知りたい事はまだまだ沢山ある。奴にはもっと喋ってもらわなきゃならないと、隊長は更なる取調べに意欲を見せていたが、俺たちが訪れた二日後に事態は急変した。
「処刑?!」
声を揃えて叫んだ俺たちに、コンラート親方は、険しい顔で「はい」と大きく頷いて見せた。
何でも、隊長が態々支部へ使いを寄越して報せてくれたそうだが、上からの急な御達しらしい。
曰く、まだ取調べは終わっていないと食い下がっては見たものの、将軍も王命とあっては従わざるを得ず、相済まぬと頭を下げられてしまったとか。騎士団一同の忸怩たる思いは察して余りあるが……。
「口封じか見せしめか……。もしかすると、蓮火幇との関係に疑念を抱かれぬよう、神都への忠節を演ずる為、かも知れませんね」
言いながら肩を竦める親方の言葉に頷きながらも、ロナは呆れたような溜息をついて首を振る。
「さしもの狂王も語るに落ちたわね。これじゃ、逆に蓮火幇の親玉で御座いって触れ回るようなもんだわ」
「でも、おかしいわ。陛下が蓮火幇の主なら、イスカ宛に手紙を出していた殿上人とは、どんな関係なのかしら……」
細い指先を頬に当てて考えを巡らすベルに、ロナも「あ、そうか。さすが姉様」とか言いながら思案顔で腕組みをする。
だが、その様子にベルが微笑ましげな眼差しを向けている事に気付くと、恥ずかしそうにぽっと頬を染めた。
「神都に帰ったら、各方面に当たって調べてみましょう。何か判ったら、あなたにも知らせたいわ。神都で夢屋を開くときは、是非本部に立ち寄って」
その申し出に、彼女は「有難う御座います」と眩しそうに答える一方で、ふと顔を曇らせると、「神都か……」と溜息混じりに呟く。が、「どうしたの?」と心配そうに覗き込まれると、
「い、いえ。大した事じゃありません」
と引き攣った笑顔を浮かべながら、慌てた様子で取り繕う。
「浮かない顔ねぇ。神都にはスランフール候も御出でなのに……」
少々いたずらっぽい口調で探られると、「い、いえ、あの、その……」としどろもどろになりながら耳まで赤くなった。
「何か、怪しいうろたえ振りだなァ。えぇ? あっちに昔捨てた男がいるとか?」
にやにやしながら訊いてやると、真っ赤になったまま、
「な、何を馬鹿なこと言ってるのよ、違うわよ!」
と食って掛かる。
「そう言や、カーリャが言ってたレラカンて誰?」
「え? カーリャ?」
唐突に思い出して問う俺に、今度はきょとんとした顔で訊き返す。
「あんたを塔から救い出す時に、助太刀してくれた黒羽だよ。カーリャって名乗ったんだ。本名じゃないとは思うがね」
「シルヴィオよ……多分。彼とレラカンは、私と妹の……」
そこまで言うと彼女ははっと口を噤み、にこにこ眺めてるベルと親方の顔をチラと盗み見てから、「知り合いよ。古い知り合い」
と言い直した。
「あーぁ、強くて優しくて素敵だった初恋の君か」
茶化す口調で言ってやると、それを聞いたベルも、
「まぁ素敵。どんな殿方だったのかしら?」
と、興味津々といった少女の顔ではしゃぐ。
二人掛りでからかわれ、ロナは「もう、姉様まで……」と拗ねると、
「ジェイドを迎えに行って来ます」
と言いながら、ひらりと軽やかな身のこなしで部屋から逃げて行った。
ベルは肩を竦めながら俺たちと苦笑を見交わすと、大きな窓を開けて通りを見下ろし、施療院へ向かうロナに笑顔で手を振った。
「『焔陽の君』……か、なるほどね。類稀なる美貌に加えて、あの若さで薬術への造詣も深いとなると、ほぼ間違いは無いでしょうね」
親方は言いながら窓外の暮色に目を遣ると、腕組みを解いた指先で顎を撫でた。ベルもまた彼の言葉を振り返り、窓枠に背を預けて腕を組む。
