九尾の狐は尻尾が多いだけ   作:ブナハブ

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伝説の再誕

 昔々ある所に、九本の尾を持つ狐尾(きつねび)族の女の子が生まれました。

 狐尾族は複数の尻尾を持って生まれます。そして持つ尻尾が多いほど美しいとされており、二、三本の尻尾を持つ者がほとんどの中、九本もの尻尾を生まれ持った彼女は、それはそれは愛されました。

 

 しかし、彼女が特別な理由はそれだけじゃありません。

 

 彼女は強かった。里を襲う万の魔獣を軽々と退け、一発の火の玉で森を更地に変えた。

 

 彼女は聡明だった。口先だけで相手を意のままに操り、その目は百年先の事まで見通すと言う。

 

 完全無欠、あらゆる面において完璧な狐尾族の大英雄、それが彼女だった。

 

……時は流れて幾百年、英雄はとうの昔に亡くなり、それでもかの威光は一筋の翳りも見せない中、その時は突然訪れた。

 

 そう、かの英雄以来となる、九本の尾を持つ狐尾族の誕生だ。

 

▼▼▼

 

 山奥に佇む小さな里。その中心には周囲の建物とは一線を画す、一際大きな屋敷が静かに威容を誇っている。

 その屋敷の中で、一人の男が慇懃な振る舞いで廊下を歩いていた。

 ピンと立つ三角の耳に、腰から伸びる一本の尾は、男が狐尾族である事を示している。

 

 男は座敷へ続く襖の前まで辿り着くと、その場で頭を下げて、中に居る御方へと呼び掛ける。

 

時雨(しぐれ)にございます」

「時雨か。何用じゃ?」

 

 静かで、芯の通った声が襖の奥から聞こえてくる。その声を聞くだけで、男……時雨の心身はより一層引き締まった。

 

百花(ももか)様にご報告申し上げたい事があり、参上いたしました」

「……入るがよい」

 

 入る許可が下った時雨は、丁寧な所作で襖を開けて中へと入る。

 広々とした座敷には、二人の人物が居た。

 一人は部屋の隅で静かに正座する五本尾の女。そしてもう一人は、

 

「そう畏まらずとも良い。どれ、お主も一口飲むかえ?」

 

 座敷の奥で気だるげに盃を揺らす、九本尾の女。

 彼女こそ、歴史上二人目となる九尾の狐、その人である。

 

「有り難い申し出ですが、まだ職務中ですので」

「クフフ、冗談じゃ」

 

 時雨の返答に百花は喉の奥で転がすように笑った後、盃を畳の上にそっと置く。

 

「して、報告とやらはなんじゃ?」

「はっ。里の外より、()()が参っております」

「……ほう?」

 

 魔王。時雨からその単語を聞かされた時、百花は愉しげだった笑みを消して、眉を顰める。

 

「また、妾に会いたいと。よもやそんな事を言ったのではあるまいな?」

「……っ、はい、百花様の仰る通り、です」

 

 ほんの微かに苛立ちのこもった言葉。そこに強者特有の圧力は感じられなかったが、時雨にとっては百花が苛立っているという事実だけで身を震わすのに十分過ぎた。

 目の前に居るのは狐尾族が誇る九尾の狐(最強)。彼女は普段滅多に怒る事はなく、もし彼女が怒りを抱いたらどうなるのか……考えただけで恐ろしい。

 

「百花様。お気持ちは重々承知ですが、どうかお鎮まり下さい。時雨が参ってしまわれております」

 

 と、その時、今まで沈黙を貫いていた五本尾の女が口を開き、百花を諌める。

 

「むっ……おお、そうか、すまんかったのう時雨よ」

「い、いえ、この程度の事で動揺してしまった己の未熟さに悔やむばかりです」

「よいよい、(おもて)を上げい」

 

 時雨はより一層頭を下げるが、すぐに百花の一言を顔を上げた。

 

「ところで時雨よ、お主さっき魔王が来たと言ったか? 前のように使いではなく」

「はっ。仰る通り、魔王自らが来ておいでです。現在は里の外にて待たせております」

「ふむ、そうか……」

 

 百花は顎を指を当てて目を閉じる。

 少なくない静寂の時間が訪れる。この間、一体彼女の頭の中にどれだけの思考が積み重なっているのか、誰にも計り知れない。

 

「……のう、時雨よ」

 

 百花はゆるりと目を開き、口元にわずかな笑みを戻す。

 

「その魔王とやらは、お主の目から見てどうじゃった?」

 

 どうだった、か。曖昧に聞こえるその問いかけに、時雨は淀みなく答える。

 

「強いです。それも尋常ではなく」

「それは、久遠(くおん)よりもかえ?」

 

 百花は、自身の傍らに仕える五本尾の女……久遠を一瞥してから尋ねる。

 

「……はい」

 

 時雨は重々しく頷く。

 久遠は百花を除けば、里の中でも突出した力を持った実力者だ。

 そんな彼女よりも強いという事は……魔王を止められる者は、この里には誰も居ないという事になる。

 

