師匠と共に、獲物を追い掛けて森中を駆けずり回るのは楽しかった。
深追いし過ぎて日のあるうちに帰れなかったり、手ぶらのまま疲れ果てて帰る日もあるにはあったけど、丸で自分が野生動物になったみたいで、その疲労感すら心地良かった。
ほんの一月ほど前には、スポーツクラブの体験コース如きで音を上げてたのに、今では気が付けば日が暮れてるなんて毎日だ。
師匠にとってそんなのはありふれた日常なのだろうけど、俺にとっては見るもの全てが新鮮で、触れるもの全てが知的欲求の対象だった。
中でも最も興味をそそられたのが彼の技だ。
彼の技術は、全てに亘って無駄がない。弓矢は勿論の事、小さなナイフから大型の斧に至るまで、完璧に整えられた道具を巧みに扱う様は、いっそ優美ですらある。
道具の中には、いくつか俺の指先が反応する物があるのも面白かった。道具を構成する素材の中に、時々先史時代のものが紛れ込んでいるのだ。
例えば、弓の素材。こいつが櫟材と炭素繊維を膠で張り合わせたものと知ったときには、正直呆れたものだった。彼らの間では「龍の皮」と呼ばれているとか。
他にも、辺境各国に点在する鉱山から、精霊石に紛れて出土する品が色々あって、城下の道具屋がホルザレン会から買い受け、使途不明のガラクタとして売っているらしい。
それらが整然と納まった樹上の小屋は、男二人が座って作業する分にも、さほど狭くは感じず、さながら要塞や秘密基地のように居心地がよかった。
ある時、俺が道具の間から古びた剣を見付け出すと、彼は例によって一通りの形を披露してから、あのいたずらっぽい微笑で俺に差し出した。が、重みに耐えるのがやっとで振るうどころではなかった。
そんな俺を面白そうに見ている彼だったが、ふと寂しげな表情を浮かべると、
「剣は忘れてしまいました」
と呟いた。俺にしてみれば、とてもそうには見えなかったが。
ともあれ、剣はともかく、ナイフの類なら俺でも何とか使えるようになった。
最初の頃こそ鴨一羽捌くにも四苦八苦で、親父さんの服を泥や血糊で盛大に汚しては、ベニカに叱られる日々だったが、最近では、どうにか大型の獲物も捌けるようになってきた。
もっとも、こういった技術はツールの助けが望めないので、いちいち師匠の助言を仰がなければならず、彼も俺の弓の腕とのギャップを不可解に思っている様だった。
捌いた獲物は干し肉や塩漬けや燻製に加工して、小屋のすぐ傍に開いた大きな洞に貯蔵しておく。
洞の底にはマイナスのパラメータが設定された、拳大の精霊石が敷き詰められていて、ちょっとした氷室になっていた。
パラメータの数値が小さいので、気化の速度も遅いようだが、それでも今の季節は一ヶ月持たないらしい。
反応を終えた石が気化することを、彼らは「精霊がいなくなる」と言った。
氷室の石が小さくなると、彼は燻製類を馬に負わせて村や城下に売りに行き、その代金で新しい石を手に入れて来るのだが、石だけでも結構な値段な上に、神殿で「精霊を呼び覚ます」のにも手数料が掛かるらしい。
石に関係するビジネスは、ホルザレン会の独占状態なので、その殆どが会の言い値で取引されているそうだ。「山は王の物だが、石は石使いの物」などと言う言葉があることも教えてもらった。
「じゃ、ベニカも金持ちなんだ」
「いや、鉱山へ入れば日当が出るんですが、修行中は無給だそうですよ。尤も、あの子は全部学校に寄付しちまうんですがね。生活は親方のケルデン師が面倒見てますし、欲が無いんでしょうね」
「へぇ。太っ腹だなぁ」
開け放たれた窓から、森の精気を含んだ風に乗って、鴨の雛を追い掛け回すベニカの無邪気な歓声が聞こえて来る。
「何でも会の理念が『神と社会への貢献』だそうで」
「なるほどね。素直に従ってるんだ。あいつらしいや」
大きな木桶で小屋に引き上げた石を、俺が一つずつ手渡すと、師匠は手際よく氷室に並べて行く。
