石使いランジャ   作:桜城静夜

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その6.枢機卿の指輪について
6-1


 結局、マグノリエ城下に帰って来たのは、あれから丸々一ヵ月経った後だった。

 ロナが山ほど持ち帰った薬種に、店主は驚喜して何かお礼をと申し出たが、彼女はそんなのは後回しとばかりに聞き流すと、俺たちを引き連れて勝手に店の奥へ入って行った。

 ベニカは二階の風通しのいい部屋で、フラム老師に見守られながら眠り続けていた。さすがに少し痩せたようだが、老師の看病のお蔭で顔色は良いようだ。

 俺たちが入って行くと、彼は「お嬢様!」と大声で呼びながら椅子を立ったが、

「お説教は後で。治療が先よ」

 と止められると、渋々ながら引き下がり、俺たちに丁寧な会釈をすると、階下へ降りて行った。

 彼女は窓際のテーブルに、天秤だの乳鉢だの色とりどりの薬瓶だのを並べると、一つ一つ指差呼称で確認し、「よし」と呟くと腕まくりして椅子に腰掛け、徐に調合を始めた。

 ナクルタツリからの帰り道はわりと順調だったが、行く先々で妙な噂を耳にした。

 何でも、ルラトイ山中に変事が起きたそうで、タチの悪い山賊どもが、火の気の無い筈の岩場で、馬ごとまとめて焼け死んでいたそうだ。

 人によって噂話は魔物の仕業だったり、先王の呪いだったりしたけど、概ね『雷神の御子』の仕業ということになっていた。

 山を降り、セブランの宿場に着く頃には、話は更に大きくなっていて、俺たちに上機嫌で絡んで来た酔っ払いによれば、ナクルタツリの生き残りが『雷神の御子』を手に入れて、近く報復のためにセブランへ攻め込む算段をしてるに違いないのだそうだ。

