「怪しい3人組を呼び込んだそうだな?」
5時間目終了後。
校舎の横でE組にやってきた殺し屋イリーナ・イェラビッチは烏間さんと話していた。俺はその様子を上から観ている。
「そんな計画は聞いてないぞ?」
「ああ、腕利きのプロたちよ。口は堅いし私に惚れて無償で手足になってくれる。仕込みは完了——今日殺るわ」
烏間さんの鋭い視線に対して、あのビッチ女はそれ以上の鋭い視線と自信に満ち溢れた顔でこう返した。
殺る気か。果たして“プロの殺し屋”とやらはどこまでできるのか観させてもらおうか……
***
渚side
6時間目は体育。射撃の訓練をしていると、
「おいおいまじか、2人で倉庫にしけ込んでくぜ」
ビッチ姉さんがピンク色をした殺せんせーを連れ込んで行くのを目撃した。それを見たみんなが苦い顔をして各々口を開く。
「なんかがっかりだな。殺せんせー、あんな見え見えの女に引っかかって」
「烏間先生、私たちあの人のこと好きになれません」
片岡さんがそうはっきりと言う。それにクラスのみんなが呼応した。僕らの中でビッチ姉さんは
「すまない……。プロの彼女に一任しろとの国の指示でな」
烏間先生は申し訳なさそうにこう答える。
「だが、わずか1日で全ての準備を整える手際。腕利きの殺し屋なのは確かだろう……」
確かに、ビッチ姉さんは殺し屋としては凄い人だと思う。でも、僕は彼女がうまく殺れるとはどうしても思えなかった。
***
イリーナside
倉庫にターゲットを連れ込んだ私は計画通り、私に向かって気を引かせていた。
潜入暗殺はターゲットに応じた柔軟さが要。相手は未知の生物。怪しまれる前に一気に殺るのが上策だ。多少強引でも良いから、私に注意を向けさせる。大事なことは気づかせないことだ。
このターゲットは私の色仕掛けにあわあわしている……
倉庫は一晩で改造済み。倉庫の中には無数の機関銃が仕掛けられている。そう、このターゲットはもう蜘蛛の巣にかかった獲物。
——バカな男。
この時まではそう思っていた。
「全部脱ぐから1分待ってて」
「ぜっっっっ!!!」
私は自然に射線から消える。準備は整った。
その瞬間ターゲットを“実弾”が襲う。手応えありね。
M61、M134、M249……
速度も威力も段違いの代物。これで殺せない奴などこの世にはいない。
(この変な“弾”の出番はまずないわね……)
私はそう思った。
そして、全ての弾が撃ち終わる。それを確認してからターゲットの死体を確認しに行く。プロの殺し屋としての仕事はそれを確認してからはじめて完了する。
私はそれがあるはずの場所へ移動する。
「——!」
すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「ヌルフフフフ、残念ですがイリーナ先生。私に鉛玉は効かないのです。体内で全て溶けてしまうのでね」
そこにはピンピンとしたターゲットが触手をウネウネさせながらこちらを見て、不敵な笑みを浮かべていた。
まさかこんなことが。信じられなかった。銃弾を食らっても死なないなんて常識的に考えてあり得ないから……
「そして私の顔をよく観てください」
奴の顔をよく見ると目が4つになっていた。
「いいえ、どれか2つは鼻の穴です」
紛らわしいわ!!
だけど、なぜこんなことを説明するのだろうか。その答えは次のターゲットの言葉でわかった。
「昨日までは倉庫になかった金属の匂い、そして成人男性の加齢臭……その違和感に鼻が思わず開いてしまった」
そこで私は潮田の言葉を思い出す。
『闇討ちするならタバコやめたほうがいいよ。殺せんせー鼻が効くから』
そういうことだったのね……
このターゲットは匂いに敏感だった。だから、私の仕掛けは全て匂いでバレてしまっていた。そして、このターゲットにとって私の計画には穴が多すぎた。完敗だった。
「プロとして暗殺の常識に囚われすぎていた。それがあなたの敗因です。私の生徒たちの方が柔軟でもっと手強い……」
だが、この言葉は聞き捨てならなかった。
(なんですって……?プロの私があんなガキどもより下とでも言いたいの?)
