石使いランジャ   作:桜城静夜

64 / 85
12-3

 鉄格子のこちら側限定ではあるけれど、行動は自由だった。

 もっとも、自由と言っても坑道の中をぶらぶらするか、部屋で筋トレする以外にすることも無いんだけれど。

 メシははっきり言ってマズかった。酒は、放蕩貴族や悪徳商人から略奪したものだけあって、上物ばかりだったけど、どうやら料理担当のニーナに心得がまったくないか、やる気が無いかのどちらからしい。

 ふと飯時に厨房らしき部屋の前を通りかかったら、彼女が兎を捌いているところに出くわしたのだが、不器用そうで危なっかしくて、刃物の持ち方からしてなってない。

 第一、得物は俺を脅した投げナイフだ。ありゃ喧嘩にゃいいだろうが、調理には不向きだ。

 見兼ねた俺が入って行くと、「何だよ」と睨み付けるが、「貸してみろよ」と手を出すと、当惑したような顔をしながらも、意外にも大人しく引き下がった。

 渡されたナイフはそのまま返し、馬鈴薯の山に突き立てられていた、小振りなフィールドナイフを引き抜く。誰のものかは知らないが、手入れも行き届いていて取り回しのいい品だ。

 そいつで手際よく皮を剥ぎ、腹を裂いて臓物を抜き、筋を切って骨を外し、小片に捌いてやる間、彼女は俺の手元を興味津々に見詰めていた。

「ほら、こうすりゃ綺麗になるだろ?」

 そう言ってにやっと笑うと、彼女は肉片になった兎を摘み上げてしげしげと眺め、汚れた指先を拭う俺の顔を不思議そうに見上げた。

「あんた、何でこんな事出来んの?」

「あぁ、本職は狩人なんだ俺」

「嘘だぁ。神族の石読みってだけでも嘘臭ぇのに、その上狩人だ何て大嘘もいいとこだろ」

「嘘じゃねぇよ、じゃぁこれは何だよ」

 笑いながら肉片を指差してやると、彼女はぽかんとした顔で「そうだよな」と呟き、自分の言葉が可笑しかったのか、声を上げて笑った。

「ねぇ、もっと教えてよ。あたい、リノに旨いもん食わしてやりたい。リノに褒められたいんだ」

 残った右目を輝かせて言う彼女の顔は、好奇心に満ちた普通の可愛い少女の顔だ。

 まぁ、俺もすることが無くて退屈してたし、暇潰しには丁度いいだろう。

 

 

 

 そんな訳で、俺は師匠に教えてもらった技を、請われるまま彼女に伝授してやることにした。

 どれもこれも大雑把な狩人流だけれど、彼女にとっては知らない事ばかりだった様で、作業の途中でつまみ食いをするたびに、「凄ぇ」「旨ぇ」と感心しきりだった。

 ある時、彼らが庭と呼んでいる隠れ家の前の草地で、簡単な燻製の作り方を教えてやっていると、馬の世話をしていたエンツォがやって来た。

 奴は、俺と彼女が一緒に居ることが面白くないようで、よく突っ掛かってきては、その度に彼女に撃退されていた。

「何やってんだ?」

「燻製作ってんだよ」

「へぇ」

 彼女が俺の代わりに何故か得意そうに答えると、奴は、燻されて滴り落ちる、獣脂と香草の匂いに誘われてか、燻製窯代わりの古い樽を開けようとするが、彼女に叩かれた手を咄嗟に引っ込めると、やんちゃそうな顔でにやっと笑った。

