石使いランジャ   作:桜城静夜

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 ベニカの後を付いて歩くのは大変だ。彼女は道端で目ぼしい小石を見つけると、必ず立ち止まって拾うのでなかなか先に進まない。

 何をしてるのかと訊けば、精霊石の欠片を集めているのだと言う。何でも、石使いになるためには沢山練習しなければならないので、今から集めておくのだそうだ。

 どれも一見するとただの石ころにしか見えないが、からかい半分に本物なのか尋ねてみると、彼女はちょっと得意そうな顔で、俺の手の中に例の皮袋の中身を出して見せた。

 物は試しと指先で触れてみると、呆れた事にほぼ100%の割合で精霊石だ。これは石読みの才能とやらを認めざるを得ない。

 そういえば今朝出かける前に、袋の中身を部屋の隅に置いてあった衣装箱へ空けていたが、大人用のサイズであるにもかかわらず、ほぼ満杯になっていた。あの様子じゃ鉱山の行き帰りでもこの調子なんだろう。

 森の中程まで来ると、下草や落ち葉に阻まれて探し難いのか、一層ペースが遅くなる。いい加減焦れた俺は彼女をひょいと抱き上げると、そのまま肩車をして歩き始めた。

「え、やだ。降ろして下さい」

「駄目駄目。日が暮れちまうだろ」

 最初のうちはじたばたしていたが、俺が窘めると観念したらしく、大人しく道案内に専念するようになった。

 もっとも今度は、木の実を取ったり栗鼠や小鳥を追いかけたりと、二人掛りで道草を食う羽目になったが。

 そんな感じで小一時間、痩せっぽちのベニカの体重でも、そろそろ肩や首に堪えるようになった頃、漸く辿り着いたのは、対岸が霞んで見えるほど大きな沼だった。

 水辺には鬱蒼と葦が茂り、水草や睡蓮の間を縫って鴨の群れが泳いでいる。あたりを見渡すと、引き上げられた小舟が横たわる岸辺で、焚き火の跡が細い煙を上げていた。

 彼女を下へ降ろすと、焚き火の傍で一際目を引く巨木へと、足取り軽く駆けて行く。見上げると、一番太い枝の上に小さな小屋が掛けてあるのに気付いた。

 近付いて見ると、巨大な幹の影に繋がれている馬が一頭、静かに草を食んでいる。小屋の軒下には蔓で編んだ鳥籠が吊り下げられていて、金の脚環を着けた山鳩が小さく喉を鳴らしていた。

「ミルジオさーん」

 ベニカが声を張り上げて呼ぶと小屋の窓が開き、俺と同年くらいの逞しく日焼けした男の顔が覗く。

 彼は「やぁ」と答えると、程なくして、弓矢を肩に掛けたまま、軽い身のこなしで縄梯子を降りて来た。

 朴訥で物静かな雰囲気とは裏腹の、バネの利いた屈強な体躯。あれは狩で鍛えたものなんだろうか。

「おはようベニカ。そちらは噂の御子様だね。タラサノの森へようこそ」

 男はそう言って丁寧に頭を下げると、巨木の根元に肩から下ろした弓と矢筒を立て掛け、腕組みをしながら幹に寄り掛かった。

「今日は鉱山はお休みかい?」

「ううん。親方からランジャ様のお世話を言い付かってるの」

「そうか。俺も久しぶりにベニカに会えて嬉しいよ。今日は家にいて正解だったな」

 彼はそう言うと、少年の様に屈託なく笑う。

 静かな森の中で狩や釣りをしながらのんびり暮らし、時には馬を駆って遠乗りを楽しむ日々だなんて、時間に追われてあくせく働くアルコロジーの勤め人にとっちゃ、ちょっとどころか、かなり羨ましい生活だ。

