石使いランジャ   作:桜城静夜

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 イスカは城の地下牢に収監された。

 ケイディシア事件の前例に倣って、牢には毒殺や自殺を防ぐ為に、厳重な警備が敷かれているらしい。

 だけど、あの女の口もかなり厳重なようで、未だに一言も喋らず、取調べに当たってるホアキン隊長たちも、些か閉口気味だとか。

 で、拷問も止む無しとの声が出る頃になって、漸く口を開いたそうだが、にやりと笑いながら放った一言は、

「あの石使いどもになら喋ってやろう」

 だったらしい。あのクソアマ、どこまで人を馬鹿にすりゃ気が済むんだ。

 あまり行きたくない場所ではあるけれど、他でもない隊長の依頼とあっちゃ受けない訳にはいかない。俺たち三人は連れ立って城へ赴くと、態々出迎えてくれた彼と共に地下へと降りた。

「よう、ご無沙汰」

 軽く片手を挙げながら鉄格子の向こうへ声を掛けると、石の壁に寄り掛かって蹲っていた彼女が、気怠そうな仕草で顔を上げた。さすがに少しやつれたようではあるけれど、その氷のような美貌に翳りは無かった。

「来たか、魔道師ども」

 彼女は不敵な笑みを浮かべて立ち上がると、呆れ顔を見交わす俺たちに静かに歩み寄った。

「この度はお招き頂きまして、恐悦至極に存じます」

 たっぷりと皮肉を込めて言ってやると、彼女はフンと鼻を鳴らして「ほざけ」と吐き棄てる。

「で? 俺たちに話したい事ってのは何だ? ご指名頂いたのは光栄だがね、俺たちもあんたに聞きたい事は山ほどあるんだ。さっさと始めようぜ」

「ほう、聞きたい事か。よかろう、気が向いたら答えてやる」

 倣岸不遜な物言いに、腹の底で思わず拳を固める。つくづく可愛げの無い女。鉄格子に邪魔されてなきゃ、張っ倒してるところだ。

「じゃぁ、まず一つ目だ。あんたら蓮火幇の目的ってのは何だ?」

「世の乱れを正し、神聖を取り戻す事だ」

「はぁ?! 乱してンのは手前ェらじゃねぇかよ! よくもまぁ抜け抜けと……」

 思わず声を上げた俺に、奴はにやりと笑って見せる。

「貴様らのような、穢らわしい魔道師を一掃する為だ。多少の犠牲は止むを得まい」

「多少だと? 手前ェ、一体何人死んだと思ってやがるんだ!」

「ほう、『雷神の御子』を僭称する男がそれを言うか」

「このアマ……!」

 思わず両手で鉄格子を掴んだ俺を、ベルはそっと制すると、意味深に片目を瞑って見せた。

 駄目だ俺。挑発されるとついつい熱くなっちまう。大きな溜息をついて彼女の肩を軽く叩き、無言のまま選手交代に応じる。

 後ろで見守っていた隊長に肩を竦めて見せ、その隣で腕組みをしつつ壁に寄り掛かると、お手並み拝見とばかりに、奴と彼女の遣り取りに耳を傾けた。

「中々の美女だな。そちらの薬師共々、あの男の情婦か?」

 それを聞いて咄嗟にカッとなる俺とロナをよそに、彼女は微塵も動揺を見せず、余裕綽々と言った微笑を浮かべると、「あら、羨ましいの?」などと言ってのけた。

 今度は奴の方が、耳まで赤くなりながら「な、何を言うか!」と反駁する。形勢逆転。どうやらこの手の役はベルの方が適任なようだ。

「あなた、巫女だったわね?」

 その一言に、奴は狼狽も露に「何?!」と噛み付く。

「幼い頃に身に付けた立ち居振る舞いは、そう簡単に隠し遂せるものじゃないわ。

 でも、私が参内していた頃に、あなたを見かけた事はなかったから、入れ替わりになっていたのかもしれない。当時のお目付け役にお訊ねすれば、あなたの素性は判りそうね」

「御主も……巫女だったか……」

 苦々しく呻く奴に、彼女は「ええ」と穏やかに微笑む。

「ジェイドの話では、金色の封蝋を施した手紙が度々届いていたそうだけど、差出人は、参内していた頃のお知り合いかしら? これも当時の人脈を当たれば調べは付きそうね。あなた方の幇主様も巫女なのかしら? それとも女官?」