「急にメシが旨くなったと思ったら、こいつに教わってたのか」

「こいつじゃねぇよ、ランジャだよ。あたいの師匠になんて口を聞くんだい」

 彼女は呆れた口調で窘める様に言うと、「あ、鍋!」と叫んで厨房へ駆けて行った。煮込み料理も同時進行だった事を思い出したらしい。

「あんた、ニーナの師匠なのか」

「弟子にした覚えは無いけどな」

 そう言って肩を竦めて見せると、奴は苦笑を浮かべながら、彼女が座っていた石に腰掛けた。

「あいつ、この前までリノに夢中だった癖に……」

 傍らの草を引っこ抜き、その先で樽を突付きながら溜息混じりに言うと、隠れ家の入り口目掛けて忌々しげに投げ付ける。

「今でも夢中らしいぞ」

 そう言ってにやりと笑う俺を、奴は驚いた顔で振り向く。

「え? そうなのかよ」

「あぁ、俺から色々教わりたがるのも、『リノに旨いものを食わせたいから』なんだそうだ」

「何だ。そうだったのか」

 妙に嬉しそうに呟くと、奴は照れ臭そうにへへと笑って鼻の頭をかりかり掻いた。

「俺とあいつは、フィンデールに居た頃からずーっと一緒なんだ。去年だか一昨年、あいつが人攫いに攫われた時に、取り返そうと思って追っ掛けたんだけど、情けねぇ事に俺も捕まっちまってさ。そん時に助けてくれたのがリノの旦那なんだ。

 俺、本当はあいつを嫁にしたかったんだけど、リノが相手じゃ勝ち目ねぇだろ? だから妹にすることにしたんだ」

「向こうじゃ何をしてたんだ?」

「何にもしちゃいねぇよ。ただの浮浪児さ。コソ泥だのスリだのやって暮らしてたんだ。親父が戦で死んで、お袋が病で死んで、流れ着いたのがマグノリエ城下だ。

 あそこはそんな奴らばっかりでよ、素性も何もあったもんじゃねぇんだ。だから人買いだの人攫いだのがうようよしてる。口入屋もあるけど、餓鬼は取ってくれねぇしよ。

 あそこは酷ぇ。あんな風に国中が荒れ放題なのは、御神祖様の血筋じゃない奴を王様にしちまった呪いなんだとよ。物乞いの爺様たちが言ってた」

 奴は乾いた口調で自嘲気味に語る。そう言えば、夜の神殿に屯する浮浪者たちの中に、年端も行かない子供たちが何人も紛れていたのを思い出した。

 彼らもエンツォのようにトラブルを起しては、カロン騎士団を筆頭とする、商店街の子供たちと揉めていたに違いない。

「ニーナは十で娼館に売られて来たんだ。でもよ、売られたその日に逃げ出して来たんだぜ。可愛い顔して大したタマだよな。で、俺が匿ってやったんだ。それからずっと一緒さ。ガサツで不器用で生意気だけど、可愛い妹だ」

 そう言って無邪気に笑う奴の表情には、既に棘のような敵意は無くなっていた。どうやらリノ以外の男が彼女に近付くのを、快く思っていなかっただけの事らしい。

「あの刀傷は……?」

「あぁ、あれな、人攫いにやられたんだ。セブランの王様に売ろうとしたらしいけど、しくじったから奴隷にして売り飛ばそうと思ったみたいだ。で、逃げようとしたところで揉み合ってバッサリさ。命があっただけ御の字とは思うけど、やっぱ年頃の娘であれは可哀想だよな。俺は気にしねぇけどよ」

「セブランの王に? 女中か何かか?」

「いや、ナクルタツリの姫様ってぇ触れ込みで連れてったらしいぜ。首尾よく行けば、お宝を山と頂戴出来るとか聞いてよ」

「はぁ?」

 呆れて聞き返す俺に、奴は心底面白そうに腹を抱えてげらげら笑う。

「馬ッ鹿だよなァ。幾らイイ女だからって、誰がどう見たってあれが姫様な訳ねぇだろよ。どうかしてるぜ」

 確かに彼女は黒髪の美少女ではあるが、あの品性で王女を騙るのは到底無理だ。ロナが聞いたら怒り出しそうだな。

 それにしても、セブランのジョセル王は、未だにナクルタツリの秘薬に固執してるのか……。

 もしかすると、フラム師ら長老諸氏が二人の王女の情報を封鎖しているのは、王の目から彼女たちを隠す為なのかも知れない。

 