「ジョセル陛下が黒髪の美女を御召しなのは、蓮火幇がバルナタートから持ち帰った情報が元になってるのかも知れないわね」
「カーリャ……あぁ、本名はシルヴィオだっけ。奴も言ってたな。『妹御はご健在』だと。ってことは、『氷月の君』はバルナタート王の庇護下にある……?」
俺の言葉に、親方は「恐らく」と頷く。
「ですが、バルナタートとはまた難しい場所ですね。あちらは宮廷とその関係者には、殊の外神経を尖らせていますから……」
「探るならとことん探りたいけど、今度ばかりは本部も首を縦には振ってくれそうにないわね」
「仕方ありません。本部の判断を待つしかないですね。尤も、この件はさすがに会長も興味をお持ちになるでしょうから、あなた方監査にお鉢が回って来ないとも限りませんよ」
少しばかりいたずらっぽい口調で片目を瞑って見せる親方に、二人で苦笑を見交わした時だ。
ベルはふと振り返ると、身を乗り出すように窓下を覗き込んだ。微かに聞こえる蹄の音が、近付いて来て真下で止まる。
「エブロイス候の馬車だわ。何かあったのかしら」
振り向いた彼女と共に、三人で頷き合うと階下へ急ぐ。
だが、階段を駆け下りて来た俺たちが目にしたものは、玄関ホールの真ん中で、一抱えもある大きな花束を手にして満面の笑みを浮かべるリオネル卿と、それをあんぐりと口を開けて見上げているプリシラだった。
「ち、父上……! それは一体……」
「どうしたんだ? プリシラ。そんなに驚く事も無いだろう? お前の大好きなチューリップだよ?」
にこにこと上機嫌で彼が差し出す花束は、色も花形も様々なチューリップばかりを束ねた物だ。
いかな名門貴族と言えど、出回り始めたばかりの花を、これだけ揃えるのはさぞかし骨が折れただろう。
プリシラは、修行を終えて出て来た門下生たちが囁き合う、「まぁ綺麗」だの「これは凄い」だのの声にみるみる顔を赤らめると、コホンと一つ咳払いをしてから、渋々といった表情を作って受け取った。
「まったく、何をお考えでいらっしゃるのやら。花束なら母上に捧げるべきでは御座いません事?」
厳しい口調で言い放つ娘の言葉にも、彼はまったく動じずに笑顔のままだ。
何があったのか知らんけど、顔色もいいし、あの青白い神経質な人物とは思えない変貌振りだ。
「ベアトリスには薔薇を贈ったんだ。彼女の好きな白と桃色の薔薇だよ。素敵だろう? 神都から取り寄せたんだ」
丸で夢見がちな少年のように、うっとりと暢気に語る彼に、彼女は深い溜息をつきながら、処置無しとでも言いたげに大きく首を振る。
「復縁の申し込みなど、お独りで行くのが筋というものでしょう? 何故私まで行かなければならないんですの?」
「お前と一緒に行きたいんだよ。ベアトリスもきっと逢いたがってる。お前が行ったら喜ぶに違いないよ」
彼の申し出に、彼女は唖然とした顔で口をぱくぱくさせていたが、ぷいと顔を背けると「仕方ありませんわ」とぶっきらぼうに呟く。
が、途端に顔を輝かせる彼には、「但し、条件が御座います」とぴしゃりと釘を刺した。
「条件? 条件とは何だい? 何でも言っておくれ」
「更地になってしまった中庭、あれを薬草園にする事です」
「え? 薬草……?」
この提案には、彼ばかりでなく、傍で聞いてる俺たちも面食らった。思わず三人で顔を見合わせる。
「いや、私はもう薬術は……。あの庭はお前の好きな花でも……」
「何を弱気な!」
唐突な叱責に、彼は驚いた様子で目を瞬かせた。あの物言い、イグナシオ卿にそっくりだな。
「名門エブロイス侯爵家の男子たる者が、これしきの事で生涯を賭けた研究を放棄するなど、言語道断ですわ!」
「プリシラ……」
「あの庭で有用な薬草を沢山育てて、修行中の正法薬師に開放するのです。彼らからはきっと多くの事が学べましょう。