「蓮火幇の幇主が巫女や女官の筈は無かろう?」

「あらそう? 宮廷薬師として参内なさっておいでであれば、お使いになる封蝋は深緑の筈だけど」

「宮廷薬師とは限らん」

 揶揄を含んだ口調で言い放つ奴の嘲笑を、

「なるほど、親玉共々偽薬師って事ね」

 と挑発するロナの一言が打ち消す。

「何だと貴様! 我らが幇主を侮辱するか?!」

「あら、世間じゃ手形を持たない薬師を偽と呼ぶのが常でしょう? それに、真の蓮火幇はギルメル城陥落時に、幇主ラトリを失ったのを機に解散してる。

 彼らは聖山で最も高潔な薬師だったのよ。毒使いの偽薬師風情が騙っていい名前じゃないわ」

「我らを毒使い呼ばわりするか。ならば、かの『蓮火晶』を擁するナクルタツリ王家は何だ? 王自らが邪法を操る毒使いではないか」

 彼女は一瞬険を含んだ眼差しで奴を睨むが、ふと表情を緩めると、紅い口角をにぃっと引いて堕天使の微笑を浮かべた。

「その言葉こそ、偽薬師の証だわ」

「何?!」

「あなたは知らないでしょうけど、『蓮火晶』もまた、きちんと正法の薬術に基いて調合された薬香よ」

「『蓮火晶』が正法だと? 偽りを申すな! あの狂毒に解毒法など……!」

「『正法とは相克なり』。幼い頃から修練を積んでいた正法の薬師なら、誰でも知ってる事よ。

 『蓮火晶』は別名、『氷陽焔月赤霞晶《ひょうようえんげつせっかしょう》』とも呼ばれているわ。

 この名称だけでも判る。氷陽晶と焔月晶、相克する二つの薬種から成っている事を表してるのよ」

「二つの薬種……二人の姫に託された薬譜……か?」

「さぁ? たとえご存命でいらしたとしても、恐らく姫様はご存知無いでしょう。お二方はあまりに幼な過ぎた。秘術は名だけを残して、伝承されないまま永遠に失われたわ」

 奴はそれを聞きながら俯くと、

「解毒法が……あっただと? 父もフィデル殿も、死なずに済んだという事か……」

 と呟きながら、震える唇を噛み締めた。

「ナクルタツリを恨むのは筋違いよ」

 硬い口調で叩き付けた彼女の言葉を、奴は俯いたまま「黙れ!」と遮る。

「亡くなったのは御父君と許婚かしら? お二人を戦へと駆り立てたのは何? ジョセル陛下の野心ではなくて?」

「うるさい黙れ! 陛下に野心などあろう筈は無い!」

 尚も畳み掛ける彼女に、奴は大声で噛み付くと顔を上げ、あの凍て付く青い瞳に、燃えるような怒りを番えて射竦めた。

「覚えているがいい、魔道師ども。秘術は必ずや陛下の手中に帰する」

「何ですって?! 一体どういう事?」

「幇主の偉業の為だ。今私が言わずとも、いずれ思い知る」

「蓮火幇とはどういう関係なの?!」

 彼女が鉄格子を掴んで詰め寄ると、奴は思わせ振りな笑みをにやりと浮かべて一歩後退さる。

「話すべき事は全て話した。帰れ」

「全てですって? 冗談はやめて。こっちにはまだ聞きたい事が沢山あるのよ!」

「無駄だ。帰れ」

 奴は嘲笑を浮かべたまま、素っ気無く言い放って踵を返すと、ここに来た時と同様に、奥の壁に寄り掛かって腰を下ろし、鉄格子を掴んだまま怒りに身を震わせる彼女を、にやにやしながら眺めた。

 彼女は暫くの間そのまま奴を睨み付けていたが、埒が空かないと見たベルに優しく肩を抱かれると、忌々しげにぷいっと顔を背ける。

 俺と隊長が、ベルの目配せに頷いてその場を離れると、彼女もまた心残りな様子を見せながらも、大人しく地下牢を後にした。

 隊長は二人の後姿を見遣りながら、

「ベルナデット殿は美しいばかりか、なかなかのやり手ですな」

 と、俺にこっそり耳打ちする。

「百戦錬磨って奴だな」

 と小声で答えて思わず苦笑を見交わしていると、ふと振り返った彼女がにやっと笑う。

 「女は怖いね」と呟きながら肩を竦める俺に、彼もまた得たりと言った顔で、「如何にも」と頷きながら忍び笑いを漏らした。

 

 

 

