石使いランジャ   作:桜城静夜

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 痛め付けても無駄だと悟ったのか、今日のところは何もされないまま牢に戻されたが、何も無けりゃ無いで死ぬ程退屈だ。

 仕方ないので暇潰しに筋トレを始めたはいいが、〆の腕立て伏せが四十五回を数えたあたりで、近付いて来た複数の靴音に気を散らされた。

 やる気を削がれて、半ば不貞腐れ気味に湿った藁屑に寝転がると、靴音は俺のいる房の前で止まった。

 起き上がって鉄格子を振り向くと、ランタンを手にした毒蛇爺ィに連れられて、あの豚みたいな暗君と、金ブローチを付けたクロークの婆さんがこちらを覗き込んでいた。

「あの男だ」

 爺ィが掲げる、無駄に明るいランタンの灯を避けて手を翳すが、手枷の鎖が重い。

「陛下、どうかご勘弁下さいまし。私は金輪際、面倒事は御免蒙りとう御座います。ましてや『雷神の御子』だなんて……」

「まぁ、そう申すな。ロアルデの一件では、御主の失態を不問にしてやったではないか」

 渋る婆さんをよそに、豚暗君は上機嫌で言うと豚みたいな声を立てて笑った。ロアルデの件? この婆さん一体何をやったんだ?

「どうだエレイン。見覚えはないか?」

「えぇ、確かに……。大分前で御座いましたけど」

 爺ィの問いに、婆さんはさも面倒臭そうに答える。畜生、覚えてやがったか。ろくに顔も見ないまま追い返しやがるから、てっきり忘れてるかと思ってたのに。

「では石読みであることは確かなのだな?」

「えぇ。銀の翼刃章でしたから。連れていた少女も石読みでした」

「ほぅ。少女とな……」

 爺ィはそう呟くと、俺の顔を見て思わせ振りにほくそえみやがった。嫌な予感がして思わず鉄格子に飛び付く。

「待て爺ィ! 何をする気だ!!」

 俺の剣幕に三人は一瞬たじろいだが、蛇と豚は相変わらず気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべてやがる。

「これは良いことを聞きました。貴卿の御協力を賜るには、是非ともその御令嬢をお捜し申し上げねばなりませんね」

「あいつに何かしやがったら、只じゃ済まさねぇぞ!!」

「それは面白い。囚われの身で一体何をなさるおつもりですかな?」

 奴はそう言うと、あの引き攣ったような高笑いを残して去って行った。

 畜生! ベニカが危ないってのに一体どうすりゃいいんだ。腹立ち紛れに固めた拳を鉄格子に叩き付けても、手枷とぶつかって派手な音を立てるばかりでびくともしやがらねぇ。

 力が欲しい。切実に。今までそんなもの必要とせずとも暢気に生きて来れたのは、只単に幸運だっただけなんじゃないかとさえ思えて来る。

 非力な事務屋上がりが、力の象徴たる『雷神の御子』だなんて悪い冗談だ。俺が本物なら、はなっからこんな無様なことにはならなかったろうよ。

 何かを護るためには力が必要なんだ。そいつが国だろうと少女だろうと同じ。今更ながら力を欲しがる連中の気持ちが判った。

 俺を本物と信じて手に入れようとしてる奴らも、そんな思いに駆られているんだろうか。

 ルラトイ山で石の威力を目の当たりにした時、呆然と竦んでいたロナの顔が、瞼の裏に一瞬だけ浮かんで消えた。

 

 

 

 気付けばもう日暮れ時だ。ぼんやりと見詰める明り取りの光も傾いて、爛れたように赤味掛かっている。

 ベニカは無事だろうか。ディエシーは、ルクレシアは……。今頃みんな蛇の手下や城の奴らが捜し回ってるに違いないけど、じりじりしながら無事を祈るほかは、何も出来ない自分が不甲斐無かった。

