石使いランジャ   作:桜城静夜

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 当日は朝から大騒ぎだった。このまま平服で城へ上る気満々だった俺たちは、奥方とベニカの女性陣に二人掛りで非難され、朝っぱらから風呂に入ることを厳命された上に、奥方が用意してくれた装飾だらけで動き辛そうな礼装に着替えさせられた。

 行く前からぐったりしてる俺たちをよそに、ベニカは綺麗に髪を結ってもらい、花のようなドレスを着てご満悦だ。もっとも、この上からあの大人サイズのクロークを巻き付けると、ほとんど見えなくなってしまうのだけど。

 やがて親方も支度を済ませて出て来ると、迎えの馬車を待って城へ向かった。

 城に到着すると、出迎えた小姓に控えの間に案内され、散々に待たされてから漸く謁見の間に通された。

 着飾った貴族や名士たちが世間話に興じる中へ、知り合いを見付けた親方が挨拶を交わしに行ってしまうと、途端に居心地が悪くなる。だが、人込みを縫うように近付いて来た騎士があの隊長だと判ると、俺たちの緊張も少しばかり和らいだ。

 簡単な挨拶を交わしたところで、王の到着が告げられると、隊長は一礼して列に戻り、雑談が水を打ったように静まる。

 居並ぶ紳士淑女が、玉座に着く王に向けて一斉に拝礼する様は、丸で手の込んだ仮想動画の様に壮観だったが、絢爛豪華なローブを纏い、黄金の王冠を戴くあの男の正体を知らなければ、もうちょっと感動出来たかもしれない。

 やがて式典の趣旨が告げられ、俺たち二人の名前が呼ばれる。玉座の下に進み出ると、内務尚書から勲章と、褒賞金として大金貨五十枚の目録をそれぞれ受け取った。

「御主らにより余の宝が二つ守られた。一つは祖国の礎であり、もう一つは才能と未来ある者の命である」

 王は言いながら視線を俺たちの背後にやると、優しい微笑を浮かべた。笑いさざめく貴婦人たちの様子から、どうやら末席にいるベニカが言葉を受けて、あのぎこちなくも可愛らしいカーテシーを披露したようだ。

「御主らの働きには、栄誉と褒賞を以って応えよう」

「お褒めに与り、光栄に存じます」

「過分なお言葉、恐悦至極に存じます」

 拝礼して答える俺たちに、奴は満足げに頷いて見せる。

「時にタラサノのミルジオ、御主は剣の達人と聞いたが、どうだ、騎士として余と祖国の為に働いてはくれぬか?」

 奴の突然の提案に、師匠は弾かれた様に顔を上げる。が、すぐに伏せると、否定するように激しく首を振った。

「い、いえ。私が如き臆病者にそのような大役は荷が重過ぎます」

「そうか? 現場を検分した騎士団の報告によれば、賊の受けた刀傷から察するに、迷いの無い太刀筋であったと聞いた。これは臆病者には成せぬ技と思うが、どうか」

「あの時は……ベニカを救いたい一心で御座いました故……」

「謙虚な男よ。益々もって気に入ったぞ。ダラハン!」

「は」

 名を呼ばれた黒髪の騎士が進み出た。鎖帷子越しにも判るほど隆々たる筋骨に、緋色も鮮やかなクロークを纏っている。その出で立ちからしてどうやら将軍らしい。

「卿の配下に剣の上手で知られた者があったな」

「はい。クリセル子爵で御座います」

「後ほど手合わせをさせよ。この目でこの者の剣技を見てみたい」

「畏まりました」

 将軍は列に戻ると、早速、件の子爵を呼ぶ。答えたのはあの隊長だった。そういえばまだ名前を聞いていなかったっけ。

 彼が進み出ると、師匠は少し困ったような苦笑で頷いて見せ、玉座へ深々と頭を下げると、彼に伴われて出て行った。

 やれやれ何てぇ王様だ。望み通り師匠を手に入れやがったか。奴は呆れ顔の俺と目が会うと、髭の端を上げてにやりと笑った。

「石読みのランジャとやら、御主は奥義を求めて諸国を遍歴しているそうだが」

 さて、小芝居の始まりだ。俺は慇懃に頭を下げると、奴の筋書き通り、「左様に御座います陛下」と返してやる。

「捕らえた賊の証言によれば、御主はこの世ならぬ技を持つと聞いた。ここでその奥義とやらを披露してはもらえぬか」

「陛下のお望みとあらば是非も御座いません」

「誰か、精霊石をこれへ」

 奥から小姓の返事が聞こえ、程なくして精緻な彫金を施した大きな高杯に、拳ほどの石を幾つか積んだものを恭しく捧げ持って来た。

 さて、精々派手に驚かしてやるか。石を一つ手に取ると、小姓が会釈して下がるのを待って、奴の目の前に掲げて見せる。

 坑道でやったのと同じ、0秒レベル250を入力すると、石は大広間を揺るがす轟音と閃光を放って瞬時に気化する。その衝撃に列席者たちの悲鳴が上がる中、抜剣した将軍が王を庇って俺の前に立ちはだかった。

