機動戦士ガンダムZZ:ANOTHER EPISODE ―星を継ぐ子供―   作:紫山拾弐

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第9話「ダカールの再会」

アフリカの灼熱の砂漠を抜け、アーガマが辿り着いたのは、かつて地球連邦議会が置かれ、今はネオ・ジオンの軍事的圧力に屈しつつある都市、ダカールだった。

 かつての栄華を誇った議事堂の周囲には、ジオンの紋章を冠した旗が不気味に翻り、街のいたるところには重装甲のガザCが歩哨として配置されている。市民たちは目を伏せ、支配者の顔色を窺うように歩いていた。だが、その圧制の影で、アーガマの少年たちにとっては、久しぶりに触れる舗装された道路、自動販売機から出る冷えた飲料、そして文明の残り香が、戦いの緊張を一時的に緩めていた。

 

レイは、ダカールの郊外にあるカラバの隠れ家――古びた豪邸の地下室に身を寄せていた。

 彼の容体は、砂漠での死闘を経て、さらに深刻な段階へと入っていた。前回のバイオセンサーの暴走は、彼の脆弱な神経系を内側から焼き尽くしており、視力は完全に失われ、今や光の有無さえ判別できない深い闇の中にいた。それでも、彼は「視える」ものに翻弄されていた。

 ダカールの街を埋め尽くす、人々の底冷えするような不安、占領軍であるネオ・ジオン兵の肥大化した傲慢、そして、この街のどこかに潜む「かつての英雄」を知る者たちの、執念にも似た強い思念。それらが、レイの脳内に濁流となって流れ込み、一秒の安息も許さない。

 

「……レイ。少しは眠れた? 無理に起き上がっちゃダメよ」

 エル・ビアンノが、冷たい水差しを持って部屋に入ってきた。彼女はいつも通りの快活な振る舞いを選んでいたが、レイの白く染まった髪と、どこを見ているのか分からない虚ろな瞳を見るたび、喉の奥が詰まるような痛みを感じていた。彼女にとってレイは、守るべき「伝説の影」ではなく、共に戦い、共に笑いたいと願う「一人の年下の少年」だった。

「エル……。ごめん、また心配をかけて。……ジュドーたちは?」

「ビーチャたちと一緒に、街へ食糧の買い出し。プルは……『アイスクリーム屋さんがあった!』って、リィナを連れて走っていっちゃった。あの子、本当にどこからあんな体力が湧いてくるのかしらね」

 エルは苦笑しながら、レイの枕元に腰掛け、彼の熱を持った額に手を当てた。

「ねえ、レイ。……この戦いが終わったら、何がしたい? どこか、静かな場所へ行きたい? JaponのHokkaidoとか……あそこなら、こんなに暑くないし、一面の緑と青い空があって、空気が綺麗だって聞いたわ。そこでゆっくり、療養しましょうよ」

 

レイは、エルの言葉に含まれる微かな期待と、震えるような慈しみを感じ取った。彼女は、彼を「英雄のクローン」としてではなく、自分たちと同じ、未来ある一人の少年として救いたいと願っている。その想いが、今のレイには何よりも痛く、眩しかった。

「……Hokkaido、か。いいかもしれないね。……でも、僕には……その『後』の話をする資格はないんだ。僕は最初から、未来を持たないように設計された存在だから」

「……また、そんな悲しいこと言う。レイはレイよ。アムロ・レイの偽物なんかじゃない。……私にとっては、あなたが、一人の男の子なの。記号なんかじゃないわ」

 エルは、レイの細く冷たい手を両手で包み、強く握りしめた。その掌から伝わる生々しい熱が、死を予感するレイの身体に染み渡る。だが、レイはその優しさを、自分の中に留めておくことができなかった。

 

そこへ、重い足音と共に扉がノックされ、ベルトーチカ・イルマが入ってきた。彼女の表情は、砂漠にいた時よりもさらに険しく、手に持っていた一枚の電子ディスクが、その指先で小刻みに震えていた。

