支部で装備を整え、いざ出発という時、書生氏が騎士団を伴って戻って来た。
どうやらプリシラ誘拐の報も届いたようで、五名の騎士は皆、朱赤も鮮やかな国章を付けた、揃いの甲冑を纏う物々しい重装備だったが、玄関ホールに通されて兜を取ると、居合わせた俺に気付くや否や全員が身構えた。
何もそんなに怖がらなくたっていいだろよ。思わずにやりと笑って片手を挙げながら「よう」と声を掛けてやると、隊長と思しき三十絡みの大柄な金髪の騎士は、
「そ、その手は、一体……」
とうろたえながら、ぴかぴかに磨かれた篭手で俺を指差した。
「手? 手がどうしたって?」
動揺も露な彼に茶化すような口調で言ってやると、彼ははっとして顔を上げ、半ば呆れたように大きく溜息をついた。
「あの仕打ちを受けても何事も無く回復されるとは……。なるほど、やはり貴卿は噂通り『雷神の御子』でいらしたか」
「さぁね。俺はただの石使いだよ。『雷神の御子』ってのは、謁見の間で両手を失った野郎のことだろ?」
尚もすっとぼける俺に、彼は「左様であった、左様であった」と、さも愉快そうにからから笑うと、篭手から抜いた手を差し伸べて来た。
「ホアキンと申します。お見知り置きを。御子殿」
「御子殿はやめてくれよ。ランジャでいい」
人懐こそうな笑顔と硬く握手を交わした時、玄関の大扉が開いて親方が入って来た。振り返って一斉に敬礼をする騎士団に、「ご苦労様です」と折り目正しく会釈する。
彼はホアキン隊長に歩み寄ると、「これを」と言いつつ一枚の図面を差し出した。
隊長が広げたものをベルと共に覗き込むと、そこに描かれていたのは大きな邸の平面図だった。どうやら侯爵別邸の見取り図らしい。
あちこちに見られる親方の字の書き込みは、ジェイドから聞き取った情報のようだ。どうやら施療院にいる彼の元に出向いて、聞き取りをして来たと見える。こいつは有難い。
早速補助脳に納めると上層に置き、図面そのものは隊長に持っていて貰うことにした。彼が部下に手渡すと、彼らも一様に目を通し、互いに確認し合っていた。
「邸の外とは言え、隙を突かれました」
いつも余裕綽々な親方にしては珍しく、沈痛な面持ちで告げると、悔しそうな溜息をつく。
「いや、まさか主の令嬢を狙うなんて、誰も思わないっすよ」
俺の言葉に、彼は苦り切った表情で首を振る。
「これが蓮火幇の遣り方ですか。彼らにとって忠義とは何なんでしょう」
「目的の為なら手段を選ばないって奴だな」
「どうやら邪法薬師には、我々の正義は通用しないようですね」
僅かに怒気を滲ませた彼の口調に俺が頷くのを見ると、隊長はにやっと笑って、
「ならば、我らがそれを示してやるまでだ」
と力強く言う。
親方もまた、その言葉に「期待しています」と答えると、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
騎士団と共に城下を出ると、一路エブロイス領へと向かう。
人質救出の策は、現地までの中二日で、隊長と情報を交換しながら練ることになったが、さすがに警察と軍隊の機能を兼ね備えてるだけあって、彼の采配は手馴れたものだった。
一つ手前の宿場で出した斥候を移動しながら待ち、彼らが戻ると、齎された情報の共有と段取りの確認を済ませ、夜を待って装備を整えると、別邸近くの林へ潜んだ。
俺たちも当たり前のように頭数に入ってる辺り、ホルザレン会に対する信頼の程が窺える。事を前にしては、石使いを嫌う王の心情など、慮っていられないってのが実情か。
