石使いランジャ   作:桜城静夜

20 / 39
4-6

「何で薬屋のお嬢が夢屋なんてやってるんだ?」

 停車場で休んでいる時、聞くとも無しに聞いてみると、以外にも素直に「人探し」と答えが返って来た。

 てっきり、「あなたには関係ないでしょ」とでも突っぱねられるかと思ってただけに、少々拍子抜けだ。

「私は店を持たないの。その代わり辺境各国を巡って、時々夢屋をやりながら妹を捜してるのよ」

「妹ねぇ……」

「十年前の戦のときから行方不明なの。当時を知っていそうな騎士や兵士を見付けては聞いてみるけど、古い情報だけに中々手掛かりは得られないわ」

「で、薬を使って喋らせようってか」

 奴が皮肉交じりに混ぜっ返すと、彼女は不機嫌そうにぷいっと横を向く。

「半分腹いせもあるわ。薬酒に入れてる天蠍水焔晶には中毒性があるから、少し薬効を強めただけで毎日来るようになる。

 その後、それを抜いた薬酒を飲ませれば、反動で悪夢になるだけ。簡単よ。中には私の評判を聞きつけて、わざわざ邸にまで招き入れる馬鹿な貴族もいるわ」

「あの盆暗王子はそれにやられたのか。可哀相になぁ」

 言葉とは裏腹に、奴の口調は明らかに面白がってる。

「騎士も嫌いだけど、金や権力で思い通りになると思ってる奴も嫌い」

「で、今まで何人殺したんだ?」

「お生憎だけど、『雷神の御子』にだけは言われたくないわね」

 少々棘のある言い方で聞いてやると、彼女はムキになって嫌味たっぷりに反論するが、ふと視線を逸らすと居心地悪そうにしながら、

「この前のは、その……悪かったと思ってるわよ」

 と、言い辛そうにもごもご呟いた。これで謝ったつもりなんだろうか。まったく気位が高いにも程がある。

「あんなところにバルナタートの騎士がいるわけなんて無いのに……。どうかしてたわ。あなたたちが変な事言うからよ」

「何でバルナタートなんだ? セブランは恨まないのか?」

「信じていたものに裏切られた事の方が恨みは深いわ。それにセブラン軍への報復は父が……」

 彼女はそこまで言ってふと口を噤むと、硬い表情のまま、「何でもないわ。先を急ぎましょ」と言って立ち上がる。

 そんな彼女を見て、奴は何故かにやりと笑うと、

「こいつはひょっとすると面白ぇ物が見られるかもな」

 と呟いた。

 

 

 

 セブランとの国境にある検問所は、ロアルデ以上の警戒振りだった。

 警備兵も、彼女が示す薬師の手形だけでは納得せず、用心棒の片割れである俺が、神族の石読みだということを訝しんでいる様だったが、彼女が襟元を広めに開けてしなだれかかり、

「兵隊さんがご存知になりたいのは、そんなことじゃありませんでしょう?」

 なんぞと言いながら妖艶に微笑むと、一転してあっさり通したのには正直言って呆れた。

 検問所を抜けた後、振り返って「チョロいもんだわ」と呟いた彼女を見て、奴は笑いを堪えるのに必死だったようだけど。

 国境の丘陵地帯を越えると、地平線まで延々と続く薬草畑に出た。白や黄色や紫色の小花に敷き詰められた平原を、陽炎の立つ街道が真っ直ぐ貫いている。

 時折、麦畑や果樹園も見掛けはするものの、吹き曝しの強い風に乗って叩き付ける花の香りは、頭痛がしそうなほど濃厚で、宿場街の宿に入る頃には、殆ど嗅覚が麻痺しているような状態だった。

「あれも全部、ナクルタツリから略奪した種よ」

 夕食のテーブルに出された料理の皿から、フォークでいちいち薬草をより分けては、「これもそう、これも、これも」と、不機嫌そうにやっていた彼女が、今度はそのフォークで窓の外の薄闇に浮かぶ畑を指差すと、呆れた口調で言った。

「でも、水も土も違うから全然別物ね。こんなの薬草じゃないわ」

「確かに、セブランの薬は二級品って話はよく聞くな」

 何でもかんでも薬草臭い気がして食った気がしない上に、どうにか流し込んだ酒まで薬草臭くてげんなりしてる俺をよそに、奴はアルコールなら何でもいいのか、二本目の瓶の封を切りながら彼女のぼやきに答える。

「だが、ナクルタツリの薬なんざ、今となっちゃ幻の秘薬扱いだ。平民はセブランの薬草を買う以外にないだろ?」

「そうね。こんな物でも独占できればいい儲けになるわ。中には薬種を精製する技術もないのに、薬師を名乗るような輩もいるそうだし」

 言われてみれば、街の入り口にあった薬屋の店先に並んでいたものは、全て収穫した薬草を乾燥させただけの代物だったけど、彼女が持っている色とりどりの薬瓶の中身は、全て精油や結晶に精製された物ばかりだ。