 

 

 その夜の事だ。いつもと違って、そこそこの出来だった晩飯を平らげたあと、客間のベッドでだらだら過ごしていると、間仕切りの向こうからニーナの声が呼んだ。

「入っていいかい?」

 何だかいつもより弾んだ声だ。俺の返事を待ってひょこっと顔を出すと、後ろ手に隠していた酒瓶を、のろのろと起き上がった俺の目の前に突き出した。特徴のある瓶の形は、ロアルデ産のカルヴァドスだ。

「何これ?」

「お礼」

「礼?」

 少々面食らってる俺に、彼女は得意そうな顔でにぃっと笑うと、テーブルにいそいそと杯を並べて手招きをする。俺が差し向かいに腰掛けると、早速封を切り、杯へ注いだ。

「リノが褒めてくれたんだよ。あたいの料理。こんな事は初めてさ。で、ランジャに教わったんだって言ったら、お礼に持ってってやれって。あんた、田舎はロアルデだって言ってたろ?」

 満面の笑顔で差し出す杯から、深みのある芳香が立ち昇る。彼女もまた、ちゃっかり用意した自分の杯へ注ぐと、俺が受け取った杯に「乾杯」と勝手に当てた。

 素晴らしく豪快な飲みっぷりで干し、旨そうに口を拭って「ぷはー」と息をつく様は、丸でおっさんみたいなのに、やけに可愛い。

「いつもケチ付けてばかりだった、ビヨンやサデアスまでベタ褒めだったんだ。あんたのお蔭だよ」

「そうか、良かったな」

 俺の言葉に、嬉しそうに頷く顔は無邪気そのものだ。

「やっぱり、嫁にするんだったら、料理が上手い方がいいだろ?」

 杯を弄りながら恥ずかしそうに呟くと、彼女は俺の顔を見てえへへと照れ臭そうに笑った。

「ねぇ、あんたの嫁さんてどんな女? 嫁さんも神族なんだろ? 巫女さんか? それとも大貴族のお姫様かい?」

「いや、平民の石読みだけど……」

 興味津々と言った顔で覗きこむ彼女に、幾分たじろぎながら答えると、更に質問を畳み掛ける。

「料理は上手い?」

「わりと」

「神族の嫁さんになるくらいなんだから、やっぱり凄ぇ綺麗な女なんだろ?」

「うーん、綺麗というよりは、可愛い……かな」

「そうか。そういうのが好みなのか」

 彼女はそう呟いてふと黙り込むと、暫くの間杯を弄っていたが、不意に顔を上げると俺の顔をじっと見詰めた。

「ねぇ、あたいは?」

「え?」

 質問の意味が判らなくて戸惑っていると、真剣な眼差しで更に訊いて来る。

「あたいはどう?」

「どう、と言われても……何が?」

 俺のすっとぼけた一言に焦れたか、彼女は舌打ちすると、苛々した様子で言い放った。

「あたいが欲しくないかって訊いてんの!」

「はぁ? 何でそう言う話になるんだよ」

「あんた、神族なんだろ?」

「それとこれと何の関係があるんだよ」

「神族は神炉ってぇ魔法が使えるんだろ? それを使って不老不死ンなれるのは、あんたらの特権なんだってぇじゃないか。神様の時代には、それで英雄たちの傷を癒したって聞いたんだ」

