部屋で旅装を解くと、彼女は俺を自室に誘い、友達から貰った贈り物の数々を見せてくれた。
テーブルの上に積まれた小箱の中からは、可愛らしい髪飾りや、装丁の美しい絵本や、天鵞絨のリボンやその他諸々の、子供らしいささやかな品が次々と出て来る。
花束も沢山貰ったそうで、気を利かせた女中が、大きな束に纏めて花瓶に生けてくれたらしい。彼女が説明しながら嬉しそうに指差す部屋の隅では、随分と豪華になった花束が、清々しい香りを放っていた。
「そう言えば、去年の誕生日はどうしてたんだ? ケルデン親方が祝ってくれたのかな?」
「去年は大忙しでした。凄ーく大きな贈り物を貰ったから」
少々いたずらっぽい口調で言う彼女に、「何それ」と苦笑交じりに訊くと、俺を見上げてうふふと意味深に笑う。
「ランジャ様です」
「え? 俺かよ」
「そうです。去年の誕生日は、ランジャ様が神界から御出でになった日なの」
「そうだったのか……。て事は、もう一年経ったって事か。早いなぁ」
すると彼女は両手を拳に握り、「遅いです」と拗ねた顔で言った。
「まだ一年しか経ってません。あと四年も待たなきゃならないのに」
「何もそんなに急いで大人にならんでもいいだろよ」
「だって……」
「お前が大人になったら、俺だってその分年取るんだぜ。そんなに急いで爺さんにせんでくれ」
「それは……駄目です。ランジャ様は年取らないで待ってて下さい」
「んな無茶な」
思わず苦笑する俺の顔を、彼女は大きな目でじーっと見詰めると、何やら嬉しそうにうふと笑った。
「でも、ランジャ様なら、きっとカレル大親方みたいな、素敵なお爺様になると思うの」
「カレル大親方か……悪くないな。ああいうやんちゃな爺さんになって、小生意気な若造どもをからかう日々ってのも面白そうだ」
「ランジャ様が大親方になったら、私、ずーっと本部でお仕えします」
「俺、お前が石使いになったら引退するつもりなんだけど」
その一言で、彼女は「えぇっ? そうなんですか?」と、途端におろおろ心配そうな顔になる。
「どうしてですか? あの、私、ランジャ様の許婚として相応しくなれるように頑張りますから、その……」
なるほど。そう言う事だったのか。大方、彼女の方から夫人に教育を願い出たんだろう。何もそんなに頑張らなくたって良さそうなものを。
「お前が結婚したいのは神官様か? それとも司祭猊下か?」
腕組みをしながら、少しばかり呆れた口調で訊いてやると、泣きそうな顔でぶんぶん首を振る。
「私が結婚したいのはランジャ様です」
「俺は狩人だぞ。狩人のカミさんが、亭主に膝ァ曲げて『ごきげんよう』なんて挨拶すんのか?」
そう言ってにやっと笑うと、彼女はきょとんとした顔で見上げ、大きな目をぱちくりと瞬かせた。
「お前はお前でいいんだ。どんな事でも真面目に一生懸命勉強するお前は大好きだけど、俺と居る時まで肩肘張るこたァねぇよ。いつも通りに飛び付いて来い。俺もその方がいい。帰って来たってぇ実感が持てる」
「ランジャ様……」
ぱーっと顔を輝かせる彼女に、掛かって来いとばかりに手招きしてやると、ぎゅっと精一杯しがみ付いて嬉しそうに頬擦りして来た。
彼女がこんな風に自罰的なほど甘え下手なのは、早くに両親を亡くして、親方夫妻に育てられたからなのかな。
彼らが愛情豊かに接していた事に疑いは無いけれど、やっぱり血の繋がりが無い分、幼いながらもどこかに遠慮があったに違いない。
彼女が俺を慕ってくれるのを、ロナは初恋だと言うけれど、きっと自分の家族が欲しかったんだろう。
厳密に言えば、俺も彼女と同様、肉親の愛情ってのを知らないままこの歳になった訳だけど、そんな俺でも、彼女の期待に応えられるものなんだろうか。
報告書ってのは、実に厄介だった。何しろ向こうで見聞きした事柄全てを、「紙に」「インクで」書かなきゃならないのだ。
まぁ、この世界では至極当然の事なんだろうけど、アルコロジーでは、この手のものはポート経由で直接遣り取りするのが通例だっただけに、自分の手で文字を書くという作業が、すこぶる面倒に思える。
あぁ、自前のデータを管理局指定のフォーマットに合わせろと言われただけで、ぶーたれていられた頃が懐かしいぜ。
煮詰まりそうになってたところへ、頃合い良くノックが響く。伸びをしながら答えると、ベニカが茶器を携えて入って来た。実に気の利くカミさんだ。
「ランジャ様、お茶をお持ちしました」
彼女は言いながら文机の端にトレーを置くと、バルコニーの扉を大きく開けた。
仄かな潮の香りと森の精気を含んだ薫風が、ケースメントのカーテンを揺らしながら部屋に満ちる。いい天気だ。どうせなら、室内よりも日向で飲んだ方が茶も旨そうだな。
