石使いランジャ   作:桜城静夜

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 ノックの音を振り返ると、所用を済ませて帰って来たのか、入って来たのはエレイン親方だった。

 取り敢えずは皆と一緒に席を立って会釈する。が、彼女は挨拶を返しつつも、顔を上げた俺と目が合うと、咄嗟に「ひっ」と小さく悲鳴を上げて立ち竦んだ。

 何だよ。たかが城の食料庫を吹っ飛ばした程度で化け物扱いか? ……まぁ、普通は素手で爆破なんてやらないか。

「あぁ、紹介するよ。ランジャ君だ。僕の師兄からお預かりしている青年でね。ベルナデット君と共に本部監査で働いてもらっている。こちらはディエシー殿。今回の旅に用心棒として同行してもらってるんだ」

 どこぞで聞いたような嘘を、しれっとした笑顔で言い切る大親方に、彼女は強張った顔を幾分和らげると、「よろしく」と握手を求めて来る。なのでこっちも白々しく、「初めまして」なんぞと言いながら応じてやった。

「こちらへお越しとも知らず、留守にしまして申し訳御座いません」

「いやいや、こちらこそ急に押し掛けてしまって済まなかったね。支部の皆に変わりは無いかな?」

「えぇ。お蔭様で……」

 通り一遍の遣り取りを交わしつつも、席に着く彼女の顔は、何やら覚悟を決めたように神妙だ。

 張り詰めた重い空気が漂う中、暫しの沈黙の後に、大親方は静かな声で切り出した。

「王太子殿下が間も無くお帰りになるそうだが、その事について、陛下は何と仰せだったかね?」

 その一言に、彼女は弾かれた様に顔を上げる。ダフネが「どうぞ」と差し出す茶器を受け取る手が微かに震えて、カタカタと音を立てた。

 恐らく、所用と言うのは城への召出しだったんだろう。道中胡散臭い連中が嗅ぎ回っていたし、子爵邸の一件もあった上に、後ろ盾となっていた蓮火幇も、手を引く気配を見せている。暗君にも、某かの情報が齎されたと考えて間違いないだろう。

 差し詰め、取り巻きを集めて善後策を講じてる最中ってとこか。いずれも大親方にはお見通しという訳だな。

「案ずる事は無いよ、エレイン君。我々は君を護る為に来たんだ」

 優しい口調で言う彼に、彼女は一瞬、縋るような眼差しを向けるが、力なく俯くと静かに首を振った。

「ですが、私は……」

「君は全てを知っている。恐らくは我々が知り得ない事までね。それを会長に報告してもらうまでは、無事でいて貰わねばならない。

 陛下は恐らく、玉座と君の齎す富を天秤に掛けるなら、間違いなく玉座をお選びになるだろうから」

 彼女はそれを聞くと、「お手数をお掛けします」と声を詰まらせながら口元を掌で覆う。

 何だかこっちまで居た堪れない気持ちになって来たところで、大親方は俺たちの顔をぐるりと見回すと、

「済まないが外してもらえるかね」

 と言ってくれた。

「それでしたら、お部屋へご案内しましょう」

 ダフネに促されて退室する俺たちの背後では、啜り泣く声と共に、「辛い役目を負わせてしまったね」と宥める大親方の声が聞こえた。

 

 

 

 用意してもらった部屋からは、邸宅街の瀟洒な街並みと、街路の果てに聳える城門がよく見えた。

 彼女は夕映えに染まるバルコニーの扉を大きく開けると、あそこが何某伯爵の御邸、向こうが誰某侯爵の邸宅と指を差して教えてくれた。

 旅装を解くのもそこそこに、はしゃぐ彼女に促されて歩み出ると、街灯の点り始めた繁華街の喧騒が遠く聞こえて来た。

「そう言えば今日、神殿でお客さんたちが噂してました。数日前、月の照る夜なのにロネルセンの森に雷が降ったって。あれはランジャさんの……『雷神の御子』の仕業ですね?」

