機動戦士ガンダムZZ:ANOTHER EPISODE ―星を継ぐ子供― 作:紫山拾弐
シャングリラを脱出した強襲巡洋艦アーガマは、漆黒の虚空へと艦首を向けていた。だが、背後に残してきたコロニーの灯火は、勝利の証などではなく、癒えぬ傷跡のようにレイの脳裏に焼き付いていた。
医務室のベッドで、レイはぼんやりとした視界の中、自分の手を見つめていた。白く染まった髪の毛先が、視界の端で頼りなく揺れている。第4話でのZZガンダム強制合体シークエンス。強力なサイコミュの逆流によって奪われた視力は、完全な盲目ではないものの、世界を厚い水底から覗くような、曖昧で色彩を欠いたものへと変えていた。
(……感覚が、鋭敏になりすぎている)
視界が塞がれた代償のように、ニュータイプとしての感応能力は、本人の意志に関わらず拡大を続けていた。船内の人々の焦り、苛立ち、そして自分に向けられる腫れ物に触れるような同情。それらが濁流のように意識に流れ込み、一時も休息を許さない。レイにとって、この「力」はギフトではなく、肉体を内側から削り取る劇薬だった。
その時、一際「異質な」波動が、遠い宇宙の彼方からレイの意識を鋭く弾いた。
それは、マシュマーやキャラが見せた刺すような殺気でも、ドロドロとした憎悪でもなかった。もっと無垢で、破壊的で、そして身を切るような孤独を孕んだ「まばゆい光」だ。
「……来る」
レイは点滴のチューブを荒っぽく引き剥がし、よろめきながら床に足をつけた。
「レイ! また無茶をして! あなた、今は安静にしていないと……」
駆け寄るファ・ユイリィの制止の声を、レイは冷徹な眼差しで撥ね退けた。
「……ブリッジへ。急いでください。……『僕と同じもの』が、すぐそこまで来ている。逃げても無駄だ。あの子は、この船の『音』を聞きつけてやってくる」
その頃、アーガマを追撃するネオ・ジオンの先遣隊。その中心に鎮座する青いモビルスーツ、キュベレイMk-IIのコクピットで、一人の少女が瞳を輝かせていた。
エルピー・プル。グレミー・トトによって調整され、戦うための道具として磨き上げられた、ネオ・ジオンのニュータイプ候補生。
「見つけた……。あそこに、とっても温かくて、とっても悲しい『何か』がいる! ねえ、あっちへ行こうよ、キュベレイ!」
彼女にとって、戦争は無邪気な遊びであり、殺意は好奇心の延長に過ぎなかった。プルは笑いながらスロットルを押し込み、アーガマへと肉薄する。
「敵機接近! 高速で接近する機影一つ、モノアイ……いえ、キュベレイタイプです!」
ブリッジに駆け込んだレイは、ブライトの制止を聞かずに戦術コンソールに張り付いた。
「艦長、ジュドーを……ZZを出してください。……あの子は、今までの連中とは根本的に違う。……純粋すぎて、こちらが壊されるまで止まらない」
「レイ、君は下がれ! 視力も戻っていないその体で、何ができるというんだ!」
「見えなくても『視える』んです……。あの子の心の動きが、指の震えまで伝わってくるんだ! お願いします、僕にしか、あのファンネルは防げない!」
ジュドーのZZガンダムが発進する。だが、キュベレイMk-IIの動きは、これまでの重厚な機体群とは次元が違っていた。
ファンネル。宇宙世紀の戦場において、最も忌むべき、そして最も理不尽な「見えない刃」がアーガマとZZを包囲するように展開される。
「なんだよこれ、どこから撃ってきてるんだ! 四方八方、逃げ場がねえぞ!」
ジュドーの悲鳴に近い声が通信回線に響く。
「ジュドー、動かないで。……僕が、ファインダー越しにファンネルの軌道を逆算する。君は、僕が指定する座標に、全エネルギーをバイパスしろ」
レイは強く目を閉じ、暗闇の中に浮かび上がる無数の「光の糸」を読み取った。プルの無邪気な意識の動き。彼女が次にどこから撃ちたいのか、どの角度から「遊び」を仕掛けたいのか。それが、まるで自分自身の肉体の感覚のように理解できてしまう。
(……ああ、そうか。君も、同じなんだね。名前を奪われ、力を与えられ……)
レイの意識が、真空の宇宙を介してプルの意識と深く接触した。その瞬間、爆発的な情報の流入がレイの脳を焼く。
「……あ! お兄ちゃん、見つけた! お兄ちゃんも、私と同じにおいがする! 寂しくて、冷たくて、でもとっても熱いにおい!」
プルの思念が、レイの脳内に直接、暴力的なまでに流れ込む。それは、アクシズの冷たい壁に囲まれた実験室の記憶。自分を「プル・ツー」と呼ぶ大人たちの無機質な声。そして、誰かに力一杯抱きしめられたいという、剥き出しの、しかし決して満たされることのない飢餓感。
