石使いランジャ   作:桜城静夜

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 支部で寄宿生活をしている門下生は十二人。ここに来た時に騒々しく出迎えてくれた連中だ。

 郊外の村から来た者や、身寄りの無い者をまとめて面倒見てるらしい。それ以外は城下に住む良家の子女で、親も石使いという子がほとんどだとか。

 才能さえ認められれば、身分や出自は問わないというのも会の理念の一つで、それが為に例え王侯貴族の出だとしても、会に所属する限り平民として扱われるそうだ。

 だが、才能や素質ばかりは平等とは行かないのが現状で、親方に言わせると、家庭環境と教育の成果はほぼ比例するらしい。「血筋なんでしょうかね」と呟きながらも、彼らに向ける眼差しは分け隔てなく暖かかった。

 片付けられた大きなテーブルの向こう側では、師匠が相変わらず門下生どもに囲まれている。

 食事が済んでも、解放してくれそうにない連中に根負けしたのか、当たり障りの無い話を聞かせてやってるようだったが、適当に切り上げて席を立った彼が、「下町に馴染みの店があるから」と出掛けようとすると、今度は「女だ」「女がいるんだ」「絶対女だ」と騒ぎ立てて苦笑させていた。

 空だった傍らの杯に林檎酒が注がれる。その気配に振り向くと、石使いのクロークを纏った物静かで理知的な青年が、瓶を置いて隣に腰掛けたところだった。

 目が合うと、礼を言う俺に笑顔を返してくれた。

「お話を窺いたくて」

「記憶が半分吹っ飛んでるけど、それで良けりゃ何なりと」

「ランジャ様は、祭壇も術譜も無しに石の精霊を操ると伺ったのですが」

「本当よ。凄いのよ。私何度も見せてもらったの」

 俺の代わりにベニカが横から得意になって答えると、師匠を逃がしてしまって退屈していた連中が、それを聞いてたちまち飛び付いて来る。

「えぇ? 本当に?」

「どうやって?」

「俺見たい!」

「僕も!」

 テーブルの周りに群がったやんちゃ坊主どもが、一斉に騒ぎ立てる。

「あぁいいよ。ご希望とあらばご覧に入れましょ。ベニカ、小石を分けてくれるか?」

「はい」

 いそいそと取り出した皮袋を、彼女は俺の掌の上で逆さまにする。出来た小石の山の中から、小さいものを十ばかり選んで残りを返し、テーブルの上に円を描くように並べる。

 一体何が始まるのかと、固唾を呑んで見守る人垣の中、一番手前の小石に、触発モードで1秒後にレベル5を入力すると、次々に発動しながら光の円を描き、覗き込むやんちゃ坊主どもの顔を照らしながら、反応を終えたものから順に気化して消えて行く。

