やがて気色悪い身体検査を終えると、小姓たちは元通りに服を着せ、その上でご丁寧に再び枷を嵌めると、兵士たちの後ろへと下がった。
俺は再び引っ立てられて廊下へ出ると、ぞろぞろと十人を引き連れて謁見の間の大扉をくぐる。
宰相だの尚書だの将軍だのと並み居るお歴々が、ぴたりと雑談を止めてひそひそ囁き合う中、兵たちは、俺を玉座の前まで連れて来ると、王に一礼してから左右の二人を残して脇へと控えた。
背後で大扉が閉じられる音を聞きながら玉座を仰ぐと、王冠を戴いた男が、肘掛に頬杖を付き、気怠い眼差しで俺を見下ろしながら呟いた。
「神族か……」
三十も半ばと言ったところか。長く艶やかな銀髪が目を引く。細身の長身と白い肌の整った顔立ちは、一見するとソロ系とも見紛うばかりだが、瞳の色は硝子玉の様に鈍く凍て付く灰青色だった。
これが、聖山を滅ぼした「狂王」ジョセルか……。もっと粗暴で獰猛な野獣を想像していたが、深閑として底知れない静謐を纏ったこの男の醸す雰囲気は、丸で死の匂いを孕んだ深夜の森の様だった。
「詮議を始める」
宰相と思われる老人の嗄れた宣言に、俺と王以外の全員が頭を下げる。以降はしわぶき一つ無い緊張した静寂に包まれた。
「御主、名は?」
気怠そうな質問に、
「ランジャだ」
とぶっきらぼうに答えると、王の銀色の眉が微かに跳ね上がった。
「御主は余の客人を拐したそうだが、如何なる故あっての事か」
「客を塔の天辺に監視付で閉じ込めるのは、この国の流儀かい?」
俺の不遜な物言いに、将軍と思しき騎士が「何を!」と気色ばむが、片手を挙げて王が制すると、渋々引き下がった。この際だ。言いたい事は片っ端から洗い浚い言っちまえ。
「あいつはあんたンとこの兵隊に、言い掛かりを付けられてしょっ引かれたんだ。悪いけど返してもらったよ」
王はそれを聞いて「ほう」と呟くと、顔を上げて控えていた兵を見た。
「ガストン、この者の言はまことか?」
背後に進み出た気配が、「はっ」と緊張した返事を返す。
「あの女薬師は、再三の御召しにも頑なに応じませんでしたので、止む無く……」
声からすると、広場で睨み合った隊長のようだ。彼は王が頷き、仕草を以って下がらせるまで、終始緊張した様子でぴりぴりとしていた。
如何に屈強な兵だとて、さしたる理由もなしに一国を滅ぼす様な狂人相手とあっちゃ、無理も無い話だよな。
「どうやら行き過ぎではあったようだが、これもあの者の忠義によるものだ。咎める程の事ではない」
「あいつみたいな黒髪の美女がお好みだって聞いたけど、つまらん言い掛かりをつけて無理やり手に入れなくたって、その男前で口説けば靡く女もいるだろよ。
もっとも、あいつはすぐに噛み付く凶暴な奴だから、閉じ込めておいた方が無難だとは思うがね」
背後で誰かが吹き出して、慌てて咳払いをする。その様子に王は唇の端で微かに笑った。
「余が求めているのは后ではない」
「へぇ。じゃぁ何だって美女を掻き集めてるんだ? まさか片っ端から晩飯代わりに喰ってるんじゃあるまいな。それとも、滅ぼした国のお姫様を探し出して、取り零したお宝の在り処でも聞き出そうってハラかい?」
「宝を奪ったはハルトランガだ。余は彼奴に復讐したまで」
「そいつァ凄ぇ。一国を滅ぼすに値する宝ってのは一体何だ?」
すると王は、何故か自嘲するかのようにふっと鼻で嗤い、
「魔道師如きには到底判るまい」
と呟くように言った。
「御主の宝とは何だ? あの薬師の娘か?」
「俺はあんな跳ねッ返りは御免だね。確かに美人だとは思うけどさ。あいつは相棒の想い人なんだ。何かあればあんたもただじゃ済まないだろうよ。悪いこたァ言わねぇ。あいつにゃ関わらないが肝要だ」