「いよいよ判んねぇ。お前とは関係ねぇだろよ」

「大有りだね」

 彼女は杯を乱暴に置きながら生意気な口調で言うと、椅子の上で片脚の膝を抱え込み、拗ねた顔で俺を見る。

「あんたの身内になりゃ、そいつを使わせてもらえるんだろ? ならば妾にしてもらって、そのお零れに与ろうってハラさ」

「あぁ、そりゃ無理だ」

「何が無理なんだよ。あたいはね、この傷を消したいんだよ。何もあんたに本気で惚れた訳じゃない。そりゃあんたは綺麗だし、優しいし、イイ男だとは思うけどさ。

 あたいはリノの女になりたいんだよ。それなのに、あいつはいつだってつれない素振り。あいつがあたいを相手にしてくれないのは、きっとこの傷のせいなんだ」

 気丈に捲くし立てる言葉も、最後は涙声になった。ぷいとそっぽを向いて、抱えていた膝に頬を乗せると、袖口でこっそり涙を拭う。

 精一杯背伸びして見せてるけど、まだ子供だ。どう見ても四十近いリノにとっちゃ娘も同然だろう。

 相手にしないんじゃなくて、相手と思ってないに違いない。それだけ大事に思って可愛がってるって事だ。女として見てないなんて言ったら、彼女は癇癪を起こすかもしれないけど。

「俺の妾になったって、神炉は使えねぇよ。俺のカミさんだって使えないんだ」

 なるべく彼女を傷つけないように、言葉を選んで極力優しい口調で言ったつもりだったけど、彼女はチラとこちらを盗み見ると、再びそっぽを向き、拗ねた口調で「そんなの嘘だ」と呟いた。

「嘘じゃねぇよ。神族以外の人間が使おうとすると、体が溶けて水になっちまうんだ」

 彼女はゆっくり振り返ると、神妙な顔で俺の言葉を聞く。

「水……?」

「あぁ、精霊水ってぇ水になるんだ。水になってこの世から消えちまう。それでも使いたいか?」

「それは……嫌だな」

「だろ?」

「でもさ、じゃぁ何で神族は平気なんだい? あんたらは水にならないんだろ?」

「こいつさ」

 前髪を掻き揚げ、ポートを開いて見せると、彼女は俺の額に浮かんだ管理局のアイコンを、残った右目を真ん丸く見開いて覗き込む。

「何だいこりゃ! 何か印が出て来た……」

「神章だ。これが無いと神炉は使えない」

「神章……? そいつは神族にしか出ないのかい?」

「いや、神族ばかりじゃないらしい。人の子でも、時折こいつを持って生まれる奴も居て、そういうのは餓鬼の頃に宮廷へ召し上げられて、巫女や神官になるんだとさ」

「あんたは?」

「え?」

「あんたは神族で、その上神章まで持ってんのに、何で石読みなんかやってんの?」

 心底不思議そうに問う彼女に、とぼけた口調で「さぁな」とだけ答えてやる。

「勿体無ぇよ。神官になりゃ、神都のド真ん中で、でーっかい御邸に住んで贅沢三昧出来るってのに……!」

「そんなのは性に合わねぇ。俺は森で狩人やってる方がいい」

 そう言って肩を竦める俺に、彼女は「変な奴」と呆れる。「まったくだ」と返してやると、顔を見合わせて吹き出した。

 が、明るい声で一頻り笑ったあと、ふと切なそうな顔で深い溜息をつく。

「結局、この傷は死ぬまで消えねぇのか……」

 呟くように吐き捨てると、彼女は手酌で杯を満たし、苦そうに干した。

「エンツォは気にしてねぇぞ」

「え?」

 驚いた顔で振り向く彼女に、深く頷いてやると、黒い右目が戸惑う様に揺れる。

「お前が可愛くてしょうがないとさ。散々惚気られちまったよ」

 そう言ってにやりと笑ってやると、何故か頬を染めながらも不機嫌な顔になった。

「あんな御節介に褒められたって、嬉しくもなんともねぇや」

 照れ隠しなんだろう。乱暴に吐き捨てるなり、ガタッと音を立てて飛び降りるように椅子を立つと、「お休み」とぞんざいに言いながら、ひらひらと手を振って部屋を出て行った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。