「お兄ちゃん、遊ぼう! どっちが先に壊れるか、競争だよ! 負けた方は、宇宙の塵になっちゃうんだから!」
キュベレイMk-IIのファンネルが、ZZの四肢を狙って一斉に殺到する。
「ジュドー、左斜め上30度! 散弾をバラ撒いて! 狙わなくていい、ただ弾幕を張って、あの子の『興味』を逸らすだけでいい!」
「わ、わかった! くそっ、レイ、お前大丈夫か! 声が震えてるぞ!」
レイの的確な指示により、ZZは致命的な直撃を回避し続ける。だが、レイの消耗は激しかった。プルとの感応は、自分自身が封印していた「アムロ・レイのクローン」としての過去を無理やり抉り出されるような、耐え難い苦痛を伴っていた。
意識が混濁する中、レイは視た。
アクシズの暗い廊下で、独りぼっちでチョコを食べるプルの後ろ姿。
そして、連邦の施設で、バイオセンサーに繋がれたまま「本物になれ」と命じられ、薬物で精神を強化され続けた自分の姿。
(……僕たちは、作られた命。……誰かのエゴで、英雄の、あるいは兵器の模造品として、この世に引きずり出された……)
レイの心の奥底から、凍てつくような深い悲しみが溢れ出した。それがサイコミュを通じて、戦場全体を青白い光で包み込んでいく。
「……え? お兄ちゃん、なんで泣いてるの? 楽しくないの? 戦いは、楽しいことでしょ?」
プルの動きが、戸惑うように一瞬だけ止まった。
その隙を突き、ジュドーのZZがキュベレイMk-IIの懐に飛び込む。ダブル・ビーム・ライフルの銃口が、青い機体のコクピットを捉えた。
「……やめろ! 撃つな、ジュドー! 殺しちゃいけない!」
レイがブリッジで椅子を蹴り飛ばし、絶叫した。
「え……? 撃つなって、レイ、こいつを倒さないと、アーガマがやられるんだぞ!」
「……あの子は……ただ、独りなんだ。……愛されたいだけなんだ。……僕と同じ、代わりなんていくらでもいると教えられた、可哀想な子供なんだ……!」
レイの魂の慟哭が、サイコミュを通じてジュドーの心にダイレクトに突き刺さった。ジュドーはトリガーを引く指を強引に止め、ビーム・サーベルの出力を最低限に落とした。
その、敵意のない「優しさ」の波動に触れたのか、プルは初めて恐怖を感じたように距離を取った。
「……お兄ちゃん。……変なの。……胸が、苦しいよ。……今日はもういい、遊ぶのやめた! またね、お兄ちゃん!」
キュベレイMk-IIは、翻るマントのように翼を広げ、アクシズの方向へと急速に去っていった。
戦いが終わり、アーガマのブリッジには、耳が痛くなるような静寂が降りていた。
コンソールから崩れ落ち、床に這いつくばるレイを、ジュドーが格納庫から駆けつけ、力強く抱きとめる。
「レイ……。お前、あいつのことを知ってるのか? 家族か何かなのか?」
「……いいえ。……でも、魂の形が同じだったんです。……あの子も、僕も……誰かの夢の『残りカス』として、ここにいるってことが」
レイの濁った瞳から、一筋の涙が零れ、ジュドーの泥だらけの手に落ちた。
「ジュドー……。……あの子を、いつか救ってあげて。……僕には、もう……その役割を果たすだけの時間は、残っていないかもしれないから……」
レイの、遺言のような告白は、ジュドーの胸を激しく揺さぶった。
自分の命を、魂を削りながら戦うこの少年と、無邪気に殺戮を楽しむことでしか存在を証明できないあの少女。
宇宙(そら)に散らばる「作られた命」たちの、音なき悲鳴。それがジュドー・アーシタという一人の少年のニュータイプとしての魂に、初めて重い「責任」と「怒り」の火を灯した。
アーガマは、次なる目的地へと進む。
だが、レイの精神は、プルの残した無邪気で孤独な残響に囚われたままだった。
「作られた命」同士の残酷な邂逅は、運命をさらに複雑に、そして逃れようのない破滅へと絡め取っていく。
次回予告
アクシズから届く、親書なき宣戦布告。
アーガマの前に立ち塞がるのは、ネオ・ジオンの精鋭部隊。
だが、艦内に潜入した少女、プルが引き起こす騒動が、戦士たちの心を掻き乱す。
「アイス……? それ、おいしいの?」
レイがプルに教える、戦い以外の「世界」の形。
しかし、その穏やかな時間は、グレミー・トトの陰謀によって無残に引き裂かれる。
次回、第6話 「アイスクリーム・ドリーム」
――君は、刻の涙をみる。