 被害妄想もいいとこだと思ったが、ディエシーなんぞは面白がって、「そいつは剛毅だな」などと茶々を入れる始末だ。

「で、その『雷神の御子』ってのは、どんな奴なんだ?」

「お、俺が、聞いた話では、な、な」

 奴が話をせっつきながら、自分と同じペースで飲ませるものだから、酔っ払いは既に呂律が回っていない状態だ。

「何でも、な、石読みだか、石使いだかの、か、格好、してる、若造らしい」

 どうやら思ったより正確に伝わってるようだ。酔っ払いは俺たちを飲み仲間と認識したのか、こっちのテーブルに陣取ったまま、ご機嫌で話を続ける。

「それと、な、神族の、な、二枚目、らしい。おー、兄ちゃん、あんたも石読みかー。髪も肌も白くって赤い目、丸で神族みたいだ。まさか、あんたじゃ、ないだろ、な、な」

「『雷神の御子』様が、こんな田舎の安宿で安酒喰らって、酔っ払い相手に管巻いてる訳ねぇだろ?」

 唐突にこっちへ絡んで来た男に面食らいつつも、半ば呆れた口調で言ってやると、「そー言ゃそーだ」と納得したらしく、俺と顔を見合わせると二人でげらげら笑い合った。

 今思えば一体何が可笑しかったのやら。まぁ、俺も酔っ払ってたしな。

 それにしても、どんどん実態から乖離して行く噂話が、この調子でどこまでも拡散して行くのかと思うと、少々憂鬱だ。

 俺を餌に、旧主の仇敵を釣り上げようとしている奴にしてみれば、噂が広まるのは好都合なのかもしれないけど。

 思わず溜息をついた俺の顔を、退屈そうに彼女の作業を眺めていた奴が、「どうしたよ?」と覗き込む。

「いや、ちょっと。釣り餌の気持ちが判った気がして……」

 と答えると、奴は「何だそりゃ」と言って笑った。

「そう言や、トルフィニ師の話を聞いて、思い出したことがあったんだが……」

 ふと真顔になった奴を、今度は俺が覗き込むと、作業に集中してる彼女を気遣ってか、小声で話を続けた。

「ナクルタツリ滅亡の後、セブランの侵攻について詮議があったんだ」

「ほぉ」

「あの戦はナクルタツリの叛意に対する防衛戦か、それとも当時はまだ王太子だったジョセル王の私兵による侵略か……。

 防衛戦であれば聖下から勅書が出される筈なんだが、実は贋物じゃないかと噂になってたんだ。

 勅書自体は、王太子が詮議の場に持って臨んだから、モノはあるにはあるんだが、聖下の御親筆じゃなくて、祭司長の代筆だったことが問題になったらしい。

 当然、俺も陛下の護衛で神都に出張ってたんだが、陛下も『何かおかしい』と仰ってた。

 本来なら、聖下が七賢者を経て受けた神託を以って、全てが決定される筈なのに、その手続きを全部すっ飛ばして、いきなり祭司長が代筆なんてのは前代未聞だ、と。

 だが俺は当時、この手の話に興味が持てなくてな。なにやら偉いさんが揉めてるぐらいにしか思わなかったんだ」

「神託ねぇ……。不老不死の技術だの上位権限の鍵だのと、神都はアルコロジー顔負けの、高度な文明を誇ってるのかと思ってたけど、政治体制は随分オカルトなんだな」

「それなんだが、七賢者てのが元老院みたいなインテリ爺ィの寄り合いじゃなくて、何てぇか、女皇だけがアクセス権を持っている、DSSみたいなものって考えれば合点がいかねぇか? トルフィニ師の口振りじゃ、恐らくは聖下も、大師と同位の権限を持ってた筈だろうから」

「そういえば女皇はソロ系って話だったな。だけど、その権限が使えないとしたら?  大師は『鍵を持てなくなった聖下の控』なんだろ?」

「それョ」

 奴はそう言って俺の鼻先に人差し指を突きつけると、にやりと笑って見せる。

「大師の言うには、他に『控の鍵』を持ってるのは神官だそうじゃねぇか。そいつが聖下の威を借りて、何事かを企んだって可能性も無きにしも非ずだ。ひょっとするとセブランはハメられたんじゃねぇかな。誰が何のためにハメたのかは、まだ判んねえけど」

 奴が「獲物の尻尾ぐらいは見えてきやがったかな」と呟いた時だ。彼女が「出来たわ」と言いながら椅子を立ち、手にした乳鉢を、得意げな顔で俺たちに差し出して見せた。

 覗き込んで見ると、出来上がった薬は手間が掛かったわりに、底の方にスプーン一杯程の透明な液体が入っているだけだった。

「これだけ?」

「そうよ」

 なんだか拍子抜けして思わず声に出して訊くと、彼女は当たり前でしょと言わんばかりの口調で答えながら、薬を手にベニカの眠るベッドに腰掛け、スプーンで乳鉢の底を浚うと、ゆっくり、静かに飲ませた。

 全員で固唾を呑んで見守っていると、程なくしてぼんやりと瞼を開き、ロナが頬に優しく手を当てると、寝惚け眼で彼女を見上げた。

 どうやら薬は無事効いたらしい。思わず、ディエシー共々安堵の溜息が出る。

「お早う。おちびさん」

「……夢屋の……お姉さん?」

「そうよ。ロナでいいわ。気分はどう?」

「何だかふわふわする……いい気持ち」

 ベニカはそう言うと、再び瞼を閉じそうになったが、はっと目を覚ますと、俺とディエシーの顔を交互に見上げ、慌てて起き上がろうとしたところを、ロナに優しく止められた。

「ランジャ様ぁ……」

 不安そうに呼ぶ彼女の声に、ロナはこちらを振り返って立ち上がり、にっと笑って席を譲る。

 そいつに片眉を上げて応え、彼女に代わってベッドに腰掛けると、俺に触れようと伸ばして来た小さな手を握った。

「ここ……どこなんですか? 何だか、力が入らないの……」

「薬屋だ。まだ無理しちゃ駄目だ。眠かったら寝てていいんだぞ」

「どうして……? 私、病気なんですか?」

 可哀想に。心配そうな顔で俺を見上げる姿が不憫でならない。

 さてこの質問に、犯人はどんな言い訳を聞かせてくれるのかと、少々非難がましい目でロナを振り返り、にやりと笑ってやると、彼女は俺に肩を竦めて見せてから、身を屈めてベニカの顔を覗き込んだ。