合理主義に徹さざるを得ない現場の担当者にとって、建前だらけの宮仕えってのは、つくづく辛いもんだね。
今夜は満月の筈だったが、幸いにして厚い雲が垂れ込めている。夜陰に乗じるには好都合だ。
俺とベルは、交渉人に立てる二人から甲冑を借りて騎士に化けた。石使いを敵視する彼らを、必要以上に刺激しない為との隊長の配慮だ。
頃合を見て彼らを出すと、俺たちも侵入路に決めた裏門へと急いだ。交渉と言っても、話し合いでの解決なんぞハナから期待しちゃいない。陽動が彼らの役割だ。
特に話術の巧みな二人を選んだと言っていたから、言を左右にのらりくらりと時間稼ぎをしてもらう事になる。
それにしても、甲冑ってのは想像以上に重い。見た目よりも可動部が多いので、動き辛いという事は無かったが、重い上に視界も狭い。
オーラート城下で着た鎖帷子も大概だったが、柔軟性があるだけあっちのほうがまだマシだ。
裏門に辿り着いた時点で、既に息が上がった己の非力に呆れつつ、よくもまぁこんな装備で戦なんぞやれるもんだと改めて感心する。
中でもホアキン隊長は別格だった。何しろ愛用の得物が戦斧なのだ。こいつを雄叫びと共に容赦なくぶん回して門扉を錠ごと粉砕したのには、爽快通り越して唖然としたね。
物音に驚いて出て来た門番が、すさかず抜剣すると見るや、躊躇無く真っ二つに斬り捨てる辺り、豪快さではディエシーの大剣といい勝負だ。
騎士団と知って尚抵抗するのであれば、即ち逆賊と言う訳か。彼らの正義ってのは、いっそ清々しいほどに単純明快だな。
この勢いで通用口へ雪崩れ込み、精霊石の煌々と灯る回廊を巡って上階へと向かう。先に出した斥候によれば、人質が匿われているのはその先らしい。
陽動が功を奏したか、警備の私兵が押っ取り刀で駆け付けて来たのは、裏階段に差し掛かった所でだった。
躍り出た腕自慢の二人に足止めを任せて階段を駆け上がる。
春とは言え、夜になれば未だ冷え込みは厳しいってのに、既に甲冑の中は汗だくで、じっとりと濡れた鎧下が、両肩に掛かる重量と不快感を倍増させていた。
上階へ上がる手前で隊長が立ち止まり、後続の俺たちを制しながら面甲を跳ね上げると、彼の金色の前髪からも、滴になった汗が鼻の頭に滴り落ち、熱した呼気が凍て付く夜風に白く立ち昇るのが見えた。
彼は角の向こうを一瞬だけ覗き込み、そのまま待てと後ろ手に合図すると、にやりと笑って左の篭手を外し、徐に指笛を吹いた。
回廊を張ってた兵たちが、「何だ?!」の声と共に、靴音高くばらばらと向かって来ると、十分に引き付けたところで飛び出し、戦斧の一振りで諸共に薙ぎ払う。
血飛沫と共に肉塊と化した敵を見て思わず口笛が出た俺に、不敵な笑みで答えると、彼は立てた親指で先へ行けと仕草した。ここで階下から来るであろう敵兵を待ち受ける手筈だ。
辿り着いた先は、見取り図によれば書庫だ。互いに面甲を跳ね上げて頷き合うと、俺は剣把に手を掛け、ベルは篭手を外すと優雅な仕草でノックした。
「誰だ」
聞き覚えのある鋭い声はあの女家令、イスカのものだ。ベルは軽く深呼吸をすると、極力優しく明るい声で言った。
「お茶をお持ちしました」
「茶だと? そんなものを頼んだ覚えは無い」
声と共に近付いて来る足音が扉の向こうに聞こえると、ベルもまた籠手を嵌めて静かに剣把を握る。他に物音は無い。どうやら敵は一人のようだ。
「今宵は冷え込みますので、お風邪を召されてはと思い、淹れて参りました」
「余計なことを……」
忌々しげな物言いと共に開錠の音がすると、抜剣して把手が回るのを待ち、扉が開き掛けた瞬間に蹴り開けて飛び込むと、一瞬怯み、咄嗟に剣把へ手をやったイスカの喉元に切っ先を突き付けた。
