石使いランジャ   作:桜城静夜

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その18.見習い薬師について
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 多分、この程度の修復なら、一時間程で終わるだろう。

 待ってなくたっていいんだぞと言ったけど、ベルは微笑んだだけで答えなかった。

 ロナの奴はクレイドルの機能を疑ってたけど、修復された手を見たら何て言うだろう。あいつの事だから、求婚は無かったことにされるだろうな。言われた時は満更悪い気もしなかったけど。

―― やぁ、久し振りですね。

 薄闇と心地よい温もりに包まれてたゆたう中、補助脳がクレイドルと接続した途端、今度はのっけから高感度で割り込んで来た。確かこのおっさん、セリオンとか言ったっけ。

『毎度どうも。今日は感度良好っすね』

―― ここ暫く何だか干渉やら輻輳やらで、めっきり繋がらなくなりましてねぇ。以前、全システムがダウンした時に、修復されない不具合がかなり残ったようですから、そのせいですかね。

 少しばかり困ったような口調でぼやく彼の一言に、俺は軽く衝撃を受けた。

『え? システム・ダウンって……。あんた、アルコロジー住まいなのか?』

―― えぇ。もっとも、残ってるのは管理局の基幹だけで、他は随分前から止まってますけどね。

 そうか。故人のデータが収蔵されてる領域は、大抵基幹に直結してる。生き残れたってのも変な言い方だけど、こうして話が出来るのは、既に生身の体を持たない存在になっていたからだ。

 これを幸運と見るか、取り残された不運を嘆くかは彼の気の持ちようだろうけど、話し振りを聞いてる限りじゃ、結構暢気にやってそうだな。

『それじゃ生きてるアルコロジーとは言えねぇなぁ』

―― そうですねぇ。残念ながら。レクテナも殆ど受信してないようでしてね。僅かな電力で基幹だけが辛うじて生かされてる状態です。

『レクテナが死んでる? じゃぁ、バックアップだけで? そんなので足りてるのか?』

―― いえ、全く別の系統から供給されてますね。こっちからの制御《て》が効かないんで、恐らく緊急用なんでしょうけど、結構安定してるんで助かってますよ。

『別系統ねぇ……。ところで、そこはどこのアルコロジーなんだ? 俺は「ダート630」から地上に出て来たんだけど』

―― あぁ、やっぱりあそこはまだ生きてるんですね。独立型だったことが幸いしたんでしょう。

『生きてるったって、虫の息だけどな』

 突然のノイズに、彼の返答が掻き消されて行く。それを聞いて、俺はいつに無く焦りを感じた。

『おい、またいきなり切れるのかよ! そこは一体どこなんだ?!』

―― わた……の……は、「マ……クト2……9」……す……。

 辛うじて聞き取れた一言を最後に、彼は再び沈黙したが……。

 何てこった。「マルクト249」だって? あそこは他のアルコロジー同様、五百年以上前から音信不通だって聞いたぞ。

 でも彼は、基幹システムは生き延びてるって言ってたな。て事は、二百七十年前の不正アクセスはあのおっさんの仕業なのか? 確か、あそこの住人なら「M249」で始まるIDを持ってる筈だ。

 ……いや、ちょっと待て。それよりも更に重要な事に気が付いた。彼はどこのクレイドルを使っても、俺の補助脳に割り込んで来る。と言う事は、この世界のクレイドルは、全て彼の居る死に掛けのアルコロジーに接続してるって事か?

 そもそも「マルクト249」ってのは一体どこにあるんだ? 調べようにも、「先史時代」に作成された地上の地図は、過去に大規模な地殻変動があったとかで使えないとも聞いたぞ。

 嘗ては、全地球測位システムなんて便利な物もあったらしいけど、管理していた国家も「先史時代」の終焉と共に姿を消してる。

 衛星本体もとうの昔に役割を終えて、周回軌道を回る粗大ゴミと成り果てた。今となっちゃ手掛かりは皆無だ。

 あぁ畜生……。管理局にしても石使いにしても、こいつの事は俺の仕事には関係ないってのに、気になって仕方がない。あの時、アーカイヴであのファイルを見ちまったのが運の尽きだったんだろうか。

