21-1
やれやれ、また牢屋だよ。自分の短気にもほとほと呆れるね。
甲冑に描いた四緒双鍵章も鮮やかな、誉れ高き神聖騎士団のお歴々に引っ立てられながら、行き先は皆様憧れのウルガン宮殿かと少しばかり期待していたが、着いた所はノランサリエ海峡に睨みを効かす、あの港の砦だった。
「ご無沙汰しております。勲爵殿」
詰所の前で俺たちを待ち構えていたのは、艶やかな褐色の肌に赤味掛かった金髪を持つ美丈夫だった。彼は俺の顔を見るや、金色の瞳でいたずらっぽく微笑む。
「ザーリャ殿下……!」
「いやはや、通報を受けた時はまさかとは思いましたが、本当にランジャ殿だったとは……。こちらでも存分に暴れ回っておいでですね」
そう言って、オリガ妃譲りの太陽のような笑顔を浮かべて見せる殿下に、俺は「面目無ぇ」と恐縮しつつくしゃくしゃと頭を掻いた。
彼は俺を連行して来た兵たちに、労を労いつつ警邏の任に戻るよう命ずると、
「あなたが神族で無ければ、その場で手打ちにされていましたよ」
と苦笑交じりに窘めながら、「規則ですので、一応……」と断りつつ、俺を促して共に牢へと向かった。
彼は今、連隊長の任に就いているそうだ。噂では、名立たる剣豪の嫡子であり、文武に秀でた彼を将軍に推す声もあったそうだが、若輩を理由に辞退したとの事で、連隊長職は、剣技以外の経験を積みたいとの申し出を受けての人事らしい。どうやら人の上に立つ人物というのは、性根からして違うようだ。
「そうそう、我が子の誕生祝には、素晴らしい若駒を有難う御座いました。こんな場所で何ですが、御礼申し上げます」
彼は声を弾ませて言うと、にこにこと嬉しそうに頭を下げた。そう言えば、俺が留守の間に祝賀会の招待状を貰っていたようで、アレーネ夫人が、俺との連名で祝儀を贈ってくれたと聞いていたっけ。
産まれたのは殿下によく似た男児だったそうで、トゥラシオン大公家でも、嫡男の誕生に沸き返っていたと言う話だ。
「御招待頂いていたにも拘らず、御伺い出来ずに申し訳ありませんでした。仕事で留守にしてまして……」
「お忙しそうですね。聞くところによると、フリッツと同じ本部監査へ配属になられたとか」
「ベニカを人質にされて、いいように扱き使われてますよ」
皮肉めいた口調で言いながら苦笑交じりに肩を竦める俺に、彼は楽しそうに軽やかな声で笑う。
「どちらへ御出でに?」
との気楽な質問に、答えていいものか少しばかり迷いながらも、
「セブランへ、二ヶ月ほど」
と答えると、彼の表情が不意に硬くなった。
「セブラン……ですか」
眉根を寄せて呟く様子に只ならぬものを感じ、「何か……?」と問うと、彼はふと周囲を警戒するように見回してから、声を潜めて切り出した。
「実は、先の祝賀会の宴席で、エデル将軍から妙な話を伺いまして……」
「妙な話?」
「ユアン殿下とスーラニーの婚約に纏わる話なのですが、ランジャ殿もご存知の通り、この縁談はクレフ陛下直々に賜ったものでした」
「えぇ。婚約と同時に、王家と大公家の同盟の意味も含んでいると伺っておりますが、それが何か……」
「陛下が婚約を急がれた理由に、セブランの存在があったとの事です」
「セブランが? 何故……」
「婚約の御沙汰を賜る一月程前に、将軍が不審な従者を手打ちにした事件がありまして、その時は、不手際を咎められての御処断と伺っていたのですが、彼によると、実は、陛下へ聖山の麓よりの伝言として『共に大海を望まん』と告げたとか。それを訝しんだ陛下の命で切り捨てたというのが真相だったようです」
「『共に大海を望まん』……? 一体どういう意味だ?」
「私もそれを伺った時には、意味を測りかねていたのですが、こちらへ初出仕の際に、私自身も妙な経験をしまして……」
「ザーリャ殿も?」