 ふと影が差したような気がして顔を上げると、明り取りに嵌められた鉄格子に、何か取り付いていて光を遮っている。

 眩しさに手を翳しながら良く見ると、それは子供の頭だった。明り取りだと思ってたけど、どうやら地面と平行に開けられた通気口だったようだ。

「あ、居た!」

 叫ぶ声は少年のものだ。鉄格子の隙間に頭を突っ込んで覗き込んでる。子供の頭なら通るんだな。

「ランジャ様! 俺です、カロンです!」

 声を殺して叫ぶ影を見上げたまま立ち上がると、影は鉄格子から出した小さな手を一心に振った。

「よくここが判ったな」

「いや、捜したンすよ片っ端から!」

「大丈夫なのか? 衛兵に見付かるなよ」

「城なら度胸試しで何度も潜り込んでるけど、捕まったことなんか無ェよ」

 彼は得意げに言うと、へへと短く笑った。

「ディエシーさんから、ランジャ様が捕まったって聞いて、俺たち騎士団で手分けして捜してたンすよ」

「奴は、ディエシーは無事なのか?」

「相変わらず宿に居るけど、あの人すげぇよ! たった一人で白薔薇館の用心棒を全員伸しちまったって。タチの悪い連中だったからみんな清々してるよ。

 で、今はレディ・スランフールとか言う、すっげぇ美人の用心棒なんだ。お忍び旅行の侯爵令嬢だってさ」

 奴を賞賛しながらも、あの女ッ誑しとでも言いたそうな呆れた口振りに、思わず苦笑が浮かぶ。

「侯爵令嬢?」

「うん。女神様なんだぜ。ウチの店にドレスの注文をくれたよ。父ちゃんも久々の上客だって喜んでた。」

 あぁ、そう言えば奴は、女神様の御召しを調達せにゃならんと言ってたっけ。

「なぁランジャ様、あの御令嬢、ほんとはルクレシアなんだろ? あの人が現れてから、彼女を見かけなくなっちまったんだ。

 父ちゃんたちは、ディエシーさんを御令嬢に取られちまったから、レルト河にでも身投げしたんだろなんて噂してるけど、ほんとは違うよな? 

 神使様の中には、魔法が使える人が居るんだって聞いたよ。ランジャ様が魔法で彼女を御令嬢に変えたんだろ? だから捕まっちまったんだろ?」

 彼は鉄格子にしがみ付くと、縋るような声で念を押す。さては密書の返事が届いたか。

 侯爵ともなれば、枢機卿一派も迂闊には手は出せまい。こそこそ隠れるよりは逆に思い切り着飾って、堂々としていた方が安全と踏んだな。

 声を潜めて「内緒だぜ」と言いながらにやりと笑ってやると、彼は嬉しそうに何度も頷いた。

 あんなに懐いてたんだ。例え根も葉もない噂話であっても、ルクレシアの自殺なんて信じたくなかったに違いない。

 それにしても、スランフール候ってのはディエシーの爵位じゃなかったか……? 何故彼女がそいつを名乗ってるのかは判らんが、まずは無事ならそれで良しだ。

「カロン、お前さんを騎士団長と見込んで頼みがあるんだ」

「何?」

 隊長と認められて気を良くしたか、彼は思わず身を乗り出す。

「お前らのベニカ姫が城の連中に狙われてる。騎士団に出動命令だ」

「何だって、そりゃ一大事だ!」

「ディエシーと薬屋のタリスにも、この事を伝えて欲しい」

「承知仕った!」

「急いで頼む」

 彼は弾かれたように鉄格子を離れると、拳だけを突き出し、親指を立てて見せてから駆けて行った。実に頼もしい隊長振りに、俺もまた僅かながらも勇気を貰った気がする。

 さて、これで外との連絡は付いたが……。問題はどうやって脱獄するかだ。

 あの馬鹿力の獄吏さえ何とかできれば、外へ出る目処は付きそうだけど、散々ぶん殴られた経験から言っても、素手での格闘じゃ勝ち目はなさそうだな。

 

 

 

 その日の夜だ。辛うじて人の食い物と認識できる程度のメシを食わされた後、眠くなるまでの暇つぶしにまた筋トレでもやるかと思っていると、地下牢独特の黴と血と汚物の臭いに混じって、嗅いだ事のある香りを微かに感じた。

 何だっけ、この香り……。瞬時には思い出せなかったが、補助脳に溜め込まれた厖大なキャッシュを手繰るまでも無く、遠くから聞こえて来た艶っぽい女の鼻歌で、記憶が一気に蘇った。

