石使いランジャ   作:桜城静夜

55 / 85
10-5

 倉庫の中へ入ると、片隅に積み上げられた、翼刃章の焼き印のある木箱から、拳大の石を二十ばかり選び出し、彼にも手伝ってもらって、備え付けの鏨と金槌で小さく砕く。

 精霊石は割と柔らかいので、ランタンや香炉など小さなものには、砕いてから使うことも多い。ならば、石臼で挽けば粉にだって出来る筈だ。

 荒く砕いた石はバケツに移して厨房へ持ち込む。すると、料理長と思われる髭面の厳つい大男が、渋い顔で何事かと出て来た。

「仕事中申し訳ないが、こいつを粉に挽いてくれないか?」

「何だとぉ?」

 手にしたバケツを調理台の上に置こうとすると、慌てて駆け寄って来た料理人たちが、あたふたと取り上げ、怒鳴られやしないかと親方の顔色を窺いながら床に降ろす。

「石臼あるだろ? それで挽いて欲しいんだけど」

「何を言ってやがンだ馬鹿野郎! 石臼ってのは麦だの豆だのを挽くもんだ! 精霊石なんぞ挽いたら磨り減っちまうだろう!!」

 広い厨房中を揺るがす雷に、若い料理人たちは片隅に身を寄せて震え上がっている。どうやら強面で鳴らしてる料理長のようだ。

「サハヴ殿、大公妃の邸が賊に占拠されている。精霊石の粉は殿下の救出に必要なのだ。どうかこちらの石読み殿に協力して頂きたい」

「何?! オリガ妃殿下が……?!」

 従騎士の説明に衝撃を受けたか、料理長は一瞬動揺を見せたが、部屋の隅で縮こまってる料理人たちを振り返ると、大声で怒鳴った。

「何をもたもたしてやがる! 石臼だ! 全部持って来い! 手分けして挽くんだ! 磨り減ったって構うもんか! 新調する言い訳が立つってもんだ」

「はいッ!」

 彼らが返事と共にバネ仕掛けのように駆け出すと、料理長は神妙な顔で俺たちに向き直り、手を取ると堅く握った。

「妃殿下には並々ならぬ恩義がある。どうか、どうか無事な救出を頼む……!」

「判った。任せてくれ」

 俺の返答に満足そうな微笑を浮かべると、彼は料理人たちを振り返り、やれ手付きがなってないだの腰が入ってないだのと怒鳴り始めた。

 その声を背に厨房を出ると、今度は武器庫を案内してもらう。

 警備の衛兵が従騎士からの説明を受けて開錠し、重厚な扉を開く。中の様子には思わず口笛が出たね。

 ずらりと並んだ物々しい得物や、所狭しと飾られた盾や甲冑は、いずれもトゥラシオンが誇る鍛造技術によるものだろう。全てに手入れが行き届いる様子は、宛ら鈍色に輝く宝物庫だ。

「一番射程の長い弓を借りたいんだけど」

「ならば、こちらを」

 従騎士は蔵の中程まで進み出ると、棚から外した一挺を差し出した。

 弦を張って軽く弾くと、心地良い高音が響く。師匠の手に成る使い慣れた複合弓には及ばないものの、これも軽くて取り回しのいい強弓だ。

 次いで矢を選ぶ。これもなるべく軽そうなものを三十本ほど。そのうちの十本を残して残りの鏃を全て外し、さっき砕いた精霊石の中から選り分けておいた、先の尖った小石と交換しておく。

 彼にはバリスタの矢を二十本ほど選んでもらい、それを持って厨房へ戻ると、ロナが来ていた。

「出来たわ。こんなに沢山調合したのなんか初めてよ。ジーニが持ってた在庫、全部使っちゃった」

 彼女はそう言っていたずらっぽく笑うと、傍らの調理台に載った抱える程の大きなガラス瓶を示した。中は真っ赤な粉末で満たされている。

「こっちも終了だ」

 料理長が得意げに持って来たのは、大きな寸胴鍋だ。こちらには精霊石の粉がたっぷり入っていた。

 汗だくでぐったりしてる料理人諸氏には申し訳ないが、もう一働き手伝ってもらう。

 石の粉と香の粉を混ぜたものを油紙で包み、麻紐でバリスタの矢に括り付ける作業だ。そのほかに、香だけの小さな包みを軽い方の矢に取り付けて置く。

 全ての作業が終わり、監視塔に運び込む頃には、すっかり夜も更けていた。

 

 

 

