機動戦士ガンダムZZ:ANOTHER EPISODE ―星を継ぐ子供― 作:紫山拾弐
シャングリラの人工太陽が、設定された時刻に従ってその輝きを減衰させていく。擬似的な夕闇がコロニーの街並みを包み込むが、そこに安らぎはない。街のあちこちから立ち昇る黒煙と、遠くで響く緊急車両のサイレンが、戦場となったこの場所の現実を突きつけていた。
アーガマの医務室で、レイは点滴のチューブに繋がれたまま、モニターに映し出される外部の被害状況を眺めていた。
「……効率が悪いな」
掠れた声で、彼は独りごちた。
前世の記憶にある『機動戦士ガンダムZZ』の物語では、シャングリラでの戦いはもう少し「喜劇的」な側面もあったはずだ。しかし、彼という異物が介入したことで、歴史の歯車はよりシビアな方向へと軋みを上げている。マシュマー・セロは、クローンであるレイが放った「アムロ・レイのプレッシャー」に過剰反応し、騎士道という名の狂信を加速させていた。
レイは目を閉じ、自身の脳内に残る「作られた記憶」を反芻した。連邦軍の極秘施設、地下数百メートルにある無機質な水槽。そこで彼は、幾度となく死と再生を繰り返した。バイオセンサーの調整のために、未熟な精神を強制的に拡大され、宇宙に漂う死者の思念を叩き込まれる日々。
(……あの地獄に比べれば、この焦げ付いたコロニーの空気の方が、いくらか人間らしい)
転生者としての知性と、クローンとしての呪われた身体。そのギャップが、常に彼の精神を削り取っていた。
「レイ。起きてるの?」
リィナ・アーシタが、トレイに乗せた簡素な食事を運んできた。彼女の瞳には、兄であるジュドーに向けるものとは別の、危ういものを見るような憐憫の色があった。
「……リィナ。ジュドーはどうした?」
「ビーチャたちと、格納庫で何か企んでるみたい。アーガマをネオ・ジオンに売って、そのお金でシャングリラから脱出しようって」
「彼ららしいな。でも、それは失敗する」
レイはリィナの差し出したスープに手を付けず、冷徹に予言した。
「ネオ・ジオンに交渉の余地はない。マシュマーは今、自分を屈服させた『英雄』を仕留めることに取り憑かれている。彼は騎士道という美徳を、自分自身を追い詰めるための刃に換えてしまった。次は……もっと容赦のない手段で来るはずだ。コロニーの被害など、今の彼には目に入っていない」
その予言は、数時間もしないうちに現実のものとなった。
コロニーの外壁付近で爆発が起き、警報が鳴り響く。だが、今回の侵入者はマシュマーではなかった。
「あれは……ガルスJか。エンドラの副官、ゴットン・ゴーが動いたか」
医務室の窓から、コロニー内に降り立つ重厚なシルエットが見えた。市街地への無差別攻撃を隠れ蓑に、アーガマのドックを強襲する。それは騎士道を謳うマシュマーの裏で行われる、ネオ・ジオンの泥臭い実利的な暴力だった。
「ジュドー! 逃げろ!」
格納庫で密談していたジュドーたちは、突然の爆撃に放り出された。
「クソっ、話が違うぞ! まだ交渉もしてねえのに、いきなりぶっ放しやがって!」
ビーチャが叫びながら物陰に隠れる。だが、ジュドーの目は、炎に包まれるシャングリラの街と、自分たちの隠れ家であるジャンク山に向けられていた。
「あいつら……やりすぎだ。リィナが、みんなが住んでる場所なんだぞ! ここを壊して何がネオ・ジオンだ!」
激昂するジュドーの前に、再び小さな人影が現れた。点滴を引き剥がし、肩で息をしながらも、その瞳には凍てつくような殺気が宿っている。
「ジュドー、あれに乗れ。……Zガンダムはまだ冷却が終わっていない。だが、あっちの『ガンダムMk-II』なら、僕が昨日、応急処置で駆動系を直しておいた」
レイが壁を支えに立ち、ドックの隅に放置されていた白いMSを指差した。
「 Mk-II? あんなボロ、博物館の展示品だろ!」
「僕がバイパスを繋ぎ、OSの反応速度を極限まで上げた。出力はオリジナルには及ばないが、今の君の『力』……無意識のプレッシャーを乗せれば、敵を追い払うには十分だ。……急げ、リィナが外に避難している。奴らの攻撃に巻き込まれたら、もう助からないぞ!」
リィナの名前を出された瞬間、ジュドーの迷いは消えた。
「……わかった。どうなっても知らねえぞ!」
ガンダムMk-II、発進。
レイはジュドーの背後にある狭い空間に潜り込み、ポータブル端末を膝の上で展開した。
「……バイオセンサーは非搭載か。なら、僕の脳波を中継器にして、機体の機動計算を代行させる。……うっ、あぁっ!」
