石使いランジャ   作:桜城静夜

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 俺の追討命令は出てはいたようだが、あれ以来、街中をうろつく兵隊を見掛けなくなった。

 悪餓鬼騎士団の連中によれば、得体の知れない力で城を爆破され、すっかり怖気づいちまったって話だ。

 念のためにベニカは宿屋に引き取ったけれど、それに伴って連中の巡回ルートも自ずと変更されたようで、宿の裏にある厩に居たりすると、時々彼らに出くわした。

 ここから二階の窓へ小石を投げて合図すると、ベニカが顔を出す約束になっているらしい。つくづくマメな奴らだ。

「今日は出て来ないのか……」

 カロンは反応の無い二階の窓を見上げると、少しばかり寂しそうに呟いた。

「角部屋に居るよ。お嬢のドレスの仮縫いを見物するんだとさ。お前んちの御針子が来てるよ」

 馬にブラシを掛けながら言ってやると、「ふぅん」とつまらなそうな返事が返って来る。

 こいつの世話は、宿の馬丁がしてくれるけど、自分に懐いてる様子を見たくて、時々こうして手入れをしに厩に潜り込んでいた。子供も動物も、懐いて来る奴は可愛いよな。

「そういえば今朝、母ちゃんが言ってたっけ。もうすぐ御発ちになるそうだから、急いで仕上げないと。って」

 彼はそう言うと、はっと顔を上げて俺を振り向いた。

「そうか……。ランジャ様たちも、もうすぐ行っちゃうんだ……」

「そうだな。あんたら騎士団には随分世話になった。お蔭で色々助かったよ。ありがとう」

 そう言って頭をわしわし撫でてやると、照れ臭そうにてへへと笑う。

「ベニカは世界一の石使いになるんだもんな。応援するって約束したんだ俺」

「カロンは何になるんだ?」

「俺は仕立て屋さ。父ちゃんの跡取りだもんよ」

「世界一の仕立て屋?」

 生意気な仕草で肩を竦めて見せる彼に、少々からかい気味に言ってやると、何を思い付いたのか、突然顔を輝かせて俺を見上げた。

「そうだ俺、世界一の仕立て屋になって、ベニカに御令嬢みたいなドレス縫ってやるんだ! そん時はロアルデまで迎えに行く。ね、ランジャ様、いいだろ?」

「俺に言われても困るんだけど。そういう事は本人に言えよ」

 そう言って思わず苦笑すると、彼は途端に赤くなって、「言えるかよ」と小さな声でぶっきらぼうに呟いた。日頃発揮しているマセ餓鬼振りもどこへやら。中身はまだまだこんなものか。

 でも、さっきの「迎えに行く」と言った彼の言葉に、少々どきっとさせられたのも正直なところだ。

 騎士団の連中は、どいつもこいつも早熟だとは思うけど、あと五、六年後には一人前と思えば、そう遠い話でもない。

 今はまだ事ある毎にぴーぴー泣くような子供だけれど、ベニカもこいつら同様、いつか大人になっちまうのか……。などと物思いに耽るのも束の間、俺の頭の上で唐突に窓が開くとディエシーが顔を出した。

「ランジャ! ちょっと手伝え!」

「何?」

 聞き返す暇もなく、奴は窓から俺の弓矢と剣帯を投げて寄越し、俺が受け取ったのを確認すると引っ込んだ。

 どうも只事じゃなさそうだ。急いで装備を着け、奴の馬にも鞍を置くと、騎乗したところで奴が飛び込んで来た。

「何だって?」

「狩りだ」

 言いながら騎乗し、拍車を当てる奴に続いて手綱を取ると、カロンに「またな」と慌しく言い残して後を追った。

 それにしても、相変わらず奴は速い。表通りを駆け抜けて城門をくぐり、荒地に出たところで街道の果てに奴を見付けると、加速に加速を重ねて漸く追い付いた。

「何を狩るって?」

「早馬だ」

 なるほど。恐らく城からの親書を携えてるに違いない。その宛先が奴の獲物の居所と言う訳だ。

「何とかなんねェか、アレ」

 どうにか並んだ俺に、奴は遥か前方を行く二騎を指して苛々と問うけれど、残念ながら騎射の技術は持ち合わせていない。

「悪ィけど乗ったままじゃ無理」

「じゃ、次回の課題ってことで」

 そう言いながら奴は背中の剣を抜くと、更に加速しながらあのデカいのをひょいと逆手に持ち替え、槍投げよろしく気合と共に渾身の力で豪快に投擲する。

 ぶん! と風を切った大剣が後を追う護衛の背を貫くと、馬もろとも石畳に投げ出された。

 なんて野郎だ。毎回思うけど、よくもまぁあんな重そうなのを片手で軽々扱えるよな。俺なんぞ自分の剣ですらやっとだってのに。

「よっしゃ命中ゥ!」

 奴は得意げに叫ぶけど、肝心の使者は林の中へ逃げ込んじまった。奴が通りすがりに亡骸に突き立てられた剣を抜いて行く手に回り込むと、俺は距離を置いたまま退路を押さえる事にした。