 上階へ出ると、城内の彼の居室に立ち寄ることになった。

 剣や盾といった無骨な調度が設えられた室内に通されると、部屋付きの小姓が恭しく出迎えてくれる。

 勧められて腰掛けたソファの前のテーブルには、精査中だったのか、押収品と思われる書類が広げられていた。

 何でも、主だった証拠品は粗方処分された後だったとかで、邸から押収した資料にもめぼしい物は殆ど無く、数枚の書類と紙片のみに留まったようだ。

 紙片の一枚に金色の封蝋が残っているものがあったが、端が焼け焦げているあたり、纏めて暖炉にでも焼べちまったんだろう。

 隊長が片付けようとしたところを、「どうぞそのまま」と制すると、ロナは書類の中から一枚を手に取り、一通り眺め回すと「酷いわ」と小さく呟いた。

 そいつはトルフィニ師の署名の付いた、ナクルタツリ王家発行の薬師の手形だが、氏名欄が空白だった為に、騎士団が偽造と判断した代物だった筈だ。

「如何なされました? ロナ殿」

 怪訝そうに訊ねる隊長に、彼女は手にした書類を再びテーブルに置くと、「ここ……」と言いながら空白の名前欄を指差した。

「ここ、と申されましても……空欄では?」

「いいえ。書かれていたものを消した痕跡があります」

「は?」

 面食らってる彼をよそに、彼女はふと席を立って暖炉に歩み寄り、身を屈めて冷えた灰に指先を触れて戻って来ると、空白の名前欄に軽く滑らせた。

 紙面に残っていたペンの筆跡が、くっきりと白く浮かび上がる。書かれていた文字は、力強い男文字でサナンと読めた。

「何と……!」

 彼が驚愕も露に呟きながら書類を手に取ると、彼女はハンカチで汚れた指先を拭いながら、大きく頷いて見せた。

「恐らく、薬を用いてインクだけを取り除いたものと思われます」

 彼女の言葉に、彼は書面を見詰めたまま、「一体何の為に……?」と険しい顔で唸る。

 この手の書類は全部で七枚。恐らく、監禁した薬師から取り上げたものだろう。全て同じ方法で白紙に戻されているに違いない。

「正法の薬師を装って、貴族の邸に潜り込む為……かしら?」

 残りの書類を手に取りながら、誰に言うとも無く呟いたロナに、ベルは静かに首を振る。

「でも、イスカは手形を持っていなかった。彼女に限らず、セブランの薬師の殆どは手形を持っていないわ」

「左様。我が国には、ナクルタツリのような承認制度がありませんので、薬師は薬草商人の手形で活動しているのが現状です」

 彼女の言葉を継ぐ彼の言葉に、「そうか……」と小さな溜息をつくと、ロナはそれきり唇を噛んだまま黙り込んじまった。が、一方で俺の脳裏には、偽薬師と偽手形の、二つのキーワードが引っ掛かったままだ。

 偽の手形を持ったセブランの薬師……こいつは以前どこかで聞いたことがあるぞ。そう思いつつ補助脳のキャッシュに触れた瞬間、展開された記憶は、サリミロの波止場に停泊していた二隻の帆船と、やんちゃな若い船長の陽に焼けた笑顔だった。

「バルナタート……」

 腕組みしたまま呟いた一言を、全員が振り向いた。

「偽薬師の潜入先はバルナタートだ」

「え? それどういう事?」

 眉根を寄せたベルが、俺の顔を怪訝そうに覗き込む。

「現在バルナタートへの入国が認められてるのは、薬師だけなんだそうだ。だから、向こうと商売したい交易船の連中は、みんな薬師を乗せて行かなきゃならない。

 だけど正法の薬師なんぞ、そうそう都合良く掴まるもんじゃないから、一時はセブランの偽薬師が持て囃されたらしい。

 恐らく、その薬草商人の手形でも入国出来たんだろう。だが、最近になって事情が変わった」

「ケイディシアの毒煙草事件……ね?」

 興味深げに聞き入っていた鋼の瞳に、「ご名答」と片目を瞑って見せる。

「で、締め出された偽薬師が一計を案じた末が、これって訳……?」

 面白くなさそうな皮肉めいた口調で言うと、ロナはテーブルの上の書類を指先で弾いた。

「いや、大半の偽薬師は、未だに締め出し喰らったままだと思う。こいつを使うのは多分、蓮火幇が化けた薬師だ」

「蓮火幇がバルナタートに? 何故?」

「イスカは、ジョセル王との関係を仄めかしてた。とすると、こうは考えられないか? 偽造手形を持った偽薬師は、王の密命を帯びた蓮火幇の間者だって」

 その一言に、全員が弾かれたように「あ!」と顔を上げる。

「あいつ、ジョセル陛下は必ず秘術を手に入れるって言ってたわよね。という事は、その間者が齎す情報って、もしかしたらあの子の……!」

 ロナはそわそわと落ち着き無く呟いていたが、ベルに「あの子……?」と聞き返されると、

「い、いいえ。何でもありません」

 とぎこちない笑顔を作りながらあたふたと否定した。

 ベルは、「そう、何でもないの」と言いつつ穏やかな微笑を浮かべたけど、あれは絶対、彼女の秘密に気付いた顔だ。

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