新政権の体制も整い、戴冠の儀の公布が為されると、祝賀ムードも相俟ってか城下の空気も一変した。
騎士団と国軍の人事刷新に伴って綱紀粛正が図られ、刑法犯の検挙率も上がったようだし、新王より下賜された鉱山の再開発の為、ホルザレン会から正式に鉱夫や人足の募集が開始されると、神殿や裏町に屯していた浮浪者や、物乞いたちが挙って応募したとかで、失業対策も大幅に進み、居心地の悪くなったならず者たちも、次々に姿を消して行ったそうだ。
更には、予てからの懸案事項だった高利貸しの横行も、手形の交付によって規制される見通しとなったらしい。
何でも、王章を戴く手形だけに、発行の条件がすこぶる厳格だそうで、少しでも如何わしい業者にはおいそれと受けられない代物なんだとか。
その一方で、拝受出来た幸運な業者は、謂わば王室のお墨付きともなる訳で、カネもヒトもいきおいその看板目掛けて集まるようになる。
発行元の新政権としてみりゃ、嘗ての商都の繁栄を取り戻さんが為、大いに稼ぎ大いに納税してもらおうってェ寸法だ。
殿下とベルの婚儀の方は来年になるそうだ。色々としち面倒臭い手続きもあるし、一辺境国の御后候補ともなると、身元調査も入念にならざるを得ないのだろう。
尤も、没落貴族とは言え、神都では嘗て名鑑に名を連ねる程の名門だったそうだし、何よりも巫女として宮中にあった経歴もある。その上ホルザレン会きっての才媛と来れば、誰も文句は言えまい。
彼女に良家との縁組をせっついていた叔父上とやらも、報せを受けて、サリミロから馬車を飛ばして来た様だ。大親方の御供で参内した城内で、優しそうな赤毛の壮年紳士を見掛けたが、どうやらそれが彼らしい。
縁談を悉く撥ね付ける彼女にやきもきしていたところへ、突然降って湧いた輿入れの沙汰には、さぞかし泡を食ったに違いない。
漏れ聞いた話によると、ベルの従弟に当たる彼の子息が、新王に代わって神聖騎士団への出仕を務めることになるという噂だ。
そうなれば、神都から科せられている、多額の軍費からも解放される。これによって財政事情が好転すれば、減税の布令が出されるのもそう遠い日ではないだろう。
叔父上一族にとっては、没落貴族から王統への大出世に、上を下への大騒ぎだろうけど。
俺たち石屋は石屋で、新任の親方を迎える為の引き継ぎ作業で大童な上に、何よりも新政権の面子が、知恵者として大親方を何かと頼りにしているようで、相も変わらず城と支部を往復する日々が続いていた。
当の本人は、時折所用と言いつつ支部を抜け出しては、こちらで親しくなった美貌の老貴婦人との逢瀬を楽しんでいるようではあったけど。まったく、元気な爺さんだ。
そんなある日の事。例によって城へ召し出されて行くと、折良く神聖騎士団の小隊が到着したとかで、大親方共々謁見の間に駆り出された。先王をマルデリのアステリオ城へ連行する為に、神都から派遣されて来た連中だ。
大広間の玉座にあるのは、未だ王太子の冠を戴いたほやほやの新王で、ベルは王后の座を空けたまま、臣下の列に身を置いてはいたけれど、一行は新政権に最大級の敬意を表してくれたようで、謁見の儀は和やかな雰囲気の中で無事終了した。ように見えたのだが……。
その夜に催された歓迎の宴での事だ。ディエシーと共に大親方に引き摺られながら、各界の御歴々との歓談に付き合わされていると、先程まで新王や重臣たちと情報交換に勤しんでいた筈の、神聖騎士団の隊長が歩み寄って来た。細身の長身に趣味のいい礼服を纏った、白皙の美青年だ。
