石使いランジャ   作:桜城静夜

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 叙任式は、さして目新しいものではなかった。

 いつぞやの、ロアルデ支部での式同様、所属の石使いや門下生が居並ぶ中で宣誓をさせられ、あのおばちゃん……もとい、マデリン大親方に、新しいクロークを金の翼刃章で留めて貰えば終わりだった。

 敢えて違うと言えば、宣誓に使う本が使い古した自分の術譜だって事と、支度金として大金貨三十枚が支給されるって事か。だけど、支度と言っても一体何に使えばいいのやら……。

「本来なら、下宿や馬を揃えたりするのに使うんですけど、ランジャ様はどれも既にお持ちですね」

 立会い人の中からフリッツが歩み寄って来ると、お嬢どもは顔を輝かせながら揃って振り向き、頬を染めてうきうきと挨拶する。こいつらが神都に滞在する目的の、三分の一は彼って訳だ。

「なるほど。じゃあ、こいつは飲んじまっても構わない、と」

「ああ、それは名案。いっそ皆さんで杯を交わすというのは如何でしょう?」

 金貨の詰まった皮袋を手にして呟く俺に、のほほんと暢気そうな声で同調したのはアイヴァンだった。今回の試験で一番最初にパスした男だ。

 何でも、サリミロでは名門で通ってる男爵家の三男坊だとかで、俺同様、支度金の使い道が無い口らしい。大人しそうな奴だと思ってたけど、結構ノリは悪くない御仁の様で、早速意気投合。

 彼と共同出資で、今回合格を果たした、謂わば同期入社の五人の祝賀会を催す事にしたのだが、世話になった恩人や友人を片っ端から呼んで来いと言うと、面子は総勢で六十人程にまでなっちまった。

 場所は表通りの銀鱗亭。この街に来て最初に泊まったメシの旨い宿屋だ。面子の中にあそこの給仕がいるとかで、その伝で借り切ることにしたらしい。

 

 

 

 当日の夕暮れ時を待って、お嬢どもとベニカを連れて店に行くと、席は気の早い連中で既に半分ほど埋まっていて、入り口に俺たちの姿を見付けると、手にした杯を掲げて歓迎してくれた。俺たちもまた席に着き、やって来た奴らを同様に歓迎してやる。

 全員が揃う頃、アイヴァンが杯を手に宴の開始を宣言し、乾杯の音頭を取ると、誰が呼んだのか楽師や歌姫まで現れて花を添えた。

 これには宿泊客たちも大喜びで、二階の手摺越しに見物していた連中も、いつの間にか下へ降りて来て、何の祝宴なのかすら判らぬまま共に杯を交わしていた。

 博識にして軽妙洒脱なアイヴァンとの会話は面白かった。本人曰く、家督は歳の離れた長兄が早々に継ぎ、神聖騎士団への出仕も次兄が務めているとかで、割と気楽な身の上のようだ。

 有り余る暇と財力に任せて、学問や詩歌に没頭する内、ふとした切っ掛けでホルザレン会の理念に触れ、石使いを志すに至ったそうだ。

 あの楽師たちも彼の「芸術を愛する友人」だとかで、祝賀会の話をしたら二つ返事で請けてくれたらしい。

「芸術の振興もまた、社会への貢献でありましょうから」

 客たちのリクエストに楽しげに答える楽師たちの様子に、彼はのほほんと杯を傾けながら、満足そうな笑みを浮かべた。

 御大尽な彼とは対照的なのが、同期で一番年かさのクレイグ。彼は元鉱夫だ。

 山で知り合った石使いの勧めで入門したものの、中々試験に通らず、臥薪嘗胆の日々だったそうだ。

 石読みの素質はあるものの、入門が遅かった為か、どうにも術譜が覚え切れず、アイヴァンには度々助けてもらったとかで、自分より歳若い彼を「学者先生」と呼んで慕っているようだ。

