を構えた。

 

「負傷者を下げろ!こっちだ、化け物!」

 

自分に注意を向けさせている間に、残った騎士達が隊列を組み直していく。

 

ルークは既に杖を手に、治療を担当する僧侶達のところに走り始めていた。バニーも競技場の通路に出て、負傷者が運ばれてくる場所に向かう。

 

振り返った時には、魔物の足に何本もの槍が突き刺さり、膝をついたところに団長の剣が振り下ろされていた。

 

大きな身体が地面に倒れ、歓声が戻り始める。

 

だが、運ばれてきた騎士達の顔を見れば、手を叩いている場合ではなさそうだった。

 

「鎧を緩めて下さい。息が出来ていません!」

 

ルークが一人の胸元に手を当て、【ベホイミ】を唱えている。その隣でも僧侶が治療を始めていたが、腕を押さえた者や、自分では歩けない者が次々と運び込まれてきた。

 

回復呪文を掛ける相手には、順番を付けなければならない。

 

それを分かっている騎士達は、自分の傷が痛んでいても、黙って仲間の治療を待っていた。

 

「ねぇ。怪我人は、まだ向こうにもいるの?」

 

バニーが聞くと、負傷者を運んできた騎士が競技場を振り返る。

 

「あと二人です。一人は脚をやられておりまして……」

 

「それなら、その人は無理に歩かせないで。誰かに担いでもらって、他の怪我人と一緒にこの近くまで連れてきて」

 

「分かりました」

 

騎士達が急いで競技場へ戻り、残っていた負傷者を運んでくる。

 

脚を負傷した騎士も、二人の仲間に身体を支えられながら治療場所まで移動し、その場にゆっくりと横たえられた。

 

全員が揃った事を確認すると、バニーは怪我人達から少し離れた場所まで下がる。

 

ルークが顔を上げた時には、バニーは既に怪我人達を見渡せる場所に立っていた。

 

騎士団長も駆け寄ってきたが、バニーは手で制し、近くにいる者達だけに告げる。

 

「皆まとめて治すから、ちょっと待っててね」

 

両腕を肩幅ほどに開き、そのまま掌を上に向けて頭上に掲げる。傷の確認をしていた僧侶が、その仕草に気付いて動きを止めた。

 

「【ベホマズン】」

 

その呪文を唱えた後、温かな光が、バニーの周囲に満ちていく。

 

深く裂かれた傷が塞がり、呼吸をする度に顔を歪めていた騎士の胸が、苦もなく上下し始めた。離れたところで脚を押さえていた男も、不思議そうに顔を上げ、自分を支えていた仲間の肩から手を離す。

 

数瞬前まで、立ち上がるどころではなかった者達である。

 

血に濡れた衣服や壊れた鎧はそのままなのに、そこにあった筈の傷だけが消えていた。

 

「……もう、大丈夫なのか?」

 

一人が恐る恐る腕を動かすと、隣の男も身体を起こした。

 

ルークは治療を続けようとしていた手を下ろせず、塞がった傷口を見つめている。

 

「これが……ベホマズン……」

 

その呟きに、近くにいた僧侶が震える息を吐いた。

 

知識として知っているのと、実際に目にするのとでは、まるで違う。どの怪我人から治すべきかと迷っていた自分のなんと小さい事か……ほんの一瞬、たった一度の呪文で終わらせてしまったのだ。

 

貴賓席では、フローラ達も椅子から腰を浮かせている。

 

「あれが、噂の大魔法ですか……本当に、まとめて完治させているようだわ」

 

先程まで「聖女」に関して疑問を口にしていた重臣も、今は唖然として競技場を見つめるばかりだった。

 

怪我人達が自分の足で歩き始めた事で、何が起こったのかは、呪文を知らない観客達にも伝わっていく。

 

「治ったぞ!全員だ!」

 

「本当に聖女様だったんだ……!」

 

拍手は少しずつ広がり、やがて競技場を包み込むほどの歓声に切り替わる。

 

バニーも「聖女様」という声に気付いて肩を落としたが、助かった騎士達が何度も頭を下げてくるので、文句を言う機会もない。

 

「いいから、無理はしないでね。見た目の傷が治ったからって、すぐまた戦いに行かない事」

 

「ありがとうございます……!」

 

そんなやり取りを見ていたルークが、ようやく立ち上がる。

 

「バニー殿。助かりました。私達だけでは、絶対にもっと時間が掛かっていたと思います。……いえ、もしかすると、治療が待ち合わなかった者までいたかもしれません」

 

だが、そんな事をルークから言われたバニーは、呆れた様な顔をしてルークに返事を返す。

 

「な~に言ってんのよ。あなた達もちゃんと治してたでしょ?今のは、怪我人が多い時に使える、ちょっと便利な呪文ってだけよ」

 

