石使いランジャ   作:桜城静夜

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 宿に着くと、ディエシーはいなかった。

 俺とベニカが買い物に出る時に、刃物のメンテナンスの為に鍛冶屋へ行くと言っていたけど、どうやらまだ帰っていないらしい。ついでに俺の剣とナイフも頼んでしまったから、奴が帰るまでは丸腰だ。

 今更ながら、最悪なタイミングで厄介ごとを抱え込んでしまったと、少々後悔の念も湧いたが、そうかと言って途中で放り出すのも気が引ける。

 取り敢えず、少年の王子様ファッションを何とかしないと目立ってしょうがない。ベニカに服を貸してくれるように頼むと、自分の荷物の中から快く出してくれた。

 そう言えば、いつもあの大人サイズのクロークに隠れているから気にも留めなかったけど、鉱山の仕事から解放されてからも、彼女はずーっと男物の服のままだ。

 女の子らしい可愛い服とか、欲しくないのかな。そう言えば式典でドレスアップした時は、甚くご機嫌だったっけ。

「今度、あの首飾りに合うような、可愛い服買ってやるよ」

 服を受け取りながらそう言うと、彼女は一瞬顔を輝かせたが、何故かすぐに困ったような顔になった。

「あの……実はあの首飾り、自分のじゃないんです」

「そうなのか。誰かへの土産? 奥方とか……」

 すると彼女はぶんぶん首を振り、あたふたと部屋中を見回すと、窓際のテーブルから椅子を持って来て、ベッドに背を向けるように置いた。

「座って下さい」

 何だか妙に嬉しそうな様子を不審に思いつつ、所在なさそうにしている少年に、借りた服を手渡してから、言われた通りに大人しく腰掛ける。

 それを見て満足そうに微笑むと、彼女は雑嚢からあの首飾りと櫛を取り出し、それを手にベッドへいそいそと駆け寄ると、もどかしそうにブーツを脱いで攀じ登った。

 一体何が始まるのかと思っていたら、ベッドの上で背後に立つと、伸びるに任せた俺の髪を無造作に束ねていたハンカチを解いた。

 そう言えばいつだったか、麻紐だの荒縄だので束ねていたのを見兼ねた彼女が貸してくれて、そのままだったんだ。

 面倒だからと束ねた根元からナイフでぷっつり行こうとすると、猛烈な勢いで反対するのだから、伸び放題なのも仕方なかろう。

 何でも彼女に言わせると、俺のこのふわふわと納まりの悪い猫毛の癖毛は、細くて柔らかくて銀色に光るから好きなんだそうだ。

 彼女は解いた髪を丁寧に梳ると、襟足で束ねた根元にあの首飾りを巻き付けて結んだ。

「出来ました」

 俺の耳元で弾んだ声が告げる。彼女が弄っていたあたりに手を遣ると、指先にあの鏃の飾りが触れた。俺が狩人だから鏃なのかな。

「思った通り、よくお似合いです」

 彼女は言いながらベッドを降りると、椅子から立った俺を見上げ、満面の笑顔で「素敵です」と言ってくれた。自分じゃ見えないから何とも言えないけど、彼女がそう言うならそうなんだろう。

「俺のだったのか」

「だってランジャ様ったら、放っておくとすぐ無頓着になるんだもん」

 そう言って膨れて見せる彼女に、「ありがとさん」とぞんざいな礼を言うと、椅子を片付けながらえへへと嬉しそうに笑ってくれた。

 ふと気が付くと、少年が服を手渡した状態で持ったまま、相変わらず所在なさそうに俺たちを見ている。

「どうした。着替えないのか? それとも、召使がいないと着替えも出来んか?」

 少しばかりからかい気味に言ってやると、彼は顔を真っ赤にして俺を睨み付けた。

「馬鹿にするな。着替えくらい自分で出来る。ただ……」

「ただ、何?」

 聞き返してやると、今度は頬を染めて俯きながら、小声で何事かを呟くが、聞こえないので「え?」と再び問うと、さっきよりは幾分大きめの声で、

「着替えている間は部屋を出ていてくれ」

 と聞こえた。やれやれ、しょうのない奴だ。苦笑しつつ「了解」と答えると、ベニカを促して部屋を出た。

 

 

 

 廊下の手摺越しに階下の酒場兼食堂を見下ろすと、給仕が手際よくテーブルを整えて回っていた。そろそろ飯時とあって、厨房からはいい匂いがして来る。

 一夜の宿を求める旅人で、俄かに混み始める夕暮れ時だが、ディエシーの奴は一体どこで道草食ってるのやら、一向に帰ってくる気配は無い。……まぁ、大体察しは付くけどね。

「さっきの話、やっぱりこいつの礼に何か買ってやるよ。お前だって、たまには可愛い服も着たいんじゃないのか?」

 鏃の飾りを弄りながら言ってやると、彼女は俺を見上げて顔を輝かせた。

「じゃ、神都に着いたらお願いします。本部に行く時に着るの」

「普段はいいのか、それで」

「はい。男の子の服は動き易いし、馬にも乗り易いですから。それに、ランジャ様にご心配頂かなくても、お洒落ならちゃんとしてます」

 彼女はそう言うと、長い編み下げの先に結んだ青と白の縞のリボンを、ちょっと得意げに見せた。うーん。それを俺のようなガサツな野郎に気付けというのは、土台からして無理な話だぞ。そう思いつつ苦笑した時だ。

