石使いランジャ   作:桜城静夜

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その25.黄金の沃野について
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 さて、俺もひと暴れだ。

 ニコライの呼ぶ声に片手を挙げて応え、彼らと共に塔の内部へ入ると、そこでは揺らめく松明に照らされる中、ごった返す兵たちで通路から階段まで埋め尽くされていた。

 それを掻き分けてディエシーたちのところまで辿り着くと、連中は俺たちに軽く頷いて見せた後、再び階段の上に視線を戻す。

 見れば、異様な熱気の中で犇めく兵たちに、鎖帷子を纏った王太子が、階段の踊り場に立って檄を飛ばしているところだった。

 こっそり耳打ちして来た奴によると、葡萄酒と白霞黒幻晶の相乗効果は絶大で、皆一様に「雷神の御子」の顕現を体験したのだそうだ。

 もっとも、薬で引き出された潜在的なイメージだけに、それぞれが見た幻影は皆てんでばらばらだったようだけど。

 中には錯乱状態で剣を振り回す者や、ショックの余り気絶する者もあって、多少混乱は来したものの、先遣隊や将軍たちの統制で、薬が切れて来ると程なく沈静化したようだ。

 そう言えばアルコロジーでも、生身の脳に作用して幻覚を見せる違法ツールが出回って、カルト教団を自称する輩が摘発される騒ぎになった事があったっけ。

 地上でも地下でも、ヒトの考える事ってのに大した違いは無いんだな。

「……神の血統を騙って玉座を汚す、我欲の為に国政を私する輩を排し、まことの神祖の御世を取り戻す為には、御主ら民草の力が必要だ。

 見たか、大樹に降った雷を! あれこそ『雷神の御子』の、神界の御言葉だ。暗君の近衛隊など恐るるに足らず。神は我らと共にあるぞ!」

 殿下が拳を振り上げたその瞬間、塔を埋め尽くした兵たちが、雄叫びを上げて一斉に倣う。

 彼は熱気と共に突き上げられた無数の拳に、僅かな戸惑いの色を見せたが、一人一人の期待に満ちた眼差しを感慨深げに見渡すと、少しばかり興奮気味の笑顔を浮かべて、一つ大きな溜息をつく。

 そこには既に、孤独に苛まれ世を拗ねた若造の面影は微塵も無く、あるのは自信と気概に満ちた嗣王の顔だった。

「王太子殿下御出陣!」

 将軍の声が飛ぶと、彼とナーダル卿が護衛に就いた殿下を先頭に、呼応した先遣隊が兵たちを率いて城内へ向かう。それを見届けると、俺、ディエシー、リノ一味の五人は、別働隊として上階へ急いだ。

 

 

 

 城壁伝いに城内へ侵入すると、松明の明々と灯る中、アルド卿率いる潜入組が俺たちを待っていた。

 目論見通り、近衛隊の殆どは、正面から殺到する「反乱軍」本隊の阻止に回ったそうで、彼らはガラ空きになった搦め手の守備を買って出る振りをして、俺たちを手引きする手筈になっていた。

 問題は最上階だ。あそこはさすがに側近中の側近が手勢で固めていて、さしものアルド卿も潜り込めなかったらしい。

 「申し訳ありません」と詫びる彼に、ディエシーは、

「いいって事よ。たまにゃ振り回してやらねぇと、剣も錆びるだろうからな」

 と豪快に笑い飛ばす。

 彼はそれを聞いて俺たちと苦笑を見交わすと、

「ディエシー殿には敵いませんな」

 と少々呆れ気味に肩を竦めて見せた。

「そんじゃ、殿下の御為に、赤絨毯でも敷きに行きますかね」

 抜いた大剣をぶん! と一振りし、暢気な口調で奴が言うと、俺たちもまた抜剣して共に王の間へと向かった。

 最上階へ続く裏階段を駆け上がって廊下へ出ると、近衛隊の騎士と出くわした。が、アルド卿は、思わず緊張した俺たちを制すると、一歩前に進み出て、

「如何した?!」

 と問う。相手は彼だと気付くと安堵に頬を緩め、

「おぉ、アルド殿! 良い所へ……」

 と言いながら駆け寄って来た。

「卿の情報通りであったな。逆臣トラビスは殿下を盾に反乱軍を率い、陛下の御命を狙っている。雑兵ばかりの烏合の衆とは言え、数で圧す彼奴らを迎え撃つには援軍が必要だ。コルネリス閣下が、卿の隊もこちらへ合流せよと……」

