石使いランジャ   作:桜城静夜

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その26.監獄城の虜囚について
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 大きなくしゃみに驚いたのか、濃密な森の闇の中を、鳥たちの羽音が錯綜しながら遠ざかって行く。

 焚火が追加の薪を飲み込んで大きくなると、ディエシーの奴は、やれやれと言った顔で毛布を体に巻き付けながら、あおったスキットルを俺にも差し出した。

 葡萄酒の酔いが、秋風に冷え切った体を仄かに温める。

「するってぇと、フィノンを匿ってたユグレー祭司長の師兄ってのが、その、ベルナデット嬢の許婚の養父?」

「あぁ、ベルの話を聞く限りではね。だけど、妙だと思わねぇか?」

 スキットルを返すと、奴はそれを再びあおりながら、「何が?」と訝しげな顔で訊き返す。

「フィノンの話では、毒蛇爺ィは彼女に取られた指輪を取り返す為に、賊を押し込ませて火付けをさせたって聞いたけど、相手は御偉い神官様方だろ? 野郎の一存だけで、そう簡単に殺せるものかな」

「確かにな。だけど逆に見てみりゃ、野郎の親玉にとって消さにゃならない連中を、事件に託けて片付けたとも見えるな」

「俺もそう思ったんだけど、だとしたら一体何の為に……?」

 さすがにややこしい話だけに、さしもの奴も眉間に皺を寄せながら低く唸っていたが、

「取り敢えず、話を整理しようぜ」

 と持ち掛けて来た。是非も無い。

「ユグレー祭司長もテオドール神官も、元はと言えば『セブランの詮議』が発端で殺された。で、件の詮議は、ナクルタツリ侵攻の勅書の真贋を問う為に開かれた訳だが、問題は何故こんな騒ぎになったかって事だ。

 見て来た通り、この世界は女皇の支配下で、女神様の聖旨が無けりゃ何も出来ゃしねぇ。国境跨いでの戦なんぞその最たるもんだ。

 その聖下が、いつ頃からか知らねぇが、呪詛を受けて政も儘ならない状態だって噂だ。そんな最中に何だって宮廷は、勅書をでっち上げてまで、セブランにあの戦を許したんだ?」

「判らねぇ。判らねぇけど、もしかしたらあいつらは、ユグレー祭司長の口から、聖下の秘密が漏れるのを恐れたんじゃないのかな。大親方の口振りじゃ、どうやらそいつは最重要機密のようだし」

 すると奴は無精髭をちりちり弄りながら、得心顔で「なァるほど」と頷く。

「祭司長は、事態が詮議に及んだ時点で、もはや隠し遂せないと踏んだんじゃないか? で、同志と図って公表を決断したところで、反対派の放った毒蛇に阻止された、と」

「火付けの犠牲者はその同志って考えりゃ、合点がいかなくも無いな」

「あんたンとこの亡き陛下も、『真実を知りたがっていた』んだろ? 奴らに取っちゃ、そいつは辺境王を殺してでも守りたいものだったのかもな。

 無論、あんたやロアルデ王家にしてみりゃ、到底納得出来るものじゃないだろうけど」

 漸く体が温まったのか、奴はごろりと横になると、スキットルを胸に抱いたまま、葉陰に揺れる星明かりを仰いでいたが、暫しの無言の後、ぽつりと、

「真実は金鵠宮にあり、か……」

 と呟いた。

「金鵠宮?」

「聖下の御寝所だ。確か餓鬼に刺される前、陛下はそう仰っていた。俺だって、宮中のごたごたなんざ知った事かとは思ったけど、陛下も仰せの通り、詮議の場に祭司長が出て来ねぇってのは、おかしいと言えばおかしい。

 で、評議会をせっつく一方で、騎士団でも目端の利く奴を選んで、あれこれと探らせたんだが、これが方々から横槍が入るとかで、一向に進みゃしねぇ。

 陛下も痺れを切らしたか、あの日、『このままでは埒が開かん。ディエシー、金鵠宮へ行くぞ』と……。

 宮殿の奥へ向かう俺たちと、阻止しようと群がる神官どもとで揉み合いになってな。奴らを抑えて血路を開いた俺に、『頼るべきはやはり御主だな』と笑ってくれたのが……最後の言葉だった」

「じゃ、やっぱり……」

「かも知れん。本来なら辺境諸侯ってのは、金鵠宮での謁見をも許される存在だ。まぁ、アポイントも無しに女神の寝室に押し掛けるなんてのは、不敬と言われりゃそうかも知れんがね。

 言い訳になっちまうが、当時はあの瞬間まで、こんな大事になるなんて、これっぽちも思ってなくてな。もっと突っ込んどきゃ良かったなんぞと、今更ながら悔やまれてならねぇ。