俺が書き掛けの書類を纏めて机を離れ、ティーテーブルを持ってバルコニーへ出ると、彼女も椅子を持っていそいそとついて来た。
彼女が淹れてくれたのは、取って置きの薄荷茶だった。セブランを離れる時に、エブロイス侯爵が使いを寄越して、薬草酒やら何やらと一緒に持たせてくれたものだ。
俺にはよく判らないけど、どれも高品質な物だったようで、夫人に渡すと殊の外喜んでくれた。
薄荷茶は可愛らしい絵の着いた缶に入っていたので、ベニカへの土産に丁度よかった。俺から受け取ると、何やら宝物のように大切そうに部屋へ持ち帰り、文机の上に飾って嬉しそうに眺めていたっけ。
涼やかな香りを立てる茶に添えられていたのは、花の砂糖漬けの乗った小さな焼き菓子だった。彼女によると、夫人お抱えの料理人に教えてもらったらしい。
確かカリナとか言う名の、四十前後の物静かな女性で、宮廷付きの料理人だったのを、夫人が職を退く時に引き抜いて来たらしい。
彼女が惚れ込んだ腕前は確かで、俺もここでの食事は毎回楽しみだったりする。ベニカも随分と懐いていて、折を見ては彼女の自室を訪れて、教えを乞うているらしい。
今回の菓子もその成果だったようで、俺が色よく焼き上がったそれを摘み上げてしげしげと眺め、口に放り込むまで心配そうな顔で見詰めていたが、「上出来」と褒めてやると、輝くような満面の笑みを見せてくれた。
「あ、ランジャ様、あそこ」
ふと森に目を遣った彼女が、弾んだ声で言いながら、鬱蒼と茂る木立の一枝を指差した。
「ミカです。最近よくお庭に来るの」
「ミカ?」
「ミルジオさんの鳩です。タラサノの森の、木の上の小屋の軒先で飼ってた、あの山鳩です」
「えぇ? まさかァ」
思わず声を上げる俺ににこっと微笑むと、彼女は椅子を降り、手摺から身を乗り出すようにして鳩を呼んだ。
「ミカ、ミカ、おいで! お菓子をあげるよ!」
確かにあの鳩は彼女に良く懐いてはいたけれど、本当にロアルデからここまで追い掛けて来たのかな。それとも、この街に師匠が来てるんだろうか。
剣の腕を見込まれての出仕だったし、ディエシーの奴も、彼なら神聖騎士団への召出しもあるだろうとは言ってたから、ひょっとすると彼について来たって事もあるかも知れない。
そんな事を懐かしく思い出す間も無く、鳩は彼女の姿を見付けると、真っ直ぐ飛んで来て羽ばたきながら手摺に止まった。
彼女が菓子を砕いて差し出すと、喉を鳴らしながら小さな掌を啄ばむ。
「本当にミカか? こいつ……」
「本当です。ほら、脚環をしてる。ミルジオさんが着けたものですよ」
彼女が示す鳩の足には、確かに見覚えのある脚環が嵌められている。美しい透かし彫りが施された金細工は、山鳩には贅沢過ぎるんじゃないかと思っていたから、生身の記憶でも思い出せた。
よく見ると、何か挟まっている。椅子を立ってそっと近付き、手を伸ばすと、一瞬驚いて羽ばたいたが、それ以降は大人しくしていてくれた。
「何だこりゃ……」
脚環から静かに抜き取ったそれは、小さく畳まれた薄い紙だった。
注意深く開いてみると、蝋で防水処理の施された紙片に、意味の無い文字の羅列が数行に渡って書かれている。
一見すると、石使いの術譜のようにも見えるけど、補助脳から引っ張り出して照合しても、符合するコードは無かった。こいつはひょっとして、見ちゃまずいものだったのかな。
「何ですか? それ……」
背伸びしながら俺の手元を覗き込む彼女に、肩を竦めて手渡してみたが、やっぱり彼女にも理解不能だったようで、眉間に皺を寄せながらひっくり返したり裏返したりの挙句に、お手上げといった様子で首を振りながら返して来た。
「こいつは騎士団が使ってる通信文なんじゃないかな。もしかしたら師匠は、出仕の為にこの城下へ来ているのかもしれない」
思い付きを口に出しながら、蝋紙を元通りに脚環へ着けると、ミカは腹が膨れて満足したのか、力強く羽ばたいて森の向こうへと飛び去って行った。
「ミルジオさんが神聖騎士団に?」
「あぁ、師匠は腕が立つからな。御召しに与ったのかも知れん」
「きっとそうです。ミカはミルジオさんが連れて来たに違いありません。どこかで逢えるかな。逢えたら嬉しいです」
彼女は明るい声で言いながら、鳩の飛び去った方角に身を乗り出すと、細く柔らかな前髪を弄る、初夏の薫風を胸一杯に深呼吸した。
素直な彼女は納得してくれたようだけど、俺は自分で言ったにも拘らず、何やら腑に落ちなくてもやもやと胸に蟠るものを感じていた。
神聖騎士団を古巣とするディエシーなら、何か知ってるかもしれない。どこかで会う機会があったら訊いてみることにするか。