石使いランジャ   作:桜城静夜

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 食事が終わる頃、店主がやってきて部屋の準備が整ったことを告げると、俺たちは彼女と共に二階へ移動した。

「さぁて、作戦会議だ」

 奴は雑嚢片手に部屋へ入って来ると、後ろ手に扉を閉めながらにやりと笑って小声で言う。

「一体何をやるって?」

 二つ置いてあるベッドに、俺と彼女がそれぞれ腰掛けると、奴は窓際のテーブルに陣取った。

「ルクレシアを身請けするのさ。客はロアルデ王家。彼女に爵位を与えて城下で保護するんだ。当然、お前さんにも協力してもらう」

「はぁ?!」

 あまりにも突拍子が無くて二の句が告げない。もう何から質問していいのか判らなくて混乱して来た。

「実は、彼女はユグレー祭司長の娘なんだ。十年前の、例の勅書を代筆した祭司長だ。云わばあの戦の、神都での生き証人の一人って訳さ」

「えぇ? 本当かよ。よく判ったな、そんな事」

「ま、身の上話なんてのは寝物語の定番だからな」

 奴がそう言って片目を瞑って見せると、彼女は口元に微笑を浮かべつつも、白い頬を朱に染め、恥ずかしそうに目を伏せた。

「何でも親父さんは、セブランの詮議の直前になって失脚させられたらしい。表向きには不祥事の引責辞任て事になってるそうだが……」

「えぇ。父は無実です。奸計によって宮廷を追われたのです」

 か細い声ながらも決然とした口調で言うと、彼女は徐に髪に挿した簪を抜いた。はらりと解けた長い髪の中から、白い掌に小さな光る物が転がり出る。

 彼女が奴に差し出したそれは、贅沢な造りの男物の指輪だった。

「証拠の品です。ディエシー様にならお見せ出来ると思い、持って参りました」

「ほぉ、こいつは枢機卿の指輪だな」

 奴は彼女の掌から摘み上げた指輪を弄繰り回すと、台の裏に目を留め、彫られた文字を声に出して読む。

「ヴィスロ……ヴィスロ枢機卿か。あぁ、名前は知ってる。確か、金で官位を買った下郎だとかいう噂だ」

 件の官位は、神事に携わる神官どもの補佐と共に、この世界を統べる神都の、実質的な執政官の役割を担うものらしい。

 要は、同じ宮中にありながら、上位の神官の手を煩わさぬ為に設けられた、生臭い汚れ仕事専門の役職って事だ。

「父の敵です。彼は今でもその指輪を探していると聞きました。彼が奸計の場に残した唯一の証拠にて」

「なるほどな。で、その奸計ってのは?」

 その質問に彼女は表情を凍らせると、そっと俯いて肩を震わせる。

「辛かったら、無理に話さなくてもいいんだぜ」

 奴は優しい口調で言うが、彼女は俯いたまま首を振ると、「いいえ、大丈夫です」と、気丈にも静かに顔を上げた。

「私は、ユグレー夫妻に巫女として養育されるため、神界より託されました。ランジャ様ならご存知かと思いますが、夫妻はお二方とも神族でいらしたのでお子がありません。故に、聖下の御下命により、神族の子を神官や巫女に養育なさっていたようです。

 夫妻の元で教育を受けた神官は、いずれも優秀な方にて、その功績もあって聖下より祭司長の位を賜ったと伺いました」

 俺は神都の事情なんぞこれっぽっちも知っちゃいないんだが、話が長くなりそうなので、取り敢えずは黙って聞くことにする。

「私が十三歳になった折の事。当時はまだ成人の儀を迎えてはおりませなんだので、昇殿を許される身では御座いませんでしたが、行儀見習いとしての推薦を賜る幸運を得ました。

 夫妻も私の成長を喜んで下さり、私もまた聖下にお仕えする日を夢見ておりました。

 でも、それから間もなく……あれは確か、セブランの詮議が開かれる事が決まった日の夜でした。夫妻がご不在の折に、かの枢機卿が邸を訪ねて参りました。

 夫妻のお帰りは遅くなると告げたのですが、彼は重要な話があるので待たせてもらいたいと居座り、その間、私に邸の案内を乞うて来ました。そしてその途中、養父の寝室の前を通りかかった時、中に引き入れられて……」

 彼女はそこまで言うと言葉を詰まらせ、再び俯くと肩を震わせた。奴は黙って歩み寄ると彼女の隣に腰掛け、宥めるようにその震える肩を抱き寄せる。酷ェ話だ。十三歳なんて、まだ子供じゃないか。

