次の日から、俺たちは割と容赦無く、親方から仕事の手伝いを言い付けられる様になった。
もっとも居候の身としては、だらだら過ごしているよりも、体を動かしていた方が居心地がいいので大歓迎だけど。
ディエシーは、城下に滞在中のシルト隊長や、昔馴染みのエデル将軍と、頻繁に連絡を取り合う傍ら、邸内の力仕事やスーラニーの剣術指南が専門で、俺は専ら石読みとしての本業を求められることが多かった。
石読みといっても、国内の鉱山開発は一段落しているとかで、山に入ることは無く、頼まれる仕事というのは、殆どが石使いの補佐としての神殿通いだ。
何でも日替わりで当番を決めているらしく、毎日違う人間が受け持つ事になってる筈なんだが、俺は何故かフリッツと組まされることが多かった。
親方によれば、彼の希望らしい。大方、俺の素性を探ってやろうという魂胆なんだろう。
別に話してやっても構いやしないけど、地上の文化とはかけ離れ過ぎてて、信じてもらえないのが関の山だ。
仕事は大抵昼過ぎからだった。午前中に、鉱夫が今日の分の石を神殿に運んでおいてくれるので、俺たちは昼頃行って軽口と労いを交わしつつ、連中から荷受の手続きをして手間賃を支払い、午後からの仕事の準備をする。
客が来れば天秤で石の重さを量り、呼び出したい精霊……というか、入力したいパラメータの組み合わせと共に、換算した料金を書き付けた伝票を渡すまでが、石読みである俺の仕事。
で、客は石と伝票を持って内陣へ行き、祭壇で待つ石使いに施術してもらうという手筈になっていた。
石の重量と付与する効果の換算表も貰ったけど、いちいち照合するのも面倒臭いので、もっぱら補助脳任せにしているためか、仕事自体は楽なものだった。
神殿には色んな客が来る。食堂や酒場などは木箱のまま買って行くし、凝った店構えが自慢の店主などは、石の形にまで注文を付けて行く。
街灯は各街区の商店会や職人ギルドが管理していることも知った。貴族の邸の使用人もお得意さんで、城下の人々の生活が垣間見えて面白い。
何度か通ううちに顔馴染みも出来て、俺がこんな言葉遣いなせいか、気軽に声を掛けてくれるようになった。
「だってさ、神使様の石読みなんて見た事なかったんだもの。失礼があったらどうしようって、最初のうちはびくびくしたわよ」
大袈裟に怯える振りをして見せる道具屋の女将さんに、「別に取って食ったりしねぇよ」と返してやると、大きな腹を揺すって楽しそうに笑う。
「いつも仕事が速いけど、全部覚えちまってるのかい?」
酒場の店主の質問に、「一応」と答えながら伝票を手渡すと、感心しきりな顔で受け取る。
「へぇ。大したもんだねぇ。ユージンなんぞは、いつも難しい顔して換算表と睨めッコしてるもんだから捗りゃしねぇよ」
「あいつはまだ修行中だから。大目に見てやってくれよ」
「しょうのねぇ奴だ。早く一人前になって、親父っさんを安心させてやれって言っといてくれ」
そう言って苦笑する店主に「伝えとくよ」と答えながら、木箱を荷車に積むのを手伝っていると、いつもの如く騒々しい一団がやって来た。
商店街で働く売り子や食堂の女給たちだ。何でも、フリッツが当番の日は欠かさず来てるらしい。マメな奴らだ。
「ランジャ様ぁ!」
こっちは手が放せないってのに、列の後ろから一斉に手を振りやがる。お前らフリッツが目当てじゃなかったのかよ。
可愛いとは思うけど、こいつら人の話をろくに聞きゃしないから面倒臭くて苦手だ。今日も、石の重さを量ってやって何の精霊を呼び出すのか訊ねても、俺の顔をぼーっと見上げたまま返事もしやしねぇ。
少々苛付きつつ「聴いてる?」と言ってやると、漸く我に返って「もう一度お願いします」ときたもんだ。
「お前ら、こんなとこでブラブラ遊んでて怒られないのか?」
「休憩時間だもの。ねぇ」
「ねぇ」
「トゥラシオンの子がみーんな暇を出されちゃったから、私たち忙しくて。休憩ぐらい取らなくちゃ」
「そうそう。過労で倒れちゃうわ」