苛立ちがふつふつと湧き立つ。だが、ターゲットはとてもいやらしい笑みでこう言った。
「そして知っていますか?私の暗殺の報復は手入れだと言うことを……」
「わずか1分であんなことされるなんて……」
その後、私は触手で
***
零二side
「あーあー、めちゃくちゃだな……」
放課後。家に帰った俺は倉庫に隠してあったスマホで撮影したビッチ女の暗殺……もとい触手プレイの映像を観ていた。
ビッチ女の敗因は自らの技術に対する過信だろう。『気配の消し方』や『ターゲットに自然に近寄れる技術』は確かに“一流”だ。だが、あの女はそれを過信しすぎて様々なところでボロが出ていた。そのボロが敗因につながったのだ。
「まあ、相手があのタコで良かったな」
そして、命のやり取りの場面においてはそのボロは文字通り命に関わる。たった1つのミスが致命傷になり得るのだ。万が一タコが報復として命を奪うような存在だった場合、あの女は今頃この世にはいないだろう。
「……まあ、もう用済みだろうな。この女は」
この映像を見て俺が漏らしたこの呟きは、他に誰もいない静かな部屋に響き渡った。
***
渚side
ビッチ姉さんが暗殺に失敗した次の日の英語の時間。
《コツン、コツン、コツン、コツン》
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
大きく“自習”と書かれた黒板の下で、ビッチ姉さんは機嫌が悪そうに座りながらタブレットを動かしていた。
「あーもう!なんでWi-Fi入んないのよ!このボロ校舎!!」
「必死だね、ビッチ姉さん。まあ、あんなことされちゃプライドズタズタだろうね♪」
そんなビッチ姉さんをカルマくんが煽る。でも、カルマくんの言葉に僕らも同意だった。プロとして息巻いていた彼女があんな醜態を晒したのはプライドが高そうな彼女にとっては我慢できないだろう。
そこに、カルマくんの言葉に怒りの表情を浮かべるビッチ姉さんに対して磯貝くんが話しかける。
「先生、授業してくれないなら、せめて殺せんせーと代わってくれませんか?俺ら今年受験なんで……」
「ハッ……!あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機と受験を比べられるなんてガキは平和でいいわね〜」
しかし、磯貝くんのお願いを彼女は僕らを見下すよう笑みを浮かべながらこう言った。
「しかも、あんたたちE組ってこの学校の落ちこぼれだそうじゃない?勉強なんて今更しても意味ないでしょ」
その一言で教室の空気が変わった。
今、この人の放ったその言葉は僕たちにとってはいわば地雷ともいえる言葉だった。確かに僕らは落ちこぼれだ。だけどその分努力だってしている。何も知らない人がそれを意味ないって一蹴したことがみんな許せなかった。
だけど、この人はそんな空気になったことを全く気づかずこう続ける。
「そうだ!じゃあこうしましょう。私が暗殺に成功したら1人500万円分けてあげる。無駄な勉強するよりずっと有益でしょ?だから黙って私に従——っ!」
その時、どこからか飛んできた消しゴムが彼女の顔のすぐ横を飛んで行った。
「……出てけよ」
誰かの怒りを孕む低い声が教室に響く……。そして、クラスのみんなの怒りの目線が彼女を突き刺した。
そして……
「出てけ!クソビッチ!!」
「殺せんせーと代わってよ!!」
みんなの怒りが爆発した。教室中のみんなが手元にあるモノを投げながら、ビッチ姉さんに怒りの声を上げる。僕はその光景を頭を押さえながら見ていた。
「なによ、あんたたちその態度!殺すわよ!!」
「上等だよ!やってみろ!!」
「そうだそうだ!巨乳なんていらない!!」
「そこ!?」
それに、ビッチ姉さんは反論するも、みんなの怒りは大きくなるばかりだった。
こうしてこのクラスは学級崩壊を起こした……
***
零二side