間も無く作業も終わろうと言う時、彼は辺りを見回して「しまった」と呟くと、舌打ちをしてわしわしと頭を掻き、訝しむ俺に肩を竦めて見せた。
「種石を作ってもらうのを忘れてました。ベニカに頼まれた薄荷糖は、忘れずに買って来たんだけどなぁ」
彼はそう言うと、木の実の小籠と一緒に大切そうに置かれている、菓子屋の小さな紙包みを振り向いて苦笑した。
「種石?」
「えぇ。同じ精霊を呼んでくれる石です。今回は、うっかり種石まで消しちまったんで、作ってもらわなきゃならなかったんですが……」
どうやら触発モードのことを言ってるらしい。ならばと思い立って最後の一つを手に取ると、触発のパラメータをオンにした。
こうしておけば、こいつに触れた石は全て同じ条件で反応するようになる。あとは消える前に未反応の石を追加すればいいだけだ。
「今からこいつが種石だ。また買いに行くのも面倒だろうし、手数料くらいは浮くだろ?」
彼はきょとんとした顔で、礼を言いながら手渡された石を受け取ると、「こりゃいいや」と少年のような笑顔を浮かべたが、同時に「ホルザレン会には秘密だな」と苦笑交じりに呟いた。
作業を終えて下へ降りると、ベニカの姿が見えなかった。そういえば狩の途中で、あたりを警戒しながら山道を登って行く、不審な男達の姿を見掛けた日があったっけ。
慌てて探し回ると、当の本人は俺たちの心配をよそに、岸辺の小舟の中で、遊んでいた雛たちと共に、丸くなって眠っていた。
「あいつらは何だったんだろうな。狩人には見えなかったけど」
遊び疲れたのか、そっと揺さぶっても目を覚まさない。静かに抱き上げると、微かな寝息を立てる無垢な寝顔を見ながら、ふと湧き上がった不安を言葉にした。
「山師か石読みか……でも彼らならもっと身なりもいい筈です。石読みならクロークを纏ってる筈ですし……。もしかすると、山賊かもしれません」
彼もまた、奴らが消えた辺りを遠く透かし見ると、硬い表情でそう言った。
取り越し苦労だとは思ったが、万が一のことを考えて、翌日から狩に行く時はベニカは村に置いて来る事にした。
案の定、最初のうちは頑として聞き入れなかったが、本当なら親方に迎えに来てもらうところだと言うと、渋々ながらも納得してくれたようだ。
だが、事態は思わぬ展開になった。
彼女が留守番をするようになって数日後の朝、俺が狩に行くために身支度していると、水場の方からおカミさんたちの悲鳴が上がり、何事かと飛び出すと、目の前を騎馬の男が森へ向けて駆け抜けて行った。
「ランジャ様! ベニカが……ベニカが!」
「何?!」
咄嗟に弓を取ったが、既に木立に阻まれて見えなくなっていた。駆け寄って来たおカミさんたちによると、彼女が洗濯に出て来たところを、擦れ違い様に攫って行ったらしい。
村の男たちは既に鉱山へ出払っていて誰もいない。俺はおカミさんが震える手で差し出す、小石の詰まったあの皮袋を受け取ると、師匠の小屋へ急いだ。
「師匠!」
息を整えるのももどかしく樹上へ叫ぶと、ただならぬ気配に彼はすぐ飛び降りて来た。
「どうしました」
「ベニカが攫われた。多分、あの連中だ」
「何ですって!?」
「どうする。夕方まで村に男手は無いぞ」
「鉱山まで呼びに行くにも遠すぎますね」
彼は暫く考え込んでいたが、小屋へ戻って剣を取って来ると、馬に手早く鞍を置き、跨るなり俺に手を差し伸べた。
「行きましょう。時間が無い」
俺が後ろに乗ると彼はすぐに拍車を当て、森の奥へと向かった。
「やっぱり山賊か?」
「いや、多分隠し鉱山じゃないかと」
「隠し鉱山?」
「タチの悪い山師が、時折ああやって石読みを攫って行くんです。正式に依頼するには法外な金が必要ですから」
「なるほど」
「急がなければベニカの命が……。石読みを攫った事がホルザレン会に知られれば、奴らも只では済みませんから」
「畜生!」