 入り口の扉が開いて若い男が入って来た。多分、あの三人組のうちの一人だ。

 奴は応対した店主に何事かを尋ねたが、彼が首を振ると今度は二階を指差し、肩を竦める彼に鷹揚に頷くと階段を上がって来た。

 まずいな。部屋を検めるつもりらしい。

「よう、何か用かい?」

 一番端の扉をノックしようとした男に、努めて明るく訊いてやると、奴は俺を振り返り、「石読みか」と呟くと、困ったような顔で歩み寄って来た。

 十代後半といったところか、日焼けした肌にうっすらと雀斑が浮いている。この世界じゃとうに成人なのだろうけど、まだ餓鬼だ。

「人を捜している。そちらの少女と同じ年頃の貴公子を見なかったか? 栗色の髪で、緑の目をしてるんだが……」

「いや、知らねぇな」

「そうか。済まなかった」

 奴はそう言うと、俺たちの部屋の扉をノックしようと近付いた。

「あーちょい待ち。そこは駄目だ」

 制止する俺を、奴は険を含んだ目で振り返りながら、反射的に剣把へ手を掛けた。動作に一分の隙も無い。物騒な野郎だ。

「中でカミさんが着替えてるんだ。こいつにそっくりな赤毛の美人だけど、よその男に見せる訳にゃいかないんでね」

 平静を装いつつ、ベニカの髪を撫でながら殊更暢気な口調で言い、にやりと笑ってやると、男は幾分顔を赤らめながら、弾かれたように扉から離れ、「し、失礼仕った」と言いながら、そそくさと隣の部屋へ移って行った。

 そこは確か耳の遠い老夫婦だったな。ノックしても多分聞こえないだろう。

 案の定、何度叩いても応じない事に業を煮やして強行突破したところを、逆に口煩い婆さんに大声で言い負かされ、杖で散々に打ち据えられると、転げるように階段を駆け下りて行った。

 男が逃げるように出て行くのを見て、ベニカと顔を見合わせながらくすくす笑っていると、部屋の扉が開き、着替え終わった少年が不安そうな顔を覗かせた。

「追っ手は?」

「隣の婆さんが撃退してくれたよ」

 そう言ってやると、溜息をつきながら扉を開け、俺たちを中へ入れると、漸く安堵の笑顔を見せた。

 ベニカの服は少しばかり丈が足りないようだが、今は贅沢言ってられないし、入るならそれで良しとする。

 脱いだ服は散らかしっ放しかと思いきや、意外にもきちんと畳んで、ベッドの端に置いていた。

「そう言えば名前を聞いてなかったな。若様はどこのどちらさんで?」

 少々茶化し気味に訊いてやると、彼は憮然として睨み付け、呆れたような口調で言った。

「名を訊ねるなら、先に名乗るのが礼儀であろう」

 へぇ。一丁前に言うね。

「そいつは失礼仕った。俺はランジャ。で、こいつは……」

「ベニカと申します。お見知り置き下さいませ、若様」

 ぞんざいな俺とは対照的な、彼女のあの可愛らしいカーテシーを受けると、彼は満足そうに頷いて見せた。

「私はザーリャ。今は故あって身分は明かせぬが、ある貴族の世嗣だ」

「で、そのザーリャ殿は何だって追われてるんだ? あいつらは確かに物騒だとは思うけど、悪党には見えなかったぜ?」

「済まないが……それも今は明かせぬ」

 彼はそう言って視線を逸らすと、苦い顔で唇を噛んだ。

「まさか、お忍びで遊び回るために、黙って邸を抜け出して来たんじゃあるまいな」

「そんなつまらぬ理由ではない」

 気に障ったのか、今度はそっぽを向いたままぷっと膨れて見せる。

「左様で御座いますか……。だが、今ここに貴族のお坊ちゃんはいない事になってるんだ。明日の朝、停車場に着くまでは平民の子でいてくれなきゃ困る。いいな?」

 腕を組んで見下ろしながら少々強い口調で言ってやると、神妙な顔で俺を見上げ、頷いた。

「その言葉遣いもすぐにゃ直らんだろ。部屋を出たらあまり喋るなよ」

「心得た」

「よし。じゃ、メシ食いに行こう。腹減ったろ?」

 そう言ってやると、俺の言葉に反応して彼の腹の虫が鳴いた。慌てて抑えながら顔を赤らめる様子に苦笑すると、二人を引き連れて、旨そうな匂いと喧騒で溢れる階下へと降りた。

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