石使いランジャ   作:桜城静夜

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 ふと、背後から駆け寄る複数の靴音を振り返ると、ダフネ率いる小娘軍団にたちまち包囲された。

 彼女以外、みんな銀の翼刃章を着けてはいるが、クロークは真新しいままだ。三年前から門下生は取っていないと聞いたから、その頃から休学状態なのかもしれない。

「ランジャさん、神都のお話を聞かせて」

「まぁ、何て綺麗なお方でしょう……」

「神使様とこんなに間近でお会いする何て、私、初めてよ」

「カレル大親方のお知り合いだなんて、殿上人でいらしたのかしら」

「あちらでお茶とお菓子は如何?」

「小父様たちの話は退屈でしょう?」

 その一言に、小父様一同から、

「おいおい、そりゃ無いだろう」

 との声が上がるが、小娘どもに背中を押され、苦笑を浮かべつつ片手を挙げる俺に、笑いながら会釈を返してくれた。

 さぁ、質問攻めはここからが本番だ。連中は、酔い覚ましの茶が用意された一角に俺を連行すると、それぞれに菓子や果物を勧めつつ、想い人や許婚の有無だの、家族構成だの、神都での暮らし振りだのを矢継ぎ早に尋問する。

 なので、神族の老母とエスネの森に住んでいて、近頃石読みの少女を養女に迎えた、と、当たり障りのない事を、どうとでも取れる言い回しで答えたつもりだったが、何やら逆に物議を醸してしまったらしい。俺ってつくづく説明が下手だな。

「どうして石読みの少女を?」

「貴族や殿上人の御令嬢なら、許婚として養女に迎えるという話はあるそうよ」

「でも、平民なのでしょう?」

「石使いとして養育なさるにしても、入門はランジャ様の方が後というのはどうして?」

「養女にしてまでお手元に置きたい程なんだもの。きっと、お人形のように可愛らしい娘なんだわ。そうでしょう? ランジャ様」

 やれやれ、ここでも「様」付きかよ。ダフネは普通に呼んでくれてるのに。苦笑しつつ「まぁね」と適当に答えると、「やっぱり」だの「羨ましい」だのと口々に言い合った。

「あら、ダフネは羨ましいなんて言っちゃ駄目よ」

「そうよ、許婚に聞かれでもしたら大変だわ」

 みんなにからかい気味の口調でにやにや突付かれると、彼女は顔を赤らめながら、ちらりとニコライを振り返る。

 なるほど。兄と慕ってるだけかと思いきや、それ以上だったとはね。仕事を離れている時は、彼女も他の娘同様にお年頃って事だ。

 だけど当の許嫁殿は、彼女のそんな想いに気付かずか、少しばかり頬を染めながら、ベルと楽しそうに談笑している。

「まぁ、大変。あちらはあちらでベル姉様に……」

「仕方ないわ。姉様は素敵だもの」

「そうよねぇ。貴族のお坊ちゃま騎士なんかより、数倍も凛々しいわ」

「あぁどうしよう、ランジャ様も素敵だけど、姉様も素敵……」

「ほらダフネ! 早くしないと姉様に横取りされちゃうわよ」

 会釈もそこそこに、次なる獲物目掛けて駆けて行く彼女たちの、きゃーきゃー大騒ぎの後姿を見送りながら苦笑していると、「ランジャ殿」と呼び掛けられた。

 振り向くと、エレイン親方が丁寧に頭を下げる。そいつに慌てて答礼すると、こちらを見上げた彼女の顔には、何やら吹っ切れたかのように穏やかな笑みがあった。

「あの時の、地下牢では御免なさい。私は助けてあげられる立場に無かったの。どうか許して頂戴」

「何だ。覚えてたんすか」

「えぇ。他の石使いも、あなたには見覚えがあると言っているわ。裏通りの、フラム老師の薬屋によく来ていたでしょう?

