20-1
イスカの処刑が急遽決定されたと知らされると、さすがにジェイドは打ちひしがれた様子だった。
施療院を訪れている薬師たちに、慰めの言葉を掛けてもらった事も相当に堪えているらしい。
いっその事、邪法薬師の弟子だったことを責められた方がマシだと思っているようで、いつもなら気持ちいいほどの勢いで平らげる食事にも、殆ど手をつけないまま自室に篭っていた。
まぁ、無理もないよな。彼にとっては、曲がりなりにも母と慕っていた師匠だったんだし。
そんな調子で当日も朝から部屋に篭ったきりで、ロナが施療院に行こうと誘っても渋っているようだったが、広場から刑の執行を告げるラッパの音が聞こえて来ると、漸く部屋から出て来て、どうしたものかと俺たちに相談を持ちかけていた彼女の元へ顔を出した。
「おいら、広場へ行って来るよ」
それだけを告げて慌しく出て行こうとする彼を引き止めると、四人で行こうと誘って共に広場へ向かった。
昼下がりの広場は、既に物見高い野次馬でごった返していた。
喧騒の向こうから微かに聞こえるのは、どうやら罪状を読み上げる刑吏の声のようだ。
人込みを掻き分けて、処刑台の見えるところまで近付いた時、周囲からどよめきが沸き起こった。
何事かと顔を上げると、薄物一枚を纏ったきりで、後ろ手に縛られたイスカが壇上に上がったところだった。
彼女は台の中央へ引っ立てられると、丸で城のバルコニーから臣民を睥睨する王族のように、尊大な態度で群集を見渡し、その中に紛れて見上げている俺たちに気付くと、勝ち誇ったかのような不敵な微笑を浮かべやがった。
たとえ死すとも、貴様らなどに我らの秘密は明かさぬぞと、そう言いたい訳か。ふてぶてしさもここまで来るといっそ天晴れだな。
「あんな美人が邪法薬師だとよ」
「綺麗な顔して毒使いか。怖い怖い」
「人は見かけに依らないねぇ」
「ねぇ、あれってさ、アレハンドラ様だよね?」
ひそひそと囁き合う野次馬たちの噂話を振り向くと、すぐ傍で顔を寄せ合う中年女たちの背中が見えた。
「えぇ? ディフォレ伯爵様の? まさかァ」
「アレハンドラお嬢様なら、神都で巫女をなさっておいでだって聞いたけど?」
「それがさ、お父上とフィデル卿が戦で亡くなられたろ? それから暫く行方知れずだったって」
「まぁ、そうなの。お気の毒だとは思うけど、何だって邪法薬師なんぞに……」
「まったくだよ。あのお美しさなら、良縁が引きも切らないだろうにさ」
ふと見ると、ジェイドはロナの隣で両の拳を強く固めたまま、唇を噛み締めてじっと壇上を見上げている。刑場では、美しかった亜麻色の巻き毛をばっさり切り取られた彼女が、首切り台の前に跪いていた。
「神祖ブラタンドの加護あらんことを」
祈りの言葉と共に刑吏が斧を振り上げた瞬間、思わず目を逸らした俺の耳に、どよめきと歓声の嵐が刑の執行を知らせた。
「さよなら、姐御……」
小さく呟き、袖口で目元をぐいと拭ったジェイドを、ロナは跪いて強く抱き締めると、何度も何度も小さな背中を撫でる。
俺とベルは、広場を後にする人波から二人を護るように佇んだまま、何も言えずに見守っているしかなかった。
日が暮れる頃になって、漸く支部へ戻って来ると、ジェイドは玄関ホールで屯していた寄宿生の少年たちとじゃれ合い始めた。
互いに歳が近いせいか、普段から仲のいい連中ではあるけれど、自分の気持ちに区切りを付けようと懸命な彼の様子を察したのか、いつもよりやんちゃが過ぎるようだ。
吹き抜けの大階段で鬼ごっこまではいいけれど、通り掛かった女子寄宿生のスカートを捲るのは少々やり過ぎだ。
「こら!」と叱りつつ羽交い絞めにして、そのままぐるぐる振り回してやると、嬉しそうな歓声を上げる。
はしゃぎ過ぎて息を切らせてる彼を降ろすと、羨ましそうに見ていた他の連中が、「俺も」「僕も」としがみ付いて来た。
仕方ないので一人一回ずつの約束で、同じ様にぐるぐるブン回してやると、さすがにこっちも息が切れて腰も痛くなって来る。
なのにこれが余程気に入ったのか、どいつもこいつも瞳を輝かせて、「もう一回!」と容赦の無い催促だ。勘弁してくれと音を上げそうになった時、食堂から呼ぶ声に救われた。
「じゃぁね旦那。また遊んで」
彼のお蔭で、ここのちびどもの間じゃ、俺の呼び名はすっかり「旦那」だ。苦笑交じりに「ああ」と答えてやると、「お腹空いたね」「今夜は何かな」と、口々に言いながら元気に駆けて行った。
