22-1
俺たちは二手に別れて行動し、別の団体を装いながらも、有事に備えて援護可能な距離を保ちつつ、一路フィンデールを目指す。
筋書きでは、リノ一味と王太子、そしてナーダル卿の五人が、年季の明けた騎士の一団で、俺、ベル、カレル大親方にディエシーを加えた四人が、視察旅行中の大親方と用心棒の一行って事になった。
宿屋や停車場では、日にちか場所のどちらかをずらして逗留し、野宿では近い場所に野営地を構える。
互いに見知らぬもの同士って事になってる筈なんだが、夜が更けると、王太子が決まってこっちに潜り込んで来て、ベルと親しげに談笑していた。
まぁ、周りはむくつけきおっさんばかりだし、紅一点が理知的な美女で歳も近いとなりゃ、彼を窘める気にもならんけどね。
これから戦地に乗り込もうってぇ道行きで、しかも御忍びの身となりゃ、緊張を強いられる毎日だとは思うけど、意外にも殿下はこの状況をお楽しみのご様子。
野宿は勿論の事、「オルロフ」と偽名を名乗る事や、従騎士に扮してナーダル卿らの指図に従う事すら面白がっていた。暢気と言うか無邪気というか……。
「恐らく、気が昂っておられるのだろう。それに、騎士団に出仕の経験でもなければ、あの御身分での野宿など、非日常の最たるものだろうからねぇ」
こちらもまた暢気な調子で言いながら、大親方は手に持った小枝を半分に折って、目の前の焚き火に焼べる。
晩飯を食ってからあくびの絶えなかった当のご本人は、いつの間にか毛布に包まって寝息を立てていた。
リノを真似て口髭を生やし始めたのを、「変装だ」と得意げに言ってたけれど、こうして見ると目元なんかはよく似てる。さすが血を分けた親子だな。
「大親方にとっても、非日常ですか?」
少々いたずらっぽい物言いで伺うベルに、大親方は微笑みながら大きく首を振る。
「いやいや、こう見えても、若かりし頃は随分と野山を駆け巡ったものだよ」
「え? そうなんすか? 何か意外……」
俺が思わず声を上げると、彼はいつものように鼻眼鏡の向こうでにやりと笑う。
「僕がまだケイディシアで司教をやってた時代の話だよ。あの国は牧畜が盛んだからね。王家の主催で年に二回、狼や狐を駆除する為の狩が大々的に催されるんだ。
僕ら神官も、皆楽しみにしていたものだよ。こうやって森の匂いを嗅いでいると、今でも心が浮き立つ様だ」
「えぇ? 神官が狩って……い、いいんすか?」
「さぁ? 穢れるんじゃないかな」
そのすっとぼけた物言いに、俺とベルが呆気に取られて顔を見合わせる一方で、ディエシーの野郎は膝を叩いての大爆笑だ。
「こりゃいいや。とんだ生臭神官だ」
言いながら御機嫌で差し出すスキットルを、大親方は「これはかたじけない」と受け取り、旨そうに一口あおると、礼の代わりに軽く掲げて奴へ返す。
「それだけ大らかだったんですよ。昔はね。あれこれ煩くなったのは、聖旨が下されて以降だ」
「二十一年前の、大召喚の聖旨ですか?」
ベルの問いに、彼は少しばかり寂しげな優しい眼差しで、「左様」と大きく頷いた。
「あの聖旨は、一体何故下されたのでしょう?」
すると彼は、意味深に片目を瞑りながら、人差し指を唇の前に立てて見せる。
「申し訳ないが、上からの御達しでね。職を辞しても尚、堅く口止めされてるんだ。聖下の治世に係る事だからね。ただ、公には出来ないけれど、当時、ちょっとした事件があった事は確かだよ」
「聖下の治世に……? もしかして、あの噂……」
「畏れ多くも、聖下が呪詛を掛けられている、と?」
「はい」
「当たらずとも、また遠からじ……と言った所だな。ベルナデット君も知ってる通り、宮中は禁忌だらけの場所だからね」
少しばかり茶化した口調に、彼女は納得の行かない顔だったが、彼はやんちゃそうな笑みを浮かべるだけだ。
「宮中と言やァ、大親方は、聖下に謁見を賜った事はおありですか? 噂じゃ、とんでもなくイイ女だって聞きましたが」
ディエシーが興味津々に身を乗り出すと、苦笑交じりに肩を竦めながらの溜息が返って来る。
「まことに残念ながら、一度もないまま職を退いてしまいました。当時の諸兄からは、神託御奏上の席で、何度か御目通りが叶ったと伺いましたが……。私ども下役の者は、お話を伺って想像を逞しくする以外にありませんでしたねぇ。