俺を射殺さんばかりに睨み付ける切れ長の瞳は、蒼玉の様に鮮やかな青だった。細い肩先では、亜麻色の巻き毛が豊かに波打つ。
すらりと華奢な肢体に剣帯を帯び、かっちりとした男装を纏った姿は、なるほどジェイドの言った通り、美しいと言えば言える容姿ではあったが、こう言う鼻ッ柱の強い手合いは、正直言って好みじゃない。
「し、神族……!」
俺の瞳の色に気付いたか、驚愕と狼狽を含んだ呟きを漏らす。
「やぁ、先日はどうも」
「何だと……? まさか貴様、あの夜の……!」
「毎度御贔屓に。ホルザレン会で御座います」
「何故だ。何故神族が魔道師などに……?!」
「さてね。俺には邪法薬師が良家のお嬢ってぇ方が解せねぇよ」
茶化した物言いでにやりと笑って見せると、彼女は紅い唇を歪めてギリと歯噛みした。
「姉様!」
窓際の椅子に縛り付けられていたプリシラが、兜を脱ぎながら駆け寄るベルを呼ぶ。
「大丈夫? 怪我は無い?」
プリシラは戒めを解かれると、泣きそうな声で「姉様、姉様」と呼びながら、優しく問い掛ける彼女にぎゅっとしがみ付いた。どうやら無事らしい。
イスカも観念したのか、剣把から静かに手を放すと苛立たしげな溜息をついた。が、気を緩めた一瞬の隙に、身を屈めて体当たりを食らわし、派手な音を立てて尻餅を搗く俺の脇を擦り抜け、部屋を飛び出して行った。
驚いて「ランジャ!」と叫ぶベルの声を聞きながら、慌てて立ち上がると兜を脱ぎ捨てて彼女を追う。
「待て! このクソアマぁ!!」
甲冑の重量がもどかしい。斬り捨てられた手下の亡骸に気付いたか、イスカは隊長が張ってる場所とは逆方向に逃げて行く。
が、行く手を女中と思しき若い女に阻まれると、「そこをどけェ!」と叫びながら、迷わず抜剣しやがった。
「危ない! 逃げろ!」
俺の怒声は届いた筈なのに、竦んでしまったのか女中は動かない。
が、彼女が御仕着せに押し込めた窮屈そうな胸元に手を遣った次の瞬間、しなやかな白い指が小さく光る何かを放つと、イスカは首元を押さえて数歩よろめき、力無く膝を突いた。
その場にくずおれながら取り落とした剣が、大きな音を響かせる。
「はァい。お疲れ、兎ちゃん」
一体何が起きたのか理解出来ず、肩で息をしながら呆然と歩み寄る俺に、女中はロナの声で言いながらひらひらと手を振った。兎ちゃんはやめろと言った筈なんだがな。
「おい、まさか、これって……」
上がった息を整えるのももどかしく問う俺に、彼女はいつもの生意気な微笑を浮かべると、胸の谷間から小さな瓶を抜き出して見せた。ジェイドが持ってた毒針の瓶と似ているけど、こいつは緑色だ。
「麻痺剤よ。殺しはしないわ。ご心配なく」
そう言えば、ナクルタツリの離宮でトルフィニ師が持っていたものも緑だったっけ。どうやら瓶の色ってのは薬の効能と関係があるようだ。
「イスカ……イスカ!」
背後から呼ぶ声を振り返ると、背の高い痩せた紳士が駆け寄って来たところだった。
贅沢な仕立ての服を纏い、綺麗に撫で付けたアッシュブラウンの髪と、同じ色の口髭を刈り込んだ出で立ちは上品ではあるものの、神経質そうな青白い風貌からは、あの豪放磊落なイグナシオ卿の血筋は窺えなかった。
「何故騎士団が我が邸に……! 彼女に何があった! 彼女に何をした! 」
倒れたまま動かない彼女を見てパニックに陥ったのか、リオネル卿は喚くように俺たちに詰め寄る。
呆れた親父だ。こんな事態になってるってのに、今の今まで何も知らずにいたってのか。