 まぁ、いずれにしても、手持ちの情報だけじゃ、まだまだ圧倒的に足らねぇようだ」

 奴がそう言いながら、皮肉交じりの笑みを浮かべた時だ。

 不意に湧いた人の気配に、咄嗟に身構えて剣を取ると、目を凝らす闇の向こうから現れたのは、十代半ばと思しき貴公子だった。

 彼は面食らってる俺たちの顔を交互に見遣ると、丁寧に会釈し、幾分緊張した面持ちでこう言った。

「剣士ディエシー殿並びに、石使いランジャ殿とお見受け致しましたが……」

 剣把から手を放しながら、奴が「如何にも」と答えると、彼はほっとしたような微笑を浮かべる。

「エデュアール連隊長閣下が、貴卿らと共に杯を交わしたいと仰せです。我らが幕営へ是非お越し頂きたく、お迎えに参上仕りました」

 その言葉を受けてこっちを見遣る奴の呆れ顔に、答代わりに肩を竦めて見せると、俺たちは焚火を消して手早く荷物を纏め、馬の手綱を取ると、「こちらです」と示す彼の後について行った。

 まったく、面倒臭い野郎だ。城下を出て最初の宿でも、こっちの動向を探る為に小姓を遣わして来やがったけど、大親方の使いだってことで納得したんじゃなかったのかよ。

 

 

 

 森の中を暫く行くと、木々の間から燃える松明に明々と浮かび上がる、数張の天幕が遠く見えて来た。

 真ん中のデカいのが恐らく奴さんの塒で、それに付随する三張のうち、歩哨を立てているのがイルシュ王のものだろう。

 野営地に入ると、恭しく出迎えた馬丁に馬を預け、俺たちの到着を告げる小姓と共に中へと入る。

 すると奴さんは、設えられたテーブルの大向うで脚を組み、頬杖を突いたまま、居並ぶ側近と何やら含んだ表情を見交わした。返す返すも感じの悪い野郎だぜ。

 それでも何とか精一杯遜った振りをしつつ、

「お招きに与り、恐悦至極に存じます」

 なんぞと、二人揃って拝礼してやった。

「よくぞ参られた。遠慮など無用だ。こちらへ来て席に着かれよ」

 野郎の声を受けて、先程の小姓が進み出ると、末席の椅子を引いて「どうぞ」と勧める。

 何やら処刑台に見えなくもないその席に、奴と怪訝顔を見交わしつつ観念して腰掛けると、給仕が葡萄酒の瓶を手にやってきて、用意された杯になみなみと注いだ。

 立ち昇る芳醇な香り。相当な上物であることは間違いなさそうだけど、いつぞやの子爵邸での一件もあるし、警戒するに如くは無いな。

 奴もまた、神妙な顔で杯の中を睨み付けていたが、野郎が杯を手に取ると、平静を装いつつ側近らと共に掲げた。

「貴卿らの道中の無事を祈って、乾杯」

 皮肉のつもりかよとも思ったが、大人しく干すと、意外にも補助脳は反応しなかった。

 一体どういう心算なのかは判らないけど、一先ずは滅多にない上物だ。ゆっくり味わうとするか。

「マグノリエ城下を発って早五日か……。国境を越えればマルデリまで数日ではあるが、宿場も無く森ばかりが続く街道は些か退屈だな。

 ナーダル軍務尚書閣下は、蓮火幇なる賊の襲撃を懸念されておられたようだが、こう退屈では却って待ち遠しい程だ。我が小隊の名を上げる好機でもあろうにな」

 程よく酔いが回ったか、奴さんが気怠く言いながら物憂げに溜息をつくと、気取った伊達男風の側近も、

「紅粉の香りも恋しゅう御座いますな」

 と調子を合わせ、居並ぶ連中共々声を上げて笑う。

「そう言えば、ロアルデの先王陛下におかせられては、ウィレム新王にも劣らぬ嫖客として名を馳せておられたとか。ディエシー殿、同じ名を持つ者としては、その道は如何か?」

 気の無い風を装った物言いとも相まって、灰青色の瞳は凍て付いたように表情が読めない。それでも奴はふっと呆れたような苦笑を漏らすと、

「見目麗しき姫御を愛さぬ男など、この世界の何処に居りましょう」

 なんぞととぼけた口調で返し、野郎はそれを受けて側近どもと「尤もだ」と笑い合う。が、ふと頬杖を突くと、杯の中へと視線を落としながら呟くように言った。

「麗しき姫御前か……。ロアルデと言えば、今は亡きライサ王后陛下は、並み居る諸侯の中でも取り分け御美しい方であった。『トゥラシオンの宝玉』と謳われるも宜なるかな。

 剣の修養の為、神都の父の許にあった幼少の砌に、期せずして御言葉を賜る栄に浴したことがあったが、その涼やかな花顔玉容と慈愛に満ちた御心はまさに女神。

 母と故郷を遠く離れていた心細さもあってか、かような美神を妻としたファルエル王は、何たる果報者よ、と、幼心にも羨んだものだ」

 ふと隣を見遣ると、奴は幾分胡散臭そうな顔で話を聞いていた。恐らく、俺同様に野郎の意図が読めなくてもどかしい思いをしてるんだろう。何も、思い出話を聞かせたくて態々呼び付けた訳じゃあるまい。