ある司祭殿などは、折角謁見を賜ったというのに、酷く浮かない顔をなさっておいでで、如何なされましたかと訊ねたところ、『邸へ帰るのが憂鬱だ』と仰るのです。
何故ですとの問いに曰く、聖下の類稀なる花顔玉容を前にしては、愛する妻でもつまらぬ女に見えてしまいそうだと。
大層美しい奥方をお持ちの方でしたがねぇ。これもまた聖下のご威光と言うべきでしょうかな?」
飄々としたその語り口には、奴の「違ぇ無ェ」の声を皮切りに、一同で一頻り笑う。
が、次の瞬間、唐突な葉擦れの音に、三人は王子を庇いつつ抜剣し、俺は弓を取って矢を番えた。
音源は背後の樹上だ。振り返ってFCSに捕捉させようとしたが、生身の目じゃ夜目が効かない。
畜生、管理局め。保安セクションの連中が装備してる、暗視タペタムくらい生成してくれたって良さそうなものを。
儘よと放つと幹に突き立った矢が唸り、「ひゃあ!」という奇妙な悲鳴と共に、何者かが転がり落ちて来た。外したか。
すかさず駆け寄り、番えた二の矢を至近距離で突き付けると、影は腰を抜かしたまま後退さる。
「ちょ、ちょっと待った! ランジャの旦那、俺だよ俺! マウロだよ!」
「え?」
大剣を手に駆け寄って来たディエシーと顔を見合わせ、下ろした弓を背負いながら跪くと、闇に慣れた目の前では、葉陰から零れる月明かりに照らされて、見覚えのある顔が引き攣った苦笑を浮かべていた。
「あれ。本当だ。こんなとこで何やってんだお前?」
手を貸してやって起き上がらせると、彼は頭に巻いていたバンダナを解いて、ごしごしと冷や汗を拭う。
「いや、使いで神都に来てたんすけどね。旦那とベル姐さんが、何やら御偉いさんたちと出掛けるのを見たもんで、こりゃ絶対何かあると踏んで、こっそりつけて来たんでさァ」
「何だおい、知り合いか?」
気の抜けたような声で問うディエシーに、彼はぺこりと会釈する。
「あぁ、以前世話ンなった義賊だ」
「ほぉ。あの、お前さんが攫われた時に助けてくれたって連中か」
「ども、マウロっす。えーと、こちらの旦那は?」
「ディエシーだ。よろしくな」
「えぇ! ま、まさかあの、山賊狩りの金狼王、スランフール侯爵様で?」
笑顔で手を差し伸べる奴に、彼は弾かれたように居住まいを正すと、上着の腹に両手を何度も擦り付け、緊張した面持ちで握手に応じた。どうやら山賊たちにとっても、奴は一目置かれる存在らしい。
野営地へ連れて帰ると、彼はベルの姿を見付けるや否や、「姐さん!」と嬉しそうに叫んで駆け寄る。
「ご無沙汰っす、ベル姐さん。相変わらずお綺麗で……」
「嫌だ、マウロだったの? 驚かさないで」
剣を納めながら、苦笑を浮かべつつ睨む振りをする彼女に、彼は極まり悪そうにてへへと笑う。
「すんません。巧く隠れたつもりだったんすけど、くしゃみが出そうになっちまって……。殺されるかと思ったっすよ」
こっちを振り向いて肩を竦める彼の様子に、俺が呆れた苦笑を浮かべると、彼女は可笑しそうにくすくす笑った。
「いやいや、こちらも肝を冷やしたよ。君たちの知り合いで良かった」
大親方もまた王太子を背に庇いながら、剣を納めつつ安堵の溜息をつく。
「ども。マウロっす。旦那方にゃいつもお世話ンなってます」
「おぉ、もしかして、いつも石読みたちを助けてくれている義賊かね? こちらこそ、いつも御世話になってるよ。有難う」
少年のような屈託のない笑顔で丁寧に頭を下げる彼を、マウロは慌てて制すると、照れ臭そうにわしわしと頭を掻いた。
「いや、そんな勘弁して下さいよ。俺っち実入りがいいからやってンのに、お偉い御仁に頭なんぞ下げられちゃ、くすぐったくてしょうがねぇや」
彼を誘って、共に焚き火を囲む。この騒ぎだってのに、王子は大親方の傍で静かな寝息を立てたまま、ぴくりとも動かない。旅の疲れもあるんだろうけど、何ともはや豪胆だ事。
「リノたちには逢ったか?」
「逢ったっすよ。まぁ、逢ったってぇか、宿屋に入って行くのを物陰から見てただけっすけど、ありゃいけねぇや」
眠っている王子を気遣ってか、小声で言いながらも大きく首を振る彼に、俺たちは思わず顔を見合わせる。
「何でだよ。何かまずかったか?」