「逆臣?」

 言葉を遮る幾分嘲笑気味な彼の口調に、敵は一瞬戸惑いを見せる。

「ならば、暗君の餌に群がり尾を振る輩は何と呼ぶべきだ?」

「何?!」

「王宮は駄犬の塒に非ず」

「おのれ逆賊、馬脚を現したか!」

 怒声と共に抜かれた剣に剣で応じる火花に、身構えた部下たちから「隊長!」の声が飛んだ。

 異変に気付いたか、近衛隊の一団が騎士の名を呼んで殺到して来ると、

「神祖の御心は我が方にあり!」

 と叫ぶ声を合図に、雄叫びを上げて迎え撃つ。

 お祭り野郎のビヨンはすっかり高揚しちまってて、「ィヤッホーゥ!」なんぞと気勢を上げながら突進して行く。

 強力な剣技に加えて、蹴るわ殴るわの喧嘩殺法で暴れる奴に、大剣を豪快にぶん回しながらディエシーも思わず苦笑を浮かべる。

 俺もまた、王道を行くリノの華麗な剣術と、技巧的なサデアスの戦法に助けられながら、なるほど、確かに血に染まった廊下は赤絨毯に見えなくもないななどと妙な事に感心しつつ、アルド隊と共に彼方に待つ大扉を目指す。

 暗君の犬とは言え、近衛隊ともなるとさすがに手練れ揃いだ。立ち塞がり追い縋る猛者どもに少々手を焼いていた最中、階下から遠く歌声が反響して聞こえて来た。

 次第に近付いて来るそれが、兵たちの歌う「大河レルト」だと気付くと、攻め手の剣に動揺が見られるようになる。

 出来た隙を突いて一気に駆け抜けると、ディエシーが蹴り開けた大扉に雪崩れ込んだ。

 

 

 

 咄嗟に挑んで来た者を斬り捨て、更に書斎と思しき続き部屋へと押し込むと、王を庇って抜剣した側近たちは突き付けられた剣に凍り付き、顔色を失った豚野郎は、竦み上がった様子でガタガタと椅子を立った。