「えぇ。腕試しとして、将軍ご指名の相手との剣闘を課されるのですが、私がご指南頂いたのは、セブラン騎士団のエデュアール卿でした」
その名前は、コンラート親方から借りた貴族名鑑で見た覚えがある。確か、今年二十歳になるジョセル王の甥で、ベイレアス侯爵家に降嫁した王の姉であるテルシディナ姫の嫡男だ。
寵妃は何人か囲ってはいるものの、王は未だに后を娶らずにいる事から、次代の王位継承者と目されている人物らしい。
「競技の結果は、私が勝ちを譲って頂いたのですが、去り際に、『ケイディシアの件はまことに惜しい事をなさいました』と仰ったんです」
「惜しい事?」
「えぇ。曰く、『戦になっておれば、剣豪としての名声を更に高める事も適いましたでしょうに』と……。妙だと思いませんか?」
「確かに。丸でケイディシアが内戦になることを望んでいたかの様な……」
「もしも、クレフ陛下が従者を手打ちにした事を、『聖山麓の主』が伝言の回答と受け取っていたとしたら、あの事件はそれに対する報復だったとは考えられませんか?」
「毒煙草事件か……。ジョセル王は蓮火幇との繋がりも疑われてる。可能性の一つとして考えられなくもないっすね」
「蓮火幇が、まことナクルタツリの薬師であるのならば、仇敵とも言えるジョセル王に組するのも奇妙な話ではありますが……」
「馬鹿にした話だ。彼らにしてみれば、偽薬師如きが崇高な幇会の名を騙るなんぞ、笑止の沙汰だろう」
「城下の民も、聖山の薬師たちには概ね同情的です。あの事件が無かったとしても、偽薬師の跋扈には辟易していたようですから」
「それにしても、『共に大海を望まん』か……。あの狂王は一体何を企んでるんだ?」
腕組みをして考え込む俺に、彼は少々呆れた様子で肩を竦めて見せる。
「叔父上は、ウルガン宮殿の玉座が狙いではないかと仰せでしたが……」
「まさか。いくらあの野郎が狂っていたとしたって、女皇に取って代わろうたァ無茶が過ぎる」
「曰く、セブランと、セブランが抱き込んだフィンデール、それにケイディシアが手を組めば、サリミロを包囲する事は可能だ、と……。こちらも飽くまで可能性に過ぎませんが……」
「なるほどねェ。さすがは金狼王の御慧眼……と言いたいとこだけど、クレフ陛下はその目論見を撥ね付けたし、妹君の御婚約で、大公家との同盟も強固なものとなった。毒煙草事件を切っ掛けに、世界中で邪法薬師の排斥も始まってる。
それに、殿下を始めとした選りすぐりの神聖騎士団が護ってるんだ。狂王が何を企もうが神都は安泰でしょう」
そう言ってにやりと笑う俺に、彼は照れ臭そうに微笑みながらも、
「過分なお言葉に、身の引き締まる思いが致します」
と丁寧に頭を下げてくれる。
やがて砦の末端に位置する、潮の香りが濃く漂う牢に辿り着くと、彼は独房の一つを開け、恐縮しながら俺を中へと促した。
「申し訳ありませんが、こちらで三日お過ごし頂く規則になっております。喧嘩だけでしたら一晩なのですが、今回ばかりは、さすがに不敬罪を付加せぬ訳には参りませんので……」
「お気になさらずに。牢屋暮らしにゃ慣れてますから」
鉄格子をくぐりながら軽い調子で言うと、彼は「何と」と驚いた様子で目を丸くする。
「知り合いに口の悪ィのがいましてね、『藁敷きの穴倉に棲んでるのは白い毛で赤い目の生き物』と相場が決まってるんだそうで……。これで晩飯が青物なら文句無しに兎っすね」
肩を竦めながらロナの口調を真似てやると、思わず吹き出した彼と顔を見合わせて笑った。
会釈と共に仕事に戻る彼を、牢の藁の上に座り込みながら見送った後、ここへ来て漸くベニカの事を思い出し、しまったと頭を抱えた。
邸には無事に帰れただろうけれど、今頃、半べそで夫人に事の次第を報告しているに違いない。
折角休暇を取ったってのに、また辛い思いをさせちまったか。夫人にも迷惑掛けちまったし、こりゃ帰ったら平謝りだな。