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体中が痛い。おかしいな。筋肉痛なら医療セクションで治した筈だけど。まぁいいや。兎に角起きて身支度しなきゃ仕事に遅れる……?
いや違う。確か俺は管理局のおっさんに、内殻エレベータまで連れて行かれて、地上の、遺跡のある森に出たんだ。
と、そこまで思い出して漸く気付いた。俺、生きてる。助かったのか。
あちこち骨折してたり脱臼してたり捻挫してたりと散々な有様だが、脳にも脊髄にも損傷が無いのは不幸中の幸いか。
どうやらあれから三日ほど経ってるようだ。リカバリセルをフル稼働させれば、一週間ほどで動けるかな。
あぁ、クレイドルに浸かりてぇ。あれさえあればこれしきの怪我なんぞ、ものの数十分で綺麗さっぱり回復できるのに。
そういえば背中に触れているこの感触は、硬くて寝心地は今一つながらも、どうやらベッドのようだ。織り目が粗くてチクチクするけど、毛布らしきものも掛けられてるし、骨折してる腕や脚にも添え木が当てられてる。
遠くから聞こえて来る複数の人の声や生活音から、ここがどこかの村落らしいことが判った。あの遺跡からどの位離れているのかは知らないけど、どうやらそこの住人に助けられたようだ。
何だ、親切な人もいるんじゃないかと安堵していると、人の気配が近付いて来た。そいつは俺の枕元に腰掛けると、何やら青臭くてひどく苦い液体を飲ませて来た。
喉がいがらっぽくなって咽そうだけど、体が動かないので拒めない。何だろこれ。薬草の汁か何かかな。治療のつもりなんだろうか。
腫れ上がった瞼を無理やり抉じ開けてみると、気配の主は少女だった。年の頃は十歳になるかならないかといったところか。
雀斑の浮いた白い肌に大きな緑色の瞳。埃だらけで煤けてはいるが、顔立ちは仔猫のように可愛らしい。くしゃくしゃのままひっつめただけの髪は見事な赤毛だ。
大時代的な男物の服を着た華奢な体に、丈を半分に畳んだ、明らかにサイズの合わない大人用のクロークを巻きつけて、銀のブローチで留めている。
彼女は俺が目を開いたことに気付くと「あっ」と声を上げ、嬉しそうに顔を輝かせて部屋から飛び出して行くと、程なくして初老の男を連れて戻って来た。
こちらは白髪交じりの茶色い髪。親子じゃなさそうだが、同じようなフード付きのクロークを纏い、金のブローチで留めていた。
その下には、少しばかりくたびれて見えるものの、上質な生地で仕立てたジュストコール。襟元のアクセントにはシルクのクラヴァットで小粋に。
そしてフットウェアは泥だらけの拍車付きロングブーツでワイルドにキメるのが、どうやらこの夏の最新モードらしい。
こんな格好は「先史時代」の資料か、ジオヘヴン・エンターテインメントや、ニューロペガサス・シミュレーションあたりが配信してる歴史物でしか見た事ないぞ。
物好きがこの光景を見たら、きっと局へ「時代考証が間違ってる」とでも捩じ込むに違いない。
「良かった。気付かれましたか」
穏やかな声で問う男に頷くと、俺は掠れた声をどうにか振り絞って礼を言った。
「ね、親方。本当に赤い瞳でしょ? きっと神使様です。マリサルさんの叙任式の時に神都で見たの。みんなが言ってた通り、神使様はみんな氷の髪と炎の瞳をお持ちでした」
俺の顔を覗き込みながらはしゃぐ少女を、親方と呼ばれた男は苦笑しながら窘める。
「だったら尚のこと失礼だろう? 離れなさい」
少女は渋々離れると、ぎこちなくも可愛らしいカーテシーを見せてから、男のクロークに逃げるようにしがみ付き、その影から好奇心に満ちた眼差しでこちらを窺った。
「どうかご無理をなさらぬように。ゆっくり養生して下さい」
男はそう言って丁寧に頭を下げると、少女を伴って部屋を出て行った。
氷の髪と炎の瞳を持つ神使様ねぇ……。そいつらが俺と同じ特徴を持ったソロ系だとすると、一体何処から来た連中なんだろう。
彼女の話し振りからして何人もいるようだが、ソロ系はデュオ系と違って自然妊娠では産まれない。とすると、神都とやらには管理局や医療セクション並みの設備があるって事になる。
それがもしも未だに生きているアルコロジーなら、動いてるクレイドルもあるかもしれない。怪我が治ったら是非行ってみたい。あの少女なら何か知ってそうだ。
