機動戦士ガンダムZZ:ANOTHER EPISODE ―星を継ぐ子供― 作:紫山拾弐
宇宙世紀0088年。グリプス戦役という名の、地球連邦軍内部の権力闘争が終結した直後のことである。戦勝したエゥーゴも、敗北したティターンズも、共に致命的な傷を負っていた。宇宙には戦火の残骸であるデブリが溢れ、人々の心には深い虚無感が澱のように溜まっていた。その隙を突くように、小惑星アクシズを拠点とするネオ・ジオンが地球圏への版図を広げようとしていたが、歴史の表舞台が激動するその裏側で、ある「あり得ざる存在」が産声を上げようとしていた。
サイド1の廃棄コロニー「シャングリラ」。ここは、宇宙の塵と貧困が吹き溜まる場所だ。酸素は薄く、重力は不安定。人々には戦火が残したモビルスーツ(MS)の残骸を拾い集めて売るという、ジャンク屋としての細々とした生活だけが残されていた。
「おい、ジュドー! もたもたするな、エンドラの巡洋艦が来る前にカタを付けるぞ!」
ビーチャ・オーレグが、ボロボロのプチ・モビルスーツの通信機越しに怒鳴る。
「わかってるよ、ビーチャ。けど、この辺りは浮遊物が多すぎるんだ。センサーが使い物にならないよ」
14歳の少年、ジュドー・アーシタは、慣れた手つきでレバーを操作し、デブリの合間を縫うように進んでいた。彼にとって、MSの残骸探しは日常であり、妹のリィナを学校に通わせ、まともな食事をさせるための貴重な、そして唯一の収入源だった。
その時、ジュドーの脳裏を鋭い「光」が走った。ニュータイプとしての、まだ無自覚な、だが暴力的なまでの感応。
「……なんだ? 今の。あっちか?」
「どうした、ジュドー。またサボりか?」
「違う! 何か、変なものが流れてきたんだ。ひどく冷たくて、でも、叫んでいるような……」
ジュドーがプチMSを向けた先には、連邦軍の救命カプセルが漂っていた。しかし、それは通常のものとは異なっていた。装甲には「極秘」を意味するコードが刻まれ、内部からは微かな、しかし力強い拍動のような電子音が響いている。
「連邦の救命カプセル……? 撃沈された輸送艦から漏れたやつか。おい、これは高く売れるぞ。中身が高級士官なら身代金だって期待できる!」
ビーチャたちが色めき立つ中、ジュドーだけは奇妙な胸騒ぎを覚えていた。カプセルの中に、「誰か」がいる。それも、ただの遭難者ではない。何か、もっと根源的で、恐ろしい何かが。
シャングリラの秘密基地、ジャンク屋のハッチを閉め、気圧を安定させる。プシュッという音と共に、カプセルのハッチが開いた。内部を満たしていた冷却ガスが白く吹き出し、視界を遮る。ガスが晴れた時、少年たちの前に現れたのは、淡い光を放つ生命維持装置の中で眠る、一人の子供だった。
「……子供? 10歳もいってないだろ、これ。おい、連邦の奴らは幼稚園バスでも飛ばしてたのか?」
モンドが呆気にとられた声を出す。そこに横たわっていたのは、癖のある茶色の髪、端正な鼻筋、そしてまだ幼さの残る頬をした少年だった。その顔立ちは、1年戦争を経験した者が見れば、誰もが息を呑むはずだった。かつてホワイトベースに乗り、ジオン公国軍を震撼させた伝説のパイロット、アムロ・レイの幼少期そのものだったのだから。
少年――レイ――は、ゆっくりと目を開けた。
その瞳は、子供らしい純真さとは対極にある、冷徹なまでの理性を湛えていた。
(……ここは? 僕は、生きているのか?)
