石使いランジャ   作:桜城静夜

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その13.王太子の決意について
13-1


 翌日の朝、最後の朝食を済ませると、王太子と共に庭へ出た。

 既にビヨンは騎乗していて、その尻に便乗したエンツォが俺たちを振り向き、手を振って見せる。マウロが引いて来た馬二頭にそれぞれ跨ると、リノに続いてニーナとサデアスも顔を出す。

「また逢えるかな」

 駆け寄って来た彼女が、いつに無く寂しそうな顔で見上げるけど、その言葉には思わず苦笑が浮かんでしまった。

「出来れば、あんたらの世話になるような事態なんぞ、二度と御免なんだけど」

 俺の答えに一同が爆笑すると、彼女はぷっと頬を膨らませて、いつものように「つまんねぇの」と吐き捨てるが、その姿が更なる笑いを呼んだ。

「元気でな」

「あぁ、あんたも。他の石読みたちの分まで礼を言わせて貰うよ」

 リノが求めて来た握手に応じると、彼は俺の言葉に穏やかな微笑で返し、次いで王太子の馬に歩み寄ると、慇懃に頭を下げた。

「道中の御無事をお祈り申し上げます。殿下に神祖ティファレスの加護有らんことを」

 王太子は彼の拝礼を憮然としたまま受けると、硬い口調で「大儀」とだけ答えて手綱を取った。

 マウロが鉄格子を開ければ晴れて自由の身だ。俺たちは洞窟を抜けて森へ入り、獣道を辿って峠へ向かう街道へ出る。

 王太子はその間中、何かを思い詰めたようにじっと押し黙ったままだった。

 軽口を話し掛けても、曖昧に微笑むだけで応じない彼に、エンツォはお手上げといった様子の呆れ顔で、俺に肩を竦めて見せた。

 

 

 

 深閑とした朝靄に包まれる森の中を続く、だらだらとした坂を延々と上って辿り着いたのは、生い茂る木々や蔓草に飲み込まれて朽ち果てた廃駅だった。

 嘗て厩があった辺りに馬が繋がれていて、その傍にクロークを纏った人影が見える。どうやら本部から派遣されて来た石使いのようだ。

「悪ィね。待たせちまって」

 ビヨンが声を掛けると、石使いは軽く手を挙げて見せる。

 男物の服を着込み、物々しく剣を佩いてるけど、肉感的な曲線は紛れも無く若い女のものだ。二十歳は越えていないだろう。

 透き通るような白い肌。うなじの辺りできりっと束ねた、柔らかそうに波打つ赤毛と、真っ直ぐに前を見据える意志の強そうな鋼色の瞳は、宛ら男装の麗人といった風情。

 エンツォなんぞは、「うひょ、イイ女」と呟いて頬を緩める始末だ。

 俺が馬を下りて歩み寄ると、彼女は一瞬、はっとしたような顔になったが、何とも婀娜ないたずらっぽい微笑を浮かべて見せ、馬上の王太子には優美なカーテシーで拝礼した。

「本部監査のベルナデットよ。ベルでいいわ」

 思いがけずハスキーな声。一分の隙も無さそうな彼女に、その声が仄かな色気を添えている。

「ランジャだ。済まねぇな、手間掛けさせちまって」

 俺の言葉に、彼女は「どういたしまして」と、涼しげな目元を綻ばせて微笑む。

「姐さん、賊の首だ。検めてくんな」

 その声に彼女が振り返ると、ビヨンが馬に着けた雑嚢から、塩漬けの生首を投げて寄越した。

 彼女は足元に転がった首に、一片の動揺すら見せず、その振り乱した髪を掴んで拾い上げると、醜悪な死に顔を検めてにやりと笑った。

「あら、フーチェクじゃない。最近姿が見えないと思ったら、こんな所で塩漬けになってたなんて。これで暫くはマルデリ近郊も静かになるわね」

 彼女は馬上のビヨンを見上げて肩を竦めてると、丸でゴミでも捨てるように、手にした生首を森へ投げた。さすがに荒事が多いと聞く本部監査だけある。血や亡骸には慣れっこってところか。

 彼女は振り返って繋いだ馬に歩み寄ると、サドルバッグから大振りな皮袋を二つ取り出し、一つずつ投げた。ビヨンが受け取るたびに、中に詰まった硬貨が音を立てる。

 彼から一つを受け取ったエンツォが早速開けて中を検めると、目を丸くして歓声を上げた。

「凄ぇ! 金貨ばっかりだ。大金貨まで入ってる。マウロが言った通り、旦那はやっぱり只者じゃねぇんだな」

「そうよ。彼は特別なの。それに、あなたたちには、ウチの石読みがいつもお世話になってるしね」

 俺の代わりに答えながら、茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せる彼女に、奴はてへへとだらしなく相好を崩す。

「ランジャ、あなたの事はスランフール候から聞いてたわ。あの方、行方不明になったあなたの情報を求めて、レカンダからたった二日で神都の本部までいらしたのよ。宛ら金色の疾風ね。『金狼』の名は伊達じゃないわ」

 彼女が感心したような顔で言う言葉に、すかさず軽口が挟まれる。

「えぇ?! スランフール侯爵って、あの山賊を根絶やしにしたってぇロアルデの『英雄王』かい? 何だよ、それならそうと早く言ってくれよ。あの王様の知り合いだなんて特別にも程があらァ。あんなおっかねぇ御仁となんか関りたくもねぇよ」