「……レイ。カラバの情報網を使って、あなたの……連邦軍の闇に葬られた『プロジェクト・ヘリオス』の全データを手に入れたわ。……あまりにも、人の所業とは思えない内容だった」

 ベルトーチカの声は、悲しみよりも、人間という種の底知れぬ悪意に対する激しい怒りに震えていた。

「……読み上げて、ください。僕は、自分がどう作られたのかを、自分の『構成要素』を、知る必要があるんです」

 

ベルトーチカは、意を決したように、震える声でその凄惨な真実を読み上げ始めた。

 『プロジェクト・ヘリオス』。それは、一年戦争の英雄アムロ・レイを神格化し、その「力」を量産しようとした地球連邦軍上層部の狂信的な産物だった。

 だが、データが示すレイの正体は、アムロの遺伝子のみから作られた純粋なクローンではなかった。彼は、アムロの細胞を核とし、そこに幾人もの「強化人間」たちの失敗作から抽出された不安定な神経伝達物質を継ぎ接ぎして作られた、キメラ(合成獣)だったのだ。

 

さらに、彼の脳内には、生まれつき微細なサイコ・ナノマシンが埋め込まれていた。それは、バイオセンサーとの同調率を極限まで高めるためのブースターであると同時に、一定の負荷――つまり「一人の人間が耐えうる精神の限界」を超えると、脳細胞ごと自己崩壊(デッド・エンド)を引き起こすように設計された、生きた「時限信管」でもあった。

 

「……使い捨ての、生体兵器。……それが、僕の正体だったんだね。名前など、そもそも必要なかったんだ」

 レイは、感情を完全に押し殺した、冷たく平坦な声で呟いた。

「酷すぎるわ……。そんなの、人間を何だと思ってるの! ただの実験道具じゃない!」

 エルが耐えきれずに泣き崩れる。だが、ベルトーチカが最後に告げた事実は、さらに残酷で、詩的なまでに醜悪なものだった。

「……レイ。あなたの細胞のドナーは、アムロだけじゃないわ。……あなたの不安定な神経系の安定を図るための『触媒』として使われたのは……かつて彼が戦場で愛し、そして自らの手で失った少女……ララァ・スンの、保存されていた遺伝子の欠片よ」

 

世界が、音を立てて崩れ去ったような気がした。

 自分の中に、アムロ・レイの宿敵であり、唯一の理解者であった少女の魂の残滓さえも混ざっている。

 自分が「アムロの激しいプレッシャー」を放ちながら、同時に「ララァのような母性的で包容力のある共鳴」を引き起こしてしまう理由。それは、魂の奇跡などではなく、生物学的に仕組まれた、連邦軍の醜悪なパロディに過ぎなかった。

「……ああ……そうか。だから僕は……こんなにも、自分が憎かったんだ。加害者と被害者が、一つの肉体の中で混ざり合っているんだから……」

 レイの瞳から、一筋の血混じりの涙が零れた。

 

絶望が部屋を支配した瞬間、突如としてダカールの空にサイレンが鳴り響いた。

 ネオ・ジオンのダカール駐留部隊が、カラバの潜伏地点を察知したのだ。いや、最初から泳がせていたのかもしれない。

『エゥーゴの残党どもに告ぐ! 英雄の偽物、クローンを差し出せば、街への無差別攻撃は見逃してやる! 拒絶すれば、このダカールを第二のダブリンにしてやるぞ!』

 指揮を執るのは、ラカン・ダカランの別働隊だ。彼は、前回の砂漠での屈辱を晴らすべく、最新鋭の重MS「ドーベン・ウルフ」を率いて、ダカールの市街地を蹂躙し始めた。

 

「……ジュドー、エル、行って。……僕を狙っている。僕が行かない限り、街の人たちが、無関係な子供たちが犠牲になる」

 レイは、ふらつきながらもベッドから立ち上がった。彼の肌からは、すでに青白い精神波が立ち上り、周囲の電子機器をショートさせ始めている。

「ダメよ、レイ! その身体で外に出たら、今度こそ本当に死んじゃう!」

「……死ぬのは、怖くない。……でも、僕の中にいる『彼ら』の記憶が……アムロとララァが、放っておくなって、叫んでいるんだ。僕が僕であるための、最初で最後の意志なんだ!」