 ロアルデから来た旅の石読みだと聞いて、もしかしたら『雷神の御子』かもしれないと噂し合ってもいたわ。

 でも、大親方の御紹介は、お考えがあっての事だと言うことも弁えてるから、どうぞご心配無く」

 彼女が見遣る先は、古参と談笑する先程の中堅石使いの面々だ。

「やれやれ。どいつもこいつも狸だなァ」

 と呟きながら、少しばかり大袈裟に肩を竦めて苦笑すると、彼女は柔らかな声で笑った。

 その穏やかな笑顔から、ダフネが言っていた通り、本当は優しくて面倒見のいい、支部のお袋さん的な存在だったんだろう事が忍ばれて、胸の奥に何やら遣る瀬無い思いが湧いた。

「あの子は……あなたが連れていた、あの赤毛の可愛らしい石読みは無事だったのかしら」

「無事っすよ。神都に辿り着いたのは新年だったかな。今は本部の門下生たちと修行に励んでます」

「あぁ、良かった。あの後ヴィスロ猊下には、どうか子供にだけはお情けをとお願いしたんですが、石使いの言葉などお耳に届かないご様子で……。ずーっと気掛かりで心が重かったの。無事で良かった。本当に……」

 彼女は俄かに声を潤ませると、伏せた目元を指先でそっと拭った。

「ヴィスロ枢機卿か……。胸糞悪い爺ィだったぜ。あの野郎の、あの連中の目的ってのは一体何なんすか? ホルザレン会を潰して、『世界に神聖を取り戻す』なんぞと宣っちゃいるが、抽象的過ぎて訳が判んねぇ」

 言いながらくしゃくしゃと頭を掻く俺に、彼女は「そうですよねぇ」としみじみ溜息をつく。

「聖山は文字通り、石使いの術さえ及ばない聖地。ホルザレン会とナクルタツリ王家とは、創設当時から縁遠い関係でしたのに、何故今になって蓮火幇は我々を敵視するのでしょう。

 宮廷薬師として宮中に参内していた者もあった、という噂を耳にした事はありましたが、彼らは聖山の下僕。王家亡き後は解散したと聞きました。枢機卿評議会を牛耳るほどの力を得たところで、今更何になりましょう」

「宮中の、石使いが係ってる事柄で、連中に都合の悪い何かがある、って事っすか……。そもそも石使い風情が、宮廷くんだりで何をやってるんすか? 大親方からは祭司長直々のお召しだって聞きましたけど、まさか宮中の神殿で、神官相手に石を売ってる訳じゃないっすよね?」

 彼女は俺の言い草にクスと小さく笑うと、幾分困惑気味の表情で静かに首を振った。

「ホルザレン会は大きな組織なの。精霊石を扱う仕事は、その中のほんの一部。宮中に関しては会長直轄だそうだから、辺境支部の親方でしかない私には判らないわ。御免なさいね」

 そう言えばホルザレン会は、聖旨が下された二十一年前から、神殿の管理を任されてると聞いたことがあったっけ。それの一環てことなのかな。

 実際にどんな作業をしてるのかは、皆目見当が付かないままだけど、優しい口調で申し訳なさそうに詫びる彼女には、それ以上突っ込んで訊く事は出来なかった。

 

 

 

 翌早朝、エレイン親方は、神都の本部へ向けて密かに出発した。

 昨夜の宴は、表向きには大親方の歓迎会と言うことになってはいたけれど、実質的には彼女の送別会だったようだ。

「お見送り有難う御座います。皆さんもどうぞお元気で」

 玄関に馬車が横付けされると、彼女は見送りに出た俺たちに深々と頭を下げた。

「向こうに着いたら会長によろしく伝えて下さい。道中は君たちも気をつけて」

 大親方は言いながら彼女と握手を交わすと、護衛の任に就いた三人の石使いにも声を掛け、「お任せを」との力強い返答を得た。

 どうやら、大親方が予め手配していた本部の人間のようだ。情報収集も兼ねて、一足先に城下に入っていた本部監査の面子らしい。いずれもニコライに負けず劣らず屈強そうな若造だ。

「留守をお願いね。ニコライ、ダフネ」

「はい。お任せ下さい」

「新任の親方が見えたら、補佐して差し上げてね」

 彼女は歯切れよく答えるニコライに笑顔で頷き、握手に応じるダフネの手を、目を細めながら優しく撫でる。

 やがて護衛に促されて馬車へ乗り込むと、歩み寄って車窓を見上げる空色の瞳に応えて窓を開けた。

「親方、やっぱりお辞めになるんですか?」

「えぇ。役目を終えたら、田舎へ帰ろうと思って」

「そしたら、是非お手紙を下さい。私たち、その、来年の春に……」

 ダフネがみるみる赤くなりながら口篭り、チラリと許婚の顔を盗み見ると、彼もまた顔を赤らめ、赤茶色の短髪をがしがし掻きながら苦笑を浮かべる。

 その様子に、親方は俺たちと顔を見合わせて、微笑ましげにうふふと笑った。

「そうね。必ず出すわ。あなたの花嫁姿を見せてもらわなくちゃ」

 御者台に上がった一人が振り返り、「親方、そろそろ……」と声を掛けると、俺たちも口々に別れを告げ、道中の無事を祈る。

 ダフネは走り出した馬車を数歩追うと、朝靄に掻き消されて行く影を遠く見詰めながら、重ねた両手を胸に当て、「神祖ティファレスの御加護を」と小さく呟いた。

 

