石使いランジャ   作:桜城静夜

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 ルジェの、腹が立つほど暢気な笑顔が見えるところまで近付くと、奴は俺と随伴の騎士たちに止まるよう指示し、中へひょいと引っ込んだかと思うと、程なくして人質と共に小屋を出て来た。

 引っ立てられているヴィスロは、どういう訳だか後ろ手に縛り上げた上に、猿轡まで噛まされてる。同志とか言いながら随分な待遇だ。

 野郎は、突き飛ばされてよろけたところで、俺を睨むでもない無表情な眼差しでチラと一瞥すると、背後から駆け寄った騎士たちに確保された。

「ありゃ何だ? 仲間割れか?」

 彼らを振り返りつつ半ば呆れた調子で訊くと、奴は、

「もう仲間じゃありませんから」

 と、しれっとした顔で事も無げに答える。

「何だよそれ」

「イルシュ陛下は玉座を追われた。幇主も、陛下の協力者であった彼の役目は終わったと仰せです。ならば僕たちにとっても既に不要な人間だ。

 その不要な人間が、あなた方にとっては必要となれば、人質に使うまでですよ。

 まぁ、僕個人にとっても、彼は色々と小うるさい方でしたからね。片付いてくれれば清々すると言うものです。彼は陛下にも僕らにも、多くを望み過ぎたんだ」

「なるほどね。蓮火幇ってのは、身内に対しても非情って事か」

 皮肉を込めて言ってやったつもりなのに、笑顔で「そうなんですよ」なんぞと、軽い口調で悪びれもせずに言いやがる。

 その様子に思わず肩を竦めた時だ。奴が何気なく懐に手を入れた瞬間、咄嗟に騎士たちを庇った俺の胸に鋭い痛みが走り、全身が痺れる感覚に包まれたかと思う間もなく、その場に跪き、くずおれた。畜生、こいつは麻痺剤……双宝氷水天華か。

「石使い殿!」

 うろたえた騎士たちが抜剣する音が背後で響く。と、同時に目の前でも鞘鳴りがした。

「構うな、行け!」

 もつれる舌を何とか動かして叫ぶと、突き付けられた切っ先の向こうに含み笑いが聞こえた。

「そうそう、早く行った方がいいですよ。でないと、この人が小間切れになっちゃいます」

 言葉とは裏腹な明るい口調に、騎士たちは低く唸って納剣すると、ヴィスロを引っ立てて隊へと戻って行った。どうやら一時退却と見せ掛けるようだ。

 話し声と甲冑の立てる音が次第に遠ざかり、森がやがて闇と静寂に包まれるのを待つと、ルジェは漸く剣を納め、大きな溜息をついた。

「さて、小旅行と行きますか」

 奴は耳元に跪いてそう囁くと、徐に俺の両脇に手を入れて小屋裏へと引き摺って行った。

 麻痺剤はリカバリセルがとうに分解していたけど、こいつが何を企んでいるのか探ってやる為に、暫くの間は効いてる振りをしてやろう。

 

 

 

 小屋裏からは、馬が鼻を鳴らす音と馬車の軋む音が聞こえて来る。

 奴はどこへ行くつもりなのか、俺を座席の足下へと引き摺り上げると、扉を閉めて御者台に納まった。

 程なくして走り出した馬車は、森の中の悪路を小一時間ほどうろつき回ってから、漸く街道らしき石畳の道へ出た。

 乗り心地が良くなると途端に眠くなる。悪い癖だとは思うけど、まぁ、いいか。どうせ外は見えないんだし。

 そう思いつつうとうとしていると、やがて馬車は速度を緩め、車体を軋ませながら止まった。ほんの数分間と思っていたけれど、どうやら随分と熟睡しちまってたようだ。

 奴が御者台から飛び降り、こちらに歩み寄ってくる気配に起き上ろうとすると、後ろ手に縛り上げられている事に気が付いた。畜生あの野郎、いつの間に……!