「しかし、ファルエル陛下亡きあと、その宝玉を手中に収めながら、ディエシー陛下は一顧だにしなかったと聞く。名うての漁色家が、あれ程の美姫を顧みぬとは解せぬ話だ。

 心卑しき者の中には、王の御心は后ではなく、主たる先王にあったのではないか、と、戯言を申す向きもあるそうだが……」

 美しい彫金を施した銀の杯が、奴の手の中でミシと微かな音を立てた。が、こちらの反応を伺う様にチラと見遣る、半ば嘲笑を含んだ野郎の視線には、鼻白んだ様子で片眉を上げて見せるばかりだ。

 なるほど。こっちの尻尾を掴みたくて挑発してやがるのか。そうと判りゃ、奴は意地でも乗るまいよ。

「今、ロアルデの軍政にあるは、ジューソン軍務尚書とダラハン将軍のみ。新王陛下の戴冠式以降、ディエシー将軍の姿を見た者は無いとの情報もある。

 その報に触れた殿上人の中には、先王の仇を求めて神都へ向かったのではないかと懼れる者もあると聞いたが、その偏執も、主従が倫《みち》ならぬ仲にあったとするならば、腑に落ちぬでもない」

 まったく、中傷もここまで来ると下種の極みだな。だが奴は、微塵の動揺も見せぬまま大きくゆっくりと息を吸うと、静かな声で答えた。

「ファルエル陛下は、臣民と共に悩み、語らい、額に汗する名君であらせられたと聞きます。その旗下にある者ならば、たとえ寵臣ならずとも、男惚れに惚れるは必定」

「なるほど。それ程の好漢たれば、美姫も英雄も意のまま、と」

「左様。力尽くで手籠めにすれば一夜限り。あとは恨みを抱いて枯れ行くばかりに御座いますが、身命を以て護り慈しめば、褪せる事無き色香で酔わせてくれる。

 国や民草も美姫に同じ。俗慾に駆られて力を振るうは凡夫の所業と存じます」

 その揶揄めいた口調に銀色の眉が跳ね上がると、奴は得たりとばかりににやっと笑う。

 奴さんはそれを目にして、人知れず震える拳を握り締めていたが、気を取り直すように鋭い溜息をつくと、平静を装いつつ固い微笑を浮かべた。

「確かに、我らがジョセル陛下のなさりようには、私も思うところが無いではない。もしもあの当時、玉座にあったのが私であれば、聖下の御世も、今とは違った姿になっていたやもしれんな」

 若造が知った風な口を利きやがる。思わず肩を竦めた俺に、奴もまたふっと小さく失笑を漏らして酒をあおった。

「時にディエシー殿、御主の主は如何なる御仁か?」

 問い掛けられると、奴は少々面倒臭そうな様子で杯から顔を上げる。

「金で買われる用心棒の身に御座います。なれば今の主はホルザレン会、と申しておきましょうか」

「そうか。殿上人であらせられたカレル大親方が、貴人の落胤と聞くランジャ殿の護衛と頼むからには、並の腕ではないと見たが」

「いいえ、未だ修行の身にて、音に聞く殿下の剣技には遠く及びますまい」

 奴の言い草は幾分茶化し気味にも聞こえるが、奴さんが剣の上手だってのは、ザーリャ殿下からも聞いた事があった。

 彼によれば、野郎はケイディシアを恐慌に陥れた毒煙草事件が、内戦の引き金として画策された事を知っていたと言う。

 となりゃ、恐らくセブラン王家と蓮火幇とはずぶずぶ。襲撃だの何だのと宣っちゃいたが、白々しいにも程があるってもんだ。

「私の剣技とて未熟だ。剣豪の嫡嗣として名高いトゥラシオンのザーリャ殿下には、手合わせの際に負けを喫している」

 野郎は自嘲気味に笑うと杯を干し、傍らに控えた給仕になみなみと注がせると、何を思ったか、それをテーブルの真ん中に置いた。

「如何であろう? 座興にひとつ、この杯を賭けての手合わせなど」

 奴は「そう来なくちゃ」と小声で呟くと、堪え切れない笑みを口元に浮かべつつ、

「是非御指南頂きたく」

 と頭を下げる。

 野郎がそれを受けて「よかろう」なんぞと鷹揚に頷き、側近が恭しく差し出す剣を取りながら席を立つと、俺たちもあとについて外へ出た。

「いちいち面倒臭ぇ餓鬼だ」

 と小声でぼやく俺をよそに、奴はにやにや笑いながら、

「まぁ、見てなって」

 と言い残すと、肩をぐるぐる回しながら、野郎の待ち構える幕営の真ん中へと進み出た。

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