石使いランジャ   作:桜城静夜

84 / 85
16-3

 荷車がやって来たのは、明け方近くなってからだった。

 交代で仮眠を取りながら見張っていたが、思わずうとうとし掛けた時、薄闇を劈く指笛の音に目を覚まされた。

 眠っているベルを揺り起こし、壊れた鎧戸の隙間から外を窺うと、街道の真ん中に停められた荷車を目掛けて、谷間から森の斜面を登って来る複数の人影が見えた。どれも背に大きな麻袋を負っている。

 荷車の脇に立って密談する二つの陰は、ボーアと山師だろう。袋を積み終えると、山師は鉱夫たちを追い立てるように森の中へ消えて行き、彼は路上に放り出していた、似たような麻袋を石の袋の後ろに積むと、御者台に乗り込んで手綱を取った。

 短い声を掛けると、馬はのろのろと歩き出すが、車輪の軋む音から相当な重量であることが窺える。

 廃駅の前を通り過ぎるのを息を詰めて見送ると、距離が開くのを待ってから、手早く身支度をして外へ出た。

 裏手に隠してあった馬に騎乗すれば追跡開始だ。俺たちは街道へ出ると、道の果てに荷車を見ながら距離を保つようにゆっくりと進んだ。

 明るくなる頃、彼は休憩の為か停車場に入った。俺たちは一つ先の停車場で朝食を摂りつつ、店の前を荷車が通過するのを待つ。

 窓際でのんびり茶を飲む振りをしながら外を眺めていると、すぐ傍を通り過ぎて行く姿が見えた。

 割と地味な風貌の痩せた小男だが、鼻の頭の大きなほくろが目を引く。泥と埃に塗れた服は、鉱夫と言うよりは農夫の風情だ。なるほど。ああして見れば、収穫物を市場へと運んでいる最中に見えなくも無いな。

 何度か休憩を繰り返しつつ、夕暮れ時に宿場町へ辿り着くと、彼は、宿屋の前に荷車を停めた所を中年女に呼び止められていた。

「ねぇ、お百姓さん、積荷はお芋だろ? 少し分けておくれよ。お代は色付けるからさ」

 彼女は図々しくも荷台の後ろに積んだ袋の紐を解くと、中から大きな馬鈴薯を掴み出し、にこにこと上機嫌で彼に示す。あれは確か、後から積んだ袋だ。どうやら偽装に使う為に本物の芋を入れていたらしい。

「こらこら、駄目だよおカミさん!」

 彼は慌てて取り上げると、袋に戻して固く紐を結び直す。

「これはお城に納めるものだよ。売り物じゃぁない」

「何ぁんだ、そうなのかい。そりゃ残念」

 彼はおカミさんが肩を竦めて去って行くのを、大きな溜息をつきながら見送ると宿屋に入って行った。今夜はここで一泊らしい。俺たちもそれを見て頷き合うと、同じ店に宿を取る事にした。

 旅装を解いて階下の酒場へ下りると、独り手酌で飲んでいる彼に、男が歩み寄って来た所だった。俺たちは彼らに程近い席に付くと、ただの旅行者を装いつつ彼らの様子を窺う。

 馴れ馴れしく肩を叩き、差し向かいに腰掛ける男に、彼は胡散臭そうな顔を向けていたが、懐から出して見せた紙切れが、自分が持つ割符の対だと知ると、途端に上機嫌で杯を勧める。

 男がテーブルの上に皮袋を出すと、中に詰まった硬貨が音を立てた。彼は手に取って重さを確かめ、紐を解いて中を検めると満面の笑みで懐へ押し込む。

 報酬を受け取ったと言う事は、彼はここでお役御免と言う事か。食事を終えて席を立つ時、彼は男の肩をぽんと軽く叩くと、

「あんたも道中気を付けてな」

 と声を掛け、足取りも軽く二階の客室へと上がって行った。どうやら積荷はあの男に引き継がれたらしい。

 

 

 