 大袈裟に身震いして見せる奴をビヨンが笑い、彼女は俺と苦笑を見交わしながら肩を竦めた。

「レカンダまで送るわ。ベニカを宿に預けたままらしいの。取り敢えず、フリッツに護衛をお願いしたけど、きっと首を長くして待ってるわ」

「そうか。助かるよ」

「嫁さんはベニカってのか。ニーナから聞いたぜ。料理上手で可愛い女なんだろ? 早く帰ってやんなよ」

 エンツォは生意気な口調でにやにや冷かすが、照れ隠しに軽く小突いてやると、いひひと妙な笑い声を上げながらひらりとかわしやがった。

 

 

 

 奴が俺の乗って来た馬に乗り換えれば、一行は王太子の護衛として、フィンデールへ向けて出発する手筈になってる。

 満足顔のビヨンが、報酬を収めた雑嚢を軽く叩き、手綱を取って「さて」と呟いた時だ。俺たちの遣り取りを黙って見守っていた王太子が、徐に下馬して歩み寄って来た。

「ベルナデットとやら、そなたは本部所属の石使いと申したな」

「左様に御座います。殿下」

 怪訝そうな顔のベルとは裏腹に、山賊二人は馬上で呆れ顔を見交わしている。色事師で鳴らす王太子の、お得意の口説き文句が始まったとでも言いたそうだ。

「それと見込んで、見て貰いたい物があるのだが……」

 言いながら懐に手を入れ、ふと俺を見て微かに微笑むと、取り出したあの三枚の紙片を彼女に手渡す。

 恭しく受け取った彼女はそれを丁寧に開くと、そこに現れたものに目を見開き、顔を上げて俺と彼の顔を交互に見た。

「これは……まさか……!」

 驚愕も露な彼女の様子に、彼は鷹揚に頷いて見せる。

「如何にも。そなたが察する通り、隠し鉱山の場所と、それに関わる山師どもの名を記したものだ」

「しかし、何故殿下がこれを……? 確かに、ホルザレン会にとって重大な情報ではありますが、これを我々に齎すは、父王イルシュ陛下に背くも同然……」

「強かに殴られて悪夢が醒めた、とでも言っておこうか。この地図を頼りに、父の密計を探ろうとしていたのだが、道中で賊の襲撃を受けてな。彼らに救われた」

 彼は言いながら、馬上で面食らった顔をしているビヨンを振り向くと、意味深な微笑を浮かべて見せた。それを聞いた彼女もまた、得心顔で微笑む。

 奴さん、諦めてなかったのか。こいつは本気であの暗君と渡り合うつもりでいるようだ。

「なるほど。どうやら音に聞こえた殿下の御高名は、仮初めの姿でいらしたという訳ですね」

「だといいがな……。如何せん、私は無力だ。城内に側近と呼べる程の者もない。そこで、そなたらホルザレン会の力を借りたいのだが、如何だろうか」

「是非も御座いませんわ」

 力強く即答する彼女に、彼は頬を紅潮させながら満足げに頷く。

「有難い。初めて味方を得ることが出来た。御主のお蔭だ」

 彼は馬に乗ると馬上から俺を見下ろし、言いながら手を差し伸べる。が、握手に応じようと掴んだ瞬間、その琥珀の瞳に強い光が閃いた。

「本懐を遂げようと思うが、如何か」

 迷わず「乗った!」と答えると、握った手に力が篭る。その手を頼りに彼の後ろへ騎乗すると、彼は彼女を振り向いて言った。

「この先にも隠し鉱山がある。案内しよう。御主らに護衛を頼みたい」

「何だと?! ちょっと待てよ、話が違う!」

 ビヨンが慌てて馬の首を廻らせ、彼の前に立ちはだかると、剣把に手を掛けながら傲然と凄む。

「俺たちはリノの旦那から、あんたを無事に送り届けるよう言い付かってるんだ。そいつを違える訳にゃいかねぇ」

 言いながらすかさず抜いた切っ先と、王太子の険を含む眼差しとが、火花を散らしたその時だ。

「ならば、私があなたたちを雇うわ。鉱山までの用心棒としてね。どうかしら? 成果があれば報酬は弾むわよ」

 間に割って入った彼女が、いたずらっぽい微笑で双方の顔を見遣ると、水を差された二者は、鼻白んだ様子で一歩引いた。

「姐さん、それ本当かい?」

 すかさず喰らい付いたエンツォが、興味津々と言った顔で寄って来ると、ビヨンは煩そうに振り向いて苛々と制する。

「勿論よ。殿下のお見送りは、鉱山の御視察が済んでからでも遅くはないでしょう? 悪い話じゃないと思うけど」

「兄貴、やろうよ! いい小遣い稼ぎになりそうだぜ」

 勇んで振り向く奴に、ビヨンは渋い顔で「駄目だ」と首を振る。

「何でだよ。姐さんの言う通り、護衛の途中でちょっと寄り道するだけじゃねぇか。な」

「金なら、さっき受け取ったので十分だ」

 その一言に、奴は俄かに気色ばむ。

「金の為だけじゃねぇよ。王子はあの暗君を退ける決意をしてくれたんだ。俺の手が少しでも助けになるんなら、やりたい。そんだけだ」

 二人は暫しの間睨み合っていたが、奴のいつになく真剣な眼差しに根負けしたか、ビヨンは舌打ちをして剣を納めると、「しょうのねぇ奴だ」と呟いて手綱を取った。

「よっしゃ、決まりだ! 姐さん、用心棒代二人前ね。毎度あり」

 俄然張り切り出した奴の軽口に、ベルは可笑しそうにクスと笑うと、「よろしくね」と快く頷く。

 彼女が手綱を解いて馬に跨ると、奴は丸でピクニックにでも出掛けるかのように、「早く行こうぜ」と俺たちを急かした。

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