機動戦士ガンダムZZ:ANOTHER EPISODE ―星を継ぐ子供― 作:紫山拾弐
アフリカの夜明けは、血のように赤い。
地平線の彼方から昇る太陽が、果てしなく続く砂丘を鋭いコントラストで切り裂いていく。夜の静寂が去り、代わって訪れるのは、全てを乾燥させ、焼き尽くす圧倒的な熱量だ。
アーガマの仮設キャンプ。レイは、ジープの影に置かれた簡易ベッドの上で、熱に浮かされていた。前日のコア・ベース強行出撃によるダメージは、ベルトーチカの献身的な看護をもってしても容易には拭えない。重力という名の枷は、一刻一秒ごとに彼の内臓を圧迫し、毛細血管を壊死させていく。
「……あ……う……」
レイの唇から漏れるのは、言葉にならない呻きだ。彼の閉ざされた視界の内側では、自分を「モノ」として扱った研究者たちの顔と、かつてのアムロ・レイが戦ったララァ・スンの悲しげな瞳が交錯していた。
「……レイ。無理に喋らなくていいわ。今は、ただの子供に戻って休みなさい」
ベルトーチカが、冷たい水で絞ったタオルをレイの額に乗せる。彼女の表情からは、初対面時の混乱は消えていた。クローンであるという事実は変わらない。しかし、目の前で命を削りながら仲間を守ろうとする少年の姿に、彼女は「英雄の影」ではなく、今ここに生きる「一人の犠牲者」を見たのだ。
「……ベルトーチカ、さん。……僕は、まだ、終わるわけには……」
「いいえ、今は休むの。ジュドーたちが外で見張っているわ。あなたは十分やったわ、レイ」
だが、安らぎは砂塵と共に吹き飛ばされた。
キャンプの全域に、地響きのようなエンジン音が鳴り響く。砂漠の狼、ディザート・ロンメル率いる「青の部隊」が、夜明けの逆光を背に総攻撃を仕掛けてきたのだ。
「来たか……。昨日のは、ただの小競り合いに過ぎなかったというわけね」
ベルトーチカが外へ飛び出す。そこには、砂を巻き上げて迫る旧ジオン軍の残党たちの姿があった。彼らは八年もの間、この過酷な砂漠で再起の時を待ち続けてきた筋金入りの戦士たちだ。
「ジュドー! 敵の本隊だ! 昨日よりも数が多いぞ!」
ブライトの声が響く。ジュドーはZZガンダムのコクピットに駆け込み、出撃の準備を急ぐ。
「分かってる! 砂漠を我が物顔で走りやがって……! レイに二度も無茶をさせるかよ!」
ZZガンダム、発進。
しかし、ロンメル隊の戦術は狡猾だった。彼らは正面からぶつかることを避け、砂の下に埋設した機雷と、ディザート・ザクによる変幻自在のゲリラ戦でZZを翻弄する。
「くそっ、足場が沈む! 狙いが定まらねえ!」
ジュドーが焦燥に駆られたその時、通信回線に割り込む不気味な声があった。
『若造が。最新鋭の機体に乗っていようと、この砂漠の掟を知らぬ者に勝利はない』
ドライセンを駆るロンメルその人である。彼は砂丘の頂から、ZZの機動を冷徹に見極め、部下たちに完璧な連携を指示していた。
そして、戦場の外縁。そこにはもう一機、不気味なプレッシャーを放つMSが潜んでいた。ネオ・ジオンの精鋭、ラカン・ダカランのザクIIIだ。
「ロンメルの古臭い意地などどうでもいい。……私は、あの『白い影』を引きずり出したいだけだ」
ラカンの目は、戦場の中心ではなく、アーガマのキャンプに設置された医療テントを射抜いていた。彼は直感していた。昨日の不可解なほど的確な支援攻撃、あれを行っているのはZZのパイロットではなく、影に隠れた「異物」であることを。
「……っ! 狙われて、いる……!」
テントの中で、レイが跳ね起きた。
視界は真っ暗だ。だが、脳に直接突き刺さるようなラカンの殺意が、レイの生存本能を無理やり呼び覚ます。
「レイ、どこへ行くの!?」
止めるベルトーチカの手を振り解き、レイは裸足のまま外へ飛び出した。
太陽の熱気が肺を灼く。重力が足首を掴み、一歩進むごとに骨が軋む。それでも、彼は迷わなかった。
「……あそこだ。砂丘の裏……ラカン、ダカラン……!」
レイは、自らの脳波を増幅装置(アンテナ)として使い、戦場全域に精神波を放射した。
それは、周囲の電子機器を狂わせるほどの「静かな暴風」だった。
