石使いランジャ   作:桜城静夜

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 御多聞に洩れず、ディエシーの選んだ便箋は、ベニカにも大好評だった。

 彼女はそいつを受け取ると、二階の窓際のテーブルで、早速手紙を書き始めるが、俺が覗き込むと、いたずらっぽい笑顔で「見ちゃ駄目です」と言いながら両手で隠す。

 仕方が無いので、書き終えたら持って来るように言って、階下で待つことにした。

 いつも彼女が俺を待ってる店先の椅子に腰掛けて通りを眺めていると、通りすがりの自称騎士団どもが挨拶して行く。

 恐らく連中は今日も神殿へ行くのを楽しみにしてるんだろう。

「ルクレシアは、何だってあんなになっちまったんだ?」

 誰に言うともなしに呟いた俺の言葉に、タリス店長は、「堕胎薬ですよ」と遣り切れない口調で答えた。

「何でも、去年の春頃に客の子を孕んだらしいんですが、女将が使ったのがセブランの偽薬だったそうです。

 私はそんなもの使って何かあったらどうするんだ。ウチのを使えと言ったんですが、逆に守銭奴呼ばわりされましたよ。まったくどっちが守銭奴だか……。

 可哀想に、きっと苦しんだでしょうね。聞いた話じゃ部屋が血の海だったそうです」

「酷ぇ……」

「セブランの薬は、使ってる薬種も調合も滅茶苦茶なんですよ。多分、偽薬師が見よう見まねで作ってるんでしょうね。

 あんなのは薬じゃない。まじないの類ですよ。命があっただけでも儲け物だ。あの様子じゃ長くは持たないんじゃないですかね……」

「あんたンとこの薬で何とかならねぇの?」

「あそこまで弱っちまったら難しいですねぇ。まぁ、治せない事は無いでしょうけど、それこそ最盛期の彼女を身請けするくらいの大金が掛かりますよ」

「そうなのか……」

 ディエシーはこの事を知ってるんだろうか。無事保護できたとしても、今の彼女の健康状態じゃ、ロアルデ行きだって覚束ないだろう。

 もっとも、知ってれば知ってたで奴の事だ。国庫をひっくり返してでも治してやるとか言ってのけるんだろうけど。

 階段を降りて来る音を振り返ると、店の奥からベニカが出て来た。彼女は嬉しそうな顔で俺に駆け寄ると、「出来ました」と言いながら、便箋と同じ柄の封筒を差し出す。随分分厚いけど一体何が書いてあるのやら。

 中を見ようとして封筒を開けると、「見ちゃ駄目です」と慌てて取り上げられてしまった。思わず店長と顔を見合わせて苦笑する。

「何で」

「恥ずかしいです」

「へぇ。恥ずかしいこと書いてあるんだ」

 からかい半分に言ってやると、真っ赤になって「違いますぅ!」と必死で否定するのが面白い。だったら何だってそう必死に隠すんだ。俺に読まれて困るような事なんて無いだろうに。

「判った。見ない」

 何だか泣きそうな顔で俺を見上げる様子に根負けしても、彼女は封筒を後ろ手に隠したまま何度も念を押す。

「絶対ですよ。絶っ対、絶っっっ対見ないで下さい」

「判った判った」

 苦笑交じりの俺の言葉に、彼女が渋々差し出す封筒を、そのまま大人しく懐へ入れると、安心したのか漸く笑顔に戻り、俺の手を引くと、いつものように広場への散歩をねだった。

 

 

 

 陽が傾く頃に神殿の前を通りかかると、ルクレシアが来ていて少年たちと談笑していた。

 彼女は俺に気付くと立ち上がって丁寧に頭を下げ、少年たちはベニカを見付けて駆け寄って来る。

 神殿の前は、精霊石を買い求める客でそこそこの賑わいだ。奥からは客の喧騒と、石使いが唱える術譜が微かに反響して聞こえて来る。

「ディエシーは?」

 訊きながら石段の彼女の隣に腰掛けると、彼女も静かに腰を下ろす。

「ここでの話をしましたら、『行って来い』と言って下さいましたので」

「そうか。ならいいんだけど。奴に振り回されてるんじゃないかと心配してたんだ」

 そう言ってやると、彼女は控えめながらも、うふふと嬉しそうに笑った。

「あの方は何も……。お店にいらしても、私には何もなさらないんです。私のお酌でお酒を御召しになりながら、ただ笑って話を聞いて下さるだけで……。

 疲れから、私がつい眠ってしまうと、起こさないようにそっとお帰りになる。あのようにお優しいお客様は初めてですわ。

 ディエシー様のお側にあるだけで、心が安らぎます。あの日から、心休まる日は御座いませなんだので……」

 儚げに微笑むと、石段の下ではしゃぐ少年たちを、慈母のような眼差しで見詰める。

 どうやら今日はベニカが彼らの先生役を買って出たらしい。矢継ぎ早に質問を浴びせる彼らに、ちょっと困ったような顔をしながらも、一つ一つ丁寧に答えている。

「何だってあんな所に……?」

 何気なく質問してから「しまった」と思った。あぁ俺って本当にガサツな野郎だ。訊かれたくないことだってあるだろうに……。

 だが彼女は、そんな俺の内心を見透かしたかのように優しく首を振ると、静かに話し始めた。

「あの事件の後、暫くは師兄のお邸に御世話になっておりましたが、一月ほどの後に賊に押し入られました。師兄夫妻は殺害され、邸には火を掛けられて……。

 当時は物取りとされていましたが、今思えば、これも枢機卿の手の者の仕業でしょう。

 私が師兄の知己へ使いに出されていた時の事でしたから、きっと、養父母と同様、危機を察して逃がして下さったものと存じます。

 その後も、様々な方に御世話になるのですが、皆一様に賊の手に掛けられてしまいました。

 枢機卿が指輪を探していることに気付いたのは、最後に御世話になった方が亡くなった時でした。

 未亡人となられた奥方に、指輪の在り処を厳しく問われました。ですが、奥方は頑として答えない私に業を煮やしたようで、指輪を持っていないのならお前に用は無い。知り合いに引き取ってもらうわ、と……。

 でも、私を迎えに来たのは奥方の知り合いではなく、女衒でした」

「酷ぇ。それじゃ丸で厄介払いだ」

 思わず呟くと、彼女はふっと寂しげに笑った。

「そう……厄介払いだったのでしょうね。私に関わった方々は、皆不幸に見舞われてしまいましたから。でも、この街に来てからは何事も無く静かな日々です。

 枢機卿も、まさか祭司長の娘が娼妓になっているとは思いも寄らないでしょう。

 お店の仕事は辛う御座いますが、ディエシー様のように優しくして下さる方もおいでですし……」

 こんな体にされたってのに静かな日々だなんて、今まで一体どれだけ酷い目に遭い続けて来たんだろう。それなのに、子供たちに向ける彼女の眼差しはどこまでも優しいのだ。

「あの方を、ディエシー様をお慕いしております」

 彼女はそう言うと、恥ずかしそうに目を伏せた。

「王様や将軍だと仰るのも、私を助けて下さると仰るのも、例え全部嘘だったとしてもいいのです。騙されているのならそれでもいい。私は最後まであの方をお慕いしていたいのです。私は……もう長くはないでしょうから」

 ほつれた髪やこけた頬には既に艶も無く、隈に縁取られた目は老婆のように淀んでいるのに、奴への思いを語るその一瞬だけは煌く様に美しく、彼女の本来の姿を垣間見たような気がした。

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