「ごめんなさいね。あなたにご馳走した林檎酒に、うっかり眠り薬を入れちゃって……。私たちが毒消しを取って来るまでの一ヶ月、あなたは眠り続ける羽目になっちゃったの。病気じゃないんだけど少し体が弱ってるから、元に戻るまでは無理しちゃ駄目よ」

「そうだったんですか……」

「で、お詫びと言っちゃなんだけど、さっきの薬には、将来美人になる薬種を入れておいたから」

「ほんとに?!」

「ええ」

「ロナみたいになれる?!」

「もちろん」

 念を押すような問いに、ロナが笑いを堪えつつ強く頷いて見せると、ベニカは何故か俺の顔をじっと見詰めた後、嬉しそうにえへへと笑った。

 いや、美人は兎も角として、あんな風な跳ねッ返りにはならんで欲しい。俺としては。

「夢屋のロナが用いまするは、これ全てナクルタツリの秘薬で御座います故。乞うご期待ってとこね」

 芝居掛かった大仰な口上の後、いたずらっぽく片目を瞑って見せたロナの言葉に、ベニカが目を丸くして俺たちを見上げる。

「ナクルタツリまで行って来たの?!」

「おーよ。お前さんの気付け薬は、そこに行かなきゃ手に入らねぇって言うもんだからよ」

「そうだったの……。ありがとう御座います陛……じゃなかった。ディエシー」

「よしよし。イイコだ」

 恥ずかしそうに言い直すベニカの頭を、奴は笑いながら大きな手でわしわし撫でる。

「早く元気になれよ。ランジャはなァ、ナクルタツリの嗣王にと請われたのに、そいつを蹴ってお前さんの元へ帰って来たんだぞ」

 少々大袈裟に語る奴の言葉を聞くと、ベニカは俺を泣きそうな顔で見上げ、「ランジャ様」と呟くなり唐突にしがみ付いて来た。

 抱き締めて背中を撫でてやると、痩せっぽちの小さな体なのに温かくて、しがみ付いてる小さな手が無性に愛おしかった。

 一ヶ月会わなかっただけなのに、彼女の匂いが妙に懐かしい。一時はどうなることかと思ったけれど、こうしてまた声が聞けて良かった。笑顔が見られて良かった。

「あーぁ、何だか妬けちゃうわ」

 仔猫の様に頬擦りをして来るベニカの髪を撫でてやっていると、背中で聞こえよがしにぼやくロナの声がしたが、振り返った時には既に彼女の姿は無く、階段を降りて行く軽やかな足音だけが聞こえた。

「おい、どこ行くんだよ!」

 慌てて呼び止めるディエシーの声に、彼女は階下から声を張り上げる。

「仕事よ! し・ご・と! 言ったでしょ? 妹を探すの!」

「もう行っちまうのかよ」

「どこかでまた遭えるわよ! じゃね! 狼さん」

 その一言を最後に彼女の声が聞こえなくなると、奴は「ったく」と呟きながら部屋へ戻って来た。

「ディエシーって狼さんなの? 『金狼ディエシー』だから?」

 不思議そうに見上げるベニカの視線に出会うと、奴は一瞬、面食らったような顔をしたが、意味ありげににやりと笑うと、「大人ンなりゃ判るよ」と答えた。

「何だか、『大人になったら』っていう事、多過ぎます」

 そう言って俯くと、生意気にも一丁前な溜息をついて見せる。

「大人にならないと結婚も出来ないし、石使いの叙任もしてもらえないし、お酒飲んでも眠くなっちゃうし、ロナの薬が効くのも大人になってからだし、それにディエシーが狼さんな訳が判るのも追加されちゃったら、待ちくたびれて死んじゃいそう」