 苦労を掛けたカミさんと六人の子供に、やっと楽させてやれまさァ。と、朴訥そうな目にうっすらと涙を浮かべて笑う彼の隣で、少しやつれた奥方が幸せそうに寄り添う。

 訥々と語る話によると、子育てに追われながらも、旦那の夢を針子や女中の仕事で支えてくれていたらしい。

 その周りではやんちゃ坊主たちが、「父ちゃん凄ぇ!」と口々に称えながら、彼の真新しい金ブローチを見せて貰おうと取り合っている。

 下の子は三つ子の女の子で、世話好きなベニカは、「お姉たん、お姉たん」と懐かれて嬉しそうだ。

 ちびたちの口に、甲斐甲斐しくスプーンを運んでやっていたが、ふと俺を見上げると、

「ランジャ様、私もこんな可愛い子が欲しいです」

 などと宣いやがる。

 それを聞いて激しく咽る俺と、何事かとびっくり顔で背中を擦る彼女をよそに、お嬢どもは、

「嫌だわベニカったら……!」

 と、きゃーきゃー笑い転げるばかりだ。

 宴も酣といった頃、「本日貸切」の札が下がっている筈の扉が開く。ふと顔を上げると、良く知った顔がにやりと笑って軽く手を挙げた。

 奴は、「ディエシー卿」「スランフール候」と掛けられる声に、「おう」と上機嫌で答えながら隣へやって来ると、席を開けてくれたお嬢に、「こりゃどうも」と慇懃に頭を下げて腰掛けた。

 奴は随分前に宿を引き払っていて行方不明だったが、探し当ててくれたフリッツによると、邸宅街にあるロアルデ王家の別邸に、食客として転がり込んでるらしい。

 邸の主は今、神聖騎士団への出仕でこっちに来ている、トゥラシオン大公家のザーリャ殿下の筈だけど、この道楽者の伯父貴に振り回されちゃいないだろうかと、少しばかり心配ではある。

「遅かったじゃねぇか」

 早速手にした杯になみなみと注いでやると、奴は「色々と首突っ込んでてな」と苦笑を浮かべた。

「またかよ。懲りねぇなあんたも」

「他でもねぇ、嘗ての部下の頼みとあっちゃぁ捨て置けないんでね」

「面倒見のいいこって……。今度は何だ?」

「悪巧みなんでね。ここじゃ言えねぇな」

 お嬢どもがあれもこれもと頼んでくれた、追加の料理が運ばれて来ると、奴は皿を受け取りながら意味深ににやりと笑う。

「何だよ、勿体ぶって」

「いずれお前さんにも手を貸して貰うさ。御出世召されたようだし」

 奴は俺の胸元の翼刃章を顎でしゃくると、杯を掲げながら片目を瞑って見せた。

「まんまと取り込まれちまったよ。暫くはこっちに根ッコを生やすことになりそうだ」

 呆れながら肩を竦めた俺に、奴はからかうような口調で訊く。

「『暫くは』……って、まだ向こうへ帰る気でいるのかよ」

「まぁ、仮住まいだけど、ベニカがこっちにいる限りはここで暮らすさ。タラサノの森も恋しいとは思うがね」

「そっちの『向こう』か。やれやれ。どうやらお前さんの根ッコは、とうに地底の内殻からは抜けちまったようだな」

 そう言ってからからと笑う奴に、俺は苦笑しつつ杯を傾ける。

 確かに、一杯の珈琲を飲むのにすら、手間が掛かる有様で、向こうに比べりゃこっちの生活は、万事が不便と言えば不便だが、今となっちゃ、丸でスヴェンの店で作った服のように、妙にしっくりと馴染む。

 五百年の長きに渡って地底に根ざしても尚、「先史時代」に地上で生きていた人類の遠い記憶が、管理局に弄られまくった俺の体のどこかにも、消えずに残っているという証なんだろうか。

 

 

 

