石使いランジャ   作:桜城静夜

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 夜明けも宿場街もまだ遠い。荒地が続く街道沿いに、何とか停車場を見付けると、そこで休むことにした。

 駅舎の鍵は開いたままだったが、中は無人だ。廃駅なのかもしれない。

「で、どうだったよ? 初めての剣闘は」

 俺の痛めた肩を固定しながら、奴はこっちの反応を窺うように訊いて来た。

「どう……と言われても、実感が無いってのが正直なとこかな。弓と違って、ダイレクトな手応えはあるけど」

 そう言って、不用意に竦めようとした肩に激痛を覚えると、涙目になりながら苦笑を見交わす。

「狩猟生活の御蔭で、血や臓物には慣れッコだったし、何だか、村に迷い込んだ狼を相手にしてるような気分だった」

「狩った後は、村の広場へ晒し者にして、皮でも剥いでやれってか」

 茶化した口調で混ぜっ返す奴に、「いやいや、そこまでは」と反駁しながらも、今度は慎重に首を振る。

「強いて言えば、人を殺したのに、何のショックも受けなかった事がショックだった、かな」

 すると奴は、「ま、そんなもんよ」と言いながら、手当の終わった肩を軽くぽんと叩いた。

「血に酔ったって奴さ。気に止む事ァ無い」

 事も無げに言ってからから笑う奴の声に目を覚まされたか、毛布にくるまって眠っていたベニカが、むくりと起き上がった。

 暫くの間、俺たちを寝惚け眼でぼんやり眺めていたが、はっと顔を上げると、俺にしがみつくなりわあわあ泣き出す。

 その姿を見て少しばかり胸が痛んだ。本人の達ての希望とはいえ、連れ出して本当に良かったんだろうか。

「ごめんな。また怖い思いをさせちまって」

「ランジャ様、死んじゃったかと思ったの。ランジャ様が死んじゃうなんて嫌です」

 ぐしゃぐしゃの泣き顔でしゃくりあげる彼女の頭を、奴が大きな手でわしわし撫でる。

「大丈夫さ。俺がいる限り死なせやしねぇから。安心して寝ろ」

 彼女は奴の言葉にこくりと頷き、俺にぴったりくっついたまま丸くなると、やがて静かな寝息を立てて眠りについた。

 

 

 

 痛めた肩は、次の日には問題なく動かせるようにはなったが、日中何時間も移動した後で課せられるトレーニングは、正直キツかった。

 将軍閣下による騎士団仕込みのシゴキもさる事ながら、奴との手合わせで負けようものなら、奴よりもベニカが許してくれず、くたばってる俺をくすぐってでも叩き起こそうとするのだ。

 どうやら彼女にとっては、『雷神の御子』様が人間の将軍如きに簡単にやられてはいけないらしい。

 俺本人にしてみれば、「金狼」の異名を持つような猛将相手に、事務屋上がりの素人が到底敵う筈も無いわけだが、何とも厳しい訓練教官だ。

 それでも二人のお蔭で、マグノリエ城下に辿り着くまでには、どうにか使えるようになっていて、数手に一手といった程度ではあるけれど、奴を梃子摺らせる事も出来るようになった。

 奴に言わせると、俺の剣は「力で押してこないから読めない」のだそうだ。まったく、褒めてるんだか貶してるんだか……。

「師匠やクリセル子爵みたいになるには、どれぐらい掛かるのかな」

 俺のふとした呟きを、奴は豪快に笑い飛ばす。

「ミルジオはともかく、フリストの剣技なんぞは、ありゃお遊戯だ。生真面目が過ぎて片っ端から見切られてやがる。どんなに形が出来てたって実戦で使えなきゃ素人と同じさ」

「ひでぇ言い草」

「あの世代は実戦を知らないからな。先の戦の時にはまだ小姓だった筈だから」

「彼、そんなに若いのか」

「言ったろ? 手練が大勢死んだって。要は人材不足なのさ。どこの国でもな。平和も結構だが、兵を腐らせねぇためには、ミルジオみたいな人材が必要なんだ」

「理屈は判るけど……実感が湧かない」

「まぁ、国ってのは一朝事あらば脱臼じゃ済まねぇってこったよ」

 奴の皮肉に軽い拳で答えると、奴は心底面白そうに笑いながらデカい掌で受け止めた。

 