「ぃよう、御無沙汰」

 松明と蝋燭が揺らめく薄暗がりの中、大剣を肩に担ぎながら、目の前の大きな執務机にドカッと片足を掛けると、ディエシーは豚の青褪めた顔を覗き込んで片眉を上げて見せる。

「き、金狼ディエシー……」

「十年ぶりか……。もっとも、あン時ゃお前さん、最前線で火達磨ンなってる俺らをよそに、女の裳裾に首突っ込んでオネンネだったっけか。今も昔もイイ御身分だぜ。なぁ?」

「ちちち勅書を……せ、聖下のお許しを得ての干渉か!」

「勅書だァ? 誉れ高きロアルデ王家が、手前ェん家の尻拭い如きでいちいち動くかよ。今の俺は、お宅のお坊ちゃんに雇われただけの傭兵だ」

 呆れた口調で言いながらにやりと笑って足を外すと、奴はリノを振り返った。

「懐かしい旧友をお連れしたぜ」

 奴の言葉を受けて進み出ると 丸で亡霊にでも出くわしたかのように息を呑む王へ、リノは丁寧な所作で拝礼する。

「ダレン伯レヌス……何故御主がここに……!」

「お久しゅう御座います、陛下」

「そんな、まさか……。で、ではあの首は、一体……」

「我が父に御座います」

 揶揄を含んだ口調で答えたのはビヨンだった。

「あの日、我が父ロルフは我らに伯爵閣下を託すと、影武者として主君に扮し、ここにあるサデアスの父君であった家令フォルケ殿と共に、邸に火を放って果てました。

 父の首は、恐らく閣下の御命を狙った賊が持ち去ったものと思われますが、陛下は何故それを御存じなのでしょうな」

 奴に侮蔑とも憐みともつかない眼差しを向けられると、暗君は「何と……」と呟いたきり絶句する。

「の、望みは何だ……? 領地と名誉の回復か? それとも重臣の座か?」

 豚が乾いた声で漸く絞り出した言葉に、リノはふっと鼻で嗤うと、静かな声で答えた。

「神祖の御世を」

「神祖の、御世……?」

「民の声を、お聞きになれませんか?」

 その言葉に、剣を下ろした側近共々顔を上げると、開け放たれた大扉の向こうだけではなく、階下や外からも微かに歌声が聞こえて来た。

 やがて近付いて来た声だけがぴたりと止むと、甲冑の音を鳴り響かせながら、トラビスとナーダルの両将に護られた王太子が現れた。

 その背後には、ベル、ニコライ、ダフネの三人を護衛に従えたカレル大親方も控えている。

「トラビス、貴様……!」

 震える指を突き付けられると、将軍は微笑を浮かべつつ兜を取り、慇懃に拝礼する。

 殿下はそれを庇うように前へ進み出ると、剣を手にしたまま、怒りに燃える眼差しを養父へと向けた。

「父上、いや、イルシュ陛下。これは私の意志に御座います」

「何を言う、血迷うたかウィレム!」

「陛下には母と共に御寵愛を賜り、今日までにして頂いた御恩もある。ですが、真実は全て明らかになりました。

 最早私は陛下の人形では無い。神祖の血統を継ぐ者として、我が臣民を救うが為、玉座を御譲り頂く」

「真実だと? い、一体何の事だ」

「私の出生の秘密です。まことの父はここに御座すダレン伯レヌス。幼い頃、母上より秘かに伝えられた真実は、実の父と忠臣によって裏付けられました」

「嘘だ、それは嘘だ。王権を簒奪せんとする逆賊の企みだ。目を覚ますのだウィレム、そなたは紛れもなく余の嫡子ぞ!」

「ならば、その証をお示し頂けますかな?」

 場違いなほど暢気な口調を振り返ると、鼻眼鏡の向こうの赤い瞳に、意味深な笑みが浮かんだ。

「聖下より玉座を許された王であらせられるならば、その証である神章をお持ちの筈」

「そ、それは……」

 豚は明らかな狼狽を滲ませながら、進み出る大親方から逃れる様に一歩後退った。

「魔道師如きに、おいそれと見せられるようなものではない」

 語気とは裏腹な、震えながらの上擦った言葉に、彼は「左様で御座いますか」と、幾分鼻白んだ様子で答える。

「ならば、これは如何で御座いましょう?」

 振り向いて目顔で促すと、ベルは小さく頷いて一冊の紙挟みを差し出す。彼はそれを礼と共に受け取ると、鼻眼鏡を掛け直してぱらぱらと捲った。

「今から二十年前、陛下の戴冠式の記録で御座います。拝見致しましたところ、実に懐かしい御名前が並んでおりますな。御列席の方々も名立たる王侯貴族ばかり。さぞや盛大な式でありました事でしょう」

 暢気な口調で続ける彼の意図を測り兼ねてか、豚は側近共々訝しげに顔を見合わせる。が、呟くようにつらつらと読み上げられる列席者の名簿が、「マヌエル司祭」で止まった時、不意に表情を強張らせた。

「確かマヌエル猊下は、戴冠の儀に先立つ『浄化の儀』にも立ち会われている筈ですが、不可解な事にどこにも記録が御座いませんね。

 玉体を清め、神祖の御言葉を拝する為に、神域へ赴く大切な儀式で御座いますものを……」

 なるほどね。神炉の間には神章がなければ入れない。「浄化の儀」ってのは、神祖の血統の証たる補助脳の性能テストってとこだろう。偽物が迂闊に受ければ水になって消えちまうって寸法だ。

 彼は王の無言に「まぁ、いいでしょう」と言いながら、何やら含む表情で名簿を閉じると、今度は違う書類を取り出して開いた。あの革表紙は確か、セブラン支部からの小包に入っていたものの一つだ。

「こちらは猊下の財産目録でしてね。いやはや入手には苦労致しました。なにしろ戴冠の儀から二月も経たぬうちに、『急病』を得て神界へ召されておいでである上に、当時の家令殿は、故郷セブランの片田舎で御隠居されておりましたので……。