 そういった技術は、戦禍に遭っても奪われずに済んだということなのだろうけど、一体どうやって守ったんだろう。

「そう言えばあなたたちって、どうして薬が効かなかったの?」

 奴が注いだ薬臭い酒の杯を弄りながら、彼女はついでのように訊く。

「ランジャは神族だから、何となく効かなくても仕方ないと思うけど、ディエシーは普通の人間でしょ?」

「何だよ、それじゃ俺が人間じゃないみたいじゃねぇか」

 俺が不機嫌に噛み付くと、彼女は一瞬きょとんとした顔になったが、すぐにいつもの皮肉交じりの生意気な微笑を浮かべて見せた。

「そうね。ランジャって変よ。神族らしくない」

「どういう意味だよ」

「何て言うか……見た目はそれこそ神様か精霊みたいに綺麗なのに、中身はどこにでもいる普通の男なんだもの。

 ガサツだし子供っぽいし、ぶっきらぼうで言葉使いだってそんなだし。神族って、もっと超然と取り澄まして、近寄りがたい種族なのかと思ってたから、何か意外だわ」

「普通で悪うござんしたね」

「何よ、褒めてるのに怒ることないじゃない。あなたサリミロでもそんなだったの?」

「どこが褒めてんだよ。サリミロなんて知らねぇよ」

「神都も知らないなんて、あなた神族なのにサリミロ生まれじゃないの?」

「俺は……」

 言い掛けてふと気付くと、ディエシーの奴が杯片手ににやにやしながら、俺たちのやり取りを眺めてる事に気が付いた。

「何だおい、もう終わりか?」

 奴にからかう様な口調で言われると、彼女は何故か耳まで真っ赤になったかと思うと唐突に席を立ち、やけに棘のある言い方で「お休みなさい」と言うと、ぷいっとそっぽを向くなりさっさと二階へ上がって行ってしまった。

 

 

 

 宿場街を出て暫く行くと、分岐点に出くわしたが、彼女は迷うことなく北へ向かった。

 てっきり城下へ向かうものだとばかり思ってた俺は、少々戸惑ったが、事情が事情なので大人しく従うしかない。

 先へ進むにつれて、整然と広がっていた薬草畑は徐々に荒地に変わり、人の往来も少なくなる一方で、途中に立ち寄る停車場も、廃駅ばかりになって来た。

 たまたま主人のいた店でも、「お客さん方、本当にこの先行きなさるんですか」なんぞとと訊かれる始末だ。

「この先のルラトイ山に入ったら、もうナクルタツリですよ。そこでは先の戦で使われた毒が、まだ消えずに残っていると言う噂です。それが死の霧になって立ち込めてるそうですよ」

「死の霧?」

 眉をひそめて語る主人の噂話に、奴が俄然興味を示す。

「恐ろしい幻を見るそうです。その幻に追われて足を踏み外し、谷底へ落ちてしまうそうですよ。

 当時参戦した騎士や兵隊の中には、たとえ五体満足で帰国しても、幻覚に襲われて自ら命を絶つものも多かったそうですから、きっとその時の毒がまだ残っているのでしょう」

「へぇ。そりゃ怖ぇな」

「今やあそこは死の国です。近付かない方がようございますよ」

 茶化すように軽い調子で言う奴を、彼は穏やかに窘める。

「あの戦も……多くの命を費やしたところで、得られたものはごく僅かでした。陛下のお考えは私どもには判りませんがね」

 彼は独り言の様にそれだけ言うと、軽く頭を下げて店の仕事に戻って行った。

 それにしても、一般の兵士はともかく、強靭な精神力が求められる騎士にすら死を選ばせるとは、一体どんな毒なんだろう。

「ごく僅かですって……? 全てを奪っておいて何て言い草かしら」

 主人の背中を射殺さんばかりの眼差しで睨み付け、苛立たしげに呟く彼女を、奴はまぁまぁと宥める。

「そう言えば、王族に伝わる秘伝の毒薬があるそうだな。セブランのジョセル王はそれが狙いだったと聞いたが」

「『蓮火晶』よ」

「ほぉ。さすがに薬師ともなればご存知か」

「師匠から話を聞いただけよ。当時私は子供だったもの。師匠のような大薬師や長老でも、調合したことは一度も無いそうだけど、奪おうとした毒にやられるなんて、セブラン軍も哀れなものね」

 彼女の口調は皮肉たっぷりだ。それにしても、その毒薬が、二人の王女と共に奪われたと言われる薬譜の正体なんだろうか。いつだったか、師匠とベニカがそんな話をしていたことがあったっけ。