翌日にはどうにか体を起こせるまでになった。擦り傷や打撲程度ならすっかり治ったし、リカバリセル様さまだな。
自己修復と防疫関連のナノマシンと、その制御ツールのパッケージだって聞いたけど、体内に生成された極小規模のクレイドル・システムと言ったところか。
少女や親方は回復の早さに驚いていたが、どうやら俺が「神使様」である事の証左だとして納得したらしい。説明するのも面倒だし、そういう事にしておくか。
それにしても、管理局はどういう経緯でこいつを開発するに至ったんだろう。やっぱり連絡員の地上レポートが切っ掛けなのかな。そう考えると何やら背筋が薄ら寒くなる。
「神使様、お加減は如何ですか?」
朝早くから奥の部屋でごそごそ何をしてるのかと思っていたら、食事を作ってくれていたらしい。彼女が持って来たトレーの上では、湯気の立つ木製のボウルがいい匂いをさせている。
彼女は起き上がろうとする俺に手を貸してくれると、膝の上にトレーごと置いてくれた。温もりと匂いに刺激されて腹が鳴る。そう言えばあれから木苺以外何も食ってなかったっけ。
「ランジャでいいよ。あんたは?」
「ベニカと申します。どうぞ召し上がって下さい。お口に合うか判りませんけど」
「ありがとう」
恐る恐る一口掬って食べてみると、思いのほか旨かった。安心してぱくつき始めると、傍に立ったまま心配そうな顔でじーっと見詰めている彼女に気付く。
「あぁ、旨いよ。とっても」
途端にぱーっと顔が輝く。無邪気で素直な子だ。食事を全部平らげると、空の食器を嬉しそうに片付けてくれた。
「あんたが助けてくれたのか」
「はい。村外れの川岸に倒れてらしたので。鉱山のみんなを呼んで村まで運んだんです」
「へぇ、鉱山があるんだ。何が取れるんだ?」
「精霊石です」
「精霊石?」
彼女は腰に下げていた小さな皮袋から小石を一つ取り出し、掌に載せて見せると、不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。
「御存知ないんですか? 精霊石」
「あぁ、俺の居た世界には無いんだ。それ、何に使うんだ?」
「そーかぁ。きっとランジャ様は、神界から地上にいらしたばかりの御子様なのね」
どうやら彼女の頭の中では、俺も知らないような俺の経歴が勝手に生成されているらしい。
持っていた小石を大事そうに俺の掌に載せると、大真面目な顔で得意そうにこう言った。
「灯りとか、竈の火種に使うんです。これを祭壇に捧げて術譜を詠唱すると、火の精霊や氷の精霊を呼び出せるんです」
「……はぁ?」
何とまぁメルヘンチックな。凄いでしょうと言わんばかりの表情でにこにこしているが、どう見たって何の変哲もない石ころだろ。
これはどうも少女の可愛い妄想に担がれたかと思わず苦笑した。が、小石を摘み上げようとして触れた瞬間、指先のツールが反応した。
職場で資料精査に使ってたライブラリ専用の特殊装備だ。こいつに対応して、補助脳の上層に常駐させてあるデータ群の中から、インデックスの一つが展開される。
こいつは只の石じゃない。先史時代の遺物、環境粒子が結晶化したものだ。
数種のパラメータで、吸熱や放熱をコントロールするナノマシン。アルコロジーでは、空中に散布された微粒子状のものを、管理局が一括して制御していた。
資料によれば先史時代も終盤の頃、気候変動に対応するためとして、大気中に大量散布されていたが、国境を越えて運用するには「人類は未熟過ぎた」とかで、思うように効果を得られなかったそうだ。
管理を任された国際機関では、さぞかし各国のエゴがぶつかり合ってたことだろう。その結果、制御しようとしていた気候変動を、逆に助長してしまったのだから皮肉なものだ。
それにしても、結晶化してるだなんて、一体どれだけ大量に撒いたんだよ。
試しにパラメータを入力してみる。3秒後にレベル5くらいでいいかな。掌に載せたまま反応を待っていると、果たして件の小石は、仄かな熱と白い光を放ち始めた。
へぇ、面白いなこれ。こんなとこで商売道具が役に立つとは。
顔を上げると、彼女は只でさえ大きな目を更に真ん丸く見開いて、俺の掌で光る石を見詰めていた。
彼女の手に戻してやっても、暫くの間身じろぎもせず見入っていたが、「やっぱり御子様なんだ」と呟くや否や、石を握り締めて飛び出して行った。