 そう言いながらいたずらっぽく微笑む彼女に、「何だ。バレてんのか」と苦笑で返す。

「みんな、神罰だって言ってました。ロネルセン子爵は、悪辣な高利貸しだったから。

 神都への軍費が嵩んで、ここ何年も税金が上がり続けているから、城下で幅を利かせているのは高利貸しばかり。

 借金を返せない人たちは、子爵の手下の人買いによって、女子供は娼妓や奴隷に、男手は全て隠し鉱山へ送られたようです。

 彼が綬爵の栄を賜ったのは、その功あっての事でしょうね」

 セブランで出会ったニーナの母親もそんな事を言ってたっけ。野郎の直接の被害者でないにしても、同じ様な憂き目にあってる連中も少なくは無いだろう。

 だが、それももうすぐ終わる。隠し鉱山が全てホルザレン会の手に渡れば、あの地獄も真っ当な働き口となる筈だ。俺たちは、その為にここへ来たのだから。

「去年の夏、城に雷が降った時も街中噂で持ちきりでした。陛下はただの火事だと仰っていたそうですけど、みんなは悪政への神罰だって信じてる。

 でも、あの時は真夜中だったでしょう? とても大きな音がしたって聞いたけど、私、ぐっすり眠ってて気付かなかったの。見てみたかったのに、残念だわ」

 小さな肩を竦めて見せるその拗ねた仕草が、何やら幼くも可愛らしく微笑ましい。

 ふと思い立って、「見たいか?」と言いつつにやりと笑ってやると、「見たい!」と無邪気に顔を輝かせる。

 部屋に戻って、精霊石ランプの傍に備え付けられている小箱から、胡桃ほどの大きさのものを取り出すと、怪訝そうな彼女の掌に載せて、片目を瞑って見せてからレベル5を入力してやる。

 瞬時に反応して白く輝き出した石に、大きな目が更に真ん丸く見開かれた。

「凄い……凄い凄い! どうして? 指で触れただけなのに……。これが神界の力なの?」

「さぁな。魔道の術かもしれないぜ?」

 少しばかりからかい気味に言ってやると、空色の瞳は一瞬、微かな怯えに揺らいだが、掌で光を放つ小石を摘み上げて目の高さに掲げると、頬を綻ばせてふふっと小さく笑った。

「私たち石使いの技は、神界から力を借りて成すものと教わりました。その力を指先にお持ちなんだもの。そんな人が魔道師の筈は無いわ」

 自分に言い聞かせるように言うと、掌に包み込んだ石を、その柔らかな光に照らされながらうっとりと眺める。

「だけど、気を付けてランジャさん。いいえ、御子様」

 呟くように言う彼女の表情が、ふと引き締まった。

「人前では使うな、と?」

 俺の問いに軽く首を振り、不安げな眼差しでじっと見上げる。

「あなたを亡き者にしようとする勢力があります。恐らくは宮中に……。城内を探っていて気付いたの。彼らにとって『雷神の御子』は顕現してはならない存在なんです」

「蓮火幇……、いや、評議会か?」

「御免なさい。そこまでは探れませんでした」

「いや、いいさ。忠告を有難う。そっちこそ無理をしないでくれよ。あんたみたいな娘が危険な目に遭ってると思うと胸が痛む」

「お優しいんですね。でもご心配なく。私なら大丈夫です」

 遠くでニコライの声が呼んでいる。彼女ははっとして扉を振り返ると、再び俺の顔を覗き込んで、

「これ、頂いてもいいですか?」

 と早口で訊く。

「あぁ、構わねぇけど、いずれ消えちまうぜ?」

「消えるまで持っていたいの。暖かくてとっても綺麗だから……」

 彼女は石を大切そうにハンカチに包むと懐へ押し込み、にこっと可愛らしく微笑んで会釈をするなり、軽い足取りで部屋を出て行った。

 扉が閉まると、窓外の彼方に聳える城門を振り返りつつ、彼女に罪は無いとは思いながらも、くしゃくしゃ頭を掻きながら特大の溜息をつく。

 「雷神の御子」は顕現してはならないだと? まったく、どいつもこいつも……。俺だって好き好んでこの世界に出て来た訳じゃない。

 その手のクレームなら、管理局の人事セクションにでも捩じ込みやがれってんだ。

 

 

 