対暗殺者を考える場合、男の暗殺者よりも女の暗殺者の方が怖い。なぜなら、得体の知れない一撃必殺の武器を彼女らは持っているからだ。例えば『睡眠薬の入ったプレゼント』や『毒の塗られた、視認性の低いクリスタルナイフ』などだ。
そしてイリーナ・イェラビッチ。彼女は『気配を上手に消しターゲットに自然に近寄れる技術』という武器を持っている。
これらの共通点は相手の良いところを出させる前に終わらせること、そして警戒してなければ対応できないこと。所謂『初見殺し』というやつだ。彼女たちは実力の勝る男相手でもこの武器を駆使して力量差を覆すことができる。
一方、男の場合はそのようなものは必要ない。大抵、力で全て解決できてしまうからだ。故に男と相対するときは、余計なことに思考のリソースを割かなくていい。そのため女
そして、これらの技術は一重に彼女たちの努力の結果だろう。力で劣る彼女らが、“生き残るため”に文字通り死に物狂いで身につけ力……。だから怖いのだ。
では、女
答えは正面衝突、力でのゴリ押しだ。
まず大前提、戦闘において女は弱い。これは差別や軽視ではなく、事実としてそうなのだ。なぜなら身体のスペックが違いすぎるから。
まず体格差の問題だ。成長期が早い女性はその分早熟になることも多く、小学生の段階で成長が止まってしまうこともある。事実、茅野、岡野、倉橋あたりは小学生レベルの体格だ。ビッチのように男性平均の170cmを超える女性もいるにはいるが、それでも磯貝や前原など背が高めの中学生の男子にすら届いていない。女性のトップクラスの体格でこれなのだ。体格の時点で大人と子供に近い差ができてしまっている。
そして、この体格の差はバカにならない。柔道やレスリングなどの階級制のスポーツを例に出そう。それらの競技の軽量級の世界チャンピオンは無差別の試合では、重量級の選手の全く歯が立たないことがほとんどだ。オリンピック金メダリストが、無差別大会の初戦で敗れることも珍しくない。そのくらい、体格の差というものは大きいのだ。
次に筋肉量。男性の筋力は女性の1.5〜2倍だそうだ。これを小細工抜きで逆転することは非常に難しい。そしてこれは結果に出てしまっている。
陸上競技の女子世界記録は男子中高生の日本記録に劣っている。陸上競技では、日本は世界においていかれて気味だ。そんな日本の男子高校生の記録ですら、女子の世界チャンピオンより上なのだ。
サッカーの女子日本代表は男子中学生相手との練習試合で敗れることも多い。日本を背負って世界を相手に戦う大人のプロのチームが子供相手に敗れるのだ。
このように男女の差というものは大きい。
もちろん女性でも訓練次第である程度のレベルまでは行ける。だが能力の天井には限界がある。よくある“大陸最強の女戦士”というのはフィクションの中での話だ。武器なしの殴り合いの場合、厳しい訓練をした
結論。一撃必殺の武器を使えないように力でゴリ押せば簡単に倒せる。
では、“一撃必殺のネタが割れてしまった” 女
答えは、全く怖くない。戦闘も弱い、得体の知れない怖さもない。このような相手をいなすことは簡単だ。
そして“一撃必殺のネタが割れてしまった” 女
「なによあんたたち、その態度!殺すわよ!」
「上等だよ!やってみろ!!」
「そうだそうだ!巨乳なんていらない!!」
クラスの連中にものを投げられているビッチの姿を見る。
イリーナ・イェラビッチは暗殺に失敗した。そしてその代償は『気配を上手に消しターゲットに自然に近寄れる技術』という武器を白日の元に晒すこと。つまり、一撃必殺のネタが割れてしまったということだ。もうあの女はタコのことを殺せない。
このビッチと似たような状態なのが赤羽だ。赤羽も騙し討ちという武器をタコに晒したが、その命に届くことはなかった。
だが、赤羽は戦闘能力も高く、頭の回転が速くて指揮能力も高いため、今の状態でも戦力としての価値は高い。しかし、潜入が専門のビッチは戦闘は専門外。そして、今の生徒たちからの求心力の無さや、暗殺計画の穴を見る限り、指揮官としても向いていないだろう。つまり、この女はこの時点で赤羽の下位互換になってしまったのだ。