 だが、俺の抱えるそんなぐるぐると堂々巡りの思考も、クレイドルによって容赦なく熟睡の深淵へと引き摺り込まれると、けたたましいアラームで叩き起こされる頃には、ちっぽけなキャッシュになって補助脳の奥底へと押しやられていた。

 空の棺桶を出て身支度を済ませると、控の間のアイコンに触れてドアを開く。どうやら手首から指先に至るまで、問題無く修復出来た様だ。

 向かいの壁に寄り掛かっていたベルが、俺に気付いて顔を上げると、「お待たせ」なんぞと言いながら挨拶代わりに軽く手を挙げてやる。

 彼女は歩み寄ってその手を取ると、優しく撫でながらほっとしたような微笑を浮かべたが、ふと不安げな眼差しで俺を見上げた。

「ジョセル陛下は、神界の力を得たのかしら」

 思わず吹き出しそうになるのを、どうにか堪えつつ首を振る。

 信心深いこの世界の住人にしてみれば、狂王が神の力を得るなんて、恐怖以外の何物でもないだろう。笑い事じゃないってのは判ってるんだけど。

「ありゃ俺を丸呑みしたって得られるような代物じゃねぇよ。神の子を食えば神になれるなんて迷信もいいとこさ」

 茶化し気味に言ってやると、張り詰めた様子だった彼女の表情が安堵に和らぐ。

「何だか、セブランの薬師が二流の域を出ない理由が判ったような気がするわ」

 呆れながら零す溜息に、苦笑交じりに肩を竦めて見せると、くすくす笑いながら促す彼女と共に神殿を後にした。

 

 

 

 支部に着くと、礼を言おうと思っていたのに、親方は出掛けていて留守だった。

 宿へ引き上げようかと思ったが、

「二階の部屋でしたら、どうぞご遠慮なくそのまま使って下さい」

 との書生氏の申し出に、有難く甘えさせて貰う事にした。

 宿を引き払って戻って来ると、部屋の中ではロナが腕組みをしたまま、うろうろと苛立たしげに歩き回っていた。

 さすがに夢屋の衣装ではなく、素っ気無い男装に着替えてはいたけれど、眠らなかったのか顔色はあまり良くなかった。

 彼女はこちらに気付くなりぴたりと足を止め、つかつかと歩み寄ると、修復したての俺の手を取り、黒い瞳を真ん丸く見開いた。お帰りも無しにいきなりそれかよ。

「どうよ」

 少々得意げに言ってやると、彼女は掴んだ俺の手を凝視したまま「治ってる……」と呟いた。

「蜥蜴みたい」

 悪態じみた一言にベルがクスと笑みを零すと、ロナはその顔をチラと盗み見て、少しばかり罰の悪そうな顔をする。

「おいおい、亭主に向かって蜥蜴みたいは無ェだろよ」

「誰が亭主よ。調子に乗らないで頂戴」

「だって今朝……」

「今朝言ったのは、治りっこないと思ったからよ。治ったのなら私の手助けなんて要らないでしょう? 何を甘ったれてるのよ」

 心底呆れた様子で肩を竦めて見せるけど、俺に嫁ぐ必要がなくなって内心ほっとしてるに違いない。口の端で笑ってやがる。何だかあまりにも予想通りの展開なもんで、思わず苦笑が浮かんじまった。

「何にやにやしてるのよ。いい事? 今度また亭主面したら、毒を山ほど盛ってやるから覚悟して置きなさい」

 偉そうに人差し指を鼻先に突き付けながら言い放つけど、

「俺、毒なんか効かねぇもん」

 と、クソ餓鬼みたいな口調でからかってやると、忌々しそうに睨み付ける。

「そんな心配しなくたって、あんたみたいな跳ねッ返りなんざ、カミさんにしようなんて思わねぇよ」

「誰が跳ねッ返りですってぇ?!」

 言葉と同時に繰り出す拳はカーリャ張りに見事だったが、俺が咄嗟に受けるとは思わなかったらしい。

 相手に取って不足無し。お返しとばかりに放った拳は難無くかわされたが、カッとなった彼女が挑んで来た蹴りをも受け止めてやると、さすがに狼狽と驚愕の色を隠せない様子だ。