 指折り数えながらそう言うと、彼女は困ったような顔で俺を見上げた。

「あと五年もあるの。大人になるまで」

 聞く所によると、この世界では、貴族の男子が一人前の騎士として認定され、叙任を受けるのが平均十七歳とかで、平民もそれに倣って十七歳で成人てことにしているらしい。女子はそれに準じて十五歳で成人なんだそうだ。

「いや、そんなに急いで大人になんかならんでいいから。少し寝ろ。一杯喋って疲れただろ?」

「ランジャ様、私が大人になるまで待っててくれる?」

 何のことやら判らないが、取り敢えず頷いて見せると、安心したのか毛布に潜り込んで目を瞑り、すぐに寝入った。

 後ろで奴がくすくす笑ってるのに気付いて振り返ると、「何だよ」と言いつつベッドを離れる。

「いや可愛いなぁと思って。ありゃ本気でお前と結婚する気だぞ」

「まさか。小さな女の子がよく言う、『パパのお嫁さんになってあげる』ってぇ奴の一種だろ。俺は親父さんの代わりみたいなもんなんだから」

「あぁ、それも見モノだな。五年後にこの娘が、知らねぇ若造連れてお前ンとこに来るわけだ。『お嬢さんを下さい』つってな」

「何でだよ。駄目だそんなの」

「親父代わりってのはそういうことだろ? 第一お前さん、五年後もこの世界にいるつもりなのか?」

 からかうような口調で面白そうに言う奴の言葉に、はっと気付いた。

 そうだ。俺は管理局の連絡員なんだ。この五年で仕事を終わらせてアルコロジーに帰らなきゃならない。知らない間に、すっかりこの世界に馴染んでしまっていた。

「まぁ、帰りたくなきゃ帰らんでもいいんじゃね? 罰則があるわけでも無し。向こうも必要ならまた新しい奴よこすだろ」

 今更ながら愕然としている俺に、奴が軽い調子で言った時だ。階段を上がって来るゆっくりとした足音を振り返ると、開け放たれた扉からフラム老師が顔を出した。

「お嬢様に逃げられてしまいましてね。説教の一つもせねばならんと思っていたのですが」

 彼はそう言うと、「してやられましたヮ」と白髪頭を叩いてからからと笑った。

「ベニカさんは如何ですか?」

「御蔭さんで、もう大丈夫です。ありがとう御座いました。すっかり世話になっちまって申し訳ない」

「いやいやこちらこそ、私どものお嬢様が大変なご迷惑をお掛けしまして……」

 言いながら丁寧に頭を下げると、彼は静かにベッドへ歩み寄り、幸せそうな顔で眠るベニカを覗き込んで、ふっと優しく微笑んだ。

「お嬢様が幼かった頃を思い出します。大人しい妹君と違ってお転婆でしたから、よく無茶をしては熱を出して寝込んでおられましたよ」

 穏やかな声で笑いながら言い、彼女の前髪を皺深い指先でそっと直すと、彼は誰に言うとも無く呟く。

「まだ世の中には、戦の残り火が燻っております故、我らが姫様は、もう暫く行方知れずのままがよう御座いましょう」

 なるほど。長老たちは何かを知ってはいるものの、王女たちを護るために、目下情報封鎖中と言ったところか。果たしてロナの奴は、彼らの忠義にいつ気付くやら。

「ベニカさんが歩けるようになるまで、もう少しお預かりしたいのですが、何分にも倅の店は手狭で御座いまして……。そこで、お二方にとフーシェの宿に部屋を取りましたので、そちらをお使い頂きたいのですが、如何に御座いましょうか」

「え? いいんすか? 何か却って悪い気がするけど」

 申し出は有り難いが、随分な厚遇に、思わず二人で怪訝顔を見交わすと、彼は笑って頷いた。

「どうぞご遠慮なく。お嬢様が仕入れて下さった薬種が、珍しい秘薬ばかりだったとかで、倅が何としてもお礼をしたいそうなので」

 あの跳ねッ返り娘……。恐らく今頃トルフィニ師はお冠に違いない。次に帰るときには、一体どんな顔して帰るつもりやら。

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