「ランジャ様、ちょっと休憩しましょうよ」

 能天気な声と共に扉を開けて乗り込んで来ると、奴は俺を抱き起して外へと促した。

「薬なんか効いてなかったんでしょう? なのに効いた振りなんかして、まったく呆れた人だなぁ」

「何だ。バレてたのかよ」

 森の中を貫く街道を覆う木々の間から、傾き掛けた下弦の月が白く幽かに照らす以外は、周囲は真っ暗闇だった。

 奴は手にしたランタンを掲げて、路傍に建つ廃駅の扉を探し当てると、俺の背中を押し込むようにして中へと入った。

 駅舎は意外と手入れが行き届いていて、廃駅と言うよりは無人駅と言った風情だ。作り付けの棚に、きちんと畳まれた古毛布が用意されているあたり、旅人の便宜の為に管理している者がある事が窺えた。

「幇主様の御邸じゃねぇのか。期待したのに」

 薄闇の中に浮かぶベンチに勝手に腰掛けると、奴はうふふと笑ってカウンターの上にランタンを置き、厨房に潜り込んだ。

 竈に火を入れる気配と共に、薪の燃える香ばしい匂いが漂ってくる。

「まぁ、そう焦らずとも、いずれお会いになれるでしょう。幇主もあなたには興味津々なご様子ですから」

「俺も興味津々なんだがね。何だって俺たち石屋を潰そうと思ってるんだか、その理由を是非ともお伺いしたいところだ」

 すると奴は、ケトルを手にひょこっとカウンターから顔を出すと、

「嫌だなぁ、以前お話したじゃありませんか」

 と呆れた様子で言いやがる。

「『世界に神聖を取り戻す』って奴か?」

「何だ。判っておいでじゃないですか」

「全ッッ然判んねぇって。抽象的過ぎンだよお前らの物言いは」

「この世界を『あるべき姿』に戻す、と言う事ですよ」

「だからそれが回りくどいんだって」

 半ば苛つきながら食って掛かると、奴は肩を竦めて見せてから引っ込んだ。カウンターの向こうから、ケトルに水を汲む音に紛れて、くぐもった声が聞こえる。

「幇主はこう仰せです。『神都の乱』はかれこれ十年も前に終結した。なのに、聖下は未だに御姿を御見せ下さらない。辺境諸侯の間にも疑念が広がっていて、神都の内外は不穏な空気に満ちてる。

 そんな中に『雷神の御子』が顕現された。これが異常事態でなくて何なんです?」

「それと石屋は関係無ェだろよ」

「関係無い筈はないでしょう?」

 半ば嘲笑を含んだ口調で言いながら、奴はカウンターから出て来た。

 何事かと身構える俺をよそに、放り出していたサドルバッグの中身を探り、小さな薬草茶の缶を取り出すと、脚を組んで座る俺を見下ろして言葉を継いだ。

「今、金鵠宮への御召しに与れているのは、ベニート祭司長とハグル宮廷薬師長、それと、あなた方の会長であるキール殿だけだ」

「それがどうしたよ。会長は祭司長直々の召し出しで参内してるって話だ。お前らに兎や角言われる筋合いは無ェ」

「解せませんね」

 缶を手にカウンターの中へ戻りながら、奴は「解せません」と繰り返す。

「祭司長と薬師長が御召しに与れるのは判ります。でも、聖下の御寝所に、石使い風情が一体何の用です?

 しかも、キール会長は『冥神の御子』との噂もある御仁だ。殿上人を謀って聖下に近付き、密かに呪詛を放つ魔道師でないと、誰が言い切れますか?」

「何だと?!」

「穢らわしい魔道師などこの世から一掃すべきなのに、よもや『雷神の御子』ともあろうお方が、滅ぼすべき相手を見誤るとは思えません。だから僕たち蓮火幇は、あなたが翼刃章を付けている限り、偽者との疑念を捨て切れない」