便利。

ルークはその一言を聞いて、困った様に苦笑した。

 

(これが、ロモスの聖女ですか……)

 

◇ ◇ ◇

 

テムジンは、鳴り止まない拍手の中で、自分だけが取り残された様な気分になっていた。

 

……ベホマズンの事は認めよう。

 

競技ではメラ、ギラ、ヒャドも使っていたし、高位の回復呪文も使っていたのだ。ここまでくれば、あの女が賢者の端くれであるという事も、渋々ではあるが認めてやらん事もない。

 

目の前で起きたそれを認めないほど、パプニカの司祭として長年やってきた自分が、その凄さを理解出来ない筈もないのだから。だが、だからこそ、余計に面白くなかった。

 

このままでは、パプニカが用意した競技場も、各国に送った招待状も、全てがあの破廉恥な聖女もどきを称える為に行動したものになってしまう。

 

(回復呪文だけではないか……)

 

手元で指を組み直しながら、テムジンは競技場にいるルークを見る。

 

治療という一点においては、確かにあの女が勝っているのであろう。

 

であるならば、別の分野でパプニカの実力を示せばよい。

 

まだ終わりではない。負傷者の無事が確認され、最後の挨拶に移ろうとしたところで、テムジンはパプニカ王に声を掛けた。

 

「陛下。最後に一つ、両国の賢者による特別な演目を設けてみては如何でしょうか」

 

「特別な演目?」

 

「互いの得意とする魔法を披露し合うのです。先程の治療も見事でしたが、是非、我が国からもお見せ出来るものがあればと」

 

パプニカ王は競技場に目を向けてから、二人が了承するのであれば、と答えた。

 

その許可を得ると、テムジンは階段を下り、バニー達のところまでやってくる。

 

「いや、バニー殿は流石ですな。先程の回復呪文については、このテムジン、おみそれ致しましたぞ!」

 

突如やってきた目の前のお爺ちゃん、名前を聞いて思い出したが、コイツが今回の交流会を面倒なイベントに変えやがった張本人である。

 

バニーとしては、ちょっとどころではない程に言いたい事がある訳なのだが、パプニカの人達が大勢いるこの場で、その国の重鎮をけなしつけるのは流石にマズイ気がするので、バニーは文句を言いたい気持ちを抑えて、

 

相手はお爺ちゃん…

相手はお爺ちゃん…

 

と心の中で自分にそう思わせながら、至って普通に応対していく。

 

「ところで、バニー殿。貴殿が最も得意とするのは、どの系統の呪文ですかな?」

 

このやり取りさえ終われば、そろそろ帰るかと思っていたバニーは、突然の問いに少し考え込んだ。

 

得意なものなら幾つかある。しかし、最近覚えた呪文の中で、自分の中で最も強い呪文というなら、それはもう一つしかない。メラ系もギラ系も、別に不得意という訳でもないし。

 

「う〜ん……まぁ、炎系かなぁ」

 

その言葉を聞いた瞬間、テムジンの口元に笑みが浮かんだ。

 

それもその筈。ルークが得意としている呪文の中でも、特に優れているのが【フバーハ】なのだから。彼のフバーハが、王宮の魔法使い達が放つ幾つもの強力な炎を防いだところも、テムジン自身がこの目で見ている。

 

(確かあの時は、メラミ、メラゾーマ、メラゾーマの3つの呪文を同時に防いでいた筈だ……つまり、この娘が仮に王宮魔法使い2人分のメラゾーマを放つ事が出来たとしても、全く相手にならないという事……)

 

考えれば考える程、これはもう確実と思えた。

 

ならば、話は早い。

 

「では、貴女が扱える最強の炎呪文を、我が国の賢者に向けて放ってみては頂けないでしょうか?」

 

「えっ?ルークに撃つの?」

 

バニーは、隣に立つルークを見た。

 

ルークも一瞬戸惑った様子だったが、テムジンから説明を受けるうちに、おおよその意図を悟って杖を握り直している。

 

防御呪文の実演という事なら、これまで何度も訓練を重ねてきた。あまり自分の得意分野でバニーに恥をかかせてしまうのも忍びないが、本日の催しをパプニカvsロモスという構図で見てしまった場合、その発想に至った全ての者達がロモスの勝利だと認識してしまうだろう。

 

基本的に真面目なルークとしては、あまりこのような事を考えるのもどうかと思うが、それでもこの国の賢者を任されている一人の国家の一員として、パプニカの威信を落とす様な真似はしたくないというのも事実。

 

競技では慣れている筈の自分が負けて、回復呪文の面でもバニーの話題で一杯である。バニーには悪いが、次は是非とも自分の勝利で終えさせて頂いて、今日来てもらった来賓達や民衆達への印象を、最低でも「パプニカとロモスは互角であった」という認識にしておきたいところである。