「な、なんだ!? レーダーが真っ白だぞ!」
ロンメル隊のパイロットたちが混乱する。
「ジュドー……聞こえるね。……今から、僕の視覚を……君に預ける」
レイは砂の上に膝をつき、祈るように両手を組んだ。
次の瞬間、ジュドーの脳内に、目まぐるしい光の奔流が流れ込んだ。
「レイ!? お前、また……!」
「いいから、見て……! 砂の下、熱源反応。……左30、深度5。……今だ、ミサイルを撃ち込んで!」
ジュドーの視界には、現実の砂漠とは別に、赤く強調された敵機のシルエットが透けて見えていた。レイが自身のニュータイプ能力を、ZZの火器管制システム(FCS)と直接シンクロさせたのだ。
「……見えた! そこかぁぁっ!」
ZZのミサイルランチャーが火を噴く。砂の中から、回避不能のタイミングでディザート・ザクが次々と爆し、炎上していく。
『……ほう。面白い。これほど純度の高いプレッシャー、まさか子供の手によるものか!』
ラカン・ダカランが歓喜の声を上げ、ザクIIIを急加速させた。彼はロンメルを見捨て、一直線にレイのいるキャンプへと肉薄する。
「レイ! 逃げろ! そいつが狙ってるのはお前だ!」
ジュドーがZZを反転させようとするが、意地を見せるロンメルのドライセンがその行く手を阻む。
『行かせんよ、エゥーゴの少年。我々の誇りを汚した報いだ!』
ラカンのザクIIIが、レイの目前にまで迫る。巨大な鋼鉄の足が、レイを押し潰そうと振り下ろされた。
「終わりだ、英雄のなり損ないめ!」
衝撃波が砂を巻き上げ、ベルトーチカが悲鳴を上げる。
しかし、レイは動かなかった。
その時、レイの周囲で空間が歪んだ。
サイコ・フィールド。
彼自身の肉体を維持するために使われるはずの生命エネルギーが、物理的な障壁となってザクIIIの足を止めたのだ。
「……僕は……まだ、壊れるわけにはいかないんだ……!」
レイの瞳から、血が溢れ出す。白かった髪は、根元からさらにその純白を増し、死者のような輝きを放つ。
バイオセンサーの暴走。それは、レイというシステムが崩壊のカウントダウンを始めた合図だった。
「お兄ちゃんに、何するのぉぉぉっ!!」
その瞬間、戦場に割り込んできたのは、キュベレイMk-IIだった。
プル。彼女はレイの危機を察知し、グレミーの命令を無視して独断で戦場に現れたのだ。
無数のファンネルがラカンのザクIIIに襲いかかる。
「チッ、邪魔が入ったか。……だが、今日で確信した。貴様は、アムロ・レイ以上の『呪い』だ」
ラカンは舌打ちをし、プロペラント・タンクを切り離して急速離脱していった。
ロンメル隊も、本隊の壊滅を受けて撤退の道を選んだ。
静寂が戻った砂漠で、レイは砂の上に横たわっていた。呼吸は浅く、身体は小刻みに震えている。
駆けつけたプルが、レイを抱きしめて泣きじゃくる。
「お兄ちゃん! ごめんね、プル、遅くなっちゃった!」
ジュドーもZZを降り、泥だらけの顔でレイの元へ走ってきた。
レイは、おぼつかない手で、自分の上に重なる二人を探り、その肩に触れた。
「……勝った、んだね……」
「ああ、勝ったよ。お前のおかげだ」
ジュドーの声が震えている。
ベルトーチカは、その光景を遠くから見つめていた。彼女は知っていた。この少年が、かつてアムロが背負わされた「期待」という名の重圧を、自ら進んで引き受け、そして自分を焼き尽くそうとしていることを。
砂漠の太陽は、今や真上にあり、容赦なく大地を焼き続けている。
重力の底での戦いは、少年たちの心に、消えない火傷を残して幕を閉じた。
しかし、レイの命の時計は、砂時計が尽きるように、確実に最後の瞬間へと向かっていた。
次回予告
砂漠を越えた先にある、戦士たちの安息の地。
だが、そこに待ち受けていたのは、かつての英雄の面影を追う少女、エル。
彼女の抱く恋心が、レイの「作られた心」に波紋を広げる。
一方、ネオ・ジオンの魔手は、アーガマの内部へと確実に忍び寄っていた。
裏切り、交錯する思惑。
そして、レイは自らの出自に関わる、驚愕の真実を知ることになる。
次回、第9話 「ダカールの再会」
――君は、刻の涙をみる。