彼の中には、二つの記憶が混在していた。一つは、連邦軍の研究施設「プロジェクト・ヘリオス」で、アムロ・レイという英雄の遺伝子を継ぎ、その予備として培養された実験体の記憶。暗い水槽の中で、神経をサイコミュに直結され、ひたすら戦闘シミュレーションを繰り返させられた地獄の記憶。
そしてもう一つは、この「宇宙世紀」を物語として知っている、異世界の転生者としての記憶。彼は知っていた。これから訪れる「第一次ネオ・ジオン抗争」の全貌を。ジュドーが背負う過酷な運命を。そして、自分が「居るはずのない駒」であることを。
(0088年……シャングリラ……。ということは、目の前にいるこの少年は……)
レイは、泥だらけの顔で自分を覗き込むジュドーを見つめた。
「……ジュドー、アーシタ」
「えっ!? なんで俺の名前を知ってるんだ、お前?」
ジュドーが飛び退く。ビーチャたちも色めき立った。「おい、やっぱり連邦のスパイか何かか?」
レイは上体を起こそうとしたが、あまりの筋力のなさに崩れ落ちた。急速成長による遺伝子崩壊を防ぐため、彼の肉体は意図的に低年齢で固定されていた。小学2年生程度の体躯には、あまりに巨大な精神が宿っている。
「……敵じゃない。僕は、捨てられただけだ。連邦という、過去の遺物に」
その時、シャングリラの外壁を激しい振動が襲った。マシュマー・セロ率いるエンドラのガザCが、エゥーゴのアーガマを誘い出すための威嚇行動を開始したのだ。
「逃げるぞ! こんなガキに構ってる暇はない!」
ビーチャたちが逃げ出す中、ジュドーはレイを見捨てられなかった。
「おい、チビ! 立てるか?」
「無理だ……足が、まだ重力に適応していない。……ジュドー、あそこのジャンクの山に、古い作業用OSの入ったディスクがあるはずだ。それを持って、あの半壊したプチMSに乗れ。僕が……書き換えてやる」
「な、何を言って……」
「死にたくないなら、僕の言う通りにするんだ! このままじゃ、君の妹も……リィナも、戦火に巻き込まれるぞ!」
レイの瞳には、未来への確信があった。ジュドーはその迫力に圧倒され、言われるがままにレイを抱え、コクピットへ飛び込んだ。レイの小さな指が、古びたキーボードの上で踊る。連邦の戦闘教育で叩き込まれたプログラミング技術と、未来の知識が融合する。
「OSを最適化する。……いいかい、ジュドー。この機体は今から、君の『感覚』を増幅する。君が『避けたい』と願う方向に、機体は磁気浮動的に追従する。君は、引き金を引くことだけに集中して」
ハッチを突き破り、ネオ・ジオンのガザCが姿を現す。
「いたぞ、ネズミめ! 消え去れ!」
ガザCのナックル・バスターが火を吹く。だが、ジュドーの乗るプチMSは、物理法則を無視したような鋭い横跳びでそれを回避した。
「な、なんだと!? ジャンク屋の、あんな旧式が!」
「すごい……。機械が、俺の体に張り付いているみたいだ!」
ジュドーは驚愕した。レイが施したパッチは、機体のデッドタイムをゼロにする禁忌の調整だった。
「ジュドー、次。左30度、デブリの陰に隠れて。カウント3で飛び出して、敵のセンサーを狙って。殺さなくていい、無力化すれば奴らは退く」
作業用MSの無骨なアームが、デブリの中にあった鉄パイプを掴み、ガザCのカメラアイを正確に貫いた。機能不全に陥ったガザCが撤退していく。静寂が戻った秘密基地で、ジュドーは荒い息を吐きながら、自分の膝の上でぐったりとしているレイを見た。
レイの鼻からは、微かな血が流れていた。幼い肉体が、大人顔負けの情報処理に耐えられなかったのだ。
「……おい、大丈夫か、アムロ!」
「……僕は、アムロじゃない。……レイ、だ」
少年はそう呟くと、深い眠りに落ちた。
数時間後、シャングリラに一隻の傷ついた戦艦が入港した。強襲巡洋艦、アーガマ。そのブリッジで、ブライト・ノアは疲弊しきった顔で外を眺めていた。カミーユ・ビダンを失い、戦力も、希望も底をついた。そんな彼の元に、ジュドーたちが「妙なガキを拾った」と担ぎ込んでくる。
ブライトが医務室を訪れたとき、レイは既に目を覚まし、無機質な壁を見つめていた。
ベッドの傍らに立つブライトの姿。そのやつれた、しかし意志の強い顔を見て、レイは静かに口を開いた。
「お久しぶりです、ブライト艦長。……いえ、『初めまして』と言うべきでしょうか」
ブライトは絶句した。その少年の顔、その落ち着き払った声。そして、何よりも自分を見つめるその「目」。それはかつて、自分が強引にガンダムに乗せ、戦いへと駆り立ててしまった、あの少年の幼い頃そのものだった。
「アムロ……。アムロ・レイなのか……?」
ブライトの手が震える。かつての戦友を、再び戦場に引き戻してしまうことへの恐怖と罪悪感が、彼を襲った。
レイは悲しげに微笑み、首を振った。
「いいえ。僕はただの、なり損ないです。あなたたちが守れなかった、英雄の影に過ぎません。……ブライト艦長、僕は知っています。あなたがこれから、この船に新しい『希望』を乗せようとしていることを。その隣に、僕を置いてください。英雄としてではなく、ただの使い捨ての、知恵袋としてで構いませんから」
宇宙世紀0088年。最強のガンダム、ZZが目覚める前。
シャングリラの片隅で、歴史の歯車は「あり得ざる少年」の手によって、大きく、そして決定的に狂い始めた。
それは、神話の再来か。あるいは、破滅への序曲か。
「星の落とし子」となったレイの、孤独で、そして熾烈な戦いが今、幕を開ける。
一応、不定期で続けようかなと思っています。