「それに、せっかくランジャ様とフリッツが揃ってるんだもの。こんな日に来ないなんて勿体無いじゃない?」
「そうよ。勿体無いわよ」
何がどう勿体無いのやら。門下生しかり町娘しかり、少女たちの理屈と言うのはつくづく訳が判らない。
「で、何で俺だけ『様』付きなんだよ」
「え? だって神使様だもん。ねぇ」
「ねぇ」
「『ねぇ』じゃねぇよ。これ持ってとっとと行け」
苦笑交じりに書き付けた伝票を渡してやると、くすくす笑いながら「はぁい」と返事して、術譜を唱えるフリッツの、甘い声が響いて来る内陣へ駆けて行く。
小娘たちはこんな感じで、忙しいながらも気楽な様子だが、若造どもにとっては戦々恐々、目に見えない脅威への恐れと戸惑いがあるようだ。
「でもさ、あれってトゥラシオンの人間しか罹らないって言うじゃねぇか。俺らには関係ないね」
「それがさ、つい最近ケイディシアの兵にも患者が出たってよ。いつか俺らだって罹るかもしれないぜ?」
「本当かよ。怖ェなぁ。あんな骸骨みたいになって死にたくねぇよ俺」
「聞いた話じゃ、淫売窟で拾って来るって噂だぜ。ヤバい性病か何かじゃねぇの?」
「怖い怖い。イイ女には気を付けなくちゃ」
纏め買いした木箱と、ブリキのバケツに入れた火種の石を、騒々しく荷車に積みながら、宿屋の若い給仕たちが下卑た笑い声を立てる。
「トゥラシオンといえば、オリガ妃もさぞかしお困りだろうなぁ」
「イイ女だよなぁ、オリガ様。お高く留まってる貴族の奥方とは色気が違うよ」
「あの色っぽい顔に熟れた体……たまんねえよな。俺、一晩でいいからお願いしたい」
「おいおい、変な気起こすと大公の剣が黙っちゃいねぇよ」
「うひゃひゃ。そっちも怖ぇな。膾にされちまう」
「親父っさんの雷も怖ぇよ。早く帰ろうぜ」
「じゃぁな! ランジャ様」
荷台に飛び乗って手を振る奴らに、「またな」と答えると、今日の分は終わりだ。
後片付けをしながら、売り物にならないような小石を、ベニカへの土産に幾つか拾っておいてやる。
彼女は今頃、他の門下生と一緒に、親方の元で修行をさせてもらってる筈だ。年上の門下生たちに可愛がられているようで、本人も彼女らを「姉様、姉様」と慕っているらしい。
「ベニカって、可愛いですよね」
内陣からあの重たい鞄を持ってフリッツが出て来ると、辻馬車を拾う為に表通りへ向かう。
「門下生たちは、彼女が羨ましいそうですよ」
「何で。俺から見れば、貴族のお嬢どもの方が恵まれてるように見えるけど」
「ベニカは、貴卿と一緒に神都へ向けて旅をしてます。それが彼女たちには羨ましいんですよ」
「貴族だろ? 神都へ行くぐらい容易いだろうよ。あいつらだって、いずれは叙任式とやらで本部へ行く時が来るんだろうし」
「来ませんよ。永遠にね」
彼はそう言うと、妙に達観したような眼差しで遠くを見遣り、フッと冷めた溜息をついた。
「何で。あいつら石使いになるために修行してるんじゃないのか?」
「彼女たちは貴族の御令嬢ですよ。両親も総じて気位が高い。大切な娘に、商人の真似事なんかさせる訳がありません。だから、彼女たちは永遠に叙任待ちの石読みです。たとえどんなに才能があってもね。
親方の門下に入ったのも、石使いの修行というよりは、大公家別邸での行儀見習いという意識でしょうから。門下は皆平等とか言いながらも、所詮貴族は貴族でしかない。
それに、近頃は隠し鉱山に絡んで、誘拐される旅の石読みも少なくは無いですし、城下からは出したがらないでしょうね」
「なるほどね。あいつらが神殿の当番から外されてる訳が判ったよ」
そう言って肩を竦めて見せると、彼は微笑んで頷く。
ロアルデではやんちゃ坊主ばかりだったから、門下生と言えばどこも同じかと思ってたけど、支部や親方でこうも変わるとはね。
「だから、ベニカのように神都へ行って修行して、石使いの叙任を受けるなんて夢のまた夢なんですよ。ましてや、想いを寄せる男性と一緒だなんて、彼女たちには決して許されない事ですから」
「その割には、みんなあんたに夢中だな」
