機動戦士ガンダムZZ:ANOTHER EPISODE ―星を継ぐ子供― 作:紫山拾弐
アーガマ内での波紋と、急速に接近するネオ・ジオンの脅威。
そして「子供の体」というハンデを抱えながら戦場に介入せざるを得ないレイの葛藤-。
アーガマの医務室には、死を待つような静寂ではなく、張り詰めた緊張感が漂っていた。
ブライト・ノアは、ベッドに腰掛ける小さな少年の姿から目を逸らすことができなかった。アムロ・レイ。その名はブライトにとって、青春の光であり、同時に一生消えない後悔の痣でもある。かつて、生き延びるために少年を戦場に追いやり、その心を摩耗させたという自責の念。それが今、より幼い姿となって目の前に突きつけられている。
「……身元を照会した。連邦軍のデータベースには、君に該当する記録は一切ない」
ブライトの掠れた声に、レイは表情一つ変えずに答えた。
「当然です。表向きには存在しないプロジェクトですから。『ヘリオス』……。太陽の名を冠しながら、その実態はアムロ・レイの細胞を違法に採取し、戦闘技術を刷り込んだ『使い捨ての代用品』を作るための実験場です」
「代用品だと……。連邦は、まだそんなことを……!」
ブライトは拳を握りしめた。ティターンズが崩壊してもなお、組織の奥底に巣食う闇は消えていない。
「艦長、僕を哀れむのはやめてください。僕は、自分が何者かを知っています。そして、このアーガマが今、どれほど絶望的な状況にあるかも」
レイは細い指で、枕元に置かれた自身の救命カプセルのデータチップを指差した。
「その中には、エンドラがこのコロニーを狙っている理由、そして彼らが次に繰り出す戦術のシミュレーションが入っています。僕を『アムロ・レイ』として扱う必要はありません。ただの……高精度な索敵コンピュータだと思ってください」
その言葉の冷徹さに、ブライトは寒気を覚えた。この少年は、まだ十歳にも満たない子供の皮を被りながら、その内側には老成した軍人のような、あるいはすべてを諦めた聖者のような精神が宿っている。
同じ頃、アーガマの格納庫では、ジュドー・アーシタが頭を抱えていた。
「なんだよ、あのチビ。アムロだか何だか知らないけど、俺の名前を知ってたり、勝手にOSを書き換えたり……気味が悪いったらねえよ」
「でもジュドー、あの子が助けてくれなかったら、今頃私たちはガザCにやられてたわよ」
妹のリィナが、兄を窘めるようにタオルを差し出す。
「わかってるさ。けどよ……あいつの目、見たか? あれは子供の目じゃない。まるで、自分がいつ死ぬかを知ってるみたいな、嫌な目だ」
その時、コロニー内に再び警報が鳴り響いた。マシュマー・セロが、アーガマの引き渡しを要求し、本格的な攻撃を開始したのだ。今回の敵は、ガザCの小隊だけではない。マシュマー自らが駆る新型機、ズサが先頭に立っていた。
「ミサイル・ポッド、全門開放! 薔薇の騎士の誇りにかけて、エゥーゴの残党を掃討する!」
コロニーの隔壁を貫き、無数のミサイルが市街地を焼き払う。シャングリラの脆弱なインフラは瞬く間に悲鳴を上げ、人々の絶叫が真空の裂け目に吸い込まれていった。
「ブリッジへ行く! ジュドー、君は……」
ブライトが言いかける前に、レイはベッドから這い出していた。
「艦長、Zガンダムを出してください。今のルー・ルカの調整では、ズサの波状攻撃は防げません」
「バカなことを言うな! 君の体では……」
「僕は死にません。まだ、ここで死ぬわけにはいかないんです。リィナを……この時代の犠牲者たちを救うまでは」
レイは、ふらつく足取りで格納庫へと向かった。重力下での歩行すらままならない小さな体が、壁を伝いながら必死に進む。その姿を見て、ジュドーは思わず駆け寄った。
「おい、チビ! 無理だって言ってんだろ! お前みたいなガキが何をするつもりだ!」
「ジュドー……。君には力がある。でも、今はまだ『使い方』を知らない」
レイは、自分を見上げるジュドーの瞳をまっすぐに見据えた。
「僕をZのコクピットに乗せて。君はサブ・シートで、僕の動きを見ていて。……ニュータイプがどうやって戦場を『視る』のか、その真髄を教えてあげる」
「……っ、上等だ! 誰がチビの言いなりになるかよ。でも、勝手に死なれるのは寝覚めが悪いからな!」
ジュドーはレイを抱え上げ、Zガンダムのコクピットへと飛び込んだ。
Zガンダム、発進。
ルー・ルカが驚愕の声を上げるが、レイは既にサイコミュ・リンクを強制接続していた。
(……痛い。脳が、焼けるようだ。でも、この感覚だ。宇宙の端々まで神経が伸びていく……!)