「そういえば、ひどい怪我だったそうですが、もう大丈夫なんですか?」

「あぁ、お蔭さんで。松葉杖をありがとう。助かったよ」

 小舟の縁に腰掛けるベニカに倣って、俺もその隣に腰掛ける。小さいながらも頑丈な舟だ。これも彼の手作りなんだろうか。

「そうだ! ランジャ様は襲われたの。クラニアム山で! ミルジオさん、犯人に心当たりはないかな」

「えぇ? 何だってあんな場所に……」

 そう来るか。その質問は想定外だったな。うーん、何て答えよう。腕組みをして考え込んでいると、二人掛りで心配そうに覗き込まれる。

 どうしよう。巧い言い訳が思いつかない。で、考えあぐねた末に出た答えが「覚えてない」だ。

 言った当人は冷や汗だらだらだったが、どうやら二人ともすんなり納得してくれたらしい。

「きっと崖から落ちたときに記憶を無くされたんだわ」

「そうだったのか。お気の毒に」

 俺がついた大きな安堵の溜息も、彼らには打ちひしがれている様子に見えたらしく、心底同情してくれてるようだった。

「ミルジオさん、あの辺りまで狩に行くんでしょ。何か知らないかな」

「うーん……俺も行こうと思って行った訳じゃなくて、狩に夢中で迷い込んじまっただけだからなぁ。どんな奴だったんです?」

「よく見えなかったんだ。遠くから狙われてるようで。羽から鏃まで真っ黒な矢を使う奴ってことしか……」

「黒い矢ねぇ……うーん。見たことないなぁ。申し訳ありません。お役に立てなくて」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」

 あの場所がみんなの言う禁足地なら、迂闊に入った俺も悪いんだし、ひょっとすると相手は腕がいいだけの只の狩人で、獲物に間違われたって可能性も無い訳じゃない。

 こちらもまた申し訳なさそうに見上げているベニカに頷いてやると、ほっとした表情になり、小舟から飛び降りると、彼の傍に駆け寄って、矢筒の中を興味深そうに覗き込む。

「狩に行くの?」

「いや、新しい弓が出来たから試し撃ちをしようと思って。また手伝ってくれるかい?」

「うん!」

 彼女の元気な返事を受けて身を起こすと、ミルジオは上衣を脱いで弓矢を取った。矢筒を背負って振り返る彼の、左の肩口から右の脇腹にかけて肌を裂く、凄絶な刀傷が陽に晒される。

 絶句する俺の不躾な視線に気付くと、彼は自嘲を含んだ笑顔を見せながら、軽く肩を竦めて見せた。

「若気の至りって奴ですよ。先の戦で喰らいましてね」

「戦……」

「神聖騎士団に憧れて参戦したものの、功を焦ってこのザマですよ。剣の腕には覚えがあったんですがね。その思い上がった鼻っ柱も見事に叩き折られて、森の奥に逃げ込んだ無様な負け犬って訳です」

「そんな……ベニカはあんたを慕ってるぜ」

 気が付くと、彼女は随分と離れた場所の若木の根元に立っていて、こちらに大きく手を振っている。

「ミルジオさーん! 早くー!」

 彼は俺と顔を見合わせてクスと笑うと、外していた弦を弓に掛けた。ベニカの背丈ほどのコンパクトな複合弓だ。

 緩やかだったリムの弧が、強く張った弦に引かれて優美な曲線に変わる。指で軽く弾くと、軽やかな音を立てた。

「いいぞー!」

 合図を受けると、彼女は小さな両手で力一杯木の幹を揺らし始める。彼は矢を番えて構えると、程なくして舞い降りて来た木の葉に狙いを定めた。

 弦音と共に樹皮を穿つ鏃の音を聞く。見事に射止められた木の葉を見て、彼女は大喜びだ。彼は更に三本まとめて番えると、今度は斉射で射止める。

 木の幹に葉を貫いて三本並んだ矢を目の当たりにすると、俺も思わず「凄ぇ」と声を上げていた。

 彼は幹から抜いた矢を手に満足げな顔で戻って来ると、感心しきりな俺を見るなり、いたずらっぽい微笑を浮かべ、矢筒を下ろすと弓と共に俺に差し出した。

「やってみますか?」

「いや、俺やったことないから……」

「お教えしましょう。何かあった時のために、反撃の手段も持っていた方がいいでしょうから」

 言われてみればそれも一理ある。またどこでどんな目にあうか判らないし、自分の食い扶持ぐらいは、自分で得られるようにしておくべきだ。

 俺は少し考えてから頷くと、立ち上がって弓矢を受け取った。矢筒を背負い、彼に教えられた通りに矢を番え、弓を構える。

 が、俺の体はこの形を知っていた。はて、どこかでやったことがあったっけ……?