 そう言いながらもにやりと笑う奴の顔は、いつもの場違いなほどの天真爛漫な笑顔ではなく、奴の本性そのままに、禍々しい程のどす黒い闇を含んだものだった。

「でも、それもまた良しですね。あなたが御子であろうとなかろうと、僕には最早関係無い事です。

 剣で貫いても、致死毒を盛っても死なない、この上なく強く美しい魔道師が、今まさに僕の手中にある。

 どう責め苛んだら死んでくれるのか、どんなに美しい死相を見せてくれるのか、それを考えただけでもぞくぞくします」

 おぞましさに思わず全身が総毛立つ。ふざけた野郎どもだ。世界に神聖をなどと言いながら、こんな狂人ばかりを集めて、蓮火幇々主とやらは一体何を企んでやがる?

「手前ェらは一体何者なんだ? 幇主と名乗る野郎は一体どこのどいつだ? 真の蓮火幇はナクルタツリ王家と共に滅亡した筈だってェじゃねぇか」

「幇主は偉大な薬師ですよ。病んだ世界を癒すことが出来るのは、あの方を措いて他に無い。先代の蓮火幇は確かに滅びはしましたが、再び甦ったのはその偉業を成す為です」

「辺境の一幇会に過ぎないお前らが、何だってそんな分を越えた事柄に首を突っ込んでるんだ? そも薬師ってのは聖山の下僕だろうよ」

「僕たちは聖山の為に甦った訳じゃ無い。既に幇主の忠節は王家にはありませんよ。無理も無い。剣を取らずして国を護るなんて世迷言を宣う夢想家に、聖山の玉座は重過ぎたんだ。

 国を滅ぼすに直接手を下したのは、確かにジョセル陛下だったかもしれませんが、あの国難は、ハルトランガ陛下の無用な高潔が招いたものと言っても過言ではありませんでしょう。どんな理念を掲げようと、いずれも剣の前には無力だ」

「相手が無力なら滅ぼしていいなんて法は無ェぞ」

 憮然として吐き捨てる俺に、奴は臆面も無く「そうですとも」と微笑む。

「相手が無力なだけの凡人なら、誰も兵馬や軍費を費やしてまで、攻め滅ぼそうなんて思いませんよ。

 だけど聖山は違った。セブランにとって典薬寮を擁するあの山は、まさに宝の山と思えたでしょうからね。護る気概の無い者に、王たる資格はありませんよ。

 そんな事よりもお茶を如何です? 取って置きを御馳走しますよ」

 奴の声と共に、厨房の奥から林檎と桂皮の、場にそぐわない程の甘い香りが漂って来た。

 が、とてもじゃないけど、こんな状況で邪法薬師の淹れた茶なんぞ、胸糞悪くて到底飲む気になんかなれやしない。

 奴はそんな俺の心を読みでもしたか、

「大丈夫、毒なんか入れてませんよ」

 なんぞと笑いながら、カウンターに並べた二つのカップに、上品な所作で茶を注ぐ。

 が、ふと訝しげに顔を上げると、茶器はそのままにして奥の勝手口へ歩み寄り、細く開けた扉から一頻り外を伺うと、何やら呆れた様子で大きな溜息をつきながら戻って来た。

「金狼王とはよく言ったものですね。丸で狼みたいに鼻の利く御仁だ。あなたと美味しいお茶を飲みながら、ゆっくり話がしたかったのに、残念だなぁ」

 どうやら、つけて来たディエシーたちの気配に気付きやがったようだ。

 奴はカウンター越しに肩を竦めて見せると、何を思ったのか、棚に並んだ瓶を一本、食堂の奥へと放り投げた。けたたましい音と共に割れた瓶から、蒸留酒の匂いが部屋中に充満する。

