やがて宴がお開きとなり、エイメル大親方に今夜の礼と再会の約束を告げながら、招待客が三々五々邸を後にする中、俺たちは家令氏の案内で別室へと通された。
二階の奥にあるその部屋は、どうやら大親方の書斎のようで、中へ入ると、酔い覚ましの茶を淹れていた可愛らしい女中が笑顔で迎えてくれた。
用意されているカップは十客。部屋にいる面子は、俺たち二人に、リノ一味の三人、王太子、ナーダル卿、ディエシー。残る二人は来客の見送りに出ているエイメルとカレルの両大親方だろう。
お好きな席へどうぞと言われ、空いていたソファに腰を下ろすと、ディエシーの野郎がやって来て、
「よ。ご無沙汰」
と言いながら隣に腰掛けた。
「今宵はまた、素晴らしい美女と御揃いで」
奴は「どうぞ」と差し出されたカップを受け取りながら、王太子と談笑するベルへと顎をしゃくった。
「元巫女たァそそるねぇ。しかも、亡きレイヴァル子爵の御息女にして、本部監査きっての才媛ときた。堅物はああいう才色兼備のお姫様がお好みか?」
からかうような口調に、「まぁね」と素っ気無く答える俺をよそに、奴は徐に酒臭い顔を近づけると、にやにやしながら、「で、どんな具合な訳?」と声を潜めて訊く。
訳が判らなくて「え? 何が?」と聞き返すと、今度は呆れたように特大の溜息をつきやがった。
「おとぼけかよ、このムッツリ助平」
その一言で漸く理解した瞬間、カッと頭に血が昇って、
「え? あ、いや、違うって!」
と意味不明な弁解をすると、奴はさも面白そうに声を上げて笑いやがった。相も変わらず失礼な奴だ。
「結構結構。ここへ来てこの堅物も漸く人生を楽しむ気になったってか」
「だから違うって。そんなんじゃねぇよ」
「何が違うんだよ。クレイグが言ってたぜ。『ありゃ絶対イイ仲だ。美男美女が二ヶ月もの間寝食を共にして、何も無いたァ言わせねぇ』って」
「クレイグ……また余計な事を……って、何であんたが奴さんと……!」
「おう、あいつ面白ぇ野郎だよな。一杯飲み屋でよく会うんだヮ。『黒猫屋』って、ほら、娼館脇の赤い看板の。あそこの女将がまたイイ女でよ」
「知らねぇよ。って、あんた、王家の別邸に居候してる身で色町通いしてんのかよ。呆れた奴だ」
「いいじゃねぇかよ、堅ェこと言うなって」
「奴さんは噂好きなだけだ。本気にするなよ。彼女とは何でもない。ただの仕事仲間だ」
そりゃ何も無かったと言えば嘘になるけど、有り体に言っちまえば体だけの関係って奴で、心身ともに俺の女になった訳じゃない。何もそんなに無邪気に現実を突き付けなくたっていいだろよ。
「またまたァ、そう照れなさんなって」
肘で突付きながら冷やかす奴に、少しばかり苛立ちを覚えながらも、この野郎なら確かにクレイグとは気が合いそうだと、妙な事に納得する。
「違うって言ってるだろ? 今日だって仕事と言われて来たんだ。クレイグと一緒になっていい加減なこと吹聴するなよ。ベニカの耳に入りでもしたら大事だ」
そう言いながら、ふと俺を見送っていた彼女の寂しげな顔が脳裏に浮かんで、胸の奥がちくりと微かに痛んだ。
ひょっとしたら、既に門下生辺りから噂を聞かされていたのかもしれないけれど、問い質された訳じゃないのに弁解するのも藪蛇だろうし、こういう時はどうしたらいいんだろう。
思わず深い溜息をついた俺に、奴は何か思うところがあったようで、「ま、そう言う事にしといてやるか」などと言いながら、苦笑交じりに肩を竦めて見せた。
「ところで、今回の仕事ってのはあんたも絡むのか? 面子を見たところ、フィンデール関係者ばかりだけど」
「まぁな。春先に撒いた悪巧みの種も、そろそろ刈り入れ時ってとこだ」
「やっぱりそうか。で、一体何をやるって?」
「別に。神都での御遊学を修められた王太子殿下が、年季の明けた騎士たちの護衛付きで、この度、目出度く御帰国召されるってだけの話ョ。ただ、ちょいとばかしデカい土産が付いてるけどな」
「土産?」
「おうよ。そっちの話は、お前さんとこの御大が仕切る手筈になってる」
奴は上機嫌で捲くし立てるけど、俺には今ひとつ全容が見えて来ない。大方、奴と大親方は別働隊で、今夜の「商談」とやらで情報の集約をすることになってるんだろう。
これは奴を突付くよりも、そっちの説明を聞いたほうが話が早そうだと思っていると、漸く二人の大親方が部屋に入って来た。
「やぁどうも。お待たせしてしまって申し訳御座いません」
エイメル大親方は、穏やかな声で詫びながら丁寧に頭を下げる。カレル大親方も女中からカップを受け取ると、立ったまま一口飲んだところで礼と共に彼女へ返し、鼻眼鏡を掛け直しながら室内を見渡すと、いたずらっぽい口調で言った。
「さて、皆様酔いも醒めた頃でしょうから、そろそろ商談を始めたいと思います」
「ディエシー殿なら、いつでも酔ってますからお気遣い無く」