「でも、最終的に薬譜を手に入れたのは、バルナタートだったんだろ?」

「噂ではそうらしいわね。でも奪ったところで、薬師でもない人間には何も作れやしない。奪いさえすれば自分の物になるなんて、考え違いもいいとこだわ」

 セブラン王もバルナタート王も、何故そこまでして件の薬譜を欲したのだろう。

 セブランにとっては、脅威を取り除くと言う意味もあったろうけど、そのセブランと争ってまで手に入れたバルナタート王の意図なんぞは、俺のような凡人には見当も付かない。

 

 

 

 日暮れ時に辿り着いた山麓の宿場街は、殆ど廃墟のような状態だった。

 近くを渓流が流れているらしく、不気味なほど静まり返った街中には、水音だけが響いている。

 街道を挟んで立ち並ぶ宿屋や商店の殆どが放棄され、すぐ傍まで迫る森の木々に、今にも飲み込まれそうなほど荒れ果てていた。

 彼女は通りの中程にある薬屋の前で立ち止まると、店先に馬を繋いで迷わず中へ入って行った。

 俺たちも彼女を追って入ったが、店内はがらんどうで、薬屋特有の大きな棚に並んでいる瓶も、全て空だった。カウンターやベンチもうっすらと埃を被っていて、どう見ても空き家にしか見えない。

「カシル! カシルはいる?」

 彼女の呼ぶ声に答える者は無い。が、もう一度呼ぼうとした時、階段を下りて来るゆっくりとした足音が聞こえて来た。彼女は急いでカウンターの中へ入ると、扉を開けて更に奥へと入って行く。

「お嬢様! お久しゅう御座います」

 奥から老人の声がした後、扉の向こうで声を潜めた会話が暫く続いていたが、程なくして戻って来た彼女に呼ばれた。

 奥へ入ると、店主らしい小柄な老人がいて、俺たちを見るなり「お嬢様をよろしくお願いします」と丁寧に頭を下げた。

「今日はもう遅う御座います。御立ちになるのでしたら、明日の朝になさいませ」

 彼はそう言って階段下にある扉を開けると、俺たちに中へ入るように促した。

 ランタンの灯を頼りに薄暗い石段を下りると、地下は空の木箱や空き瓶が散乱していた。嘗ては倉庫として使われていた様だ。

 彼女は慣れた様子で最奥部の棚へ向かうと、しゃがみこんで一番下の棚板を撫で回していたが、程なくして微かにカチリと何かが外れる音を聞くと、棚は手前に大きく開き、そこに現れた出入り口の向こうに隠し部屋が見えた。

 ランタンを消して中へ入る彼女に続くと、渓流の音がすぐ近くから聞こえて来た。天井付近に開けられた明り取りの窓から、月の光が差し込んでくる。

 彼女は棚を元に戻して扉を閉めると、明り取りも閉めて真っ暗になった事を確認してから、懐から出した火種で再び灯を点した。植物油の焼ける香ばしい匂いが仄かに立つ。

「今夜はここで一泊ね」

 薄暗い灯りに浮かび上がった室内は、先ほどの倉庫の半分ぐらいしかない狭さで、ランタンが置かれたテーブル以外何も置かれていなかった。一体何の為の部屋なんだろうか。

「本当の行き先はナクルタツリだな」

 奴の言葉に、彼女は一瞬、旅装を解く手を止めたが、「そうよ」と短く答えて荷物を片付けると、備え付けの毛布に包まって部屋の隅に蹲った。

「密入国か。何で正面から国境を越えない」

「今時ナクルタツリに行くのは薬師ぐらいしかいないわ。薬種を持ってると思われれば山賊に狙われるし、跡をつけられて典薬寮の場所を知られるのも困る。特にセブランの兵士にはね」

「俺たちが喋らないとも限らんぜ」

 俺が茶化すように言ってやると、彼女は射る様な視線を向け、感情を押し殺して答えた。

「その時は殺すわ。私が殺さなくても、他の薬師が必ず見つけ出して殺す」

「よく言うぜ。薬屋のお嬢様風情が」

「これだけは別よ。典薬寮だけは守らなきゃならないの。あそこを失ったら……ナクルタツリは本当に滅んでしまう」

「だったら無闇に敵を作らないこったな」

 ふと弱気になった彼女に、奴は妙に説教臭い口調で言うと、いつものように雑嚢からスキットルを取り出し、一口あおる。

「たかが腹いせ如きで、兵隊や貴族に一服盛るのも大概にしとけ。危なっかしくて気が気じゃねぇや」

 彼女はやけに神妙な顔で大人しく奴の言葉を聴いていたが、ふと抱えた膝に顔をうずめると、くぐもった声で「判ったわ」と答えた。

 確かに、今回こんな所まで来る羽目になったのも、原因の一端は彼女にもある。奴の説教を聞き入れたところを見ると、多少は自覚があるんだろう。

 そんなことを思いながら、俺は奴が勧めるままにスキットルを受け取ったが、一口含んで薬草臭さに思わず吐きそうになった。奴は一体これのどこが気に入ったんだ?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。