「よう、お疲れ」

 何だか妙に生き生きした顔で剣を磨いていた奴が、入って来た俺たちに気付いて顔を上げる。

 部屋にはフリッツたちも到着していて、邸の監視に加わっていた。

「こっちは準備完了だ。何か動きは?」

 俺が問うと、窓際で望遠鏡を覗いていた将軍が振り返り、奴の代わりに呆れたような口調で答える。

「先程、ホルトン卿の使者と名乗る兵が伝言を持って来た。それによると、伯の要求は大公との一騎打ちだそうだ」

「はぁ?! 何て馬鹿な! 大公と果し合いがしたいなら、親方を質になんぞ取らずに、堂々と向こうまで出向けばいい話だろうよ」

 思わず声を上げた俺に、奴が鼻で嗤う。

「口実だろ。ただの小火を大火事にまで煽るには燃料が必要だからな。戦にするのが目的なら、トゥラシオンからロエルを引き摺り出さにゃならん。奴さんも、正面切って勝負したら瞬殺だってことぐらい判ってるさ。恐らく、伯の背後には何かが取り憑いてる。煙草臭ぇ何かが」

「クレフ王は何と?」

「単純明快。奴は動かんよ。ロエルもな。ここで騎士団や国軍を動かして、みすみす向こうの思惑に乗っかる下手を打つこともなかろうとさ。

 お互い神祖の昔のお家騒動に託けて国富を消耗するなんぞ、阿呆らしいってんで一致してる。でなきゃ、ユアンとスーラニーの婚約なんて話は持ち上がらんよ。

 この件はエデルに一任された。俺たちは将軍麾下の傭兵って扱いになる。あの脳筋野郎、浮き足立ってるようだったら、ぶん殴ってでも止めてやろうと勇んで行ったってのに、知らねェ間に随分と大人になりやがって、こちとら拍子抜けョ」

 そう言って心底面白そうにからから笑う奴に、将軍は振り返って苦笑を浮かべる。

「ディエシー殿、我が陛下を侮ってもらっては困るぞ。少なくとも、王太子の砌に、神都で我ら悪友と徒党を組んで、酒色や喧嘩に明け暮れていた頃に比べれば、格段に御成長あそばされている」

「お前、それ褒めてねぇよ」

 顔を見合わせて吹き出し、声を上げて笑う二人に、俺もまた肩を竦めながらシルト隊長たちと苦笑を見交わす。だけど、将軍が笑ってるってのは悪くない。兵たちに無用な緊張を強いるのは得策じゃないだろうから。

 ふと見れば、外は既に真っ暗だ。日中降り続いていた小雨は止んだ様だが、濃い霧が立ち込めている。

 窓に歩み寄って外を見ると、中庭の真ん中で、赤々と燃える焚き火を囲む数人の兵士が霞んで見えた。吐く息が白い。

「さて、宴の準備は万端だが……」

 磨き終えた剣を背負いながら椅子を立つと、奴は言いながら俺の隣へ歩み寄る。風が出て来たせいか、更に冷え込みが厳しくなって来た。

「夜会にゃちょいと無理があるな」

 奴は窓の縁に両手を置くと、眼下に広がる闇を見下ろして舌打ちをする。

「照明弾でも打ち上げるか?」

 冗談半分に言ってやると、呆れ顔で振り向く。

「照明弾ん? ンなもんこの世界にゃ無ぇだろよ」

「いや、大きめの精霊石に落下傘を付けて、中庭上空に打ち込むんだ。パラメータ如何ではかなり明るくなる」

 怪訝そうに俺を見ていた奴が、それを聞いて豪快に笑う。

「お前ってホントに面白ぇ奴だなぁ。連れて来て正解だったヮ。熱くなってる時は青臭ぇ餓鬼みたいなのに、醒めてる時は丸で刃物だ」

「うるせぇよ。で、やる?」

「いや、今回は止めとこう。出来れば不意打ちを食らわしてぇんだ」

 腕組みをして夜空を見上げる奴に倣って、俺もまた星一つ無い空を見上げる。闇に慣れた目に、千切れながら流れて行く雨雲が映った。上空ではここより更に強い風が吹いているらしい。

「朝には晴れそうだな」

 そう呟いて窓を離れると、奴は将軍に「決行は払暁」と短く伝え、「了解」の返事を得る。

 唐突に漂って来た旨そうな匂いを振り返ると、料理長と料理人諸氏が、差し入れの大鍋やパン籠を抱えて入って来たところだった。

 冷え切った体に熱いスープは有難い。そいつで胡椒の効いたローストビーフのサンドイッチを空腹に流し込むと、未明まで暫く仮眠を取ることにした。

 

 

 