 こんな調子で、荷車は宿屋毎に複数の男たちへと引き継がれながら、二週間ほど掛けて漸く城郭の見える宿場町まで辿り着いたのだが、そこから先は城下へは入らず、街道を脇道に大きく逸れると、そのまま一路北へと向かった。

 新芽の萌え出ている広大な薬草畑を縫って、荷車は郊外の平原を黙々と進む。

 やがて肥沃な畑は荒地へと変わり、鬱蒼と茂る森に覆われた山間部へと差し掛かると、街道の石畳は苔と雑草に覆われるようになる。

 人の往来も絶えて久しいのか、時折見かける廃駅も、朽ち果てて蔓草に覆われ、半ば森に飲み込まれているものばかり目立つようになった。

「どこへ向かっているのかしら」

 尚も進む荷車を遠く見遣りながら、ベルが不安げに呟く。

「峠を越えれば国境なのに……」

「その先は?」

「辺境国ハシュエル。北方三国の一つよ」

 乾いた声で答える彼女の、白桃の頬が心なしか青褪めて見える。疲れもあるのかもしれないが、神に滅ぼされたと言う呪われた地の伝説が、彼女の畏怖心を掻き立てているのかもしれない。

「怖いか?」

 と訊ねると、

「そうも言ってられないわ」

 と答えながらも、硬い表情で唇を噛み締める。

「滅ぼしたって言われてる当の本人と一緒なんだ。大丈夫さ。もっとも、丸で記憶に無いけどね」

 おどけた調子で言ってやると、呆れたような微笑で強張った表情を緩めてくれた。

 国境が近いことを示す石の道標も、風雨に晒され苔生して殆ど判読不能だ。検問所だったと思われる廃屋も、そうと知らなければただの瓦礫の山にしか見えない。

 風化した石積みの隙間を埋める雑草が、小さな蕾を寒風に揺らしている。その様子は、あの森の中に討ち捨てられていた、内殻エレベータの出口を覆う神殿の遺跡を思い起こさせた。

 

 

 

 やがて峠の頂に辿り着くと、眼下の景色は密生する原生林に覆われた。遥か地平まで見渡す限りの樹海だ。

 遠く霞んで見える小高い丘の上で、城砦の尖塔と思しき物が樹冠の上に突き出ている以外は、嘗てここに辺境国があった事を示すものは何も無い。

 昼尚暗い森の中を貫く、下草に埋もれた街道に、荷車が下げたランタンの光の輪が、揺らぎながら遠ざかって行く。

 どうやら今御者台にいるのが最後の男らしい。彼は時折野宿をしながら、あの樹海に飲み込まれた城を目指しているようだ。

 俺たちもまた、彼から死角になる場所を選んで野宿する。

 用心の為に火は使えないけど、精霊石ならある。沢でコッヘルに水を汲み、付近で狩った兎や鶉の肉片に、塩漬けの干し肉を足して香辛料を入れ、最後にレベル25を入力した石を放り込めば、程よく加熱出来る。

 ベルは怪訝そうな顔で俺の作業を見守っていたが、出来上がったものを取り分けてやると、ほっとした笑顔を浮かべ、

「こんな使い方、初めて見たわ」

 と、感心した様子だった。

「本職は狩人だって言ってたけど、本当だったのね。狩をしてる時、何だか生き生きしてたもの」

「何だ。疑ってたのかよ」

 苦笑する俺に、彼女は「この目で見るまではね」と、片目を瞑って見せた。

 冬支度は万全とはいえ、日が落ちればさすがに冷え込みは厳しくなる。熱いスープで人心地付いたか、ランタンの小さな灯りに照らされた彼女の白い肌にも、仄かに赤味が差して見えた。