「ほう。それは面白い。御主の友もまた魔道師か? 聞けば御主、魔道の術を以って我が兵を撃退したそうだが、神都の乱以降、聖旨によって禁じられたを承知の上での所業か?」
「さぁね。俺は最近こっちに来たばかりのオノボリさんなんだ。神都の事情なんざこれっぽっちも知らねぇよ」
「神族でありながら神都を知らぬと申すか。よもや神界から来たとでも言うのではあるまいな」
「だったらどうする?」
そう言ってにやりと笑う俺の背後が、俄かにざわざわと騒々しくなる。大方、どこぞで耳にした俺の噂話でも囁き合ってるに違いない。
「なるほど、やはりそうであったか。ロアルデ北方にて蘇った『雷神の御子』は、石使いの姿で現れると……」
僅かながらも狼狽を含んだ王のその一言で、俺の背後が更に騒然となり、両腕を掴んでいた兵どもも、一瞬、慄いて身を引いた。
「新任の親方、御主は名を何と申したか」
顔を上げ、列席者の群れへと目を遣る王に、親方は、「はい」と歯切れの良い返答と共に進み出る。
「コンラートと申します。ベルジュに替わりまして、御城下の支部を預かることになりました。この度は漸くお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」
少しばかりの皮肉も込めながらも恭しく拝礼する彼を、王は鼻白んだ顔で見下ろした。
「御主ら石使いは、身分を騙る者には殊の外厳しいと聞いたが、この者の翼刃章は本物か?」
彼は質問を受けて「失礼します」と頭を下げてから、俺の目の前に立つと、胸元の翼刃章を摘まんでひっくり返し、銀縁の眼鏡を掛け直すと、下辺の縁に刻まれた文字を読み上げた。
確か、試験で唱えた術譜の一節が刻まれていると聞いた。自分が唱えた術譜を知らない石使いは存在しない。それが何を表すのかを答えられなければ、偽者と判る仕組みだ。
「何の術譜か、答えられますか?」
「『聖山の鎧』っす」
即答する俺に、親方は「素晴らしい」と呟いて微笑むと、玉座を振り返り、
「本物の石使いに御座います、陛下」
と声を張り上げた。
「なるほど、本物か。ならば問うが、聖下の御許に本拠を置き、無位無官を旨としながら、宮廷ばかりか、賢者の間にすら立ち入ることを許されている御主らホルザレン会が、何故魔道師を正式な石使いとして認めた?」
「金の翼刃章は、会が求める資質を備えている証に御座います」
慇懃にして決然と向き合う親方に、王は毒を含んだ物言いで尚も迫る。
「ほう、してその資質とは何か? 石の精霊を操るもまた魔道の術ではないのか?」
「石使いの技は、神界の力を借りて成すもの。謂わば、神技の代行者とも言えましょう。世に仇成す魔道とは似て非なるものです」
「この者の技が世に仇成すものでは無いと?」
「お疑いなのでしたら、陛下御自らお確かめになられては如何でしょう? 彼の技をご覧になった上で尚、魔道と思し召しでしたら、聖旨に則って処罰すれば宜しいかと」
おいおい、無責任な事言わないでくれよと一瞬焦ったが、彼はふと俺を振り向くと、いたずらっぽく片目を瞑って見せた。
どうやら何か企んでるようだ。いいだろう、乗ってやろうじゃないか。
「……よかろう」
王もまた言いながら頬杖を外すと、玉座を見上げる俺たちと対峙する。
「ロアルデに顕現した御子は、タルセンド城謁見の間にて雷の精霊を召喚し、先王ディエシーの賞賛を受けたそうだな」
「まぁね」
「御主がまこと『雷神の御子』ならば、この場に於いても同じ技を成せる筈だが……?」
「お安い御用だ」
俺の答えを受けて鷹揚に頷くと、王は傍に控えた宰相に目配せをする。
やがて、宰相から命じられた小姓が、二人掛りで石の詰まった木箱を運んで来ると、俺の目の前に下ろした。何もこんなに沢山持って来なくたっていいだろよ。城ごと吹っ飛ばせってか?