そして、教師としての任務も全うする気もないらしい。
つまり、この女は……
——もうこの教室では何もできない用無しだ。
「はあ……」
「「「「——!」」」」
俺が呆れたようにため息を吐くと、教室のさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返る。さっきまで、怒鳴りながらモノを投げていたやつも、それに怒鳴り返しながら反論するビッチも、全員の視線が俺に突き刺さる。
荷物を持ち立ち上がった俺はそれを無視して教室の前の方へ歩き出す。
「あれ?周防くんどこ行くの?」
すると、俺の意図を知ってか知らずか、赤羽がわざとらしく大きな声でこう聞いてきた。
「どこって、帰るんだよ。もうここにいても意味がないからな」
「ほらー、ビッチ姉さんが授業しないから周防くん怒っちゃったじゃん」
赤羽のわざとらしい声が響く。俺は別に怒ってはいないが、この男は面白半分で俺を巻き込もうとしてくる。
「別に怒ってはない。こんなやつ相手にしたところで時間の無駄だ」
そんな赤羽の言葉にそう返すと、ビッチから怒りの声が飛び出した。
「ちょっとそれどういう意味よ!舐めてるの!!」
さっきまでの事もありすごい剣幕だ。だが、俺はこの女のことは、もう眼中にない。
「舐めてねえよ。お前みたいな“用済み”、相手にする時間がもったいないからな」
「ぶっ殺すわよ!!」
俺の言葉にブチギレたような感じのビッチは、そう言って、落ちていたハサミ拾って構える。これで脅したつもりなのだろう。
俺はそれを無視して、静かにこう返す。
「やめとけよ。あんたじゃ無理だ」
そして、扉の前まで歩いた俺は後ろを振り返ってこう言った。
「ああ、そうだ。あんたこの仕事終わったら殺し屋辞めた方がいいぞ。“今の自分の状況を客観的に見ることもできない奴”が命のやり取りの場に立ったら——死ぬぞ」
「——クッ!!」
俺の言葉が教室に響いた瞬間、怒りに染まったビッチ女はハサミを持っている方の手で俺に殴りかかってきた。
だが、その攻撃が俺に当たることはなかった。ハサミを持つ腕の手首を掴んだ俺は後ろに回り込んで、そのまま腕を極める。
(女
《バコン!》
「……がっ!」
(……こんなふうにな)
そして、そのまま空いている方の腕でビッチの首元を掴み、うつ伏せに押し潰した。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
はい。というわけで、感じの悪い教師と暴力生徒を混ぜたらこうなります。こういうことしてるからE組に落とされるんですよ零二くんは……
そして、これが零二くんの初戦闘です。瞬殺で終わりましたが……。零二くんは烏間先生の授業に出ていませんが、普段から喧嘩慣れしていて、武闘派極道にも気に入られているほどなので、正面からの喧嘩はE組の中でも一番強いです。それこそ、女の戦闘が専門ではないとはいえ、プロの殺し屋を瞬殺できるくらいには。
さて、最悪な雰囲気で終わりましたが、プライドが粉々になったビッチ先生はどうなるのでしょうか?
では、次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
「そして今後のことについてですが、彼女の武器である潜入ももうタコには通用しません。そしてプロとしては3流以下……はっきり言って用済みです。さっさと新しい殺し屋を雇った方がいいと思いますよ。」
「……」
きれいに整えた爪が掌に食い込む。私は周防からボロカスに言われるのを黙って聞いていることしかできなかった。反論の余地がない、その事実がとても悔しい。
私だって今まで必死に努力してきた。実績を積んできた自負だってある。その結果が中学生の子供に身も心もボロボロにされることだった。私のこれまでの時間はなんだったのだろうか……。今はただ目頭に溜まった熱いものを必死に抑えることが精一杯だった。
「ですが……」
次回 『プロの時間』