「有難う。美味しかったわ」

 と微笑む顔も満更お世辞でもなさそうだし、大雑把な俺の料理でも令嬢の口に合ったようで、まずは重畳。

「いつかは、帰るんでしょう?」

「え?」

 彼女の問いに、思わずどきっとする。

「タラサノの森の狩人だったと聞いたわ」

 あぁ、そっちに帰る話か。そうだよな。彼女がアルコロジーの存在を知ってる筈は無い。ほっとしながらも「まぁね」と曖昧に返す。

「名手と謳われるその弓の腕も、森に鍛えられたものなのかしら」

「師匠が良かったんだ。弓だけじゃなくて、獲物の捌き方も、食い方も、保存の仕方も、一番気前よく買ってくれる村まで教えてもらったよ」

「ミルジオさんね。ベニカが話してくれたの」

「あぁ、彼は凄い。謂わば森の賢者だね。でも、騎士として仕官することになったから、彼の技術は俺が継がなきゃ」

 いずれにしろ、そいつは全部終わった後だ。だけど、帰ったらきっとやる事が山積みだな。五年もほったらかしじゃ、樹上の小屋も組み直さなきゃいけないだろうし、小舟も腐っちまってるだろうから、新調しなきゃ釣も出来ない。

 師匠が残してくれた斧や鉈も錆付いちまってて、鍛え直さなきゃ使えないだろう。いっそトゥラシオンの名匠にでも頼んで、俺の手に馴染むように作り変えて貰おうか……。

「ロアルデに現れる前は、何をしていたの?」

 彼女の声が、不意に現実へと引き戻す。同時に、目の前に広がっていた美しいタラサノの森も、鬱蒼と密生する禁足地の闇に姿を変えた。

「あんたもフリッツと同じ事を訊くんだな」

 皮肉めいた口調で言ってやると、彼女もまたにやりと苦笑を浮かべる。

「これでも本部監査の端くれですからね」

「覚えてない。なァんて言っても通用せんか……」

「さて、どうしようかしら」

 彼女は細い指先を頬に当てて思案顔を作ると、いたずらっぽい眼差しでチラと俺の顔を盗み見た。

「俺やディエシーの過去を探ってどうしようってんだ? フリッツは『神祖と聖下に傅く為』とか言ってたけど、具体的には何をやってる? 俺もまたホルザレン会の正体には興味がある。交換条件だ。こいつを答えてくれたら、俺の話もしてやるよ」

 少々意地が悪いかなと思いつつも質問で返してやると、彼女は呆れ顔で「まぁ。抜け目の無い事」と肩を竦めたが、

「いいわ。私も全容を知ってる訳じゃないけど……」

 と前置きをしてから話し始めた。

「ホルザレン会と神祖との繋がりは深いわ。元々神殿の管理は神官の役割で、石使いは祭壇を借りているに過ぎなかったの。でも、二十一年前に聖旨が下されて、世界中の神官が神都へ召し出されてからは、ホルザレン会に任されるようになったそうよ。

 だけど、神族でないと触れられない事も多かったから、石使いたちもまた神官と同様の知識を得る必要があったの。神殿を維持する為には、神々の御座す神界の事も知らなければならないから」