品よく整えたプラチナブロンドと、騎士にしては力を感じさせない優美な佇まいは、一見するとソロ系とも思える容貌だったが、冷気を帯びたような灰青色の瞳に出会った時、本能が齎す警鐘じみた嫌悪感と、言い知れぬおぞましさに思わず総毛立った。
「これはエデュアール殿下。御久しゅう御座います」
深々と拝礼する大親方に倣って、俺もまた頭を下げながら、聞き覚えのある名に補助脳のキャッシュを手繰る。
展開した記憶によれば、セブランの大貴族ベイレアス侯爵家の嫡男にして、ジョセル王の後継者と目される人物と出た。
なるほど、狂王の血統って訳ね。確かに、あの容姿といい目付きといい醸し出す雰囲気といい、癪に障るほどよく似てやがる。
彼は大親方の表敬に、鷹揚に頷きながら「こちらこそ」と微笑むと、脇に持した俺たちに好奇の眼差しを向けた。
「失礼だが、そちらは?」
彼の問いを受けて自分を振り返る大親方へ、ディエシーは小さく目配せを送る。
「こちらは私の護衛の任にあります剣士ディエシー殿、石使いはランジャ殿と申しまして、止ん事無き御方よりお預かりしている青年に御座います」
「ほう、かの金狼王よりも年若いようだが、王と同じ名にして金髪の長身とは……。これで剣の腕も陛下に引けを取らぬものであるならば、是非、私の連隊に欲しいところだな」
何やら含む物言いに、奴は、
「私が如き未熟者に、勿体無き御言葉に存じます」
なんぞと白々しく答えながら、慇懃に頭を下げて見せる。
「そちらはランジャ殿と申されたか、本来なら神官として宮中にあるべき貴卿が、何故ホルザレン会の門下に?」
やれやれ、どこへ行っても同じ質問が付いて回ると些かうんざりしながらも、
「見聞を広めんが為に御座います」
と適当な答えであしらっておくと、彼も判った様な判らない様な顔で「ふむ」と頷いて見せた。
「ホルザレン会には、貴卿のような御仁は何人おいでか?」
「さぁ? 大きな組織で御座います故、私如き一介の石使いには判り兼ねます」
質問の意図が判らなくて一瞬戸惑ったが、何とか取り繕うと、彼は狂王そっくりの気怠げな表情で、俺の姿を頭の天辺から爪先まで眺め回す。
「そう言えば、春先の事であったか、我が陛下が、『雷神の御子』を僭称する魔道師を、謁見の間に於いて成敗されたそうだが、後日に支部を訪れた騎士によれば、男は傷を負った気配もなく平然としていたと言う。まこと、魔道師とは奇ッ怪な術を使うものよ。彼奴もまた、貴卿の如き神族の石使いであったと聞いたが……?」
丸で、答えに窮して口籠る俺の表情を楽しむかのように、灰青色の瞳は何かを探る眼差しで覗き込む。
彼は勘付いているんだろうか。ディエシーが本物であることも、「雷神の御子」の正体も。だとすれば、俺に一体何を言わせたいんだ?
「それはまた面妖な話で御座いますなぁ」
二人の間に漲る緊迫した空気を見兼ねてか、大親方は鼻眼鏡を掛け直しながら、幾分気の無い暢気な口調で助け舟を出してくれた。
「そのような石使いが実在すると仰せなら、是非一度会ってみたいものだ。なぁ、ランジャ君」
こちらを振り向くいたずらっぽい笑顔に、「そうっすね。是非にでも」なんぞと調子を合わせると、彼は鼻白んだ顔で小さく肩を竦める。
「さすがは世に名高いホルザレン会。人材も実に多彩と見える。聞けば、婚礼の儀を控えておられる新王陛下の許婚、ベルナデット姫も石使いだとか。これでフィンデール王室も、貴卿らの意のままとなる訳だ。
宮廷然り、ケイディシアのトゥラシオン大公家然り、その手腕には感服せざるを得ないと言いたいところだが、如何せん、気高き神祖の血統を継ぐ我々にとっては、女衒の真似事など及びもつかぬ事だ」
この野郎、言うに事欠いて女衒だと?! ベルを新王を誑し込んだ売女とでも侮辱するつもりか!