 

 

 新任の親方が赴任して来るまで、支部は大親方が預かる事となったが、殆ど不意打ち状態での引き継ぎは、天地をひっくり返すような大騒ぎだった。

 彼には城下の貴族連中や、鉱山関係者や、商店会や職人ギルド等々の、地元有力者との顔合わせが相次ぎ、俺たちはそれのお供で、城下ばかりか近郷近在にまで引き摺り回される日々が続いていた。

 支部は支部で、門下生の修行再開に伴って、新規募集も始めることに決まったとかで、その関連の事務仕事が、通常業務とも相俟って山積みになってるらしい。

 俺とベルも支部にいる限り、書斎に篭って伝票整理なんぞを手伝うが、そこでは若造どもや小娘軍団までもが、独楽鼠のように立ち働いているのが見受けられた。どうやら古参の連中に駆り出されたようだ。

「新任の親方って、どんな人なのかしら」

 書類に埋もれていた一人がこっそり問い掛けると、小娘どもはたちまち手を止めて顔を突き合わせる。

「私、優しい人がいいなぁ」

「若いのかな。お年を召してるのかな」

「素敵な殿方だったらどうしよう」

「そう言えば、大親方宛にセブラン支部から小包が届いていたわ。新任の件なのかしら」

「あちらの親方がここへ転勤に?」

「セブラン支部の親方って、若くて二枚目なんだそうよ。あんな人だったら嬉しいな」

「知ってる! コンラート親方でしょう? すらっと背が高くて、御洒落で知的な伊達男よね」

「でも、相当な色事師だっていう噂よ。レグルシア城下では、一体何人のご令嬢が泣かされてるやら」

「それなら我らが王太子殿下だって引けを取らないわよ。この度のお忍び旅行でも、きっと行く先々で浮名を流されたに違いないわ」

 呆れ顔で肩を竦めて見せる一人に、ベルまで少女たちと顔を見合わせてくすくす笑う。

「『大河レルト』が流行っているのを聞いて、殿下の御世に期待してる人もいるけど、あの放蕩振りじゃ底が知れるわよね」

「そうかなぁ……。私、即位されたら落ち着かれるんじゃないかと思うんだけど。母君は賢夫人で名高いエマ妃でしょう?」

「どうかしら? 陛下に倣って、美貌の側室に囲まれながら贅沢三昧かもしれないわよ」

「じゃぁ、賭ける?」

「いいわよ。殿下の御世はまだまだ先でしょうけど、アカシア茶房のお菓子で如何?」

「それならお茶も付けてもらわないと」

「勿論よ」

 すると背後からも「乗った!」の声がすかさず上がった。振り向くと、新しい当番表を侃々諤々と編んでいた若造連中だった。

「俺は暗君に杏のタルトと加密列茶な」

「じゃぁ、僕は名君にクグロフを」

「俺、暗君にサヴァラン。薄荷茶で」

「何だよ、甘い物ばっかりで胸焼けしそうな賭けだなぁ」

 年長の青年石使いが放った嘆きに、盛り上がっていた面々が苦笑を見交わす。

「だったら酒場で一杯ってのはどうよ?」

「いいねぇ。俺、クレアの店ね」

「ロリンの店は? 最近入った新人ちゃん可愛いぜ」

「いやいや、そこはやっぱり白鷺亭だろう。あぁ、愛しのパメラ……! どうか次の給料日まで僕を待っていておくれ」

 丸で少女のように重ねた両手を胸に当て、大袈裟な身振りで天井を仰ぎ見る、お調子者のおどけた口調に、

「手ぐらいは握らせてもらったのか?」

 と混ぜっ返す声が飛ぶと、肩を竦める彼の仕草に書斎は爆笑に包まれる。

 親方が神都へ発ち、放蕩殿下が帰郷するという以外は何一つ変っちゃいない筈なのに、何だか重石でも外れたかのように、誰もが新時代の予感に心を浮き立たせているように見えた。

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