成果を社会に還元してこその研究ではありません事? それを以って犠牲となった薬師たちへの償いとするのです」
「有難うプリシラ、有難う!」
彼は叫ぶや否や、花束ごと彼女を固く抱き締めると、目尻に涙を滲ませながら何度も頬擦りする。
彼女も目を白黒させていたが、そっと瞼を閉じて微笑を浮かべると、開いた手を彼の背中に回して抱擁に応えた。
「神界の叔父上も、きっとそれをお望みですわ」
「あぁ、そうだね。立派な薬草園を造ろう」
「さぁ、寄り道は程々になさいませ。母上がお待ちです」
言いながら腕を解いて離れると、彼女は世話女房よろしく彼の上着の乱れをてきぱきと整える。
「セルヒオ! これを馬車に。私もすぐ参ります」
背後に控えていたセルヒオが、「はい、プリシラ様」と歯切れ良く答える。
イスカに斬られた傷はまだ完治していない様で、肩から吊った腕がもどかしそうではあるけれど、大きな花束を嬉しそうに受け取ると、リオネル卿を促して足取りも軽く玄関を出て行った。
「まこと、殿方と言うものは世話が焼ける生き物ですこと」
二人の後姿を見送りながら、生意気な口調で溜息をつくと、彼女は俺たちを振り向き、肩を竦めながら歩み寄って来た。
「ご迷惑をお掛けして申し訳御座いませんでいた。エブロイス侯爵家当主として、心底よりお詫び申し上げますわ」
そう言って深々と頭を下げる彼女に、親方は、
「いえいえ、お二方ともご無事で何よりです」
と爽やかな笑顔で答える。
ベルにも「姉様にもお礼とお詫びを」と頭を下げ、「よかったわね」と微笑まれると嬉しそうに頬を染めたが、ふと小さな溜息をつくと、申し訳なさそうな顔で見上げた。
「イスカが迎えに来た時、本当は私も妙だと思いましたの。父上は家族には丸で無関心な筈なのに、私をお呼びだ何て……。でも、もしかしたらなどとあらぬ期待を……迂闊でしたわ。何とお詫びしてよいやら」
「いいのよ。切っ掛けは何であれ、お父上と和解出来た。それでいいじゃない?」
ベルは優しい口調で言うと、「姉様」と飛び付いて頬擦りをする彼女を、愛おしそうに抱き締めた。
「当主の仕事も大変だろうけど、修行も頑張ってね。叙任式で逢える日を楽しみにしてるわ」
「はい。有難う御座います」
彼女から離れて元気に答えると、プリシラは今度は俺の目の前につかつかとやって来たが、目が合うなり慌てて逸らすと、何故かぽっと顔を赤らめて一つ咳払いをした。
「ランジャ殿にもお礼を申し上げねばなりませんね。助けて下さって有難う」
目を逸らしたまま言い難そうに言う彼女に、「どういたしまして」と茶化し気味に答える。
「それで、あの、先日のお話では、その……ベル姉様にはフラれたと仰っていたようですけれど」
「まぁね」
「そ、その、今お相手がいらっしゃらないのであれば、この私がお付き合いして差し上げてもよろしくてよ」
「はぁ?」
俺の反応を窺うように、逸らしたままの目でチラと盗み見るその様子に、思わずベルと苦笑を見交わす。
「お申し出は有難く存じますがね、ご当主殿。こちとら神都に待ち人のある身なんでね」
にやりと笑って言ってやると、呆気に取られた顔で見上げるなり、みるみるうちに真っ赤になって「何て人なの?!」と叫んだ。
「そういう方がありながら、事もあろうに姉様に色目を使う何て、やっぱりとんでもない無礼者ですこと。
まったく母上の仰る通り、見目良い殿方というものには、つくづく油断も隙もあったものではありませんわ」
早口で捲くし立てるなり、フンと鼻を鳴らして踵を返すけど、ふと振り返ると俺を見上げ、「お元気で」と、可愛らしくも照れ臭そうな微笑を浮かべる。
そいつに「ご当主殿も」と返すと、俺の声を背中で聞きながら、セルヒオの呼ぶ玄関の大扉へと駆けて行った。