俺とディエシーは思わずカチンと来て身構えたが、大親方は一向意に介さず、何を思ったか心底可笑しそうにからからと声を上げて笑った。
「女衒で御座いますか。いやはや実に面白いことを仰る。確かに我らが門下には、才気溢れる美女が大勢所属しておりますな。殿下も御側女に一人如何でしょう? 立太子の暁にでも、是非に」
彼が言いながら殊更丁重に拝礼すると、何故か今度は野郎の逆鱗に触れたようで、俺たちを凍て付く眼差しで睨み付けながら、「失礼仕る」と言い捨てて踵を返すと、憤然とした様子で賓客たちの群れの中へと去って行っちまった。
野郎の姿が見えなくなると、何が起きたのか理解できないまま唖然としている俺をよそに、大親方はディエシーと顔を見合わせるなり、堪え切れずに吹き出して一頻り笑うと、通り掛かった給仕を呼び止め、一番強い酒をとの注文に応えて差し出された杯を、俺たちにも勧めてくれた。
「何なんすか? さっきの……」
「聞いての通りだ」
ディエシーは言いながら片目を瞑って見せると、受け取った杯を一口旨そうにあおる。
「奴さん、狂王の後釜と持て囃されちゃいるが、当の叔父上からは、未だ立太子の沙汰が無ェのさ」
「ジョセル陛下には、一体何がお気に召さないのかは判りませんがね、殿下は焦りを感じておられるのでしょうな。
何しろ、ロアルデのトーラン陛下しかり、こちらのウィレム陛下しかり、御自分よりも年若い新王が、立て続けに即位されておいでですから。
ケイディシアのユアン殿下も、未だ譲位の御沙汰は無いにしても、神都でのお勤めを果たされた折に、立太子の儀を済ませておいでだ」
「なるほどね。周りに先を越されちまって、カリカリしてる、と」
事情が判って遅ればせながらくすくす笑う俺に、奴もまたにやにやしながら、「ま、そんなとこだ」と答えると、手にした杯を俺の杯に軽く当てた。
「しかし、これは困ったことになりましたな」
一転して眉間に皺を寄せながら、御偉方や貴婦人たちに囲まれているエデュアール卿を、遠目に見遣って呟く大親方に、俺たちは互いに怪訝顔を見合わせる。
「いや、実は、先王陛下の行幸を、神都へ御報せする書状に、護衛の人選はセブラン関係者を避けて下さるよう、殊、エデュアール連隊長の御指名は無きように、と添え書きをした筈なのですがね。
今回御出での騎士殿にそれとなく尋ねたところ、一時はロアルデ騎士団のザーリャ連隊長麾下の小隊に決まっていた筈が、直前になって評議会の方から、枢機卿猊下の御視察に同行するよう要請があったとかで、急遽エデュアール隊に変更になったそうなんですよ」
奴はそれを聞いて「横槍が入ったか」と舌打ちをすると、遠くで談笑する銀髪を振り向きながら、含んだ酒を苦そうに飲み込んだ。
「確かにまずいな。奴さんが聖山麓の銀狐の意向を受けて動いてるとしたら、先王は十中八九護送の道中で消されるだろうよ」
「口封じか」
「恐らく。毒蛇の引き渡しは、先王のアステリオ城入りが条件だ。どうやら連中にとっては、豚より蛇の命の方が重いようだぜ」
「そのようですな」
大親方は呆れた口調で言いながら肩を竦めると、大きな溜息をつく。
「御一行は三日後に出立なさるそうだが、ランジャ君、ひとつこれを阻止しては貰えんかね?」
「え? 俺っすか?」
唐突な提案に面食らって聞き返す俺に、彼は、
「他に誰が適任だと言うのかね?」
と、やんちゃそうな顔でにやっと笑う。
「恐らく御同道を申し出ても、許可は頂けないでしょう。君には彼らとは別に、私の使いという名目で行動してもらう事にしよう。
本部宛てに適当な文書を用意しておくから、宴が跳ねた後にでも、私の部屋へ取りに来てくれ給え」
彼の口振りではハナっから否は無いらしい。観念してくしゃくしゃ頭を掻きながら「了解」と答える俺をよそに、今度はディエシーの肩をぽんぽん叩きながら、
「貴卿には護衛をお願いしたいのだが」
と見上げると、奴の「合点承知」の即答を得て、満足そうに大きく頷いた。
「先王陛下とヴィスロ猊下の入城を見届けたら、休暇を取ってもらっても構わないからね。一月もあればいいだろう? あぁ、特別手当も弾んでおいたから。今回は随分と長い出張になってしまったからねぇ」
こりゃまた随分と旨そうな人参だこと。こんなのを目の前にぶら下げられちゃ、馬車馬としては走らざるを得ない訳で。
「向こうへ着いたら報告書も頼むよ。ベニカ君やアレーネ殿にもよろしく」
既に事は片付いたとばかりに、何やら上機嫌で鼻唄なんぞ歌いながら大広間を辞する、彼の飄々とした後ろ姿を見送りながら、俺たちは苦笑を見交わして肩を竦めた。