 

だが、バニーはどうも乗り気ではないらしい。

 

「いや、私の一番強い炎系の呪文って、本当に危ないわよ?」

 

テムジンは、その言葉を聞いて内心で少し冷笑していた。

 

炎系呪文である以上、一流の賢者が使うフバーハを破れる筈がない。

 

ちなみに、ベギラゴンを使えるとは微塵も思っていない。あれは、極大呪文の中でも、この世界ではイオナズンを超える程の恐ろしい大呪文という扱いなので、使えるとしたらそれこそ魔王級である。

 

でもまぁ、念の為に、他の魔法使いにも万一の備えとして防護を加えさせれば、目の前の娘も「危ない」を口実に断る事は出来んだろう。

 

「御心配には及びませんぞ。そこは我が国の賢者ルークを信頼しておりますので、必ずや正面から防いでくれる事でしょう。ですが、それでもバニー殿が心配されるのであれば、万一の備えとして他にも防御呪文が使える者を配置しておきますが」

 

そう言われても、バニーはすぐには頷かず、ルーク本人に問い掛けた。

 

「……まぁ、私は別にいいけど、ルークはそれでいいの?」

 

「はい。私も、自分の防御呪文が貴女に何処まで通用するのか、確かめてみたいと思っておりますので、可能であれば是非」

 

ルークの目には、先程のベホマズンを見た時と同じ、魔法を学ぶ者としての興味があった。

 

バニーは一体、どんな呪文を使ってくるのか。

 

これまで見てきた彼女の腕前から察するに、メラミ以下という事はないだろう。

 

つまり、メラゾーマ?

それともベギラマ?

 

その目は、とてもやる気に満ちている。

 

「でも、何だか変な雰囲気になってきたけど、交流会であんまり怪我人を増やすのもマズイでしょ」

 

「そこまで心配して頂く必要はありませんよ」

 

テムジンは笑みを深め、貴賓席に座る王を振り返った。

 

「むしろ、我が国が誇る防御呪文を破るほどの呪文をお見せ頂けたなら、特別な報奨を差し上げてもよいかと思っております。陛下、如何でしょう?」

 

「ふむ……テムジンよ。それほどまでに自信があるのだな?」

 

「勿論で御座います」

 

王はルークにも意思を確かめてから、バニーに向き直る。

 

「であるならば……バニー殿。先程シナナ王に伺ったのだが、見た目に似合わず、そなたはかなり酒好きとのこと。ならば、王家に保管されている極上の酒と、相応の金貨を持って報奨とさせて頂きたいと思うが、如何だろうか?」

 

「……マジで?」

 

分かりやすく声が変わった。

 

バニーの声のトーンの変わりように、思わず近くに座っていたシナナ王も苦笑する。そして、バニーは競技場を見回し、ルークの立つ位置と、後ろにある観客席を確かめていく。

 

「じゃあ、もう少し真ん中でやりましょ。後ろに人がいると、私も気を遣うから」

 

それを聞いたテムジンが、心の底で嘲笑う。

 

(報奨に釣られて、最後の最後で失敗しおったな、このエセ聖女めが)




更新遅れてごめんなさい。
気付けば、一ヶ月ちょっとも経っていました。

活動報告の返信でもちょろっと書かせて頂きましたが、番外編の第三話を書いてる時は、勢いあまってパプニカvsバニーという構図にしてしまったのですが、そこから第四話に持っていくのが思った以上に上手くいきませんでして…

案を募集したり、競技場に出てくる人の案も聞いたりしてウンウン唸っていたのですが、どうも上手い形には出来ませんでした…

(あんまり パプニカvsロモスの聖女 な感じに出来ていませんし)

なので、少々強引な感じ(いい感じにやろうと思ってたのが出来なかった、もっとテムジンの悪い企みとかを考えたかった)もあるかもしれませんが、とにかく一旦この場面を終わらせて頂いて、心に平穏を取り戻して、楽しくお話の続きを書いていけるようにしていきたいと思います。

ちなみに、第四話が形に出来なかったので、もっと先に書こうと思っていたバニーの話(ドラクエやダンまち以外の世界にいきます)を別で作って少し前に投稿してしまいました(汗)

前からFate、恋姫、HUNTER×HUNTERとかのクロスを書いてみたいと思っておりまして、でも全然進められないから、自分のやりたい事を優先して好きな事をやろうと思って…

ごめんなさい(´;ω;`)

でも、そっちも見て頂けますと嬉しいです!

Fateの第5次聖杯戦争で遠坂凛に召喚されて、第三話でランサー(クーフーリン)と戦っているところまで進んでます。

それでは、今後とも宜しくお願い致します。

↓

【異世界版】ドラクエ3の女賢者さんが、遊び人になって色んな世界に転移・召喚される話
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