暫く獣道を辿って行くと、突然、深い森には場違いなほど整備された空き地が、木々の間に見えた。切り払われたばかりの生々しい切り株が、掘り起こされて片隅に積み上げられている。
師匠は道を逸れた森の中に馬を隠して俺を促すと、空き地を遠くに見ながらそれと並行して斜面を登り始める。やがて頂上に辿り着くと、坑道の入り口が見下ろせる場所に出た。
賊が何人なのかは判らないが、繋がれている馬は六頭。入り口付近には大きな木箱の山が両側に並んでいて、どれも石で一杯になっているところを見ると、既に何人かの石読みが犠牲になってることが窺えた。
見張りはいない。日中の村に男手が無いことなど、とうに調査済みということなんだろう。舐められたものだ。
さて、奴らを外へ誘き出すにはどうしたものか。師匠もじっと黙ったまま坑道を見つめている。
焦る気持ちでじりじり考えていると、ふと思い立って矢筒から一本取った。
鏃を外し、空いた矢柄の先にナイフで切込みを入れると、ベニカの皮袋から取り出した、精霊石の欠片を挟んで元通りに締める。
同じものを三本作り終えた時、訝しげに俺の作業を見ている師匠の視線に気付いた。
「こいつであそこに積まれた石の精霊を叩き起こすんだ。盛大にね」
「なるほど」
彼は合点が行ったのか、強く頷くや否や軽い身のこなしで斜面を滑り降り、手前の木箱の山に身を潜めると、腰に佩いた剣を静かに抜いて構えた。
準備万端。俺は弓を取ると、石の付いた矢を三本まとめて番え、入り口に近い三つを選んでFCSに捕捉させた。
ハンドルを掴んだ指先で石の鏃に入力。パラメータは触発モードで0秒後にレベル125。放つと同時に三つの山が大音響と共に燃え上がった。
音に驚いて飛び出して来た賊を、師匠の剣が撫で斬りにする。彼を援護しつつ斜面を滑り降りると、二人で坑道へ飛び込んだ。
燃え盛る石の炎に照らされても尚、中の様子は朧気にしか窺えないが、ここにも石の入った木箱が積まれているのが見え、奥からは、複数の怒声と乱雑な足音が近づいて来る。
「おい! 何だありゃ」
「石が燃えてるぞ!」
「ま、まさかあいつらに見付かったんじゃ……」
「馬鹿野郎! ホルザレン会が怖くて山師が務まるか!」
やがて現れた男たちは、各々山刀や剣を手にしていたが、俺たちに気付くと一瞬たじろいで立ち止まった。
「な、何だお前ら……!」
賊は四人。頭目と思われる男の声で一斉に身構えるが、明らかに腰が引けている。
無理もない。留守と見て高を括っていた村の男が二人現れた上に、一人は鮮血の滴る剣を引っ下げているのだから。
「ベニカはどこだ」
「何だと……?」
「お前らが攫った石読みの娘だ」
「し、知らねぇな」
この野郎、この期に及んで白を切る気か。
奴の言葉を受けた師匠が、静かな殺気を放って剣を構える一方で、俺は傍らの木箱から拳ほどの石を取ると、奴らに向けて突き出した。
「ならばこいつに訊くまでだ」
0秒レベル250。入力すると同時に、手に載った石は凄まじい轟音と閃光を放って一瞬で気化する。
悲鳴を上げて腰を抜かした野郎共の向こうで、光の中に浮かんだ小さな人影を見付けると、奴等そっちのけで駆け寄った。ベニカだ。どうやら無事らしい。
縛られて猿轡を咬まされたまま、泣き腫らした顔で転がされている。戒めを解いてやると、しがみ付くなり火がついたようにわあわあ泣き出した。
「可哀相に。怖い思いをしたな」
宥めながら抱き上げて振り返ると、丁度師匠が四人目を縛り上げたところだった。
涙でぐしゃぐしゃなベニカの顔を見ると、彼の張り詰めた表情も、ここへ来てようやく和らぐ。
「あとはホルザレン会に任せましょう」
外へ出ると石はすっかり燃え尽きていて、辺りには賊の亡骸と木箱の残骸だけが散らばっていた。
師匠が隠していた馬の手綱を引いて戻って来ると、俺もまた、賊が残した馬の中から一頭拝借し、ベニカを乗せた師匠と共に帰途に付いた。