「……この指輪は、抵抗したときにあの男の指から抜いたものです」

 奴が手にした指輪を受け取ると、彼女は自分の膝に置かれた奴の手を取り、その武張ったゴツい指にそっと嵌めた。

「穢れた身となってしまった以上、巫女として参内することは叶わなくなりましたが、夫妻は何があっても私を護ると誓って下さいました。

 枢機卿の罪は必ず追求する。指輪はその有力な証拠だから肌身離さずおくようにと。ですが、枢機卿の目的は私ではありませんでした。

 次の日から、宮廷には養父に関する良からぬ噂が立ち始めたのです。曰く、『ユグレー祭司長が巫女である養女を穢した』と。

 神界から託された娘を穢すは即ち、神界を冒涜するに等しいとして、養父は宮廷を追われました。そして、私が静養の名目で夫妻の師兄の邸に預けられてすぐ、彼らは何者かに毒殺されたのです。

 表向きには汚名に耐え兼ねての自害とされましたが、無実である彼らが、死を選ぶ理由がどこにありましょう。

 それに、使用人も同じ日に毒殺されております。醜聞は彼女から宮廷に齎されたと聞きました。恐らく枢機卿に買収されたか、彼の手の者だったので御座いましょう。これは明らかに口封じではありませんか」

 彼女の血を吐くような告白は、最後は涙声になって途切れ、奴が「畜生」と呟くと、膝の上に重ねたか細い手に幾つも涙が滴り落ちた。

 恐らく養父母は謀殺の危機を察して、彼女を師兄の元に避難させたのだろう。

「それにしても、直前になって引き摺り下ろすなんて、臭うなんてもんじゃないな」

「あぁ、実にお粗末だ。詮議の席で、祭司長に証言されると拙い奴がいたってことだろう。何しろ辺境諸侯はヤル気満々だったから」

「確かに、勅書を捏造されて、それを根拠にいちいち戦を仕掛けられちゃたまんねぇよな。明日は我が身ってか」

「そういうこと。実際、詮議は祭司長不在のまま、五人の司祭を代理に立てて行われてる。もっとも、辺境王たちもそれで納得するようなタマじゃねぇから、紛糾しまくったよ。ウチの陛下はその急先鋒だったのさ。人一倍カタい御仁だったからな」

「なるほど。あんたンとこの件と繋がりそうだ。それで彼女を保護したい。と」

「まぁな。例え空振りだったとしても、美女に頼られりゃ否とは言えない性分なんでね」

 奴はそう言うと、腕の中から縋るような眼差しで見上げる彼女に、にやっと笑って見せる。

「あともう一つ。ユグレー祭司長の後任、誰だと思う」

 思わせ振りな奴の物言いに、胸の奥がざわつく。

「まさか……ソーセン?」

 探るような口調で言うと奴は大きく頷いたが、言葉を継ごうとする俺を、口の端に意味深な笑みを浮かべて制した。

「いや、枢機卿の背後に奴がいるという確証は、今のところは残念ながら無ぇよ。あくまで可能性の一つに過ぎん。

 何せ奴さん、就任早々バルナタートへとんずらだ。策を弄した上に死人まで出して手に入れた地位ならば、もっと固執してもおかしくは無い筈だろ?」

 またしても行き詰まりか。つくづくソーセンの考えってのは判らない。

「で、まずは倅に連絡取らにゃならんわけだが……」

 言いながら立ち上がると、奴は窓際のテーブルの上に放り出していた雑嚢から、紙の束を引っ張り出し、俺に手渡した。

 が、黙って受け取ったはいいがこれは何だ? 上質な紙ではあるけど淡い桃色に染められていて、四隅には可愛らしい小花が多色刷りで印刷されてる。

 この世界の物にしちゃ、随分と贅沢な意匠だとは思うけど、どう見ても女子供が使うような便箋にしか見えない。

「何これ?」

「ベニカに手紙を書いて貰ってくれ。向こう出てからこっち、音沙汰無しじゃケルデンも心配するだろ?」

「それはいいけど、彼女の救出と一体何の関係があるんだ?」

「偽装さ。男文字の手紙を早馬で出したりすりゃ、検閲で内容を暴かれる可能性も無くは無い。下手すりゃ枢機卿に、彼女の居場所を知られる恐れもある。だが、少女の恩師宛の手紙なら、いちいち開けたりせんだろ?」

 そういえば、国境の検問所では、ベニカが持っていた手紙は親方の署名を確認しただけで、中身を検められることは無かったっけ。

 彼女に書かせた手紙に奴の手紙を紛れ込ませれば、親方経由で城に届くって寸法だな。多少時間は掛かっても、こちらの方が安全で確実かもしれない。

「ところでこれ、あんたが選んだのか?」

「おーよ。可愛いだろう」

 常日頃から女にマメなだけあって、こういう細かいところまでよく気が回るよな。根っからの面倒臭がりな俺には、到底無理な芸当だ。

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