レイの瞳が、翠色に輝く。
「ジュドー、しっかり掴まっていて。加速するよ」
Zガンダムが、かつてアムロやカミーユが見せた以上の鋭さで、ミサイルの嵐の中を突き進む。ズサの放つミサイル群が、まるでスローモーションのようにレイの視界に映し出される。
「そこだ……!」
ビーム・ライフルの一撃が、ミサイルの信管を空中で次々と撃ち抜いていく。一発の無駄打ちもない、神懸かり的な精密射撃。
「何者だ!? Zのパイロットはカミーユ・ビダンではないのか! このプレッシャー……まさか……!」
マシュマー・セロは、戦慄した。モニターに映る白いMSから放たれるのは、圧倒的な「個」の意志。それは、彼が心酔するハマーン・カーンにすら匹敵する、巨大な精神の奔流だった。
コクピットの中で、ジュドーは言葉を失っていた。レイの小さな背中から、目に見えない光が溢れ出しているように見えたからだ。
「……これが、戦いなのか? あいつ、泣きそうな顔をして……なのに、一歩も引かない……」
レイの身体は、極限状態にあった。心拍数は200を超え、毛細血管が切れ、肌からは血混じりの汗が滲む。
(止まれ……まだ止まるな、僕の心臓! この一撃で、マシュマーを撤退させる……!)
Zガンダムがウェイブライダーに変形し、ズサの懐へ飛び込む。ゼロ距離でのビーム・サーベル展開。マシュマーは辛うじて回避したが、ズサの推進器は切り裂かれ、戦線離脱を余儀なくされた。
「おのれ……今日のところは引くが、その魂、確かに刻んだぞ!」
ネオ・ジオンの反応が消える。
同時に、Zガンダムのシステムがシャットダウンした。
「……はぁ、はぁ……」
レイは操縦桿に突っ伏した。ジュドーが慌てて彼を抱き起こすと、その顔は死人のように真っ白だった。
「おい! レイ! しっかりしろ!」
「……ジュドー……。見たかい……? これが、君がこれから背負う……『力』の正体だ……」
レイは弱々しく笑い、そのまま意識を失った。
アーガマに帰還したレイを待っていたのは、安堵の声ではなく、重苦しい沈黙だった。
医務室に運び込まれたレイの診断結果は、絶望的なものだった。ニュータイプ能力の過剰使用による脳への負荷、そして急速成長抑制剤の副作用による心不全。彼の肉体は、あと数回の出撃で限界を迎えるだろう。
夜、ブライトは独り、私室でアムロ・レイの古い写真を見つめていた。
「……アムロ。私はまた、同じ過ちを繰り返しているのか。君の影を、あんな小さな子供に背負わせて……」
だが、ブライトは知っていた。あの子――レイ――がいなければ、今頃アーガマは宇宙の塵になっていたことを。そして、レイ自身が誰よりも、自分が「戦うための道具」であることを受け入れているという残酷な事実を。
一方、意識を取り戻したレイは、暗闇の中で天井を見つめていた。
(歴史は、動き出した。リィナは助けた。ズサも退けた。でも、僕の命は……どれくらい持つかな)
彼は知っていた。自分が「転生者」として持っている知識が、現実の肉体の前では無力であることを。
それでも、彼は止まらない。
アムロ・レイという名の呪縛を打ち破り、自分自身の足で歩むために。
偽物の英雄として生まれた少年は、本物の奇跡を掴み取るために、再び瞳を閉じるのだった。
次回予告
かつての英雄と同じ瞳を持つ少年、レイ。
彼がもたらした戦果は、アーガマに束の間の平穏と、それ以上の不和をもたらした。
「アムロの再来」を信じたい大人たちと、その重圧を拒絶するジュドー。
一方、敗北を喫したマシュマー・セロは、騎士のプライドを懸け、
新たな刺客をシャングリラへと差し向ける。
重力の下、幼き肉体を蝕む「加速する時間」の恐怖。
レイは自らの命を削り、再び禁断の回路を開くのか。
次回、第3話 「シャングリラの落日」
――君は、刻の涙をみる。