 こちらもまた色々と面白う御座いますな。戴冠の儀の謝礼で御座いましょうか、それにしては随分と多額の御褒美を賜った御様子。おやおや、郊外の荘園に御邸まで。

 何れも残っているのは目録ばかりで、今現在の持ち主はヴィスロ枢機卿猊下になっておられるようではありますが……」

「石使いめ、こそこそと嗅ぎ回りおって……」

 呻くような豚の悪態に、彼は書類を閉じながら、

「我々ホルザレン会は、聖下の御世の御為に在ります故」

 と穏やかに微笑む。

「私は祭司長猊下であらせられるベニート殿と、個人的な親交が御座いましてね。僭越ながら一連の事柄を内々に御奏上申し上げましたところ、大変に興味を持たれた御様子でして……。陛下にはアステリオ城に行幸を賜り、そちらにて詳細を伺いたいとの仰せで御座います」

「アステリオ城……!」

 よろける様に椅子へと崩れ落ちると、豚は「終わった、何もかも……」と力なく呟いた。

 件の城については、寝物語にベルから聞いた事があった。何でも、マルデリ郊外の岬の突端に、大昔に併合した辺境国の古城があって、王侯貴族専用の監獄として使われてるものらしい。

 城内での生活は身分相応を保障されてはいるものの、背後は断崖絶壁な上に、城へ続く一本道は神聖騎士団の警備付き、言ってみれば一生飼い殺しの終身刑なんだそうだ。

 もっとも、最期の時まで王族として扱われるんだ。大騙りの豚野郎には破格の待遇と言ってもいいだろうな。

「モーテン、皆を謁見の間へ……」

 覚悟を決めたか、王は宰相と思われる側近に告げると、彼が「畏まりました」と深々と拝礼し、扉の外で事態を見守っていた近衛隊と共に立ち去るのを待って、薄暗がりの中を机に向かい、ペンを執った。

「おい、石屋さん、手元が暗いとさ」

 見物を決め込んでいたところを、いきなりディエシーのおどけた口調に呼ばれると、苦笑交じりに肩を竦めながら執務机に歩み寄る。

 「失礼致します」なんぞと言いつつランプのシェードを開け、中の石にレベル5を入力すると、不意に明るくなった机上に驚いた様子で顔を上げた王へ、にやっと笑って拝礼してやった。

 俺と目が合った瞬間、野郎はその濁った眼差しに怯えを滲ませはしたが、言い掛けた言葉を遮るように目顔で執筆を促すと、ふっと自嘲的に笑い、「そうか、やはり貴卿は……」と独り言ちて再び机に向かった。

 殿下はそれを見てリノと笑顔を見交わすと、剣を納め、何を思ったか王の背後に掲げられた王旗を引き降ろすなり、バルコニーへ駆け出て大きく打ち振った。

 たちまち湧き上がる大歓声に、思わず皆と顔を見合わせて外を伺うと、煙を上げて燻る大樹を囲むように、前庭を埋め尽くした群衆から、

「ウィレム殿下万歳!」

 の声が繰り返し聞こえ、歓呼はやがて歌声に代わって行った。

 ふと開け放たれた城門の上に目を遣ると、月光に浮かぶ三つの影が、こちらに大きく手を振っているのが見える。恐らく山猫団の連中だろう。城下の民をここへと促したのも、きっと連中の仕業に違い無い。

「……余は、あれを羨んでいたのやも知れん」

 書き上げた勅書に署名を終え、玉璽を捺して大親方に差し出すと、拝礼とともに受け取った彼に、王はぽつりと呟いて、民の賞賛に応える殿下の背中を窓外に見遣った。

「生まれながらにして、神祖の証と英明なる資質を備えた王族であったウィレムを……。だが、余の実子ではないと知りながら、亡き者とするにはエマ妃は……エマに生き写しなあれは愛おし過ぎた。

 これは、神聖であるべき玉座を穢した我が父と、それを疑いも無く受け継いだ余に科せられた神罰なのであろうな……」

「殿下が、新王が清めて下さいます」

 穏やかな一言にはっと顔を上げる王へ、大親方は大きく頷いて見せると、バルコニーに掲げられた王旗をしみじみと眺める。

 それは、蒼天を思わせる鮮やかな青に映える、金色に燦然と輝く日輪の図だった。

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