「世界中から神官を……? そいつはまたご大層な御布令だな。二十一年前に一体何があったんだ?」

「判らない。だけど、それ以前の宮廷では、神託を聞くのは司祭以上の位を持つ者の役割だったのが、以降は全ての神官に課されるようになったとは聞いたことがあるわ」

「神官の質が低下したか、さもなきゃ、神様に聞かなきゃならない事でも増えたか……」

 何気なく挟んだ言葉に、彼女ははっとして顔を上げると、「まさか……」と呟いた。

「『ヨルンの蔵』を探してる……?」

 だが、すぐにそれを打ち消すように首を振ると、

「ただの言い伝えだわ。そんな筈は無い」

 と苦笑する。

「俺がそこから来たって言ったら、信じるか?」

 その一言で、弾かれたように俺の顔を見上げる彼女に、冗談めかしてにやっと笑って見せるけど、鋼の瞳は明らかな動揺を映したままだ。

「あなた、今何て言っ……」

「この世界に来る前は、『ヨルンの蔵』に居たって言ったのさ。詳しい事は俺も判んねぇけど。俺の居た世界では、そんな風には呼ばれてなかったし。

 だけど、ベニカから聞かせてもらった神話には、向こうでの出来事と色々符合する事が多くてね」

「何ですって……?」

「先人の叡智を納めた蔵と言えば言えなくも無い所だし、そこへ入る為には特別な鍵が必要だし、二七〇年前に何者かに忍び込まれて、ぶっ壊されちまった事件も実際に起こってる。そのお蔭で、仕事がべらぼうに増えちまってさ。往生してるよ」

「そんな……まさか実在していた何て……!」

「だけど、宮廷の連中は、何だってそんな血眼になってあれを欲しがってるんだ? あそこにあるのは大昔の記録ばっかりで、言ってみりゃ『知の墓場』だ。こっちの世界で使えるようなもんは何も無ぇと思うけど」

 半ば呆れたような物言いで肩を竦めて見せると、彼女はふと顔を曇らせた。

「宮中に参内していた頃、不吉な噂を耳にしたことがあるの」

「不吉な噂?」

「えぇ。畏れ多い事に、聖下が呪いを掛けられていると……」

「『呪われたお姫様』……か。で、解法を納めた蔵の在り処を神様に聞いて回る為に、世界中から神官が掻き集められた、と」

 そう言えば、トルフィニ師もそんな事を言っていたな。彼女が「鍵の守人」を仰せ付かったのは、女皇が呪いを掛けられて神界の鍵を失ったが為だと。

 それが確か三十五年前の話。「ヨルンの蔵」捜索の聖旨が下されたのが、彼女の言う二十一年前だとすると、秘匿されていた筈の鍵の存在が知られたのもその頃か。

 十年前の、セブランのナクルタツリ侵攻に乗じての典薬寮襲撃も、その計画の一環だったんだろうか。だとしたら、その情報を齎したのは一体誰なんだ……?

 そもそも女皇に纏わる計画なら、その鍵だって、聖旨一つで召し上げられるものじゃないのか? 何も態々武力を持ってしてまで奪う必要も無かろうに……。

 何かに思い当たりそうなのに、考えが纏らない。さすがに疲れが溜まって来たか。

「もしその噂が本当だとしたら、解く術はあるの?」

「さぁね。俺も全てに触れられる立場にあった訳じゃないから、よくは判んねぇけど、少なくとも、そう言った魔法の類は無かったな」

 彼女は「そう……」と呟くと、ランタンの中で次第に小さくなって行く精霊石を見詰めたまま、暫く何事かを考え込んでいる様子だったが、再び顔を上げると、今度は俺の顔を見詰めた。

「何?」

「そう言えば、どうして『雷神の御子』が『ヨルンの蔵』にいたの? もしかしてあなた、本当は『雷神の御子』じゃなくて……」

「何だよ。あんたもベニカと一緒になって、俺を魔物呼ばわりするのかよ。酷ぇなぁ」

 少しばかり大袈裟に嘆いて見せると、微かに怯えを滲ませていた彼女の眼差しがふと緩み、苦笑を浮かべると肩を竦めた。

「御子様だったり、狼だったり、魔物だったり……。あなたも忙しい人ね」

「そうそう。忙しくってくたくた。そういう時はさっさと寝ちまうに限る」

 言いながら毛布に包まり、大きなあくびをすると、立ち木に背を預けて蹲る。彼女もまたランタンに新しい石と獣除けの練り香を追加すると、俺の隣に腰掛け、ぴったり寄り添うと静かに瞼を閉じた。

 毛布を通しても伝わる、心地よいまどろみを誘う、柔らかな温もりと甘い香り。

 小さくなった石が消え、次の石が火屋に当たってカラと小さな音を立てると、遠巻きに窺っていた獣の気配が慌てて逃げ去って行く。

 漆黒の闇は、それきり眠りこけた様に何の音も立てなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。