 更に竈から火の付いた薪を一本抜き出し、そいつを手に出て来ると、何事かと身構える俺の目の前に立って、にっこりと微笑むなり、唐突に俺のいるベンチを蹴り飛ばした。

 受け身が取れず、側頭部からもろに床へと叩き付けられて、目の前に火花が散る。

 「何を」と問う間も無く腹を蹴られ、思わず呻いて蹲ったところへ、すかさずこめかみに靴底を押し付けられた。

「最後に一つだけ、面白い事を教えて差し上げましょう。解放したヴィスロ殿ですが、あなたには丸腰に見えましたか?」

「何だと?!」

 確か、監獄警備隊の隊長の言うには、奴は丸腰で、それ故に門衛は身に着けていたストールで絞殺されたとの事だった。

 奴に解放された時も、後ろ手に縛り上げて猿轡まで噛まされていた。あの様子を見れば、奴が丸腰である事に疑いの余地は無いと思い込んでいたが……。

「手前ェ、一体何を企んでやがる!」

「さぁ? それが何であれ、巧く行ったら御慰み、ってとこですね。確かに、彼には刃物の類は持たせませんでしたから、獄吏も身体検査の上で丸腰と確認するでしょうね。だけど、どうでしょう? たとえば、ローブの襟の裏にでも、針が一本隠されていたとしたら……」

「……!!」

 身動ぎをする俺の頭を、奴は尚も踏み躙りながら、

「いずれまた御逢いしましょう」

 と軽い調子で言うと、手にした薪を放り出し、気化したアルコールに引火して、瞬時に燃え上がった椅子やテーブルを見渡しながら満足そうに微笑むと、漸く足を離すや否や、サドルバッグを引っ掴んで外へと飛び出して行った。

「畜生、待ちやがれ糞餓鬼!!」

 両手の自由を奪われたままじゃ、追うのも儘ならない。やっと立ち上がった時には既に炎と煙に巻かれ、咽せて激しく咳き込む目の前に、焼けた梁が崩れ落ちて来て行く手を阻んだ。

 他に出口を求めてカウンターの中へと潜り込み、閂の掛けられた裏口に駆け寄ると、縛られたまま体当たりをかます。

 既に手遅れかもしれないけど、監獄の連中に知らせなきゃ。下手を打てば、貴重な証言者を二人とも一度に失う事にもなり兼ねん。

「ランジャ、ランジャ!」

「ランジャ殿!」

 音を立てて燃え盛る業火に紛れて、ディエシーたちの怒声が聞こえる。

「ここだ! 厨房だ!」

 と声を張り上げると、程なくして外から裏口を激しく叩く音が聞こえ、「どいてろ!」の声に従って一歩退くと、凄まじい破壊音と共に破れた扉から、奴と大柄な騎士の二人が転がり込んで来た。

「さぁ、早く!」

 騎士に縄を切って貰い、共に裏手の森へ避難すると、肩で息を付きながら振り返る俺たちの目の前で、駅舎は濛々たる煙と火の粉を吹き上げ、地響きを轟かせながら焼け落ちた。

 リカバリセルが躍起になって修復してるあたり、どうやら数か所火傷を負ってるらしい。

 「大丈夫か」と問う奴の言葉に、「ああ」と短く答えた自分の声も酷く掠れてはいたが、二、三度咳き込むうちに修復されたようだった。

「ここ、どこなんだ?」

 ルジェの忌々しい言葉を思い出し、慌てて問うと、ディエシーは、

「ケイディシア国境へ出る間道だ」

 と手短に答えるが、思わず「やられた!」と呟いて舌打ちした俺の顔を訝しげに振り向く。

「どうしたよ」

「ディエシー、あんたを見込んで頼みがある。今すぐ監獄城へ全速力で走ってくれ」

「何だ、何があった!」

「あの糞餓鬼、ヴィスロを解放する時に毒針を持たせやがった。俺を引き摺り回してたのは時間稼ぎの為だったんだ」

「何だと?!」

「ローブの襟の裏に隠したと言ってたから、恐らく獄吏は気付かないだろう。奴らの遣り口だ。イルシュ王を片付けたら、きっと野郎も自害するぞ」

 奴は、俺の言葉が終わらぬうちに弾かれた様に立ち上がると、森の奥へと飛び込み、蹄の音と共に戻って来ると、

「御大に早馬を!」

 と言い残すなり、疾風となって薄明の照らす街道の彼方へ消えた。

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