プリシラと共に駆け寄って来たベルもまた、その様子に唖然としているようだったが、鋼の瞳に怒りを灯すと、つかつかと歩み寄るなり、ぱァん! と小気味いい音を立てて彼の横ッ面を張り飛ばした。
「案ずるべき相手が違いましてよ」
静かながらも厳しい彼女の物言いに、彼ははっと顔を上げると、自分を見上げている娘の、妙に醒めた眼差しを振り向いた。
「プリシラ……何故ここに……?」
「父上は何もご存じ無いのね」
突き放した口調で言い放つ彼女に、彼はおずおずと歩み寄るが、硬い表情で後退さられると、所在無さそうに立ち止まった。
「何を言ってるんだ。そんな事は無いよ。ただ、薬術の研究が忙しくてね……」
「父上はいつもそうね。母上が出て行ってしまわれた時も、私の成人の儀の時も、忙しいと仰って書斎から出て来ても下さらなかった。父上はいつも亡くなった叔父上の事ばかり……生きている私たちの事など、どうでもいいんだわ」
「いや違うんだ、プリシラ。私は……」
「嫌い、大嫌い!」
触れようと伸ばした彼の手を邪険に振り払うと、彼女は涙声で叫んで駆け出す。慌てて後を追うベルを、血塗れの戦斧を担いだ隊長は、面食らった顔で咄嗟に避けると、呆れた溜息をつきながら歩み寄って来た。
「交渉人が伺った筈ですが、ご存じなかったのですか? リオネル殿。貴卿の邸は、蓮火幇なる賊に占拠されておったのですよ」
「ホアキン殿……」
呆然として腑抜けた声で呼ぶリオネル卿に、彼は担いだ戦斧を下ろしながら肩を竦めて見せる。
「ともあれ、御息女が御無事で何より。事の次第は、後ほど御説明申し上げます。書斎にてお待ち頂きたい」
「あ、あぁ、かたじけない」
戸惑った様子でそれだけを漸く言葉に出し、書斎へ戻って行く彼の悄然とした後姿を見送ると、隊長は横たわったままのイスカの傍らに跪いた。
「これは如何に……?」
苦しげな息はしているものの微動だにしない彼女に、彼は訝しげな眼差しで俺とロナを交互に見上げた。
「双児宝瓶氷水天華《そうじほうへいひょうすいてんか》。四肢の自由を奪う麻痺剤ですわ」
彼女は言いながら屈み込むと、イスカの首筋に刺さった針を抜き、彼へ示すと優雅な仕草で瓶に戻した。
やっぱり、あの時トルフィニ師からくすねた秘薬だったか。双宝氷水天華ってぇ名前も長ったらしいとは思ったが、あれでも略称だったんだな。
「そなたは?」
「夢屋のロナに御座います」
艶然たる微笑で答える彼女に、さしもの猛者も思わず相好を崩す。
「おぉ! そなたが……。コンラート殿から伺っておりました。なるほど、お美しい方だ」
その言葉に微笑のまま目礼で返すと、彼女はふと表情を引き締めて彼の顔を覗き込んだ。
「この邸には、まだ囚われ人が残って御座います。隠し部屋の鍵はこの女が持っていると聞きました。探ってもよろしいでしょうか」
そうだ。ジェイドによれば、正法の薬師があと三人、幻覚剤の精製の為に監禁されてるって話だったな。ロナにしてみりゃ、そっちの方が重要なんだろう。
彼女は隊長の許可を得ると、早速傍らに跪き、厳しい顔で服の中をあちこちまさぐり始める。
最後に上衣の胸元を大きく開くと、そこから覗く白磁の肌に俺と隊長が慌てて目を逸らす中、「あった!」と嬉しそうな歓声を上げた。どうやら首から提げた銀鎖の先にぶら下げていたようだ。
開いた胸元を彼女が元通りに整えると、隊長はイスカを軽々と担ぎ上げる。
「薬の効果はあと一時間程で薄れます。お気を付けを」
彼女は手に入れた鍵を自分の首に掛けながらそう言うと、彼の「承知仕った」との返答を待って俺と頷き合い、共に中庭の庭師小屋へと急いだ。