「ぅわ凄ぇ!」

「本当だ」

「えぇー! どうして?」

「やっぱり神使様だから?」

「触っただけなのに……!」

「親方ぁ、ランジャ様なら銀じゃないよ!」

「そうだよ金の翼刃章だよ!」

 大興奮で騒ぐ連中に、親方は苦笑いで林檎酒を一口煽る。

「私だってそうしたいけどね、権限がないから仕方ないだろう? 石使いは神都の大親方でなけりゃ承認できないんだから」

「いや驚きました。こんなことが出来る方がいらっしゃるとは……。でも、これはもしかしたら禁呪ではありませんか?」

「禁呪?」

 青年石使いが戸惑いながら訊ねる言葉を、俺はそのまま問い返すと親方を振り返った。

「うーん。確かに禁呪かもしれない。だけど禁呪だけに私も実物を見たことはないんだ。後で文献を探してみるよ。

 ランジャ様も、式でお渡しした術譜に目を通して置いて下さい。禁呪の定義も書かれておりますので。

 まぁ術譜自体は、ランジャ様には殆ど必要の無いものとは存じますが、中には禁じられている術もいくつか御座いますから」

「そいつを破るとどうなる?」

「資格を剥奪されます。ですから、どうしてもお使いになりたい時には、ホルザレン会には気付かれぬように願いますよ」

 親方はそう言うといたずらっぽい顔でにやりと笑い、片目を瞑って見せる。

「了解。気をつけるよ」

 俺もまた杯を手に取ると、彼の掲げる杯に軽く当ててから煽った。

 テーブルの向こうでは、やんちゃ坊主どもがベニカから小石を貰って、さっきの手品を再現しようと躍起になっている。

 やがてその中の三人が俺の傍までやって来ると、今度は手を見せてくれと言う。

 大人しく従うと、三人掛かりでいじくり倒した末に、ツールの存在は彼らの目には見えない為か、種も仕掛けも無いことを確認すると、首を傾げながら戻って行った。

 一方、石をいじっていた連中は、早くも諦めの境地に達しつつあるようだ。

「術譜が要らないなんて、羨ましいよなぁ」

「あー俺早く石使いになりてぇ」

「俺さぁ、田舎に帰るたびに父ちゃんにせっつかれるんだ。お前まだなれねぇのかって」

「俺んちは母ちゃんがうるせぇよ。早く稼げるようになれとさ」

「ベニカを嫁に貰えば? そしたら左団扇だぜ」

「えー?! ちびすけじゃんあいつ」

「嫌。私、ランジャ様と結婚するんだもん」

 ベニカの一言で、飲みかけの林檎酒を吹き出しそうになる。激しく咽る俺に、彼女は慌てて駆け寄って来ると、奥方と二人掛かりで背中を擦ってくれた。

 どうにか一息つくと、死に掛けて涙目になってる俺をよそに、奥方は柔らかい声でころころと笑う。

「イレニアは美人だったから、ベニカもきっと美人になるわよ。そっくりだもの」

 それを聞いたやんちゃ坊主どもの「嘘だぁ」の大合唱に、ムキになって抗議するベニカを見ると、彼女はまた優しい声で笑った。

 

 

 

 部屋に戻っても、師匠はまだ帰っていなかった。これは本当に女の所かも知れないなどと下世話な勘繰りをしつつ、部屋の隅に置かれた精霊石ランプの、真鍮のシェードを開けて光の量を調節すると、窓際の椅子に腰掛けて術譜の本を開いた。

 案の定、中に記されていたのは、パラメータを入力するための制御コードと思しき文字列だった。

 それが発動したい効果別に上げられているのだが、呆れた事に最短で1,250桁、最長7,200桁もの意味の無い文字の羅列が、520の項目に亘って書き連ねてある。

 補助脳があるならいざ知らず、生身の脳でこれだけのコードを暗記するのは、並大抵の労力じゃないだろう。

 親方が「石読みは素質。石使いは才能」と言っていたが、何だかこれを見て意味が判った気がする。

 それにしても、この制御コードを最初に本に記したのは誰なんだ。「神祖バーゼル」と呼ばれる人物がその人ならば、一体どこからこの知識を得たのだろう。

 一字一句正確に書き写されているところを見ると、口伝ではなく原典があったと思われるが、「先史時代」では当たり前に使われていた技術でも、全てが失われた後では、その意味を知るものはごく限られた者だった筈だ。

 発掘された石の特性を知り、発動させる為の装置を作り、技術者を養成して後世に伝える為の組織を立ち上げた謎の集団。ホルザレン会というのはつくづく底知れない団体だな。

 ふと馬車の音が邸の前で停まった。色男のご帰還かと本を置いて窓の下を覗き込むと、降りて来たのは身なりのいい紳士が二人だった。どこかの貴族様だろうか。

 出迎えた親方夫妻の丁重な応対振りから、相当高位の賓客らしい。どれほどのお偉方か知らんが、こんな夜遅くに来るなんて失礼な奴らだと思っていると、程なくしてノックと共に奥方の声が呼んだ。

「ごめんなさい。お休みだったかしら」

「いえ、どうしました?」

「お客様がお呼びなの。書斎までいらして下さる?」

「客? 俺に?」

 城下に来るのですら初めてなのに、村や会の連中以外に知り合いなんぞいない筈だぞ。

 不審に思いながらも、奥方に案内されるまま階下へ降り、奥にある書斎の扉を叩く。

 親方に迎えられて中へ入ると、先ほどの客と思われる紳士が、二人して俺に遠慮の無い視線をぶつけて来た。

 一人は禿頭に隻眼の凄味のある老人。もう一人は眼光鋭い水色の瞳と、金色の髭を蓄えた四十絡みの堂々たる偉丈夫だった。

 「誰?」と問う俺に親方が答えようとした瞬間、嗄れた声に、

「控えられよ! 陛下の御前である!」

 と叱責された。見ればあの老人がいきり立っている。

「え? 陛下……?」

 面食らってる俺を見て、偉丈夫はにやりと笑うと老人を制した。これは何だ? お忍びでのご訪問って奴なのか?