 その隙を突いて反撃、と思ったのも束の間、覚えたばかりの蹴りを放った瞬間、天地がひっくり返って目の前に星が飛んだ。

「いッてェ……」

 どうやら足首をあっさり取られてバランスを失ったらしい。強かに打った腰がずきずき痛む。あぁ格好悪ィ……。

「やあ、お元気そうで。その様子なら無事修復出来たようですね」

 不意に親方の明るい声がした。まだチカチカする瞼をどうにか抉じ開けると、にこにこ覗き込んでる親方の向こう側で、驚いた様な呆れ顔のベルと、これ見よがしに両手の埃をぱんぱん払う、ロナのしたり顔が見えた。

「あぁ、どうも」

 何だか極まり悪くて、くしゃくしゃ頭を掻きながら慌てて起き上がる。

「御蔭さんで。迷惑掛けちまって面目無ぇ。ちょいとばかし調子に乗り過ぎちまった」

「いえいえ。ランジャ殿の啖呵は実に痛快でしたよ。色々と有用な情報も手に入りましたし。こちらこそ、無事に救出しましょうなどと言って置きながら、果たせずに申し訳ない。

 ペドロ宰相の諫言なら、陛下も容れて下さると踏んでいたのですが、まさかああいうお考えに至るとは、予想だにしませんでしたから」

「そりゃ俺たちがまともだって事の証左っすよ。まともな人間に、狂人と同じ考えなんぞおいそれと出せるもんじゃない」

「なるほど。陛下と対等に渡り合う為には、私も狂人になるべきでしたね」

 彼は真顔でしれっと言い放つと、俺と顔を見合わせて吹き出し、軽やかに笑った。

「そう言えば、奪われた宝ってのは何なんすかね」

 ふと漏らした俺の呟きに、彼が「そうですね」と思案顔で言いつつ腕組みをすると、ロナもまた「宝?」と怪訝そうに見上げながら問う。

「あぁ、王が言ってたんだ。ナクルタツリ侵攻は、宝を奪ったハルトランガ王への復讐なんだとさ」

「何て奴! 言い掛かりもいいとこだわ。陛下は無欲で高潔な方だったのよ。奇襲を仕掛けてまで他国の宝を奪うような俗欲塗れの卑劣漢が、何を世迷言を言ってるのかしら」

 彼女は憤然として言い切ると、大袈裟に肩を竦めながら首を振って見せた。

「ですがロナ殿、ジョセル王とあなた方の陛下は、神都にあった王太子の砌には、無二の親友だったそうではありませんか」

 優しい口調で言う親方にも同じ調子で反発するかと思いきや、彼女は何故か目を伏せて黙り込むと、キッと唇を噛み締めた。

「まさか、嘘だろ?」

 と問い返す俺に、ベルもまた、

「私も聞いた事があるわ」

 と言葉を継ぐ。

「私が参内していた頃には、ハルトランガ陛下は既に聖山の王となられて久しかったから、直接お見掛けした訳ではないのだけれど、年上の巫女や女官たちは口々に仰っていたわ。神聖騎士団にいらした頃のジョセル陛下は、明朗快活な若武者で、物静かで博学な宮廷薬師のハルトランガ陛下を、兄上の様にお慕いしていらしたと。だから、戦の報せには誰もが驚いたそうよ」