 御礼奉公ってのは、思った以上にキツかった。

 サリミロ支部の所在地は、本部の二階に割り当てられた一室だったが、そこは専ら事務機能のみで、実際に精霊石の施術をするには、丘陵地の向こうのマルデリ神殿まで行かなきゃならないらしい。

 俺たち新人石使いは、半日掛けて現地に行き、翌日の午前に鉱夫から荷受をして、午後は日没まで働き、くたびれ果てて宿屋に戻ると、翌日また半日掛けて神都に戻り、それから事務所で伝票整理という強行スケジュールを課せられた。

 幸いにして俺の当番は週末に割り当てられていたので、帰った翌日は昼まで寝てられるのだが、週の始めに割り当てられている、セレネとユージンのケイディシア組は、始まってまだ二週間だってのに、そろそろ限界だと愚痴る毎日だ。

 その割には、終業後はお嬢どもと遊び歩いているようだけど。やれやれ。若いってのは羨ましいね。

「いやいや、旦那だってお若いじゃねぇですか」

 神殿近くの宿屋で朝飯を食った後、クレイグは決まって紙巻煙草を一服、のんびりと吹かす。

 鉱夫をやってた頃からの食後の習慣らしい。安い煙草なんだろうけど、紫煙が含む柔らかな香草の香りは悪くなかった。

 多くの鉱夫は飲む打つ買うの道楽者で、特に酒と煙草には目が無いそうだ。そんな連中に高価な水煙草を振舞ってやると持ち掛ければ、飛びついて来るのも無理からぬことだろうな。

「あっしなんざァ、休みンなると日がな一日ごろごろしてるんで、カカアに呆れられてまさ」

「あぁ、俺も同じだ」

「またまたァ、こっちの方が忙しいんじゃねぇですかい?」

 彼はにやにや笑いながら、意味深に小指を立てて見せる。

「こないだの宴ン時に、カカアが言ってましたよ。『神使様ってのは、本当にお綺麗なんだねぇ』って。あんな間近で見たのなんか初めてだなんつって興奮してやがる。ったく、イイ歳して小娘じゃあるめぇし……始末に負えねぇですヮ」

「いや、あんたの奥方は亭主思いのイイ女だよ。大事にしてやらにゃ」

 そう言ってやると、彼はてへへと照れ臭そうに笑いながら、短く刈った焦げ茶の髪をわしわし掻いた。

 過酷な鉱山暮らしの為なのか、浅黒い肌に刻まれた深い皺のせいで俺よりずっと年上に見えるけど、聞けばディエシーよりも若いらしい。

 その人懐こい性格と、飄々とした語り口から、門下生たちからも「お父さん」だの「親父っさん」だのと慕われているようだ。

「こいつは、石使いになった祝いだそうなんすよ」

 手にした火種入れを俺に示すと、彼は嬉しそうに眺めながらしみじみと言う。掌に納まる程の小さな真鍮の筒に、繊細な蔓草の彫金が施されている洒落た品だ。

「支度金がちょいとばかし余ったんで、カカアに簪の一本でも買ったらいいって渡したら、自分のじゃなくて、あっしのを買ってきやがった。何でだって訊いたら、『簪なんか買ったって、着けて行くところなんかありゃしませんよ』なんぞと笑うんですよ」