「済まないが、二人とも外してくれるか」

「なりません! たとえ神族であろうと、素性の知れぬ者と二人きりなど……」

「案ずるな。古い友だ」

 何だって? こんな奴知らないぞと益々混乱している俺をよそに、老人はつかつかとこちらに歩み寄ると、ローブの下に佩いた剣の柄に手を掛けて言った。

「陛下にもしもの事あらば、神使様とてこのジューソンが容赦致しませんぞ」

 一頻り睨み付けて気が済んだのか、老人は、申し訳なさそうな顔で頭を下げる親方に伴われて部屋を出て行った。

「さァてと」

 偉丈夫は拍子抜けするほど軽い調子でそう言うと、傍らのテーブルから椅子を引き出し、前後を逆さまにして跨ると、背凭れに両腕を組んで寄り掛かった。

 確かさっき、陛下とか呼ばれてたよな、この男……。まさか騎士団の隊長や師匠が憧れる英雄王じゃないだろうな。

「それにしても見事なソロ系だなぁ。氷の髪に炎の瞳を持つ長身の美形ってな特徴を聞いて、もしかしたらたァは思ったがね」

「え?」

「群雄割拠のこの世界に、こんなモヤシを寄越すなんて、管理局もヤキが回ったか」

「えぇ?!」

「あぁ、俺はディエシー。こっちじゃ王様稼業をやってるが、実を言うとこういう者だ」

 奴は独り上機嫌で喋りまくると、にやりと笑って金色の前髪を掻き揚げた。額の真ん中に、管理局の赤いアイコンが浮かぶ。

「あ、あんたは……」

「そうさ。十五年前にアルコロジーをほっぽり出された連絡員だ」

「な、なんでこんな所で王様なんかやってんだよ」

「馬っ鹿野郎、戦の真っ最中に将軍が騎士団ほったらかして帰ぇれるかってンだ」

「はぁ……」

「お前いい時に来たなぁ。今年で停戦十周年だ。やっと落ち着いて来たところだぜ。もっとも、いつまた再開されるか判らんけどな」

 奴はそう言うと、さも面白そうにからからと笑う。

 連絡員の活動期間は五年とされてる。五年を過ぎて帰還しなければ、新たな連絡員が派遣されるというシステムだ。

 こいつが帰らなかったばかりにとばっちりを喰った連中が、少なくとも三人はいる計算になる。最後の一人は勿論、この俺だ。

「俺とあんたの間に、二人は連絡員が来てる筈だけど」

「知らねぇなぁ。会ったことねぇし。どっかで野垂れ死んだか、獣に喰われたか、戦に巻き込まれたか……」

 憮然として訊く俺にはお構い無しに、奴は髭を弄りながら、遠くを見るような眼差しで独り言のように言った。

「まぁ、俺やお前のように、生き延びる術を得られた連中はラッキーだったって事よ。お前の師匠さ、ありゃ使える男だね。ウチの騎士団に欲しいんだけど、どうかな」

「俺に聞かれたって知るかよ。本人に聞けよ」

「ま、そりゃそうだな」

 よく喋る野郎だね。師匠の話を聞いて思い描いていた、勇猛果敢にして忠義に篤い重厚な英雄のイメージが音を立てて崩れて行く。

 あぁ緊張して損した。磨り減った神経返せってんだ。

 いい加減しゃちこばって突っ立てるのが馬鹿らしくなった俺は、執務机に寄りかかると、腕を組んでぞんざいに言った。

「で、ロアルデの英雄王が私如きにどの様なご用件で?」

「そうカリカリしなさんなって。お前アレだろ? 管理局にソーセンを探してくれって言われて来たんだろ?」

「あんただってそうだろ?」

「まぁな。でも奴は今バルナタート王の庇護下にある。独りで行って取っ捕まえるのはちょいとばかし無理ってもんだ。てとこで相談なんだが、お前さ、俺が手を貸してやるから、明日の式典で小芝居に付き合えよ」

「何をやるって?」

「小芝居だよ。筋書きはこうだ。『隠し鉱山で少女を救った英雄は、狩人に身を窶した凄腕の騎士と、石使いの奥義を求めて世界を遍歴中の神使様』ってな具合よ」

「何だよそれ」

「まぁ任せとけって。お前は俺の台詞に、『左様で御座います陛下』っつっときゃいいんだから。ところでお前の技って何あれ? やっぱツール?」

「まぁね。あっちで商売道具だったのが意外な役に立ってる」

「へぇ。お前、前職何よ? 俺は管理局の交通セクションで、日がな一日シャトルの運行管理なんてシケた業務だったけど」

「ライブラリ職員だ。旧アーカイヴのサルベージ班で資料の山に埋もれてたよ」

「ほーぉ。象牙の塔にお住まいだったとは、さすがソロ系。エリート様だな」

「そんなもんじゃないさ。補助脳の発現率が高かっただけだ」

「それだけでも十分だろ。望んで得られるものじゃない」

 奴はそう言って漸く椅子から立ち上がると、大きく伸びをしてから、にやりと笑って両手の指をぱきぱき鳴らした。

「さぁて。面白くなりそうだ。明日は頼んだぜ」

「はいはい。陛下の仰せのままに」

「ウチの爺さん呼んでやって。あの荒っぽいのは軍務尚書でウチの倅の爺なんだわ」

 その言い草に思わず苦笑すると、奴は咳払いをして威儀を正し、べらんめぇ将軍から英雄王の顔になった。

 扉を開けて廊下を覗くと、心配そうな顔で待っていてくれた奥方と目が合う。

 陛下が軍務尚書閣下をお呼びですと伝言を頼むと、程なくして親方と共に現れた爺さんは、慇懃に頭を下げて見せた俺を一瞥し、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らすと、親方に深夜に突然訪問した非礼を詫び、王と共に城へ戻って行った。

 

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