 静かに語る彼女の言葉を、ロナは押し黙ったままじっと聞いていたが、重い溜息を一つついて、

「師匠から……聞いていました」

 とだけ呟いた。知っていたのか。裏切りがあったからこそ、彼女は余計にあの王が赦せないんだな。

 それにしても、高貴な青年騎士を修羅の狂人へと変貌させた宝とは、一体何だったんだろう。そして、それを奪ったと言うあの美しい王の咎とは……。

「あ、そうだ」

 聖山で思い出した。俺は荷物をまさぐると、あの死んだ薬師から預かっていた薬包を見付け出し、彼女の目の前に突き出した。

「何、これ?」

「トルフィニ師に渡してくれって、旅の途中で預かってたんだ」

 彼女はきょとんとした顔で受け取ると、バルコニーから差し込む日の光に中身を透かして見た。

 が、さっと表情を引き締めると、自分の荷物の中から乳鉢を取り出し、テーブルの真ん中に置くと、包みをそっと開いて中身を空けた。薄茶色の微小な顆粒が鉢の底に溜まる。

「これは何?」

 歩み寄ってそっと覗き込むベルに、彼女は険しい眼差しを鉢の底に向けたまま、

「薬草の種です」

 と硬い声で答えた。

「しかも、ただの薬草じゃない。パパヴェイルの種だわ」

「パパヴェイル……って?」

「芥子の一種よ」

「芥子……!」

 俺の呟きに、彼女は振り向いて大きく頷いた。芥子の未熟果から採れる樹脂は、言わずと知れた阿片の原料だ。何だか胸の奥がざわつく。

「正法でも少しは使うけど、厳しく制限されてる。ケイディシアを騒がせたあの水煙草にも、この薬種を大量に含んだ紫花天蠍晶が使われてたわ。御典薬師以外には栽培も精製も許されていない、禁制の薬草よ」

 やはりそうか。彼女が眉を顰めて捲くし立てるその言葉に、親方も「何と……」と絶句する。

「どうしてこんな物をあなたが持ってるの? 預かったって言ってたけど、一体誰に?」

「判らねぇ。ハシュエルとの国境に近い森の中で会ったんだけど、手足に枷を嵌められててさ。がりがりに痩せて衰弱し切ってたから、そいつを託すと名前も言わずに死んじまったよ」

「枷ですって……? 一体どうして……? その人は薬師だったの? 男? 女? 歳は幾つ?」

 急き込むように畳み掛ける彼女に、ベルは静かに首を振って見せた。

「歳は判らないけど、薄茶の髪の若者だったわ。トルフィニ師の事だと思うけど、『これを大師に』と言っていたから、彼も薬師だったんじゃないかしら。そうだわ、左の頬に指先ほどの赤い痣があった。何か手掛かりになるといいけど……」

 彼女の言葉を受けて、ロナは眉根を寄せて記憶を辿っているようだったが、

「サナン……サナンかもしれない」

 と呟くと、顔を上げて俺たちの顔を見回した。

「どうして彼がハシュエルに? 北方三国だなんて、たとえ修行だとしても行くべき場所じゃないわ。ロアルデに立ち寄った時、リコナがとても心配してたのよ。『修行に出たきり一度も帰って来ない』って」

「リコナ師って、あの施療院脇の薬屋の、世話焼きな婆さんか?」

「そうよ。サナンは彼女の孫で直弟子だったの。正直で真面目で大人しくて、枷を付けられるような人じゃないわ」

 前に一度、ベニカが風邪を拗らせた時に世話になった事があった。タラサノ村から馬を飛ばして薬を買いに来た俺に、薬以外にもあれこれ持たせてくれた上に、非常時の男親としての心構えまで説いてくれたっけ。

 期待の跡取りの無残な最期を知ったら、あの人のいい婆さんはきっと悲嘆に暮れるに違いない。そう思うと胸が痛んだ。

「何ともキナ臭いですね」

 親方は誰に言うとも無く呟くと、組んでいた腕を解き、指先で顎に触れた。

「その彼は、御典薬師だったんですか?」

 彼の問いに、彼女は強く首を振る。

「いいえ。まだ修行中だったと思います。御典薬師となるには、修行を終えた後に師弟で聖山に赴き、大薬師長の承認を得なければなりませんから」

「件の薬種を精製する法は、習得していたんでしょうか」

「恐らく、習得はしていたと思います。でも、承認が無ければ使用は許されません」

「なるほど。技術は持っていた、とすると、監禁されて精製を強要されていた、とも考えられますね」

 その一言に弾かれた様に顔を上げると、彼女は「そんな……!」と呟きながら、冷徹にすら見える落ち着き払った彼の顔を見詰めた。

「監禁していたのは、蓮火幇……?」

 不安げな顔で訊ねるベルに、彼は「恐らく」と短く答える。

「この国のどこかに、蓮火幇が擁する秘密の薬草園があるのでしょう。足枷を付けたままでは、逃走も儘ならないでしょうから、彼が亡くなった場所からはそう遠くないかもしれませんね」

「ハシュエル領内なら一面が原生林だ。隠すにゃ打って付けだな」

 そう言って親方と頷き合う俺の腕を、ロナが唐突に掴む。振り向くと、じっと見上げる黒い瞳には燃えるような怒りがあった。

「案内して。全部焼き払ってやるわ」

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