「そうかそうか、なら妾よりも強いという訳か」

 

 たった一人を除いて。

 

「お戯れを。久遠殿より強いからと言って貴方様を超えるなど、どんな道理があっての事か」

「ええ、時雨の言う通りです。例えどのような相手であろうと、百花様の前では塵屑同然でしょう」

 

 地を破り、天を裂き、全てを業火で呑み込む。聞くだけで震えるような逸話の数々を成し遂げてきた九尾の狐の生まれ変わりが、()()()()()()()に負ける筈が無い。それが狐尾族全員の考えだった。

 

「クフフ、そんなに持ち上げんでもいいわ。さてしかし、一族の長がわざわざおいでになったのじゃ。こちらも相応にもてなすのが礼儀じゃろうて」

 

 そう言って百花は悠然と立ち上がる。

 

「ここじゃ少々手狭じゃからの。大広間へ向かうとしよう。久遠よ」

「はっ」

「お主は時雨と共に魔王殿を広間まで案内するのじゃ」

「畏まりました」

 

 その時、百花の背で揺蕩う九本の尾が僅かに震えた。

 それはまるで、武者震いしているようだったと後に時雨は語る。

 

▼▼▼

 

(ヤバいヤバいヤバいヤバい)

 

 私は焦った。チョー焦った。

 

(なにそれ聞いてないんですけど! 魔王直々に来るとか本当に聞いてないんですけど!?)

 

 私の名前は百花(ももか)。九本の尻尾を持つ事以外、()()()()()()狐尾族である。ちなみに百花という名前は、かつての九尾の英雄から付けられた物だ。

 

(どうしよう、本当にどうしよう。こんな事になるなんて全然思わなかった……!)

 

 以前にも魔王の使いがやって来て、話がしたいと言われた。その時はどうにか断ったけど、まさか直接来るなんて想定外だ。思わず逆ギレしかけたわ。

 

(時雨曰く、その魔王は久遠よりも強いらしいし、もし断ったらどんな目に遭わされるか……!)

 

 久遠は文句なしに一番強い。里の戦士全員が束になっても敵わないと言えば、その凄さが伝わるだろう。

 そんな久遠よりも強い奴が暴れたら、誰も手が付けられない。

……え、私が居る? 伝説の九尾の狐でしょって? いや無理に決まってるでしょうが! だって……だって……!

 

───私、尻尾が多いだけだもん!

 

(うぅ、逃げたい。誰も私の知らない場所でひっそりと暮らしたい。もうお腹が痛くなる生活ヤダ)

 

 私ただの一般狐なのに。たまたま尻尾が九本生えてるだけなのに。

 

(どうして、どうしてこうなっちゃったのよー!?)

 

 

 

 昔々ある所に、九本の尾を持つ狐尾族の女の子が生まれました。

 狐尾族は複数の尻尾を持って生まれます。そして持つ尻尾が少ないほど美しいとされており、二、三本の尻尾を持つ者がほとんどの中、九本もの尻尾を生まれ持ってしまった彼女は、皆から疎まれていました。

 

 しかし彼女は決してめげずに、アイツらを見返してやろうと努力しました。

 幸運にも彼女は才能に恵まれました。知を、力を、技を磨き、そのどれもが優れた結果を出していきます。

 

 同族との模擬線では負けなし。身の丈の倍はある巨岩を火の玉で焼き尽くし、商売をすれば一代で富豪の地位を築いて見せた。

 

 そんな伝説を築いていく内、皆が彼女に尊敬の念を向けました。そして里を襲う魔獣の群れを単身で撃退した事で彼女は英雄と持て囃され、いつしか尻尾が多いことは狐尾族の誉だという考えが広がっていくのです。

 幼き頃から蔑まれてきた一人の少女の成り上がり。まさに語り継がれるべくしてある英雄譚。しかし一つだけ、困った事態が起きました。

 狐尾族には、ある悪癖があったのです。それは何事にも大袈裟に、誇張して物を語るというもの。

 彼らは自らの英雄の素晴らしさを語り継ぐ時、それはそれは盛りに盛りました。

 

 曰く、かの者は万の魔獣を退けた。

 曰く、かの者は一発の火の玉で森を更地に変えた。

 曰く、かの者は百年先のことまで見通せた。

 

 曰く、曰く、曰く、もしかの英雄様がそれを聞いたらこう言うでしょう。

 

『いや、出来んが』

 

 全くの見当違いな噂の尾ひれは伸びに伸び、ついでに九本の尾を持つ狐尾族は次代の英雄になるなんて話も付け加えられました。その噂を狐尾族は全員、それはそれはふかーく信じ込んでいます。

 結果、たまたま尻尾が九本あった狐娘が、次代の英雄だとか最強の存在だとかハチャメチャに勘違いされる事になるのでした。

 

……これは、そんな哀れな一人の狐尾族のお話。ただ尻尾が多いだけの、文字通りの()()()()の物語です。

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