 使者は、血刀を引っ提げてにやにや笑う奴の前で止む無く馬を停めると、奴を険しい眼差しで睨みつつ抜剣する。

「何奴?!」

「誰だっていいだろ? 荷物を寄越せよ」

 丸で追い剥ぎのような口調は奴には似合い過ぎだ。吹き出しそうになりながらも弓を取ると、気勢を上げて迫る使者目掛けて矢を番えた。

 敵は斬り掛かるところを奴の剣に弾かれると、舌打ちと共に手綱を引いて反転する。その瞬間を狙って首を射抜くと、弾かれたように反り返り、馬上から転げ落ちた。

 奴は俺に片目を瞑って見せてから剣を納めて馬を降りると、亡骸を蹴って仰向かせ、屈み込んで懐や荷物を探る。目指す物が無いと見るや、今度は主を失って所在なさそうにしている馬に歩み寄った。

「お、あったあった」

 サドルバッグから繻子の包みを引っ張り出すと、奴は中から出て来た二通の文書に施された、黒い封蝋を無造作に切った。

「ほぉ……」

 奴は文面に目を通して声を上げると、鼻で嗤って俺に差し出す。

「イルシュ陛下が、お前さんとこに喧嘩をお売りになりやがるとさ」

「はぁ?」

 穏やかでない一言に渡された文書を読んでみると、宮廷の評議会とやらに宛てたその内容は、どうやら俺に関する報告のようだった。奴によると、その評議会ってのは枢機卿を統括する組織なんだそうで。

 文書に曰く、『雷神の御子』と噂される男を捕らえたが、城を爆破されて逃げられたことと、男がホルザレン会ロアルデ支部に所属する石読みであることから、会が密かに擁する魔道師である疑いが濃厚であり、これは聖下に対する叛意の表れである。とのことが、少々感情的に過ぎる調子で書かれていた。

 何だこりゃ。言い掛かりもいいとこじゃないか。俺が呆れた溜息をつきながら文書を返すと、もう一度目を通しながら奴が呟く。

「そんなに売りたいなら高値で買ってやりゃァいい。と言いたいところだが、奴らの狙いは何だ?」

「そういえば、豚箱で妙な話を聞いたな……」

「妙な話?」

 俺の言葉に、奴は文書から顔を上げる。

「あぁ、ここの支部の婆さんに引き合わされたんだが、その時に王が『ロアルデの失態を不問にした』って、恩を着せるようなことを言ってたんだ。聞いた時は何のことか判らなかったけど、ロアルデで石使い絡みと言えば……」

「なるほど、隠し鉱山ね。規模の割には、やけにあっさり解決したと思ってたら、尻尾捕まれる前に幕引きしたい奴が居たってぇことか」

 奴はそう言うと、城の方角を振り返りながら、両手の指をぱきぱき鳴らした。

「面白ぇ……。こいつをフィノンに持たせてやろう。ケルデンにいい手土産が出来たぜ」

「だけど、何だって奴らはこっちにちょっかい出して来たんだ? 環境粒子の結晶何ざ、五百年前の地層を掘りゃすぐ出て来るだろうに」

 奴にはそんな俺の呟きが気楽に聞こえたらしく、少しばかり呆れたように笑う。

「ケルデンによりゃ、地下水脈だか何かの鉱脈だかに沿ってるとかで、掘り当てるにゃ、地形だの地層だのと色々条件があるんだとさ。そんな訳で、どこの支部も石読みの質を上げようと躍起になってるんだそうだ」

「てぇことは、あの婆さん門下の出来は推して知るべし、と」

「そういうこった。欲の皮が突っ張らかった連中が、自分とこで手に入らないならと、人ンちの裏庭に目を付けたってとこだろ。だが、曲がりなりにも商都で売ってるフィンデールが、今になって石を欲しがってるってのは、ちょいとばかしキナ臭ぇな」

「もう一通は?」

「あぁ、問題はこっちだ」

 奴が肩を竦めながら手渡した文書には、『雷神の御子』たる俺のことしか書いてなかった。俺の所属、地位、外見、噂話から推測される少しばかり大袈裟な能力……。何だか気持ち悪い。

 しかも差出人はあのヴィスロ枢機卿。これもまた宛先は評議会だ。

「何だこれ?」

「『獲物の影』だ。恐らくな」

 俺が返した文書を、さっきの一通と共に雑嚢へ押し込むと、俺の顔を見てにやりと笑いながら馬に乗る。

「『獲物』……」

「あぁ、お前さんてぇ餌の匂いを嗅ぎ付けて、どうやら水面まで上がって来た奴がいるようだ。だけど、まさか殿上人とはね。こいつは思ってたよりも、やっかいな釣りになりそうだぜ」

 奴は幾分険しい顔で言いながら手綱を取ると、城下へ向けて拍車を当てた。

 いつかフラム師が言っていた通り、どうやら戦の残り火は、未だにそこかしこで燻っているらしい。

 