「魔道師だ! 捕らえよ!」

 鞘鳴りと共に躍り出た騎士団の剣が俺を取り囲む。しまった。インパクトがデカすぎたか。

 冷や汗が背中を伝うのを感じた時だ。突然、玉座から豪快な笑い声が降って来た。面食らった将軍が、何事かと王を振り返る。

「いやこれは愉快だ。神聖騎士団に於いては『黒豹ダラハン』の異名で恐れられた男を、たった一個の石くれで狼狽させるとは……」

 奴の言葉に、将軍の顔がみるみる赤くなる。彼が渋い顔で剣を納めると、騎士団もそれに倣った。

「失礼仕った。許されよ」

「いえ、こちらこそ驚かせてしまって申し訳ありません」

 丁寧に頭を下げて答えてやると、将軍は安堵の微笑を浮かべ、騎士団と共に列に戻って行った。何だ。恐い奴だと思ったけど結構可愛いとこあるじゃないか。

 怯えて騒然としていた列席者たちも、どうやら俺たちのやり取りを見て、何とか落ち着きを取り戻したようだった。

「面白いものを見せてもらった。だが、さすがにこれほどの技ともなれば我らの手にも余る。ロアルデ一国で独占しては災いをも招き兼ねん。是非神都へ赴き、アシュリ聖下に御仕えすべきと思うが、如何か」

「陛下の仰せのままに」

「神都に於いてはその技を以て、ロアルデの石使いの名を大いに高らしめるが良い」

 そう言って満足そうに頷き、徐に立ち上がった王に、広間の全員が拝礼して退席を待つ。やがて式の終了が告げられると、世間話が終わらない親方は放っておく事にして、小姓に案内されるままベニカを連れて控えの間に戻った。

 

 

 

 さて、褒賞金を貰ったはいいが、俺には価値が判らない。彼女に聞いてみても「二年分のお給金くらい」との答えでは要領を得ない。

 タラサノ村にいる限り、猟の稼ぎで何とか食うにも困らないし、特に使う予定も無いので、彼女を真似てホルザレン会の理念に従うことにした。

 彼女は国章をあしらったきらきら光る七宝細工の勲章と、それに付いてる王旗と同じ配色の青いリボンが甚く気に入ったらしい。

 外して渡してやると、壁に据え付けられた大きな鏡の前に駆け寄り、自分の首に掛けると、その場でくるりと回って見せる。気に入ったのならやるよと言うと、それは駄目ですと言いながら、慌てて返しに来た。

「そういえば、アシュリ聖下って何?」

 内務尚書を真似た彼女に、勲章を首に掛けてもらいながら、王の言葉を思い出した。

「この世界をお造りになった方です。辺境諸国の王様もみんな臣下なの。不老不死の女神様で、とっても綺麗な人なんですって。ランジャ様みたいに、氷の髪と炎の瞳をお持ちだって聞きました」

「へぇ。そんなに美人なら、神都へ行って御仕えするのも悪くないな」

「ランジャ様ならきっと宮廷にも上がれます。祭司長にだってなれます」

 なるほど。女神様はソロ系なのか。で、女神様と同じ特徴を持つ俺たちソロ系は、神族として特別視されている、と。

 しかし不老不死ってのは一体どういうことだ? たとえクレイドルが機能していたとしても、老化や死まで食い止められるものではない筈だが……。

「ランジャ様が御仕えしてた女神様って、聖下とは違うお方なんですか?」

「多分ね。彼女も美人だったけど」

 脳裏に一瞬、サリス室長の儚げな微笑が浮かんで消えた。彼女の期待に応える為に、何とかして成果を持ち帰りたいとは思うけど……。連絡員の活動期間は五年か。改めて思い返すと、何だかとてつもなく長く感じる。

「女神様のお仕事が終わったら、神界に帰っちゃうの? ランジャ様……」

 唐突な問いで現実に引き戻されると、寂しそうな顔で見上げるベニカと目が合う。心を読まれでもしたかと思わずどきっとして答えに窮した時、扉が開いて親方が漸く戻って来た。

 何でも師匠とクリセル子爵の御前試合が始まるらしい。途端に元気が戻った彼女に手を引かれ、親方と共に練兵場へと急いだ。

 会場には既に人垣が出来ていて、貴賓席の前では装備を整えた二人が王の到着を待っていた。やがて拝礼を以って迎えられた王が着席すると、双方に分かれて剣を抜く。

「ミルジオさーん! 頑張ってー!」

 ベニカの黄色い声援に師匠は振り向いて剣をかざして見せ、人垣からは微笑ましげな笑い声が沸く。将軍が咳払いで静粛を促すと、程なくして「始め」の合図が出された。

 初手は子爵だった。まさに教科書通りといった精緻な攻撃が続々と繰り出される様は、丸で剣舞のように華麗だ。

 一方師匠は防戦のみで、傍目には押されているように見えた。ベニカなんぞは小さな手を握り締めてはらはらしながら見守っている。

 だが、彼の剣は常に的確に子爵の剣を受けていた。見切っているのだ。

 一見優勢に見える子爵の額に、汗と共に焦燥感が滲んで来る。次の瞬間、師匠は口元に微かな笑を浮かべたかと思うと、僅か数手の反撃で制してしまった。

 弾き飛ばされた剣が陽光に煌き、大きな音を立てて地面に落ちると、子爵は一瞬呆然としていたが、即座に師匠の眼前へ跪いた。

「参りました」

 師匠が手を差し伸べると、彼は驚嘆と憧憬の入り混じった眼差しで見上げ、立ち上がると改めて握手を求めた。

「見事!」

 貴賓席から王の賞賛が投げ掛けられると、あまりにもあっさりと付いてしまった勝負に唖然としていた観客たちから、万雷の拍手が沸き起こる。

 歓声に紛れて聞こえなかったが、王に続いて将軍や軍務尚書からも賞賛の言葉を受けた師匠は、あの少年のように輝く瞳で、いつに無く晴れやかな表情をしていた。

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