 遠くから見ていたベニカが、俺が弓矢を手にしたのを見ると、大はしゃぎで的の木を揺らし始める。彼を真似て舞い散る木の葉の一枚に狙いを定めようとした時、視界の端に何かがちらついた。慌てて弓を下ろすと、軽く頭を振る。何だ今のは。

 気を取り直してもう一度構えると、視界を掠めたものの正体が判った。テューケンに連れられて行った、スポーツクラブで入れたツールだ。

 そいつに付随するFCSが目標を捕捉し、そこから得た情報を視界の端に展開していたのだ。

 俺は思わず苦笑していた。体に形を取らせたのもこのツールだったのだ。さて、クラブの射撃シミュレーションのように使えますかどうか。

 弦を引き絞り、狙った葉に向けて放つ。命中。続いて二射目。これも命中だ。

 気をよくした俺は、また彼を真似て三本番えると、FCSに三枚捕捉させて斉射してみる。これも綺麗に命中し、ベニカに歓声を上げさせた。

 へぇ。体験版にしては結構使えるじゃないか。

「ランジャ様もお人が悪いや。俺より巧いじゃないですか」

 彼はそう言うと、罰が悪そうに頭を掻いて見せる。

「いや、俺はあんたの真似しただけだから」

「やっぱり神使様ってのは違うんだなぁ」

「いや本当だって。あんたがやって見せてくれなきゃ、俺だって出来なかったさ。多分、あんたに比べたら俺なんて出来ないことだらけだし、何てぇか、俺もあんたみたいに何でも出来るようになりたいんだ」

 躍起になって食い下がるが、彼は笑って取り合ってくれない。

「じゃ俺あんたの弟子になる。あんたは今日から俺の師匠な。おーいベニカ! 俺今日からミルジオのこと師匠って呼ぶから!」

「えぇ?! ちょっと勘弁してくださいよ」

 ベニカは幹に刺さった矢を、背伸びしたり飛び上がったりしながら抜こうとしていたが、ミルジオに羽交い絞めにされながら、彼女に向かってふざけながら手を振る俺に気付くと、慌てて駆け寄って来た。

「えー何何? どうしたんですかランジャ様」

 いい歳して餓鬼の様にじゃれあう野郎二匹に、彼女は暫く何事かとおろおろしていたが、事情を飲み込むと、俺に加勢するように彼に飛びつき、肩車をせがんだ。

「観念しなさーい。ミルジオさんは今日からランジャ様の師匠ですぅ」

「はいはい判った。判りましたよ」

 根負けしたミルジオ師匠は、苦笑しながら渋々認めると、彼女を肩車したままその場でぐるぐる回り始めた。少女の明るい歓声が森の奥に木霊する。

 こうして目出度く弟子入りを果たした俺は、師匠の命令で明日から毎日狩に付き合うことと相成った。

 また、その日の夕方に帰宅した親方から、石読みの仕事が一段落したので城下の邸に戻る旨を告げられたが、俺にぴったりくっついて離れないベニカの様子を見ると、滅多に我侭を言う子ではないのにと呆れ顔で溜息をついた。

 翌早朝、街道沿いにある駅馬車の停車場まで見送りに行くと、彼女には週末になったら邸を訪れるようにと言い含め、俺には、

「ご迷惑をお掛けしますが、この子をお願いします」

 と頭を下げると、馬車の窓から心配そうに振り返りつつ帰って行った。

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