 濃くなって来た香りが齎す、あの時と同じ強い酩酊感。

 薬効が分解されるのを感じながら、鉄格子に駆け寄ると、薄暗いランプが照らす通路の向こうに現れたのは、とんでもなく場違いな、あのド派手で煌びやかで扇情的な、夢屋の衣装を纏ったロナだった。

 手にした金の振り香炉が、ランプの灯を受けて煌きながら、濃厚な甘い香りを燻らせている。

 彼女は、鉄格子の向こうに俺を見つけると、鼻歌を止め、あの妖しくも美しい堕天使の微笑をにぃっと浮かべた。

「はァい、兎ちゃん。助けに来たわよ」

「う、兎ちゃん……?!」

 面食らってる俺に鍵の束を投げて寄越すと、自分もまた手にした大きな鍵を、鉄格子の錠前に差し込んだ。小気味いい音と共に鍵が開く。

 俺もまた、受け取った束から枷の鍵を見つけて外すと、うっすらと血の滲んだ手首を、特大の溜息をつきながら撫でた。あぁ、体が軽いぜ。

「助かったよ。ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。貸しにしておいてあげるわ。行きましょ」

 牢を抜け出すと、拷問室の床では、獄吏が大の字になっていびきを掻いている。そいつを横目に、迷路のような地下通路を急ぐ。

 彼女が手にした香炉の鎖や、手足に幾つも着けた金の輪が、派手な音を反響させているにも拘らず、衛兵すら誰も出て来ないのを不審に思ったが、上階の通路に出ると、あちこちで眠りこけているのを見掛けて納得がいった。彼女の香は相も変わらず実に良く効く。

「その格好でよく潜り込めたな」

「潜り込んでなんかいないわ。城門から堂々と入ったわよ」

「はぁ?」

「『今宵は殿下のお側に置いて頂きとう御座います。どうかお目通りを』ってね。チョロいものよ」

 黒い瞳を妖艶に潤ませ、思い切り科を作って見せる彼女の様子に、思わず吹き出す。それをこの衣装でやられたんじゃ、若い番兵なんぞ一溜りも無かろう。まったく御愁傷様だ。

「いつ帰って来たんだ?」

「昨日よ。金髪で長身で男前の風来坊が、大層な美女を囲ってるって噂を聞いたから、どんなに美人か見てやろうと思って」

「へぇ。妬いてンだ」

「あんな本国に山ほど側室を持ってるような男に、いちいち妬いてなんか居られないわよ」

 少し寂しそうな口調で溜息をついたあと、彼女ははっと気付いて立ち止まると、耳まで真っ赤になって俯いた。

「だ、誰が妬いてるですって?! いい加減なこと言わないで頂戴!」

「何だ図星かよ」

 からかい半分に言ってやると、相変わらずムキになって言い返す。

「うるさいわね! 急がないと衛兵どもが目を覚ましちゃうわよ!」

「はいはい。っと、ちょっと待て」

 通路の最奥部に倉庫らしき扉が見える。彼女を制して駆け寄り、中を覗き込むと、整然と積まれた食料の箱の向こうに、精霊石の詰まった木箱の山が見えた。

 中へ入ってそいつに歩み寄ると、一番上の石に軽く触れてパラメータを入力する。触発モードで三十分後にレベル125で勘弁してやるか。

「何してるのよ」

「いや、ちょっと魔法をね。王様の減量に協力してやろうと思って」

 澄ました顔で言ってやると、彼女はクスと笑って「何それ」と呟く。

 搬入路らしき裏口から抜け出し、寝静まった裏通りを通って宿に辿り着く頃、街中を叩き起こすような轟音と共に、城の裏手から火柱が上がり、たちまち表通りは野次馬で埋め尽くされた。

 城の鐘楼からは、緊急事態を告げる鐘の音が鳴り響くけど、誰も面白がるばかりで消火に向かわないあたり、王に対する厚い人望が窺えて感動すら覚える。

「ちょっと火力が足りなかったかな」

 あの様子じゃ食料庫を破壊するのが精々だ。城から立ち昇る黒煙を透かし見ながら呟く俺に、彼女は「まったく、何て御子様かしら」と呆れたように笑った。

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