「へぇ。泣かせるね」

「まったく、勿体無ぇようですヮ。でも、これを見る度にカカアの苦労を思い出して、頑張る気になれるんでさ」

 そう言って再び照れ臭そうな笑みを浮かべると、遠くから聞こえて来た荷車の音に顔を上げた。

「お、御出でなすったようだ。行きましょうや」

 宿屋の窓から神殿を透かし見ると、彼は火種入れを大切そうに懐へ押し込み、灰皿に吸殻の先を押し付けながら立ち上がる。

 二人で神殿へ向かうと、石段の下で荷降ろしをしていた鉱夫たちが、俺たちに気付いて顔を上げ、陽気な声で挨拶をする。

「あれ、クレイグじゃねぇか!」

 知り合いらしい一人が笑顔で歩み寄り、懐かしそうに彼の肩を叩く。

「凄ぇな! お前さん、本当に石使いになっちまったのか!」

 胸元で光る金のブローチを指先で弾かれると、彼は照れ臭そうに笑いながらも、少々誇らしげだ。

「やっとこさ受かってね。イーシャには苦労掛けたから、これからはカミさん孝行だ」

「そうかぁ……良かったなぁ。いや、どうしてるかなと思ってたんだよ」

「えへへへ。御蔭さんで」

 二人は暫くの間その調子で荷降ろしをしながら、和やかに近況報告を交わしていたが、クレイグはふと顔を上げると、忙しそうに荷車と石段を往復する他の鉱夫たちの顔を見回した。

「そう言ゃボーアがいねぇな。奴は? いつもお前さんと一緒だったよな」

 彼の問いに、さっきの鉱夫が腰に下げた手巾で汗を拭いながら、呆れ顔で肩を竦める。

「奴さん、また悪い癖だよ」

「何だ。また『一山当ててやる』ってかい?」

 旧友の答えに、彼もまた呆れた様子で苦笑する。

「そうそう。何でも、口入屋からボロい儲け話を聞いたとかでさ」

「何だよそのボロい話ってのは。どうせまた碌なもんじゃねぇんだろ?」

「何だかね。相手の言う日に言われた場所へ行って、そこで荷受するだけの話らしいんだけど、その積荷ってのが何だか判らねぇ。こっちが教えろよって食い下がっても、にやにやしながらダンマリさ」

 その話に、荷降ろしの手を思わず止める。

「それって、いつの話だ?」

 俺の唐突な質問に、彼はクレイグと面食らったように顔を見合わせると、おずおずと歩み寄って来た。

「へぇ、おとついの話でさァ」

「場所は?」

「何か、セブランらしいっすよ。カラバル高原だとか言ってたな」

「カラバル高原……」

 確か、ウィレム王太子がベルに渡した地図に、そんな地名があった気がする。即応した補助脳のキャッシュを展開すると、サリミロとセブランの国境を挟んで横たわる丘陵地の果てに、隠し鉱山を示す×印が書き込んであるのが確認出来た。件の積荷は、恐らく精霊石だ。

「旦那、何かお心当たりでも?」

「あぁ、ちょっとね。近々、そのボーアとか言うのに会う予定はあるかい?」

「へぇ、来週あたりに飲もうって言われてますが……」

「こいつで詳しい話を訊いちゃもらえないか?」

 俺が懐から金貨を一枚出して見せると、怪訝そうだった彼の顔が途端に緩み、「お安い御用でさ」と言いながらぺろりと舌なめずりをする。

 彼は受け取った金貨を、嬉しそうに押し戴いてから懐に仕舞い込むと、荷降ろしを終えた仲間と共に、足取り軽く帰って行った。

「隠し鉱山だ。間違いねぇ」

 街道を遠ざかる荷車を、険しい表情で見送りながら、クレイグがぽつりと呟く。

「あんたもそう思うか?」

 振り向く俺に、彼は険しい顔のまま大きく頷いた。

「鉱夫の間でも色々と噂がありましてね。ヤバい山へ送る鉱夫や人足を、あちこちの口入屋が旨い話で集めてるんでさ。

 だけど、どれもこれも大金に釣られて行ったが最後、二度と戻って来れねえって。

 増してや、裏町でぶらついてるような山師の話なんてのは以っての外だ。山で働きたいなら、翼刃章の付いた契約書以外は信じちゃなんねぇっす」

 彼はそう言って首を振ると、「嫌だねぇ」と呟いた。

 この間の隠し鉱山にいた薬漬けの鉱夫たちも、そんな口約束で集められた連中だったのだろうか。

 一攫千金を夢見て入山した末が廃人だなんて、確かに碌でもない話だな。

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