「随分と大きな子供ね。一緒になって暴れちゃって」
皮肉交じりの口調を振り返ると、ロナの奴が階段の手摺に寄り掛かって、生意気な微笑を浮かべていた。
「でも良かった。元気になってくれて。まぁ、空元気なんだろうけど、昨日から凄く落ち込んでたから、あのまま消えて無くなっちゃうんじゃないかって、ちょっと心配してたの」
「そうだな。あんなちびすけが、色々背負い込んで落ち込んでるのを見るのは、こっちも堪えるよ」
寄宿生の少女が三人、通り掛かりに「ごきげんよう」と会釈をして行く。楽しそうに談笑しながら食堂へ向かう後姿に、ふとベニカの事を思い出した。
そう言やサリミロを出て早二ヶ月か。仕事も一段落したし、そろそろ帰らないとお冠かな。
「あんたはどうするんだ? これから……」
「そうね、取り敢えずはナクルタツリへ帰るわ。師匠に蓮火幇の事を知らせたいし、何よりも、薬師たちの遺灰を山へ還してあげなきゃ」
「独りで行くのか?」
「えぇ、そうよ」
「大丈夫なのかよ」
「平気よ。今だってずっと独りで旅をしてるわ」
「前回は用心棒を二人も雇ったじゃねぇか」
茶化したつもりはなかったのに、彼女は何故か耳まで赤くなると、
「な、何よ。別にいいじゃないの」
と訳の判らない反論をする。
そうか、あン時ゃ奴がいたからかと気付いて、思わずにやっと笑っちまうと、俺の髪を束ねている革紐の飾りを、拗ねた顔で弾いた。
「でも、思い返せば、今まで随分危ない目にもあったけど、間一髪というところでは必ず誰かが助けてくれてた。
勿論、旅の薬師や長老たちにも色々と世話になったけど、あれはきっと、シルヴィオやレラカンだったんだわ」
「未だに姫様の護衛って訳か」
「どうなのかしらね。どう考えればいいのか判らない」
彼女はそう言うと、深く溜息をつく。
「彼らは確かに私たち姉妹の護衛ではあったけど、バルナタートの黒羽よ。ナクルタツリ王家は滅んだ。それなのに王女を護衛する目的は、やっぱり『蓮火晶』なんだわ。護ってくれるのは有難いけど、正直言って複雑な心境よ」
「そう言や、例の薬譜、秘術は永遠に失われたとか言ってたけど、持ってねぇの?」
すると彼女は、俺を見上げて「さぁ?」と肩を竦めて見せた。
「ナクルタツリの薬術は全て口伝なの。自分で考えて調合出来るようになるまで、幼い頃から何度も何度も繰り返し教えられる。だから、薬譜と言えるような物何て無いわ。多分、『蓮火晶』も同じだと思う。だけど、師匠からはそれらしい処方を教わった事は無かった」
「妹君が知ってるって可能性は?」
「どうかしら……? あの時、一緒に馬車に乗っていた侍女が生きていれば、基本の薬術くらいは身に着けてるかもしれないけど。当時、妹はまだ六つよ。秘術と謳われるほどの複雑な処方を覚えられるような歳じゃないわ」
「親父っさんの形見とかは?」
「夢屋の時に着けてる簪。あれだけよ」
「あぁ、紅玉の付いてる金細工の」
「そう。妹は蒼玉のを持ってる筈。でも、大きさから言って、何かを隠せるような代物じゃないわ」
「なるほどね。だけど、ジョセル王が躍起ンなって美女漁りしてんのは、それらしい物があるってぇ確証を得たからじゃねぇの?」
「そうよねぇ」
言いながら腕組みをすると、彼女は暫くの間考え込んでいるようだったが、
「やっぱり行くしかないのかしらね」
と溜息混じりに呟いた。
「行くって、バルナタートへか?」
「そうよ。だけど、向こうへ行く為にはサリミロを通らなきゃならない。気が重いわ」
「何で」
「会いたくない奴がいるからよ。ウルガン城下は狭いし、ばったり出くわしちゃったら嫌だわ」
「あーぁ、やっぱり男がらみか?」
その一言で、瞬時に繰り出された苦笑交じりの拳を咄嗟に受け、寸止めで反撃してにやっと笑ってやると、驚いたような呆れ顔で俺を見上げた。
「それ、黒羽の体術じゃないの。この前の蹴りも。一体いつの間に身に着けたの?」
「いや、まだ身に着いてなんかいねぇよ。シルヴィオの真似をしてるだけだ」
「真似だけって……形は完璧よ。悔しいけど。彼とはどこで知り合ったの?」
「この前、城の塔で会ったきりだ。知り合いでも何でもねぇよ」
「嘘よ。一度見ただけで覚えられるような術じゃないわ」
何やら噛み付き気味の問いに答えないままにやにやしていると、彼女は、
「まったく、あなたって人は……」
と溜息をつきながら肩を竦めて見せた。