 

 

 出発の日の朝、身支度をしている俺に、ベニカが綺麗に洗って畳んだクロークを持って来た。何でもフィノンに貸していたものを、彼女の代わりに返しに来たらしい。

 礼を言って受け取ろうとすると、自分が着せると言って聞かないので、仕方なく彼女の背丈まで屈んで大人しく着せてもらう。一体何を心配してるのやら。

「あぁ、実はあの夜な、俺とフィノンが薬屋に……」

「あー駄目! 言っちゃ駄目っ!」

 にやにやしながら真相をバラそうとするディエシーに、彼女は慌てて飛び付くと、小さな両手で奴の口を塞ごうとするが、あっさり羽交い絞めにされてじたばたもがく。

「俺とフィノンが薬屋に駆け込んだ時、こいつ寝惚けててさ」

「駄目駄目っ!」

「お前が女になっちまったって勘違いして大泣きしてやんの」

「はぁ?」

「やーん! 言っちゃ駄目だってばー!」

「良かったなぁベニカ、ランジャが男で。奴が女になっちまったら、結婚できないもんなぁ。大人になったら奴と結婚して、子供二人産んで、城下で一緒に石使いやるんだもんなぁ」

 奴に尚もからかわれると、彼女は顔を真っ赤にして涙目になる。そうか、彼女の手紙はそんな内容だったのか。道理で読むなと念を押される筈だ。

「何でディエシーが知ってるの?!」

「俺は読むなって言われてねぇもんよ」

「酷ぉい! ディエシーの意地悪っ!」

 羽交い絞めをどうにか抜け出した彼女に、今度は小さな拳でぽこぽこ殴られると、奴は笑いながら角部屋へ退散して行った。

 彼女は奴を逃がしてしまって悔しそうに溜息をつくと、はっと顔を上げてから少し恥ずかしそうにそーっと俺を振り向く。

 その姿が如何にも可愛らしくて、思わず苦笑を浮かべると、何も言わずにくしゃっと頭を撫でてやった。

 宿を引き払って外へ出ると、騎士団の連中が揃って見送りに来ていた。それがベニカが姿を現すと、一斉に跪く様はちょっと見モノだ。

 拝礼を受けた当の本人は恥ずかしがって俺のクロークの後ろに隠れたままだったけど。

 一人一人に礼を言い、別れを惜しんでいると、フィノンのために用意した馬車が到着した。

 程なくしてディエシーに手を引かれた盛装のフィノンが現れると、その美しさに全員から溜息が漏れる。

 誂えたばかりのシャンパン色のドレスは、彼女に良く似合う上品な仕立てで、どこから見ても侯爵閣下の御令嬢だ。

 どうやら手掛けた仕立て屋は、かなりの腕利きと見える。親っさんの仕事ぶりを眺めつつ、丸で自分の手柄のように得意げなカロンと目が合うと、彼は訳知り顔で俺に片目を瞑って見せる。

 御令嬢が馬車に乗れば出発だ。俺たちも国境の橋の袂まで護衛も兼ねて見送りに行く。

 ディエシーに続いて俺もベニカを鞍の前に乗せると、彼らに別れを告げて馬車を追った。

「ね、ランジャ様。フィノン様はディエシーと結婚するの?」

 幾つ目かの宿場町で休憩を取っている時、奴に寄り添う幸せそうな彼女を遠巻きに見て、ベニカがこっそりと俺に尋ねる。

「いや、あいつの養女になるんだってさ。親子になるんだ」

「そうなの……?」

 俺の答えに納得がいかないのか、不思議そうに見上げるベニカに、思わず苦笑交じりで肩を竦めて見せる。

 そりゃそうだ。あの様子じゃ、誰がどう見たって父娘になんか見えない。

 こっちとしては、あまり説明に窮するような行動は、ベニカの教育上控えてもらいたいってのが正直なところだけど、彼女の思いを酌むならば、国境を越えるまでの数日は猶予期間てことにしておくか。

 国境のレルト河に辿り着いたのは、この夏最後の良く晴れた朝だった。

 橋の向こうを透かし見ると、既に護衛の騎士たちは到着しているようで、朝日に甲冑が煌くのが遠くからでも見える。

 彼女は橋の袂で馬車を止めると、わざわざ降りて来て俺たちに礼を言ってくれた。

「皆さんには御世話になりました。この御恩は一生忘れません。どうぞ皆さんの旅路に、神祖の御加護がありますように」

 そう言って丁寧に頭を下げると、彼女は馬車に乗ろうとしたが、ふと足を止めて振り返ると、切なそうな眼差しで馬上のディエシーを見上げる。

 奴はそれに応えて微かに微笑むと、無言で馬を降り、馬車の陰で徐に彼女を抱き締めた。

「え?」

 次の瞬間、思わず声を上げたベニカに慌てて目隠しをすると、長い長い口付けを交わす二人を、半ば呆れながら見守った。

 国境を越えるまでは想い人、ということで……。

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