野太い声で軽口を叩いたのはナーダル卿だ。その言葉に、奴は「下戸はすっこんでろ」と苦笑交じりで反撃する。
どっと上がった笑い声の中、彼は澄ました顔で禿頭をつるりと撫でると、やんちゃそうににやっと笑った。大親方も笑いながら「畏まりました」と答える。
「さて、今回の取引ですが、先頃、ハシュエルで発見されました大鉱脈の採掘権で御座いまして、勿体無くも、ウィレム王太子殿下より下賜の御沙汰を頂戴いたしました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます」
深々と拝礼する大親方に、王太子も笑顔で応じる。件の大鉱脈とは、恐らくペルドー城址に蓄えられた精霊石の山を指しているんだろう。どうやらイルシュ王の差し金との裏が取れたようだ。
あれに加えて、王が秘匿する隠し鉱山も手に入るとなりゃ、ホルザレン会としても力を貸さずにはいられないだろう。
「私どもと致しましては、この密勅にお応えする為に御献上申し上げるには、マグノリエ城の玉座こそ相応しいと存じますが、如何でしょうか?」
すかさず一同から拍手が沸き起こる。何てこった。王太子を担いでクーデターをやろうってのか。思わず奴を振り返ると、意味深に片目を瞑りやがった。確かに、とてつもなくデカい土産だな。
「問題は、玉座の間に参上するまでの道筋で御座いますが、こちらはディエシー卿にご用意頂けると伺いました。重ねて御礼申し上げます」
「なァに、昔馴染みの頼みとあっちゃ、捨て置けねぇってだけの話です」
奴はにやりと笑いながら言うと、ナーダル卿を振り向いて「な」と声を掛けるが、「ご説明をお願いします」との大親方の言葉には、不敵な笑みと共に、妙に冴え冴えとした眼差しで「了解」と答えると、組んでいた脚を解いて身を乗り出した。
「予てからの打ち合わせ通り、殿下の護衛はここにいる面子で当たる。他の連中は、先遣としてアルド、ヒューゴ、ルーデルの隊に分けて城下に配置。情報収集に当たってもらう。
御帰国の沙汰は既に先方へ報せてある。国境を越える頃には、御出迎えとして騎士団が待機してるだろうが、騎士を輩出してる主だった貴族連中は調略済みだ。
尤も、みんな現政権にゃ冷や飯食わされてるからな。敢えて誑し込む必要もないって有様さ。
現将軍のトビアスも元々ナーダルの留守居役で、こいつも調略の必要無し。奴さんとその部下には護衛と称してこちらに合流してもらう事になった。
で、何事も無けりゃ、このまま俺たちごと謁見の間に一直線と行きたい所だが、王と心中するつもりでいる馬鹿もいる限り、一筋縄じゃ行かねぇだろう。
背後についてる蓮火幇からの妨害も考えられる。先んじて、レセリ薬師に毒消しを調合してもらってある。出発の前に各自出向いて受け取っておいてくれ。ハナから荒事は覚悟の上だろうが、よろしく頼むぜ」
各々から歯切れのいい「承知」「了解」の言葉を得ると、奴は満足げににやっと笑った。
オーラート城下の大公妃救出の時もそうだったけど、こういう場に臨む時の奴は、妙に生き生きとしてやがる。これをして「戦神の御子」の噂も宜なるかなと言った所か。
週末と決められた出発までは何日もない。
旅支度でばたばたしてる毎日ではあったが、ベニカは俺が邸にいることを喜んでいるようで、何かと気を利かせて甲斐甲斐しく手伝ってくれていた。
そんなある日のこと。晩餐会から二日後くらいだったか、レセリ師の元へ毒消しを貰い受けに行ったついでに、彼女とあちこち寄り道していると、広場に出たところで花屋の女将に呼び止められた。
看板娘はまだ療養中なのだろう。店頭に姿は見えなかった。
「よう、その後どうよ?」
「その節は本当に有難う御座いました。お蔭様であの子も助かりまして御座います」
「そいつァ良かった。大事にしてやってくれ」
「はい。有難う御座います。お借りしたお薬代も、働いて必ずお返ししますので」
「薬代? 知らねぇなぁ」
にやっと笑いながらとぼけた口調で言ってやると、彼女はきょとんとした顔で俺を見上げる。
「ありゃ多分、俺が飲んじまったんだ。酔っ払ってたんで覚えてねぇや。な、ベニカ」
振り向いて同意を求めると、ベニカの奴、
「はい、そうです。酔ってらっしゃいました」
なんぞと調子を合わせて、いたずらっぽくうふふと笑った。
すると女将は、「まぁ、どうしましょ」などと困惑顔で呟いていたが、何を思いついたのか、ぱんと両手を打ち鳴らし、店頭に並ぶ色とりどりの花をいそいそと集めると、慣れた手つきでリボンを掛け、瞬く間に豪華な花束を作り上げた。
「さぁ、どうぞこれをお持ちになって下さいまし。ほんの気持ちで御座いますが、あたしからのお礼で御座います」
「そうかい? じゃぁ、遠慮なく貰っとくよ。そら、ベニカ。部屋に飾ってもらえ」
受け取った花束をそのまま手渡すと、彼女は「凄ォい。綺麗。いい匂い」と大はしゃぎで抱え、「有難う、おばさん」と顔を輝かせた。