 翌早朝、監視塔の片隅に蹲り、毛布に包まってうとうとしていた俺を、奴が起こしに来た。

 何かを手渡されたので寝惚け頭のまま受け取ると、その重さに驚かされて一気に目が覚める。何事かと思えば鎖帷子だ。

 部屋を見回すと、突入組に任命されたシルト隊の三人と、フリッツも同じ物を着込んでいた。

 早速、彼らを真似てクロークの下に着ては見たものの、肩に掛かる重量たるや想像以上だ。

 少々戸惑い気味の俺に、奴は「慣れりゃどうってことねぇよ」と笑う。思えばあの剣の重量にも慣れてしまったんだ。意外とそんなものなのかも知れない。

 伸びをしながら窓に歩み寄ると、暁の薄明に覆われた空は大分高さを増していて、窓外の街は冷えた湿度を含んで濃い朝靄に沈んでいる。

 中庭の敵兵たちは交代で見張りに付いているようで、低く立ち込める靄の向こうに、焚き火の仄かな光が見えた。この靄は好都合だ。

「やるなら今のうちだな」

「よっしゃ」

 奴と共に、バリスタが設置された城壁の上へ出ると、エデル将軍が名手と見込んだ弩兵たちを呼び、準備に取り掛かってもらう。

 俺たちが動き回っていると、兵たちが俄かに騒然となった。何事かと振り返ると、みんな次々に頭を下げながら道を空けて行く。

 やがて現れたのは、俺たちと同様に鎖帷子を身に着けた、二十歳そこそこの若い騎士だ。

 彼は恭しく拝礼する将軍に労いの言葉を掛けると、俺たちを振り向いて笑顔を浮かべた。

 すらりと細身の長身に漆黒の艶髪。理知的で気品に溢れた面差しに、鮮やかな群青の瞳が輝く。

「殿下、その御姿は如何に……」

 奴が怪訝そうに問うと、彼ははにかんだ様な初々しい微笑を浮かべた。そうか、彼がケイディシアの王太子、ユアン殿下か。

「父の名代で参りました。名高い英雄王に剣の御指南を頂いて来いと。それに、未来の妻と義母上をお護りする事もまた、私の務めでありましょうから」

 そう言って眩しそうに見上げる彼に、奴は「そいつは頼もしい」と笑った。

「陛下の命を伝える」

 彼が集まった兵たちを見渡し、凛とした声で厳かに言い渡すと、辺りは一瞬で静まり返り、緊張感が漲る。

「クロンダル伯ホルトンは陛下への忠義を忘れ、風聞を妄信し、兵を煽動し、あろうことか盟友たるトゥラシオン大公の妃殿下並びに姫君を盾に城下を騒擾せしめた。この罪は万死に値する。逆賊ホルトンを討ち取り、大公邸を開放せよ。以上」

 言葉が終わるのを待って兵たちが一斉に拝礼すると、彼は将軍と共に満足げに頷き合い、奴を振り返った。

「んじゃ、ぼちぼち始めるかね」

 何とも気の抜ける奴の言葉を合図に、弩兵たちはバリスタの弦を巻き始める。

 その音を聞きながら、香の包みを付けた矢を三本まとめて番えると、城壁の矢佐間から、煙の出ている煙突をFCSに捕捉させる。連射で放つと、どれも巧い具合に中へ落ちた。

 続けて他の煙突にも討ち込むと、程なくして、暖炉の火で気化した香の香りが、甘く微かに漂って来た。恐らく室内では、更に濃厚な香気が充満しているに違いない。

 三門のバリスタは中庭に照準を合わせる。昨夜作った特製の矢を装填し、俺もまた精霊石の矢を三本番えて将軍の合図を待った。

「構え」

 石の鏃にパラメータを入力する。触発モードでレベル10。気温が低いのでランプの温度よりも少し高めに設定しておく。発動は0秒後でいいだろう。

「放て!」

 指揮杖が振り下ろされると、放たれた大矢を狙って石の矢を放つ。

 六つの弾道が中庭上空で交わり、狙い通りに命中すると、固唾を飲んで見守っていた兵たちから、一斉にどよめきが起きた。

 こちらも立て続けに全弾を撃ち込むと、破れた油紙から拡散する、精霊石交じりの香の粉で中庭を埋め尽くす。

 見張りの敵兵どもは何が起きたのか理解できずに右往左往しているようだったが、大矢の雨が降りしきる中、怪しげな光る靄に巻かれて、次々にくずおれて行くのが見て取れた。これで作戦の第一段は終了だ。

 監視塔に戻ると、待っていたロナに杯を手渡された。突入組には全員渡されているようだが、怪訝に思いつつ覗き込むと、薄荷のような匂いのする液体が半分ほど入っている。

 飲めと仕草で示されたので大人しく飲み干すと、得も言われぬ強烈な清涼感に、目の奥がチカチカするような錯覚を覚えて、思わず頭を振った。

「何これ」

「気付けの薬酒よ。突入組まで眠っちゃったら困るでしょ? もっとも、あなたたちには必要ないかもしれないけど」

 そう言って苦笑混じりに肩を竦める彼女の頭を、ディエシーは何を思ったか、唐突に抱き寄せると、花の唇に少しばかり強引な口付けをした。

「俺の気付けはこれで十分だ」

 豪快に笑う奴を目の前に、不意を突かれた彼女は抗議の言葉すら出ない様子で、「あ、あなたって人は……」と言ったきり、顔を真っ赤にしたまま口をぱくぱくさせていた。

「さて、楽しいピクニックと行こうぜ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。