 その夜の支部には、所属の石使いと石読みが一堂に会して、閑散としていた邸内が嘘のような賑わいとなった。

 何でも大親方の歓迎会を催そうと、ニコライがみんなに声を掛けてくれたらしい。

 彼はささやかですがと謙遜してはいたけれど、そこは羽振りのいいホルザレン会だけあって、中々に盛況な宴だ。

 俺はエレイン親方への紹介通り、大親方預かりの神都育ちと伝えられたようだけど、耳聡い連中相手に、果たして通用しますかどうか……。などと思っていると、乾杯が済むや否や、若手や中堅の面々に早速捕まった。

「王太子御一行と共に、ロネルセンに逗留されたと伺いましたが、あちらで一体何があったんです?」

 どうやら彼らの関心事は、専らあの子爵の件らしい。

「カレル大親方にも訊ねたのですが、ほれ、あの通りの御仁ですから……」

「そうそう、訊いてもはぐらかされてしまうんですよ」

 苦笑交じりで肩を竦める彼らの言葉に大親方を振り向くと、さっきまで親方や古参連中と近況報告に勤しんでいたのに、今や名家の奥方といった風情の上品な夫人と、ちゃっかりバルコニーにシケ込んで、何やらいい雰囲気で談笑していた。やれやれ。ディエシーの将来を見るようだな。

 奴は奴で、妙齢の女性陣に囲まれながら、上機嫌でおだを上げてやがる。

「街の噂によれば、殿下の護衛に御出でになったトラビス将軍によって、お仕置きの沙汰が下されたとも聞いておりますが……」

「子爵が高利貸しだった城下においては、民の悲嘆に心を痛められた将軍が、何度も御奏上申し上げていたにも拘らず、陛下が取り合って下さらないのをいい事に、実に悪辣な取立てをしておりましたからな」

「将軍閣下は廉潔なご気性であらせられる。彼はそれを煙たがっていたとの噂もありましたし……」

「その御仁がとうとう処罰されるとは、何とも胸の空く思いですが、罪状が何だったのかが気になりましてね」

「ランジャ殿は何かご存知では……?」

「さぁ? 大方、殿下の御不興でも買ったんじゃないすかね」

 俺の顔を一斉に覗き込む彼らに面食らいつつも、適当なことを答えつつにやりと笑って見せると、彼らもまた我が意を得たりといった顔で頷き合う。

「やはり殿下は神祖の血統であらせられたか」

 温和な雰囲気の石使いが、嬉しそうに呟きながら杯をあおる。

「それに仇成せば、月夜に雷の降るも当然ですな」

「以前には、城にも雷が降りました。あれを見た時には確信しましたよ。あぁ、やはり陛下の御血筋は偽りであったか、と……」

 給仕を呼び止めて、てんでに取った新しい酒を俺にも勧めると、互いに笑顔を見交わしながら杯を掲げ合う。何やら勝手に盛り上がってるけど、強ち外れでもないところが面白いな。

「そう言えば、嘗て噂がありましたな。殿下の父君は王ではないと」

「ありましたね。粛清に継ぐ粛清で、誰もが口を噤んでしまいましたが、あのお仕置きこそが真実を語っていますよ」

「思えば亡きエマ妃も御労しや。神祖の血統ながら後宮に納められるとは……」

「殿下の放蕩振りにも、さぞかしご心痛だったでしょうね。いかな神祖の血筋と言えども、このままでは将来が憂えてなりませんよ」

「ですが、近頃城下の子供たちの間では、女神を讃える歌が流行っているようです。これは神祖の御世の到来を告げる神界の声では、と噂するものもありますよ」

「『大河レルト』ですね。童歌《わらべうた》は神の言葉という言い伝えもありますからな」

「噂を聞きつけた陛下の側近が、怪しからぬとして禁令をと申し出たそうですが、所詮はただの俗謡。取り締まることも出来ずに歯痒い思いをされているとか」

「ほぅ、あの歌にそんな意味があったとは露知らず……。何しろ私などは、娘にいつも『父様は流行に疎くて困る』などと呆れられておりますからね」

 中年石使いの肩を竦めながらの言葉に、一同もまた「ウチも」「私も」と和やかに笑い合った。

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