 レイは、壁を支えにしながら歩き出した。彼の周囲では、すでにバイオセンサーが機能し始め、空間が微かに歪み、電灯がパチパチと弾けて消えていく。

 

街へ出たレイを待っていたのは、炎に包まれたダカールの惨状だった。

 ドーベン・ウルフのメガ・ランチャーが歴史的な建築物を次々と粉砕し、逃げ惑う人々が熱線の余波に焼かれていく。その光景は、レイの脳裏にある「一年戦争」の記憶を呼び覚まし、彼の怒りを臨界点へと押し上げた。

「……許さない。……人の命を、記憶を……誰かの思い出を、おもちゃにする奴らは……!」

 レイは、大地に膝をつき、全神経を、全生命を宇宙へと繋げた。

 彼の脳内のナノマシンが、限界を超えて発熱し、全身の皮膚から眩いばかりの青白い燐光が漏れ出す。それは、もはや人間が放つプレッシャーではなく、一つの恒星が燃え尽きる直前の輝きだった。

 

「ジュドー! ZZの出力を僕に預けて! ……バイオセンサーを開放しろ! 街を、この街の思い出を……守るんだ!」

 戦域で孤軍奮闘していたジュドーのZZガンダムが、激しい黄金のオーラに包まれた。レイの精神が、物理的な距離を超えて機体と完全同期したのだ。

「レイ!? 何をする気だ、その光は……お前の命を吸っているぞ!」

「……見せてやる。……偽物の英雄が、本物の絶望を……塗り潰し、未来を切り拓くところを!」

 

レイの放った、文字通り命を削り出した超大規模な精神波が、ダカール市街を覆い尽くした。それはドーベン・ウルフたちの高度な制御システムを一時的に完全にフリーズさせ、ネオ・ジオンの兵士たちに「かつて見たこともない恐怖」を幻視させた。

 その隙を突き、ZZのハイ・メガ・キャノンが最大出力で放たれ、空を切り裂き、ネオ・ジオンの重MS部隊を光の中に呑み込んでいった。

 

しかし、その奇跡の代償として、レイの心臓は激しい衝撃と共に、一瞬、完全に停止した。

 静寂が戻ったダカールの路上で、レイは冷たいコンクリートの上に倒れていた。

 駆けつけたジュドー、エル、プル、そして泣き崩れるベルトーチカ。

 レイの髪は、今や一筋の黒も残さず、月光よりも、どんなMSの光よりも眩しい純白に染まりきっていた。

 彼は、微かに震える口から、最期の力を振り絞って囁いた。

「……ベルトーチカ、さん。……アムロに……いつか、伝えて、ください。……僕は、少しだけ……偽物なりに、人間になれたかな、って……」

 

レイの意識は、深い、深い闇の底へと沈んでいった。

 だが、その闇の中で、彼は初めて、自分を呼ぶ温かな二つの声を聞いたような気がした。

 一人は、深い後悔を抱えながらも前を向こうとする青年の声。

 もう一人は、全てを許し、慈しむように包み込む少女の声。

 

ダカールの夜は更けていく。

 偽物の英雄が流した血は、重力の底に深く、深く染み込んでいった。だが、その血が流れた場所から、新しい時代への芽吹きが始まろうとしていた。




次回予告
ダカールを去るアーガマを追う、ネオ・ジオンの真の主、ハマーン・カーン。
彼女が放つ、凍てつくような冷気と圧倒的なカリスマ。
昏睡状態のレイの精神世界に、ハマーンの影が侵食を始める。
「お前は私と同じだ。孤独という名の闇に、魂を焼かれた子供……」
引き裂かれる自己。暴走するクローンたちの憎悪。
その時、アーガマの甲板に、かつてない奇跡の光が舞い降りる。

次回、第10話 「ハマーンの嘲笑」

――君は、刻の涙をみる。
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