「束の間の夢を見ているだけですよ。みんな幼い頃に親が決めた許婚がいますから、恋すら自由に出来ない身の上なんです」
「そんなもんかね」
少しばかり呆れた口調で言う俺に、彼は「そんなもんです」と溜息混じりに答える。
「ところで、どんな経緯でベニカの親代わりになったんですか?」
漸く捕まえた辻馬車に乗り込むと、一転して好奇心に満ちた眼差しで俺の顔を覗き込む。こいつは何としても俺の素性を聞き出したい様だ。そう思ったら図らずも苦笑が浮かんでしまった。
「え? 僕、何か変な事訊きました?」
「あ、いや、何でもない。親代わりというか……あいつは俺の命の恩人だから、力になってやりたいだけだ」
「なるほど。確かに彼女って、あんなに小さくて可愛いのに、真面目で一生懸命で、何か保護欲をそそられますよね」
「まぁね」
「で、どうして彼女に助けられるような事態になったんですか?」
「さぁね」
にやっと笑ってとぼけてやると、彼もまた「意地悪だなぁ、ランジャ様は」と苦笑する。
町娘軍団が様付きで呼ぶせいか、いつの間にやら彼までそう呼ぶようになっちまった。更には彼の影響で、門下生たちにまで呼ばれる始末だ。こうなったら仇名だと思って諦めるしかない。
「あんたも、何だってそんなに俺やディエシーの素性を知りたがるんだ? これも本部監査の仕事なのか?」
「それもあります」
「随分あっさり肯定するな」
「ええ。ホルザレン会としては、辺境諸侯の動向は常に把握しておきたいところですから。特に王族でも神祖の血筋でもないスランフール候の即位は、異例中の異例でしたからね。本部も興味津々でしょう」
「言われてみりゃそうだな。何故神都の連中は奴を後継者に推したんだろう」
「位討ちにでもするつもりだったんじゃないですか? あの方のことを良く知らなければ、飲んだくれで女好きで、喧嘩に明け暮れる無頼漢にしか見えないでしょうから」
その言い草に思わず吹き出すと、彼もまた声を上げて屈託なく笑った。奴は今頃くしゃみでもしてるに違いない。
「でも実際は違った。権力に溺れて潰れるどころか、ファルエル陛下を凌ぐ名君として、ロアルデを小国ながらあそこまで豊かで安定した国に発展させたんです。あの方を陥れようとした者にとっては誤算だったでしょうね」
「もっとも、奴に言わせりゃ、王冠も玉座も枷でしかなかったようだけどな」
「でしょうね。あの方は本来自由な精神の持ち主だ。トーラン陛下に譲位されて、今はその自由を謳歌している、といったところでしょうか。あの方の仇敵にとっては、まさに野に放たれた狼ですね」
彼はそう言うと、俺の目を見据えたまま、薄青い片眼鏡をキラと光らせて意味深な微笑を浮かべる。
「その『金狼』が『雷神の御子』と共に、神都を目指して旅をしている……。これが意味するものを本部が見逃す筈はありません」
「ご苦労なこった。何だって石屋風情がそこまでやる必要があるんだ?」
「お忘れですか? ホルザレン会は『神と社会に貢献する』組織です。精霊石に関する業務はその手段の一つであって、全てではありません」
「神と社会ねぇ……」
「世界を統べる神に仕えるためには、知らなければならないことも沢山ありますから……。僕個人としても興味があります。神祖がどこから来てどうやって世界を作ったのか。何故神族同士では子が出来ないのか。神界とはどういう場所なのか……」
「俺に訊いたって無駄だよ」
「いいえ、恐らく貴卿はご存知だ。だってそうでしょう? あんな複雑な換算表を、一瞥しただけで全部覚えてしまう人が、自分の過去を全て忘れてしまうなんて有り得ませんよ」
随分と自信たっぷりな物言いには、苦笑を返す以外にない。
彼らは、俺やディエシーが、指先で額に触れるだけで大容量の情報を遣り取りし、自分の意思で記憶を操れる脳や、あらゆる毒を分解し、軽傷であれば一晩で修復してしまう器官を持っていると知ったらどう思うだろう。
そして、俺たちのような人間がひしめく大都市が、遠い山奥の地下大深部にひっそりと存在している事も……。