苦笑しつつ足枷の鎖を引き摺って箱に歩み寄ると、一番上に乗った一つを手に取り、玉座に向かって掲げた。
「いくぜ」
言葉と共に0秒レベル250を入力。一瞬の閃光と共に大広間を揺るがす轟音は、雷の精霊と言われればそう見えなくもない。
残響と共に上がる列席者の悲鳴に、何だか妙な懐かしさを覚えつつ、すぐ傍で両手を耳に押し当て、首を竦めていた親方と苦笑を見交わす。
さて、奴さんの反応はどうかと二人で玉座を見上げると、王は、あの無機質にも見える灰青色の瞳を丸く見開いたまま、驚愕とも恐怖とも付かない顔で立ち尽くしたまま、俺の手元を凝視していた。
「神界の……力」
掠れた声で呟く王に、
「左様に御座います、陛下」
と殊更慇懃に言って頭を下げてやる。それを見て漸く我に返ると、王は少しばかりふらつきながら、慌てて支えようとする宰相の手を制して玉座に腰掛けた。
「なるほど、神官どもが、神聖騎士団に命じてまで奪還せんと躍起になる筈だ。その力を持ってすれば、アシュリ女皇に代わって、世界を手中にするも叶わぬ夢ではないな」
その一言に、宰相はたちまち青くなって震え上がり、
「なりませぬ!」
と縋り付く。
「なりませぬ、陛下、それはなりませぬ。『雷神の御子』は、畏れ多くも聖下が振るわれる護世の剣。私欲を以って弄すれば、必ずや神罰が下りましょうぞ!」
年寄りの必死の説得にも拘らず、王は窘められた餓鬼の様に、興を削がれた様子で肩を竦めた。
「世の乱れを正すが為……か。ペドロよ、そも世が乱れる所以とは何だ? 神都では、聖下は何者かの呪詛を受けて、今や政も儘ならぬとの風聞もあるそうではないか」
「そ、それは……」
「永久の御世と謳われながらも、五百年とは長き治世よ。さすがにご威光の翳りは如何ともし難い様だな」
皮肉めいた口調に対して、宰相が狼狽を隠すように深々と頭を下げると、王は俺たちに向き直り、にやりと笑った。
「ペドロに免じて首は取らずにやろう、『雷神の御子』よ」
気怠そうなその一言を受けて俺が大きな溜息をつくと、神罰を免れたと思ってか、大広間にも安堵の空気が満ち広がる。
「時に御主、この世界に現れて間もないと申したが、北方三国を滅ぼした時の事を覚えているか?」
唐突な質問に少々面食らいながらも、「いいや」と首を振ると、王は意味深な微笑を浮かべて頷き、
「我が王家には、彼の三国に纏わる言い伝えがあってな……」
と切り出しながら、ゆったりとした仕草で肘掛に頬杖を突いた。
「創世の後、聖下が世界を十柱の神に分けられた時、北方三国の民もまたその恩恵に浴したが、多くが神の偉功を称える中、その力を欲した者があったそうだ」
淡々と語られる神話に、列席者は王の意図を測りかねてか、誰もが異様な緊張を持って耳を傾けている。
「その者は、元々三国の民を束ねる王であったが、世界が神々の手に渡った時にその座を追われていた。その恨みもあってか、神界の力を得るために、ある時、神の子を捕らえるとその身を裂いて食った」
ざわめきが沸き起こり、戦慄に総毛立つ。何て野郎だ。神の子を食っただと? そりゃ滅ぼされても当然だ。
「子を奪われた神の悲嘆に触れられた聖下は、『雷神の御子』を遣わして、王の臣民を全て焼き払わせた。だが、神の血肉を喰らって神界の力を手に入れていた王は死を免れ、聖山の麓に落ち延びたと言う。即ち、彼こそが我が神祖だと……。ケレブ、この者の両手首を切り落とせ」
「……は?」
耳を疑ったのは将軍だけじゃない筈だ。俺もまた背筋を伝う冷たいものを感じながら、不敵な笑みすら浮かべている王の、凍て付いた美貌から目を離せずにいた。
「この者の、両の手首を切り落とせと言ったのだ。確かに命までは取らぬと申した。だが余は神界の力を得たい。御主も見たであろう? この者が、石に触れただけで雷の精霊を呼び覚ますを」
「し、しかし陛下……」
「この者を生かしたまま神祖に倣うには、最良の方法だと思わぬか?」
「陛下……!」
抗議の為に声を上げた親方を、王は蝿でも払うかのように、うるさそうな仕草で下がらせる。
命を受けた将軍は、額に脂汗を滲ませ、剣把に手を掛けたまま王の顔を凝視していたが、枷をぶら下げた俺の手首に視線を移して生唾を飲み込むと、意を決したか、兵たちに「押さえて置け」と命じて抜剣した。
列席者のどよめきの中、将軍は二人の兵に俺を羽交い絞めにさせ、もう一人には、両腕を前に突き出す様に手枷の鎖を引くよう命じる。
勘弁してくれ。切り落とした俺の手首を食うつもりなのか? 神界の力ってのは、そうまでして手に入れたいものなのか? こいつはそんなもんなんかじゃなくて、ただの他愛無いツールでしかないってのに。それに、既にあんたは「狂王」の異名を以って、辺境諸侯から恐れられる存在となってるじゃないか。
「やめろ、やめてくれ……!」
あまりのおぞましさに吐き気がする。力に目が眩んだ野郎ってのは、ここまで狂えるものなのか。それとも、狂っているのはこいつだけか?
上擦った声で呟く俺などお構い無しに、将軍は両手で剣把を握り締めると、手首に向けて正眼に構えながら、
「神祖ブラタンドの加護あらん事を」
と唱え、一思いに振り下ろした。
「ぅが!」
叫ぶ暇もない。動脈をやられて迸る鮮血は、異状を察した補助脳が閉鎖した為にすぐ止まったが、急激な血圧低下を防ぐには遅過ぎた様だ。
激しい眩暈に襲われて、血溜まりの中へ膝を突く俺を、親方の力強い手が支えてくれた所までは覚えていられたが、俺の名を叫ぶ声は、耳鳴りに掻き消されて微かにしか聞こえなかった。