「あれじゃ姐御に逢わせられねぇっすよ。男前が過ぎらァ。折角エンツォ兄貴とイイ雰囲気だってのに、焼け棒っ杭に火が点いちまう」
「あら、それは大変。エンツォもうかうかしてられないわね」
ベルの茶化すような口調と、みんなの笑い声に目を覚まされたか、毛布に包まっていた王子が漸くもそもそと起き上がった。
暫くは寝惚け眼を擦りながら、焚き火を囲む面々を見渡していたが、マウロの存在に気が付くと、ぱっと顔を輝かせて飛び起きるなり、彼の隣にやってきて腰掛けた。
「マウロではないか! 久しいな。息災であったか」
「御蔭さんで。殿下もお元気そうで何よりっす」
にこにこと無邪気な笑顔で話し掛けられて、マウロも元気よく答えるが、
「はて、殿下とは誰の事だ?」
と、不意に思わせ振りな苦笑でとぼけられると、彼は面食らった顔でどんぐり眼を瞬かせる。
「な、何言ってンすか?」
「ここには王族などおらぬ筈だが……?」
「え? だって……」
「私は従騎士のオルロフだ。オルロフ卿と呼んでもらわねば困る」
そう言って意味深ににやりと笑った王子に、彼は事態を察したか、ぽんと膝を叩くと人差し指を突き付けてにやっと笑い返した。
「するってぇと、いよいよアレっすか?」
「そう、いよいよアレだ」
丸で悪戯の相談をする悪餓鬼よろしく、互いに突き出した拳をぶつけ合う。ビヨンとサデアスがよくやっていた合意のジェスチャーだ。
「となると、こうしちゃいられねぇや! 兄貴と姐御に報告だ」
言うが早いか腰を浮かした彼の腕を、更に早いディエシーの手がガシッと掴んだ。
「ちょっと待てや」
有無を言わせぬ凄味を含んだ一言に射抜かれると、彼は「は、はいィ!」と体を硬直させる。
「誰に何を報告するって? あぁ?」
奴はそのまま彼の頭を太い腕で抱え込むと、青くなって冷や汗の浮いた頬を、デカい掌でぺちぺち叩く。
「あ、あの、俺っちの姐御と兄貴が、殿下……い、いや、オルロフ卿のご到着を待ちかねてるんでさァ」
「ほぉ。山賊がねぇ……。そいつぁ一体どう言う了見だ?」
「姐御との約束だ。たとえ金狼の旦那でも、それだけは言えねぇ」
「そう焦らされると尚の事聞きたくなるねぇ。それでも言えねぇってんなら、事と次第によっちゃぁ……」
奴が背中の大剣の留め金をバチンと音を立てて外すと、彼は「ひぃっ」と悲鳴を上げてぎゅっと硬く目を瞑る。
だけど、多分彼は口を割らないだろう。軽佻浮薄なように見えても、なかなかどうしてこの一味は口が堅い。
「ひょっとして、ニーナが言ってた秘密の計画って奴か?」
俺の一言で、抱えられたままじたばた暴れていた彼の動きがぴたっと止まり、奴の腕の間からきょとんとした顔を上げる。
「え? 旦那はアレをご存知なんで?」
「いいや。あいつもなかなか口が堅くてね。最後まで教えちゃくれなかったさ」
「秘密の計画? なんだそりゃ?」
奴が俺を振り向きながら腕を緩めると、彼は漸く解放された首を擦りながらこきこき鳴らす。
「何だか知らんがね。王子と伯爵を遠くから応援する方法を考え付いたんだとさ」
「はぁ?」
呆れ顔で振り返る奴に、彼はいひひといたずらっぽく笑うと、服の埃を払いながら立ち上がった。
「俺っちは味方っすよ、金狼の旦那。リノは俺っちのお頭だ。その頭と倅が勝負に出るってんだ。黙って見てちゃ男が廃るってもんよ!」
少しばかり芝居掛かった物言いで、精一杯張った胸を叩く彼に、奴は「ナマ言ってやがらァ」と苦笑する。
「判った。そこまで口が堅ぇってんなら信用してやろう。だが、万が一にでも裏切るような素振りがあったら……」
にやにやしながら奴が再び剣把に手を伸ばすと、彼は慌てて飛び退く。
「そんな、裏切る何て滅相も無ぇ! 俺っち『山猫団』は口も堅ぇが義理にも堅ぇのよ」
何やら生意気な口調で言いながら、得意げな顔で肩を竦めて見せ、
「それでは皆様、ごきげんよう」
などと茶化しつつ慇懃に頭を下げたかと思うと、軽やかな身のこなしで闇へと消えて行った。
「『山猫団』か……これは面白い。あちらの城下で一体何が待ち構えているやら、実に楽しみだ」
呆れ顔を見合わせる俺たちをよそに、微かに遠ざかって行く蹄の音を振り返りつつ、大親方は暢気な物言いで微笑ましげに目を細めた。