 

 

 マグノリエ城下は吹き溜まりだ。五カ国が接する緩衝地帯でありながら、嘗ては通商で栄えた商都だったそうだが、王が代替わりしてからは悪政が続いていて、国土も人心も荒廃の一途だとか。

 それでも辛うじて辺境国としての体裁を保っていられるのは、未だに周辺各国から流れ込む人と物と金があるからだと奴は言う。

 何でも、ここでは手形が無くても商売が出来る事になってるらしい。その分税金はたっぷり取られるそうだが、それも袖の下如何によっては御目溢しもあるのだそうで。

 確かに、ロアルデのタルセンド城下と比べて、活気があるようには見えるけれど、怪しげな物売りや浮浪者が屯する通りが至る所にあって、街には荒んだ猥雑な空気が満ちていた。

 ベニカがここの支部に挨拶に行きたいと言い出さなければ、あまり宿屋からは出たくない雰囲気だ。支部の親方も、面倒臭そうに応対するだけの、いけ好かない婆さんだったし。

 宿屋へ戻る途中、思いがけず遠くから音楽が聞こえて来た。心なしか落ち込んでる様子だったベニカにも聞こえたのか、俺の顔を見上げると、好奇心で一杯といった輝く笑顔になる。

 彼女に急かされて音を辿ると、街の中心の広場に出た。その真ん中にある壊れて水の出ない大きな噴水の前に人だかりが出来ていて、どうやら音源はその中心らしい。

 シタールに似た煌びやかな金属質の音に乗せて、よく通る澄んだ女の歌声も聞こえて来る。

 単語の意味の繋がらない、呪文のような不思議な歌詞。それがエキゾティックな音と絡み合い、妖しい曲となって聴衆を惹き付けている。

 輪の中に入って行ってしまった彼女を追って、人込みを掻き分けながら前へ出ると、目の前に現れた歌声の主に目を奪われた。遅れて追い付いたディエシーも足を止めて「お、イイ女」と呟く。

 二十歳そこそこといった感じの若い女だ。丸で娼妓か踊り子のような肌も露な衣装の上に、金の刺繍を施した真紅の薄衣を纏っただけという出で立ちで、噴水の縁に腰掛けてすらりとした脚を組み、抱えた弦楽器を膝に乗せて爪弾いている。

 薄衣から透けて見える肌は抜けるように白い。弾けんばかりに丸く張った胸。細くくびれた腰の優美な曲線と、むっちりと肉感的な太腿。綺麗に結い上げた艶やかな黒髪を飾る金の簪と、しなやかに動く細い手首に幾重にも通した金の腕輪が、涼やかな音を立てながら、陽の光を受けてきらきらと輝いている。

 陶然と歌う女の薔薇色の頬も、熟れた果実のような紅い唇も、昼下がりの広場で見るには、眩暈がするほど扇情的な光景だが、長い睫毛に縁取られた挑むように燃える黒い瞳は、近寄りがたいほどの気品を湛えていた。

「綺麗……お姫様みたい」

 うっとりと見入るベニカの声にはっと我に返ると、曲が終わったのか、湧き上がる拍手と歓声と指笛に答えて立ち上がった女が、艶然たる微笑を浮かべながら、深々と頭を下げたところだった。

「お集まりの皆様……」

 女が艶のある声を張り上げると、聴衆は拍手を止めて聞き入る。

「お集まりの皆様、夢屋のロナで御座います。富貴の夢、英雄の夢、美女の夢は如何でしょうか。夢屋のロナが自在に見せて進ぜましょう。夢をお望みの方は、今宵、フーシェの宿へお越し下さいませ」

 聴衆は口上を聞くと互いに宿の場所を確認し、女に必ず行くことを口々に約束すると、興奮冷めやらぬ様子でいそいそと街の雑踏に紛れて行った。

「夢屋って何だ?」

 取り巻きを何人も引き連れて立ち去る女の後姿を見送りながら呟くと、奴も知らないと言う。吹き溜まりの街だけあって色んな商売があるもんだ。

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