レイがシステムにダイブした瞬間、頭蓋骨を直接ハンマーで叩かれたような激痛が走った。クローンの未熟な神経系が、Mk-IIの電子信号と激しく摩擦を起こす。だが、その代償として、Mk-IIの動きは一変した。
鈍重だった旧式機が、まるで生き物のようなしなやかさで跳躍し、ガルスJの放つフィンガー・ランチャーを、コンマ数秒の予測で回避し続ける。
「な、なんだこの動きは!? Mk-IIだと!? まるでパイロットの意志を先回りしているみたいだぞ!」
ネオ・ジオンのパイロットが驚愕する。
「ジュドー、左だ! 敵は右腕の関節を狙ってる。……今、カウンターを! 回り込んで下から突き上げろ!」
「おおおっ!」
ジュドーの野生的な反射神経が、レイの計算された予見と同調する。Mk-IIのビーム・サーベルが、重厚なガルスJの腕を付け根から鮮やかに斬り飛ばした。
しかし、勝利を確信した瞬間、コロニーの天井部から新たなプレッシャーが降りてきた。
深紅のMS、ガザCのカスタム機。マシュマー・セロだ。
「英雄の名を騙る偽物め! 我が誇りにかけて、その仮面を剥ぎ取ってくれる!」
マシュマーの攻撃は、これまでの比ではない殺気を孕んでいた。彼はもはや戦略を捨て、目の前の「白き影」を打ち倒すことだけに全神経を注いでいた。
「……マシュマー。彼は『強化』されていないはずなのに、このプレッシャー……。執念がニュータイプに近い領域まで彼を押し上げているのか」
レイは歯を食いしばり、鼻から垂れる鮮血を拭うこともせず、端末を叩き続けた。
「ジュドー、逃げて! 今の機体出力ではマシュマーの突撃は受け止められない! 機体が自壊する!」
その時、Mk-IIのコクピットに異常な警報が鳴り響いた。
レイの体が限界を超え、システムからのバックラッシュが始まったのだ。
「レイ! おい、レイ! 目を開けろ!」
ジュドーの声が遠のいていく。
レイの意識は、過去と未来、そして前世の記憶が混ざり合う混沌の底を漂った。
(……僕は、誰だ? アムロ・レイの残滓? それとも、ただの死を待つ転生者か? ……いや、違う。僕は……この少年を、リィナを、ジュドーを……絶望に染まる物語から切り離すために、ここへ来たんだ!)
「……させない。……そんな、誰かが決めた悲劇なんて、僕は認めない!」
レイが絶叫すると同時に、Mk-IIの装甲の隙間から、青白い燐光が漏れた。
それはバイオセンサーの輝きではない。クローンとして生み出された少年の、純粋な「生存本能」と「変革への意志」が引き起こした、奇跡的なまでの精神波の増幅だった。
Mk-IIのビーム・ライフルが、本来の定格出力を大幅に超える一撃を放ち、マシュマーの機体の盾を、空間ごと捻じ曲げるように蒸発させた。
「……何だと!? バカな、あの骨董品がこれほどの……。……まさか、本当にアムロ・レイなのか!」
マシュマーは機体の損傷と、それ以上に圧倒的な「存在」の格の違いに戦慄し、撤退を余儀なくされた。
戦闘終了後、静まり返ったシャングリラの夕闇の中で、ジュドーはレイを抱えてMk-IIから降りた。
レイの髪は、一部が白く変色し、身体は熱に浮かされたように震えていた。
「……おい、起きろよ。勝ったんだぞ。……レイ、目を開けろよ! 妹を助けてくれたんだろ、お礼を言わせろよ!」
ジュドーの悲痛な叫びに応えるように、レイは微かに目を開けた。その瞳には、一瞬だけ、かつての英雄が持っていた深い慈愛の色が宿っていた。
「……リィナは……無事か?」
「ああ、無事だよ。お前のおかげで、ピンピンしてる」
「……そうか。……なら、いいんだ。……これで、少しだけ……未来が変わったかな……」
レイは再び深い眠りに落ちた。
ブライト・ノアは、その様子を遠くから見つめていた。彼は確信していた。この少年はアムロ・レイではない。アムロはもっと不器用で、自分のために泣くことしかできなかった。だが、この少年は、自らを「偽物」と定義しながら、他人のために命を削ることを選んでいる。
(君は……アムロ以上にアムロ・レイになろうとしているのか。それとも……)
シャングリラの日は沈んだ。
だが、それは新しい、より過酷な「明日」への始まりに過ぎなかった。
次回予告
マシュマー・セロの更迭。
ネオ・ジオンの新たな指揮官として現れたのは、美しき狂気を纏った女性、キャラ・スーン。
彼女が駆る重MSの圧倒的な火力が、シャングリラの平穏を完全に灰へと変えていく。
倒れたレイに代わり、ジュドーはついに、アーガマの真の力と向き合うことになる。
合体する魂。咆哮するハイ・メガ・キャノン。
だが、その光の裏側で、レイの肉体は死へと加速を始めていた。
次回、第4話 「始動! ダブルゼータ」
――君は、刻の涙をみる。